3-51:捕り物の理由
少々会話が多いので、3-53まで毎日投稿します。
質問の意図がわからず一瞬の間を置いてからツカサは叫んだ。
「何って、何の話!?」
困惑をしながらもツカサは思い当たることが無く、ぶるぶると首を振る。
ヴァンは視線を外さないまま隣で紅茶を傾けるシェイへ尋ねた。
「シェイ、どうかな?」
「嘘はない」
「違う? 演技でもなく? だとしたら何故なのだろう」
ツカサを押さえ込んだことに対しての罪悪感は一切なく、ヴァンは深いため息をついてサッと手を上げた。
アッシュは短剣をアルの胸から離し両手を上げて距離を取り、クルドは剣を納め、ラダンはきゅるりと棒を回して解体し、腰のポーチに仕舞い込んだ。エレナも自身を覆う障壁が解けるとソファに沈み、アーシェティアはその体を後ろから支えた。
ラングはツカサを背に庇いながらゆるりと格闘の構えを解いた。警戒は未だに続けたまま尋ねる。
「ヴァンドラーテが襲われたと聞いたが、それにツカサが関係しているというのか」
「そうだ」
ヴァンは思案していた顔を上げてラングを見た。その立ち姿はピンとした緊張感の糸を感じさせ、ラングは首筋を走る鳥肌に双剣へ手を置いた。場を支配されては困ると思った。ここは斬り込むことにした。
「ならば話せ、ヴァンドラーテを治めるダヤンカーセは知らない男ではない。名を隠されていたとはいえ、お前たちも知らない男たちではない」
「流石にバレちゃうか」
ヴァンは苦笑を浮かべて首を摩り、腰の後ろで腕を組んですぅっと背筋を伸ばした。
それに伴い、シェイは紅茶を置き、クルドとラダンは背後に控え、アッシュはのんびりとそちらへ戻った。
ラングは一つの手帳を取り出した。それは出会った当初、ツカサと契約を交わした書面の記載されたものだ。手帳を開けば契約の果たされた文字がふわりと浮かび上がり、風に巻き上げられた砂のように消えていった。
「【自由の旅行者】の著者であり、イーグリスの外にいるスカイ王国の一軍【空の騎士軍】の軍師」
ぱたりと手帳を閉じて、ラングは呼んだ。
「ラス・フェヴァウルだな」
ヴァンはにこりと微笑んで胸に手を置いた。
「そうだ、僕の本当の名前はラス。【快晴の蒼】のリーダー・ヴァンであり、【空の騎士軍】の軍師。有難いことにこの国の軍師の長を預かっている」
ツカサは言葉を失ってヴァンを見ていた。
シグレが最敬礼を以て対応していたのだから思うところもあった。帰還する際、一団を率いて先頭にいたことにも予感があった。
ラングはそれに加え、確たる証拠があってのことだ。
ヴァンの眼は揺らぐことなくラングを見据えていた。ラングもシールドの中でそれを逸らすことはない。
「何があった」
「このまま続けても?」
「構わん」
ラングの首肯を得てからヴァンは視線をツカサへ置いた。
「僕たちは盟友ダヤンカーセの頼みで襲撃に遭ったヴァンドラーテへ赴いた。酷い物だったよ、街並みはボロボロ、遺体は無残に切り刻まれていて誇りも尊厳もなかった」
「なんでそんな、ボルドーたちは?」
「逃げる者の背を守って、良い戦士の顔だった」
ボルドー、とアルが呟き、目を伏せて短い黙祷を送った。
それを真摯に待ってから続けられた。
「襲撃者は三種、マナリテル教とアズリア王国騎士団、そして解体されたはずのアズリア王国の特殊暗殺部隊」
「マナリテル教か」
そこだけを繰り返してラングは腕を組んだ。
ツカサはアズリアでマナリテル教とやり合ったと書かれた手紙のことを思い出していた。
「僕らの仲間であるシェイは眼が良くてね。魔力の痕跡をヴァンドラーテから辿って、王都に辿り着いた」
金眼がツカサを見る。あの人の視界は微細な魔力も逃さないだろう。僅かに後ろを見遣ってヴァンが穏やかな声で言った。
「説明を頼むよ」
「赤の魔力、【渡り人】の魔力がヴァンドラーテを包み込んでいた。何百人という者たちが魔法を使ったような混合痕跡は初めて見た。魔力というのは、例えが難しいが、そうだな、言うなれば一人ずつ匂いが違う。だが魔法を行使した本人の匂いがわからないごった煮の魔力は初めてだった」
シェイは淡々と、魔導士でない者に対しても分かりやすい表現で見えたことを語った。
多くの人の痕跡に隠れている者が主導で魔法を使ってヴァンドラーテを蹂躙しただろうこと。
そのあとに続いて王国騎士団や果ては特殊部隊が港中を荒らしまわっただろうこと。
「魔力は通常、濃くても五日程度で理に還る。だが、よぅく探せば、やり方を知る者ならば追うことができる」
そうして、シェイはヴァンドラーテから道を戻り王都へ辿り着いた。そこからはまたヴァンが引き受けた。
「王国騎士団や特殊部隊を調べた。特殊部隊に関しては解体したのが僕らだったしね。ただ、何故マナリテル教がいたのかがどうしてもわからなかった。調べれば調べるほど、ヴァンドラーテ襲撃はマナリテル教が主導していたことが明らかだったんだ」
「襲撃の理由はわかったのか」
「正確な理由はまだ、ただ、理由の一つがツカサだったのさ」
ザッと全員の視線が注がれた。
思わず後ずさり、サイダルのあの日のようにラングの背に隠れた。あの時よりも身長が伸びているのでラングに隠れきれなかったが前に居てくれるだけで有難い。
「王都アズヴァニエルで大工の徒弟が大規模な魔法を行使した。マナリテル教がそれを調べて、やった者を追いかけてきていた、ということはわかってね」
思い当たる節がある、そっとラングの背から顔を出した。
「君が氷魔法を使ったんだね」
「確かに、記憶にあるよ。でもあれは」
「棟梁からも聞いた、事故だったのを助けてもらった、とね。マナリテル教がそれを何故追ったのか理由はわからないけど…、きっかけは君だった、これが一つの真実だ」
「だからさっきはあんなことを?」
「どうしても君の反応を確かめたかったんだ」
ヴァンは胸に手を当て、謝罪こそしないが真摯に答えた。ツカサは何とも言えない気持ちでそれを眺めた。
何が理由だとしてもまず聞いてくれればいいものを、突然床に押さえ込まれた屈辱と恐怖が苛立ちに変わる。
ラングがツカサの肩を叩いてまた後ろへやってからヴァンへ尋ねた。
「ダヤンカーセには報告したのか」
「今話したことは共有した。ヴァンドラーテの再建もあって、陸のことは任せる、と引き続きの依頼を受けている」
「そうか。だが王国軍にも蹂躙された港だろう。再建など見通しがあるのか」
「海賊に襲撃された、とヴァンドラーテを有する貴族が王国に報告を上げた。他に疑っている素振りも見せなければ、税さえ徴収できれば、なぁなぁになる国なんだよ。何より、あの領地はダヤンが掌握してる」
「なるほど。今後はどうするつもりだ?」
「容疑が完全に晴れたわけではないけれど、ツカサが故意にしたわけではないことはわかった。ツカサが他に思い当たることがないのであれば振出しに戻るだけだ。向こうの大陸にいる協力者から情報収集を行い、時間がかかろうとも真実は明らかにし、仇を討つ」
確固たる意志の声にラングが探りを入れるように視線を向けたのがわかる。それに怖気ることもなく、ヴァンは胸を張り続けた。
「一国の軍人で、軍の長である者がよそ見をしていて良いのか」
「ダヤンは僕らスカイの盟友であり、そして個人の友でもある。アズリアの特殊部隊のこともあるから国自体に支援を言い渡されているよ」
「なるほど、であれば我々も協力しないこともない」
ラングは双剣から手を離し軽く上げてみせた。
ツカサはその後ろで目を見開いた。
「ラング?」
「ダヤンカーセ・アンジェディリスは友であるし、身の潔白は自身で証明する方が早い。こちらとしても軍師には聞きたいことがあるからな」
信じろと言われても信じるだけの事由がない。それよりも、聞きたいことがあるから容疑を晴らす、晴れた暁には情報を寄越せ、という方が信頼のおける相手になる。得るためにまずは行動で示されるのだから心証は良い。
ヴァンは、やりにくいが話の早い相手だと感心し、一つ頷いて笑った。
「うん、利害関係であれば今の状況なら信頼ができる。こちらとしても情報は多い方が良い、改めてよろしく頼むよ」
ヴァンから差し出された手をラングは躊躇せずに握り返し、部屋の中の緊張感が薄れた。アルが、アーシェティアが、クルドが、ラダンがお互いの様子を探り合っていたのがなくなったのだ。
「じゃあ、改めて情報共有をしよう。僕がさっき話したことの補足はいるかな」
「要らん、聞いたところで相手の理由がわからないことは変わらないだろう」
「違いない」
苦笑を浮かべ、ヴァンは座り直し、ラングも座った。
それに倣ってどちらのメンバーも座り直し、ツカサは居心地悪く尻の位置を何度か直した。
「疑問点を整理しよう」
ラングがゆっくりと指を立てた。
「一つ、マナリテル教の襲撃理由。二つ、何故それにアズリア王国騎士団と特殊部隊なるものが便乗したか。三つ、そもそも、何故ツカサが追われたのか」
「魔導士の観点としては、混合魔法の解析もある」
シェイは魔力痕跡を思い出してか不機嫌に言い、目を瞑り腕を組んでソファに深く寄りかかった。
「先ほどの話以外に情報はないのか?」
「そうだね、特殊部隊が何故かアズリア国王の管理外だってことと…」
「あ、そうだ」
ぽん、とアッシュが手を叩いた。
「そういえば、魂がないってセルクスが怒ってたんだよ」
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