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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-54:未来への希望

いつも閲覧いただきありがとうございます。



 いつの間にか夜になっていた。



 【快晴の蒼】が小箱を持ち全員部屋を出ていった後、ツカサはずるりとソファに沈んでしばらく動けなかった。

 あまりに情報量が多く、今になって頭がパンクしそうだった。


 【異邦の旅人】は誰一人として席を立たず、部屋を出ず、じっと各々が考え込んでいた。


「真理、か」


 ぽつりとラングが呟いた言葉に、全員がのろのろと体を、顔を上げてそちらを見遣った。ラングはその呟きに補足をすることはなく、すっと立ち上がった。


「今夜は各自休め、私は軍の駐屯地へ向かう」

「あ、俺も」

「お前は来るな」


 はっきりとラングから断られ、ツカサは唇を閉じるのも忘れた。


「これは命令だ」


 初めてラングから提案ではない言い方をされ、返す言葉が出てこない。

 ラングのことだ、来るなと言うからには理由があるのだろう。けれど、ツカサはその理由が知りたかった。


「ラング」


 顔を上げて問おうとすれば、すでにそこにラングの姿はなかった。立ち上がったアルに肩を叩かれ、そちらを見れば苦笑を浮かべられていた。


「夕飯食べに行こう、朝食と少し摘んだだけだったからさ」

「そうね、モニカも待ちくたびれているかもしれないわ。あら、ありがとうアーシェティア」


 エレナがふぅと息を吐いて立ち上がり、アーシェティアがその体を支えた。それを少しの間だけ見上げていたが、ツカサもふらりと倣って立ち上がった。カイラスが差し入れてくれた軽食は喉を通らず、果実水を少し入れただけだったので喉も乾いた。部屋を出る前に全員が膝を突き合わせていたソファを振り返り、先ほどまでの時間が幻のように思えた。

 アルの先導で食堂に行けばモニカを始めメイドや従僕たちが心配そうに一行を出迎え、無事であることに徐々に笑顔になっていった。

 ここに滞在してそれなりに時間が経っている。顔見知りのメイドや従僕も居れば、名を知って呼び合う仲になる者たちもいる。心配してくれたその気持ちが嬉しくて、なんだか視界が滲んでしまった。


 用意された夕食はツカサの故郷である日本食。

 この米はダンジョン産ではなくイーグリス産、この街が、この都市が二百年余りで築き上げたものだ。

 ツカサはこの二百年に大きな価値を感じた。ラングにここで生きると決め、自身を変えなければいつまで経っても異物なのだと言われたことを思い出す。この米はここで生きると決めた者たちの覚悟の結晶の一つなのだろう。

 ゆっくりと食事を味わい、胃から自分を落ち着けていく。食事が終わって食後の甘味をいただいてもラングは姿を見せなかった。


「イーグリスのことが落ち着いて、軍が全部片づけて、それで、いろいろ話したけど、俺たち今後どうすればいいんだろう」


 緑茶を手に抱えながらぼやけば、アルが頬杖をついて笑った。


「いっぱいあるだろ? 住む場所を決める前にもっといろんなところを見に行ったって良い。エレナの故郷だってまだ行ってないし、この大陸(オルト・リヴィア)だって見どころはいっぱいあるんだ」

「確かに、全然見て回ってないもんな」

「私、エレナさんの故郷も行きたいな。それに他の国にも!」

「スカイなら交通も整備されているしそう時間もかからないわよ、他国もいいわね。ほら、ラングが餓死しかけたっていう草原を見に行くのもいいんじゃない?」

「はは! エレナも言うねぇ」


 次に何をするか、未来を想像することは楽しい。今までと同じように新しい発見や美味しい出会いがあるかもしれない。

 ツカサは少し気が晴れてホッと人心地が着いた。こういう時、仲間がいることが何よりも有難かった。

 その晩、ラング以外のメンバーで様々な未来を話して盛り上がった。中にはツカサとモニカの婚姻に関わる話も出たりして、途中、無事の確認も含め小休止に訪れたシグレすらもそれに乗ったりと、賑やかな時間となった。




 ――― 賑やかな空気のエフェールム邸から離れ、軍の駐屯地、ラングはそこにいた。



 深緑のマントは篝火の中でもゆらゆら揺れて、影に消え、また明かりの下に現れる。


「あれ、今誰かいたか?」

「どうした?」

「気のせいかな…?」


 見回りの者たちが横を通っていく。ラングはそれに眼を向けることもなく中央の天幕を目指した。

 大小の天幕、夕飯か炊き出しか厨房にした場所は広く、多くの人員が忙しなく調理を行なっていた。天幕の遠くには土肌の高い壁ができており、あそこに【渡り人】が収められているのだろうと察せられた。

 目的の天幕からは聞き覚えのある声が流れてきた。


「では、この手筈で進めよう。副隊長たちにはいつも世話をかけるね」

「いえ! とんでもない」

「しばらくは僕らもここで指揮を執るけれど、困りごとがあれば伝達竜を。まぁ、海を渡ってもあの子たちなら遅くても片道三日だ。余程のことがあれば王太子殿下に直接ご指示を…っと」

「邪魔をするぞ」

「何者だ!」


 天幕の入り口に悠々と立った不審者にすぐさま剣が槍がナイフが向けられる。

 その奥でくすりと笑って、ターバンのような帽子を付けたヴァンが紙を巻いた。


「僕の客人だよ、さっき話したラング殿だ」

「これは失礼を」

「構わん。しかし気の抜けた軍だな、私に気づいたのは斥候部隊の一部だけだったが」

「君の歩き方と気配の消し方のせいだろう? 試すように歩いただけで、本気ならここまでバレなかったんじゃないか? 改めて紹介するよ、あぁ、皆も並んでくれればいい」


 上座で指揮官として立つヴァンは応接間で会った青年とはまた違った風体に思えた。権力と軍事力をその背に負った、責任ある男の顔だ。ラングは下ろしていたシールドを鼻先まで上げて敬意を払うことにした。


「右手から、魔導士隊隊長、リシェット。副隊長のルーン」


 リシェット(シェイ)が相変わらず瞑目で応える横で、ぺこりと素直に頭を下げる青年。


「歩兵隊隊長、デヴァイン。副隊長のツェイス」


 よ、と軽く手を上げるデヴァイン(クルド)と、そばかすの散った青年がびしりと綺麗なお辞儀を見せた。

 ヴァンは逆側を指した。


「騎馬隊隊長、ラジャーン。副隊長のフォクレット」


 胸に手を当てて会釈をするラジャーン(ラダン)と、ゆったりとした会釈を返すフォクレット。


「斥候・工作部隊隊長のアース。副隊長のスー」


 へへっと笑って手を振るアース(アッシュ)と、その少し後ろでバンダナを外し胸に置き右耳、左耳、喉と触って独特の礼を取るスー。


「そして僕が軍師、ラス。改めてよろしく」

「【異邦の旅人】のラングだ、礼を尽くしてもらったことに感謝を」


 帽子を外したヴァン、この場では本名ラスと、胸に手を当てマントを少し開き礼を返すラング。

 初見の副隊長たちはその姿で幾分か警戒を解いたようだ。それを確認してから改めて紹介を受ける。


「彼は僕たちの協力者だ。共有したヴァンドラーテの件でね。少し特殊な歩法を使われるので気づいた者は少ないだろう。ご本人はそれが狙いのようだから、ここだけの話で良い」


 ザッと全員が胸に腕を置いて了解の敬礼を取る。同じように腕を下ろした後、ツェイスはサッとラスに体を向けて礼を取り、発言の許可を待った。ゆったりとテーブルの上の紙束を片づけながら穏やかな笑みを浮かべてラスが頷く。


「なんだい、ツェイス」

「軍師殿、差し出がましいことですが、ラング殿は何故ここに? いらっしゃるだろうというのは聞きましたが」


 まだ若い青年らしい言い様だ。ラスは粗方紙束を束ね終わると、いつの間にか背後にいた男にそれを渡した。顔に傷のあるその男の紹介はない。


「うん、渡り人の街(ブリガーディ)の誰かに用があるらしい。()()の詳細は聞いても?」


 ラスが視線をラングに置けば、少し肩を竦めるような動作を見せて問われたラングが答える。


「話せん。沈黙の誓いを行なった」

「わかった」


 ラングにとって沈黙の誓いがどの程度の重さを持つかは測り切れなかった。だが、即座に了承を返すのだからこの世界の者にとっては重要性がわかるのだろう。


「立ち会いはさせてもらうよ?」

「構わん。だが、数人この手で片をつけたい奴がいる」

「穏やかじゃないね」


 すぃとラスの手が横に揺れれば律して立っていた全員が体から力を抜く。話が長くなると推察したのか、場を上手く動かす軍師だ。そうでなければ人はついてこないだろう。

 ラングは前に差し出した手を強く握り締め、グローブをぎちりと鳴らした。


「仲間を痛めつけた者に、必ずこの手で殺すと約束をした」

「約束、か」

「それを果たす」

「ツカサを連れてこなかったのは、そのため?」


 踏み込んでみれば解答はない。沈黙は肯定か、とラスは腕を組んだ。暫し瞑目、再び顔を上げてラングを見た。


「エレナの眼を奪った輩だろうから、罪なき者ではないだろう。極刑の決まっている者であれば、君が処刑を引き受けるという形で許可しよう」

「ラス」

「僕の責任で良い」


 咎めるように声を出したリシェット(シェイ)を手で制し、迷わずに言う。リシェット(シェイ)はその姿に瞑目して下がり、意向に従う意を見せた。

 

「だが、極刑の決まっていない者であれば命を奪うことは許さない」

「四肢は」

「懲役労働に科せないのは困る」

「では心は」

「君はどうあっても目的の人物を殺したいのだね?」


 苦笑交じりにラスが言い、ぽりぽりと耳を掻いた。


「まぁ、僕らも正道を生きている訳ではないしな」


 ぽつ、と呟かれた言葉に顔に傷のある男が影に消えた。あれは飼われた暗殺者なのだろう、アルやツカサであれば今消えたことにも気づかない程自然な移動だった。隠しもせずにラングに見せたのは、今後どこか()で会った際、殺し合わないように面通しをさせるためであろう。


「アース、スー、ラングを渡り人の街(ブリガーディ)の囲いへ案内してあげて。そしてそこで起きることに眼を瞑ること」


 ぱちんとウィンクをして無邪気ながら言っていることはとんでもないことだ。

 アースはまた貧乏くじ、と盛大に溜め息を吐いて、スーはバンダナを巻き直して糸目で笑った。

 ラングは自分が要求しておきながら腕を組んで呆れた声で返した。


「いいのか?」

「構わないよ、少なくとも女性に暴行を加えるような奴らが目当てなのだろうし、それに」

 

 にっこりと少し幼さすら感じる笑顔を浮かべて、ラスは言った。



「君との良い関係のための貸しさ。今後ともよろしく」




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