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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-56:絶望の未来

いつもご覧いただきありがとうございます。

現在筆がのっていて話数が貯まりに貯まり、管理が逆に大変になって来たので少しの間二日に一回の更新にします。



 真っ暗闇に閉じ込められてからどのくらいの時間が経ったのだろう。


 実際、そんなに時間は経っていなかったが真っ暗闇で時間の感覚が失われてくると、少しずつ冷静さを失っていくものだ。

 男は気が狂いそうになったが遠くから聞こえる怒声が、隣の泣き叫ぶ音が、苦鳴が、どうにか理性を保たせていた。


「こんなところで終わってたまるか」


 せっかく法もルールもないところに来たのだ、力さえあれば何でもできるはずだ。

 同胞の中でこそ守らなければならないモラルはあるが、どうせこの世界には罪を明らかにする術もない。逃げ延びさえすれば勝てる。ここから離れることさえできればやり直せる。

 そう、次は()()()であれば良い。スキルがあればこの世界の戦闘は余裕だろう。弱いものを助け悪しきを挫けばすぐに居場所はできる。

 魔法が使えるのだ、何でもできる。だが、この堅牢な牢は魔法が通じず、炎の魔法を思い切り使った馬鹿の余波でしばらく熱い思いをした。使用した本人は炎の逃げ道がないここで、消し炭になって死んだだろう。

 今は使ってはならないとわかっただけ、あいつの死は無駄ではなかった。

 外に連れ出される時がチャンスだ。

 

 じっと周囲の狂気に耐え忍んでいたら小さな音がした。カチャンと何かが開く音だ。

 手探りで扉の方へ行けば冷たい鉄格子が音もなく開いた。一体どういうことかわからなかったが、ここに居ても望みはない、ならば賭けるしかない。しかし何も見えない、出口はどちらだ。

 ふぅっと風が吹いた気がして冴えていると思った。

 風に誘われるまま暗闇を手探りで走り抜け、やっと外へ出た。夜の明かりが眩しいくらいに降り注いでいて高笑いが出そうになった。

 遠くで軍人の笑う声や見回る声がする。ここに留まってはいけないだろう。また風が吹いた。運が向いてきた気がする。


 走った。風に背を押されとにかく走った。


「はは! 馬鹿どもが! ざまみろ! 監視カメラもないのが悪い!」


 森に紛れ息を整えた。ここまで来れば後はゆっくり逃げられるはずだ。

 勝利を確信した顔で森を振り返れば目の前に奇妙な格好をした男がいた。


 闇に溶けるようなマント、黒い仮面、音もなく、気配もなく立っている姿に恐怖が走る。いや、暗闇に収められていたのだから幻覚の一つ見てもおかしくはない。まずはどこかで体と精神を休めなくては。


「ッチ、くそが」


 幻覚の横を通り過ぎようとすれば、がくんと体が傾いた。


「あ?」


 わしりと髪を掴まれて困惑している間に引きずられていく。


「ああああ! いてぇ! なんなんだテメェは! 離せ! 放せ!」

「大声で喚くな。軍人に見つかるぞ」


 痛みか見つかる危険性かで、何故か後者を選び取ってしまった。足をばたつかせて抵抗をすれば右足が軽いことに気づいた。ずるずると引きずられていく視界の中で、置いていかれる物があった。


「あ、おい、待て、俺の足」

「案ずるな、いずれ考える必要もなくなる」


 強く放られた先で土の固さを覚悟していたが、変な感触に支えられた。


 ぱしゃりと足に水がかかり、痛みが癒えていく。状況に追いつけないまま仮面の男を見上げれば、こっくりと首を傾げて尋ねられた。


「弓を扱っていた男を知っているか」

「弓…?」

「ボウガン」

「あ…あいつか…、あいつは、逃げた」

「どこへ?」

「知らねぇよ、いつの間にかどこにもいなくて、ちくしょう、俺も逃げておけば」

「ではここには居ないのだな」

「そうだ。なぁ、あんたなんなんだよ」


 何やら頭が朦朧としてきた気がする。足がなかった間、血はどうなっていたか。

 シュゥ、と音がして見上げれば男が剣を抜いていた。


「知る必要はない。私はただの死神だ」


 なんだそれ、と男が笑みを浮かべたところで首が飛んだ。

 どさ、ごろ、と落ちた先で別の首に当たり逃げ出すことはなかった。


「そうか、逃げたか」


 ついと仮面を夜空に向けて、男の薄い唇が何かを頼んだ。


 ――― 東側と話し合いがあるという日、男は既に逃げ出していた。


 大きなイベントがある時こそ、逃走には良い。ギルドから金も多少くすねてきた、スタンピード目当てに一旗揚げようとして失敗した風を装えばいい。

 道中冒険者に変な顔はされたが、絡んでこなければそれでよかった。見逃してやったんだぞ、という気持ちで足を進めた。一先ず隣の街で装備を整えようとして辿り着いたのはヴァシュティだ。


渡り人の街(ブリガーディ)の冒険者か」


 入口で門兵に眉を顰められる。ブリガーディとは何だ、イーグリスだという前に冒険者証を返され、入門税を要求される。覚悟していたが想像していたよりも安い入門税で拍子抜けをした。

 次の手続きがあるから退いてくれ、と押しやられて男はヴァシュティに足を踏み入れた。

 ()()()()()を出るのは初めてだった。ざわざわと賑わう街中、活気ある市場、道を挟んで高い建造物が並び、何一つ遜色のない文明がそこにあった。

 宿は整っていて()()()()()だけだと思っていた風呂はこちらも湯が出て、布団は臭くない。

 よくわからない冷汗が出た。

 ()()()()()だけがあの文明度だと思っていた。他の街なんて不便なら行く必要はないと、ダンジョンは周辺にあるので十分だと、それだけで稼ぎになると満足していた。

 手が震えた。

 文明が無いなどと言ったのは誰だ。交通路が整備されているのは()()()()()の周辺だけではなかった。移動手段こそ馬や徒歩だがそれがどうした。宿場町は点在しているというし、乗合馬車も工夫されていた。電車や新幹線に比べれば時間もかかる上に疲れるが、これで足りていると思える何かがあった。

 食事も美味しく衣服や装備も整えられる。男はふらりと呆然自失になりながら煌々とした灯りの中を歩いた。


 しばらく何をする気にもなれなかった。宿の人の温かい心遣いに変なこだわりや強がりが恥ずかしくなる思いで、男は新しい景色が広がることに感動を覚えた。

 そうだ、生き直してみよう。この場所のことをよく知らないのだ、これからいろいろ見ていきたい。まずは装備を整えて、話を聞いて、海が見たい。

 あぁ、いいかもしれない。

 新しい目標ができた。これからは自分のために、けれど誰かを傷つけることなく生きていけたらいい。スキルもきっと誰かを助けるために使えたら良いのだろう。


「俺は自由だ」


 噴水のある広場で腕を広げた。快晴の空は透き通るように美しく、太陽の光は体を照らし汚れた何かを浄化するような心地良さだった。

 男はしばらく ヴァシュティの賑やかさの中で自分を癒し続けた。


 ある晩、男は耳にした。


渡り人の街(ブリガーディ)を軍が掌握したってさ」

「あーやっぱ早いな、軍は」

「そりゃ、対人戦のプロだもんな」


 食べていた食事を取り落とし、店員に声を掛けられて誤魔化した。ついでにと酒を追加で頼んで聞き耳を立てる。ここでしばらくを過ごした男は、自身の居た街が渡り人の街(ブリガーディ)と呼ばれていることも受け止められていた。


「んで渡り人の街(ブリガーディ)はどうなるんだ?」

「軍が出てきちゃなぁなぁにはならないだろ、そういう軍だ」

「まぁ今までいろいろやらかしてるらしいしな」

「ま、そういうことだ。何せ軍師殿は理使い(ナーラー)だし、どこに行こうと逃げられないさ」


 ナーラーが何を指すかわからなかったが、自分がやってきたことが背中に重くのしかかった。逃げられないという言葉が不意に冷たい声を思い出させた。


 ――― 忘れるな、お前は必ずこの手で殺す。


 気づけば荷物をまとめて宿を飛び出していた。どこに行けばいいかわからず闇雲に進み、大通りから逸れて町や村に紛れた。とにかく遠くまで逃げなくてはと思い、前に前に進み続けた。

 どのくらい逃げ続けただろう。宿場町に辿り着けず、キャンプエリアの明かりに釣られてそこで座り込んだ。


「どうした、随分疲れているな」


 声を掛けられてのろりと顔を上げる。焚火の明かりで影になり、人相はよく見えなかった。けれど涼し気な声はほっと息を吐くものがある。


「慣れない旅で、疲れてるだけだ」

「ほう、なんの旅だ?」


 気まぐれに声を掛けてきたのだろう男に、どうせ旅の一期一会だと思い語ってしまった。

 自分を探す旅であること、これからは何か良いことをしたいこと。どこか心穏やかに居付ける場所を探していること。海が見たくて港を目指しているのだが、方角がよくわからなくなったこと。

 男は小さな頷きで相槌を返してじっと話を聞いてくれた。


「そうか」


 最後に一つ相槌を返して、しんとした沈黙が降りる。


「あんたはなんで旅を?」


 礼儀を返すように質問をすれば、やはり焚火の明かりで影になっている男の表情は見えないが、じっと見られていることはわかった。


「人を探していた」

「へぇ、誰を探して?」

「お前を」


 え、と変な声が出た。急に気味が悪くなって立ち上がった。周囲を見渡し、助けを求められる他人がいないことに気づく。


「なん、どういう」

「忘れたのか? 寂しいな」


 ゆらりと同じように立ち上がった男の影が自身の足元まで伸びてくる。闇に飲まれるような錯覚を覚えて慌ててそれから逃げた。キャンプエリアの明かりから離れれば、それはそれで闇しか待っていないのだが、物理的な恐怖から今すぐ逃げたかった。


「どこへ行く」


 静かな声は感情も込めずに言葉を鼓膜に響かせた。その音に聞き覚えがあり、思い出したくないのに思い出す。


 あれは死神の声だ。


「なんで今更! もういいだろほっといてくれ!」


 これから、美しい未来が、明るい未来が広がっているはずだ、()()に追われる必要はない。

 

 キャンプエリアから逃げ出し、微かな月明かりを頼りに林へ入り、そのまま森へ紛れた。

 背後からパキ、カサ、と草木を踏む音が聞こえる。わざとらしく響くその音からどうにか逃げ延びたかった。


「なんだよ! ごめん! ごめんなさい! 許してくれ!」


 がむしゃらになって謝罪を繰り返し、男は木の根に足を取られて大きく転んだ。


「言ったはずだ」


 スゥっと前に現れたのは黒い仮面をつけた死神。


「約束は守るさ、冒険者(ギルドラー)は信頼が全てだ。そして」


 ぬぅっと持ちあがった腕には死神の鎌が持たれているようで、男は口を開いたままそれを眼で追った。


処刑人(パニッシャー)はお前を逃がさない」


 

 さん、と軽い音が深い闇の中で響いた。




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