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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-60:それぞれの初見



 なんだかんだ温泉にも入った。


 ラングのために部屋風呂にたっぷり湯を張って、紹介された宿に温泉だけ借りに行き堪能してきた。ヴァシュティで入った風呂とは違いしょっぱくはなく、色は薄っすらと茶色がかっていた。心なしか肌がすべすべになった気がしながら宿に戻れば、風呂を済ませたラングが武具の手入れをしていた。


「ただいま」

「おかえり」

「髪は?」

「精霊に頼んだ」


 そっか、と返しながらツカサも装備を解き始めた。前はツカサが風魔法で乾かしていたことが、ラングは自分でできるようになってしまった。それを少しつまらなく思いながらベッドに腰掛け、武具の手入れを眺めることにした。これも久々だ。


 双剣やナイフ、短剣を砥石でシャーシャーと音を立てて研ぎ、マントに解れがないか、グローブに緩みがないかを確認する。気になるところがあったのか、ラングは小さな小箱を取り出してグローブに針を通し始めた。


「なんで縫うの?」

「グローブは力の負荷がかかりやすく、革が伸びるので時折補修がいる」


 ぽん、と片手を投げられて着けてみる。柔らかい革はよく伸びる感触がして手首も回しやすく、気になってショートソードを持ってみた。ツカサが着けている物よりもぎゅっと収まりがよく手の中で滑るような感覚がない。安定感抜群だ。改めて外して縫い目を確認すれば、少しだけ糸周辺の革が伸びているように見えなくはない。これを詰めているわけだ。


「こういうの、防具屋で補修してもらった方がいいんじゃないの?」

「私の故郷ではここのような街や都市が少ない。冒険者(ギルドラー)は道中自分で補修する術を覚えるものだ」

「それ補修セットなの? 見ていい?」

「構わん」


 キュイっと音を立てて糸を伸ばし、ラングは小箱をツカサに差し出した。

 中には長さや太さが違う針がいくつかと、銀色の糸束が入っていた。糸束を持ち上げて少し引っ張れば柔らかいが切れない頑丈なものだった。イメージとしては伸縮性のある鋼鉄製のワイヤーだ。気になって【鑑定眼】で覗けば、虹色蜘蛛の糸と出た。


「魔獣素材なのかな」

「そうだ。できれば無くなる前に似たような素材を手に入れたい。グローブも新調を考えねばならん」

「蜘蛛の素材ってそういえば見かけてないね」


 単純に入っているダンジョンの傾向のせいなのだろうが、蜘蛛の魔獣に遭ったことが無い気がした。地上最強の生物は蜘蛛とパニック映画で見た記憶もあり、できれば今後も遭いたくはない。


「防具屋とかで分けてもらえるか、行ってみる?」

「機会があればな」


 在庫はまだあるので良いということか。ラングは外科医のように器用に糸を結び、ぱちんとハサミで切った。特殊な糸が切れる特殊なハサミなのだ。覗いて視れば【蜘蛛糸用】と出ていた。ラングの故郷の物か、不思議だ。

 返せと手が伸びてきたので小箱とグローブを返す。逆にメンテナンスの終わったグローブを投げられたので着けてみた。先ほどよりも手に吸い付くような感触がしてぞくりとした。手にも性感帯があるというが、きゅうっと包み込まれる感触に思わず目を細めてしまった。

 ぶるぶると顔を振り、よくわからない気持ちよさに怖くなってすぐに外してラングの横に置いた。不思議そうに首を傾げられたが理由を話せる気はしなかった。

 もう片方の繕いものもあっという間に終わった。

 メンテナンスが一通り終わればようやくラングも体を休める。三脚コンロで湯を沸かしてあったのでハーブティーを飲むのだろう。コップに注ぐ音にじっと耳を澄ませた。


「飲むか」

「あ、うん、もらおうかな」


 ラング手作りのハーブティーを宿で二人だけで飲む。全てが懐かしくて眼を閉じた。

 外から弦楽器のような音が聞こえ、顔を上げる。


「なんの音だろう」

「吟遊詩人だ」


 興味をそそられて窓を開ければ、軽快な音楽と微かな声がざわめきに混ざって聞こえてきた。

 今までの道中にいただろうか、全く気づきもしなかった。


「スカイは詩が多いらしい」

「へぇ、気づかなかった」

「興味がなければ気づくまい」


 もっとよく聞きたくて窓から身を乗り出す。まだ少しだけ冷える夜の春風に頬を撫でられ、湯冷めする気がして身を戻し、窓を閉じる。


「この旅は、ああいうのも聞いて回りたいな」

「そうすればいい」


 いつだってダメだとは言わないラングは、ハーブティーをゆっくりと味わっていた。




 翌朝、宿で朝食をいただいた。


 この世界に来てから初めて半熟の卵を食べた。少し硬いパンケーキに目玉焼きが乗っていて、それに塩を振りかけてあった。ワッヘルも選べたのだが、昨日おかわりをしていたのでパンケーキにしたのだ。

 ラングはこの半熟卵に少しだけ手をつけるのを悩んでいるようだった。


「どうかしたの?」

「卵をこの状態で食べる食習慣がない」


 日本人のツカサにはわからなかったが、ラングの故郷では生で食べると(あた)るらしい。


「鑑定したけど大丈夫そうだよ」


 ひそりと伝えれば、ラングはナイフで黄身を潰し、パンケーキをつけて食べた。いつもと変わらぬ様子で咀嚼する姿に首を前に出すようにして尋ねた。


「どう?」

「悪くない」


 確かにラングの初めてに立ち会うのも悪くない、と胸中で返した。


 スカイは食文化が多岐に渡っているので選択肢が多い。甘い物も充実していて口が寂しくなることもない。それはツカサが故郷で享受できていた環境だが、ラングには初体験の世界だ。

 イーグリスでも得意不得意が大きく分かれ、辛味、苦味がだめだと知れた。こんなに豊かな場所は初めてだった。

 だからこそラングは故郷の味が懐かしくなり、一人で新年祭(フェルハースト)を過ごしたのだ。アルに言えば理解は得られただろうが、わざわざ言う必要性も感じなかった。

 

 宿をチェックアウトし、昼過ぎの出門に向けて歩きながら屋台物を買う。チーズ入りのコロッケはやはり魅力的だ。

 広場を通りがかれば昨日歌っていた吟遊詩人だろうか、リュートを弾く人がいた。不思議な音程で物語を比喩表現で語り、弦楽器の音色がそれに合わせて奏でられる。

 どうやら英雄歌らしい。ダンジョンが世界に現れてから初めて踏破した男の詩で、足を取られる沼地のダンジョンでドラゴンを討ち果たす内容だった。

 遠回しな比喩表現に慣れないツカサは少し首も傾げたが、吟遊詩人の弾き語りを楽しんだ。おひねりに銀貨を投げ入れてその場を離れ、また門を目指す。


「すごいなぁ、すごかったね。沼地のダンジョンって本当にあるのかな」

「【快晴の蒼】曰く、東にあるそうだ」

「情報源がすごい信憑性あるね。あ、あったよ市内馬車」


 笑って、市内馬車を見つけて指差す。丁度停まっていたので銅貨を支払って乗り込んだ。冒険者も街の人も乗り合って揺られているのはそれぞれの目的地があるからだ。冒険者はギルドや武器防具屋が並んだ通りで降りていき、街の人は買い物のついでや特別な用がある場所で降りていく。

 綺麗な街並み、香る良い匂い、時々感じる微かな煙の匂い。家々で火が使われている証拠だ。


「そういえばラング、王都は見に行くの?」


 ガタゴト揺られているだけなのは暇で、ツカサはふと気になって尋ねた。

 今回目指すのは南東のイファ草原。緩やかなカーブを描いて南東へ向かう予定だが、そうするとスカイの王都は通らない。向こうの大陸(スヴェトロニア)ではガルパゴス以外、全て王都を通ってその国を見てきた。スカイの王都は広く美しく、王城は晴れの日に見ると荘厳だというので興味はあるが、どうするのかが気になった。


「行かん」

「まぁ通らないもんね。今回は三か月って決まってるし」

「それもそうだが、全て見てきてしまえば文句を言われるのではないか?」

「文句? 誰に」

「モニカ」


 思わぬ名前に眼を見開いて首を傾げた。ラングはマントの中で腕を組み直して言った。


「たった一度の機会を逸すると、一生言われるらしい」


 なんとなく、言わんとすることはわかった。特に女性は初めてというものを大事にしやすいともテレビで見たことがある。

 

「今回の旅には了承を得ているが、大事な場所や見所は取っておくべきだろう」

「それは正しい判断だわ」


 乗り合っていた女性が強く頷いてきた。連れ立って買い物に行くらしい女性たちがツカサに向かってうんうんと頷いてみせた。その圧に少し顔が引き攣ったが、小刻みに頷いて返した。


「女心に配慮してくれるのってすごく素敵。貴方は独身なの?」


 ラングは返答をせずにシールドを下げて会話を拒否した。そうなると標的はツカサに変わる。女心の徹底的な教育が始まり、頼むから早く目的地に着いてくれと祈る羽目になった。




 それから逃れたのは三十分もしてからだった。

 女性たちはまだ語り足りない様子で馬車を降りていき、見えなくなってから深いため息を吐いた。


「女心に詳しくなれてよかったな」


 ラングが言い、声色はいつもと同じなのに、シールドの下で笑っている顔が想像できてむかついた。






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