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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-62:事後処理をする者たち



「あぁー、しんどい」


 

 ヴァンこと軍師ラスはぐったりと机に突っ伏した。

 軍人として立つことを決めてから、こういった汚れ仕事や見たくもない物を見ることも覚悟をしていた。けれど、それでも疲れは溜まるものだ。

 特に、見せられている内容が他人の人生であれば尚更重くのしかかる。


「副隊長たちは大丈夫そう?」

「ルーンはそろそろ限界だな。スーとフォクレットは割り切っているだけに余裕がある。ツェイスは感情的になるから、問題の少なそうな、街に籠っていた女やギルド職員の方に回した」

「そっか、じゃあルーンは外してあげて。手は足りそうかな」

「スーの部下がよくやってる」

「流石は斥候部隊、濁った水も飲んでくれるのは有難い。ところでリシェット、レヴェエたちは?」

「とっくに混ざらせてる」

「ありがとう。あー、ちょっとお茶にしない?」


 ぐぅっと伸びをして体を解して言えば、書類を持っていたシェイことリシェットは小さく溜め息を吐いた。


「三か月で諸々片づけないといけないんだろうが、休んでる暇あるか?」

「何を言うんだい、少しの休憩とお茶と甘い物は効率を上げるんだよ!」


 いそいそと立ち上がり私物の中からおやつを取り出し、ラスは机を叩いて座ることを要求した。

 こうなってしまえば付き合うまでぐずぐずと駄々をこねる、仕方なくリシェットも席に着いた。ラスはポットを取り出して水を貰い、魔道具で湯を沸かす。


「ちょっと待ってね、お湯が沸いたら紅茶にするから」

「任せる」


 ふふ、とラスは楽しそうに笑う。息抜きというのは心が躍るものだ。

 暖簾をくぐるようにして天幕が開かれ、ひょこりと三人が顔を出した。


「お、なんだ休憩か? 混ぜろ混ぜろ」

「俺も」

「差し入れもあるぞ」


 ぞろぞろと連れ立って天幕に入ってくるのはいつものメンバーだ。

 アッシュことアース、ラダンことラジャーン、クルドことデヴァイン。本名以外に名を持つ彼らはその時々で互いの名を呼び変える。

 ポットに水を追加しながらラスが首を傾げる。


「差し入れって何?」

「シグレ殿から、なんだろうなこれ」


 ぱこりと箱を開け、中にみっちり詰まった綺麗なクッキーの並びを見て、わぁ、と全員で顔を綻ばせた。


「クッキーだ」

「いいね、摘まめて、食べながら…仕事できるやつ」

「まぁまぁ、変な意図はないと思うぞ?」


 すいと先にクッキーを取ったのは、いつの間にか天幕に居た顔に傷のある男だ。


「毒味なんて大丈夫だよ」


 ラスが苦笑を浮かべて言えば、男は小さく会釈をして再び影に消えた。

 それを見送っていたら湯が沸いた。ラスは人数分の紅茶を淹れて、全員が椅子に座る。ラスの私物はハチミツの飴だがクッキーがあるならそちらがいい。その代わりハチミツの瓶は出した。


「しかし、思ったよりも好き勝手やってたな」


 紅茶を啜り、クッキーを齧ってデヴァインがぼやく。全員がクッキーを食べながら頷いた。

 今回、【空の騎士軍】は事後処理に駆り出され本来の業務外の仕事に時間を割いている。【渡り人】に与えられた祝福に幅があり、抵抗を封じるにも殺すことにもためらいを持たない軍が良いだろうと判断されたためだ。


 【渡り人】の罪を正しく裁くため、王城から持ってきた【血明の板】も用いられた。特定のダンジョンで時折ドロップするもので、冒険者ギルドに卸すことが定められている特殊なアイテムだ。卸さずに持っている者もいるだろうが、隠れて所持をしているのがわかれば罰則はある。

 理由は簡単、用途が名の通り、血を垂らした者がどうやって生きてきたのか、人生を明かすことの出来るアイテムだからだ。使用許可が出ているのは罰則を与えることのできる軍事関係者と、ギルド関連、警吏や法関係者だ。

 その使用許可を持つ者たちも、面白半分、享楽目的で使用すれば如何に王太子であろうとも罪に問われる。


 一滴で一年、二滴で二年、垂らした滴分だけ今時点からの人生を遡ることが可能で、償いが凡そ三年、確認できている最長で五年ということもあり、いつ来たのかと尋ねることである程度の範囲を絞ることも出来た。

 不思議なことに今回の【渡り人事変】ではまだ償いを失った人はおらず、ラスは報告書を思い出しながら、神様は()()()()()、と苦虫を嚙み潰したような顔をした。きちんと身につけられているから消えないのか、それとも気まぐれに償いが延びているのかラスには判断しかねる問題だった。


 【血明の板】での調査はコマ送りで見られるがそれでも時間はかかる。加えて、必要ではない人生も露にしてしまうため見る側の精神力も消耗が激しい。日に三十人見ることが出来たとしても出来事を書き起こすのにも、そこに罪状や処遇の采配も加われば一日二日で終わることはない。

 ラングから三か月の期間を貰えたのは余計なことを考えなくて済み、丁度よかった。

 ラジャーンは紅茶をゆったりと味わって苦笑を浮かべた。


「血明で見た感じ、殺人はしていない、は嘘だったな」

「そりゃ為政者だもの、必要な嘘は吐くよ。それに、なんだかんだ言って【渡り人】のスキルは有用なものが多いからね、可能ならば確保したかったろう。確保の仕方はまぁ、ねぇ」

「あぁー、いやだいやだ、これだから怖いんだ。平民万歳」


 デヴァインはぶるぶると震えて腕を抱えてみせた。アースはその二の腕に軽く拳を当てて揶揄い、テーブルへ身を乗り出した。


「【渡り人】憧れの異世界転移、あとは転生? だもんな。魔獣を相手にするならまだしも、似たような姿の相手をよく殺せるよ」

「まぁそれを言ってしまうと軍人である俺たちも人を殺すわけだし、投げた砂が風で戻るからもうやめておこう。それよりも進捗の報告といかないか?」


 ラジャーンが宥めるように手を揺らし話題を逸らす。よし、とラスが手を叩いた。


「じゃあ、聞こうかな。まず今日の調査人数から」


 今日【血明の板】を使った人数、その内罪状のあった人数、それ以外にも気になる内容などを各々が並べ立てて報告し、ラスはそれをじっと聞いていた。

 ラングとツカサが帰還した際、武器を持っていた者の多くは後ろめたいことが多すぎた。だからこそ必死に抵抗を続けていたのだろう。

 イーグリスや渡り人の街(ブリガーディ)に辿り着くまで、致し方なく人の荷物を奪い金品を得た者もいれば、快楽主義のように人を殺し奪った者もいる。

 情状酌量の余地を残すかどうかで少しだけ悩み、最終的にラスはそれを考慮しないことに決めた。

 今後引き続き【渡り人】の出現が増え犯罪が起きた際、今回の出来事は刑罰のための判断材料になる。まずは厳しい事例を残しておくべきだと考えたのだ。

 生まれ生きた場所は違えども、人は人。やがて情状酌量や執行猶予が付くだろうが、そのためにも始まりの事例は厳しく残しておかなければならない。二百年前はただ一掃したがために残らなかった。

 ラジャーンの理路整然とした報告は三十分程度で終わった。


「以上だ、まぁまだ七百人程度でよかった。このペースなら終わりそうだ」

「そうだね、だけど兵たちの心にはよく気を配ってね。楽しい作業ではないからさ」

「わかってる。とはいえ、スーたちは気楽にやってるみたいだ」

「斥候部隊の心ってよくわかんないね」

「ちゃんと他人事だってわかってるだけだ」


 アースは苦笑を返して紅茶を空にした。


「そういえばラングのあれこれは終わったのか? もう旅に出てるから大丈夫なんだろうけど、あの後ツカサが駐屯地飛び込んできたみたいじゃん。スーが笑ってた」

「あぁ、終わってるよ。よかったよ、目的が極刑組でさ」


 ラスは紅茶にハチミツをたっぷりと入れながら笑う。


「僕の影が後をつけたけれど、素晴らしい手腕で片づけたようだよ。最後は影に向けて会釈をする始末だったとか、初めてばれたからショックだったみたい」


 ね、と影に向かって言えば、薄っすらと足先が姿を現した。


「精霊と交流があるって言ってたもんな、印でも付けてたのか」

「みたいだね」

「そう言ってたぞ」

「それに面白い話もあった」


 ハチミツを入れた紅茶を混ぜながらラスが呟く。立ち会ったアースと影からの報告、内容はとても興味深かった。

 それはラングからの軍への手土産になり、【渡り人】が何故イーグリスを奪おうとしたのか、何故あのような行動をしたのかを理由づける内容だった。

 つぅと細められたラスの目に、全員がカップを置いた。


「女神、向こうの魔法の神。思い当たる名前が浮かぶねぇ、これは偶然かな?」

「ラングは偶然とは考えてないだろ、あれ」

「だろうね。聞いた内容自体は想定外だっただろうけど、警戒を強めた様子からして繋がりを確信してる」


 あまりにも綺麗に繋がったことに一瞬、ラングのことも疑ってしまったほどだ。


「【渡り人の街(ブリガーディ)】が終わり次第、調査に本腰を入れる。そのつもりでいてほしい」

「了解」

「それはそうと」


 ラスは、んー、とハチミツ入りの甘い紅茶に目を細めて嬉しそうな声を出す。


「はぁ、甘くておいしい。疲れてるときは甘いものだね」

「お前の紅茶はほぼハチミツだろうが」


 若干とろりとした紅茶の水面を眺め、リシェットは気持ち悪い物を見る顔をした。

 大の甘党のラスは指揮で頭を使うこともあり甘味を多く取る。甘い物が苦手なリシェットにはただの拷問のように見えるのだ。


「まぁこれで仕事が進むならそれでいい」

「任せてよ」


 ラスがふふん、と胸を張り天幕に笑いが零れる。デヴァインはおかわりを強請るようにカップを差し出し、ラジャーンがポットに手を伸ばすのを見ながら気になったことを尋ねた。


「そういえば、処刑方法はどうするんだ? スカイは人知れずが多いんだろ?」

「レテンダは首切り台だっけ?」

「おぉ、悪趣味に広場でな。レテンダ王家は国民の娯楽になると考えてる」

「実際どうなの?」

「俺がいたときの感覚だと、残念ながら狙い通りだ。俺は御免だったけどな」

「なるほど」


 興味深いといった様子で全員から視線を注がれ、デヴァインは肩を竦めた。


「それで? どうするんだ? 王子様からはそこも任されてるんじゃなかったか?」

「うん、フィルから一任されてる。悩むんだよねぇ、公にしてしまっても反感を買うし、【渡り人】にそういうことをしても良いという印象も与えたくはない」

「となるとやっぱり秘密裏に、か?」

「うーん、ただそれはそれで行動の結果が見えないからどうしようかなって。抑止力の一部として見せしめにはしないといけないからね。ただ、それで逆に新しい【渡り人】の反抗心を煽りたくもない。見せる範囲を限るか…」

「なんだ難しいな?」


 いろいろと考えていることはわかったが、処刑の方法は少し検討が必要なようだ。

 リシェットが頬杖をついて言った。


「極刑に至るほどではない奴らの前で、首を斬り落とせばいい。見せしめにするのは必須だしな」

「ただ、それだと処刑された人の家族が面倒じゃない?」

「止められなかったことを悔め、と俺は言うだけだ」

「それで済めば軍はいらないんだよぅ。こうなったら奥の手かなぁ」

「お? 軍師殿、奥の手ってなんだ?」


 デヴァインが揶揄い口調で言えば、ラスは頬を掻いてぼやいた。


「奴隷紋を契約して、炭鉱作業に従事。家族で望む者は随行を許す」

「書き換えの危険性は?」

「魔封じはリシェットに施してもらうけど、書き換えたらその瞬間に首を刎ねる」

「まぁ妥当か。でもなんで炭鉱なんだ? スカイって一応宝石は出るが、ダンジョンが出来てからはそこまで」

「あっ!」


 ぽむ、とアースが手を叩いた。


「炭鉱の事故なら、仕方ないな」

「あぁ、なるほど」


 話題にそぐわない穏やかな笑いが、再び天幕から零れた。




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