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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-48:逃走と帰還



「何をしている! 待て!」



 叫んだのはジェームズだ。

 戦闘の指示をしたわけではなく、ラングの言うとおり緊張に耐えきれなくなった者が魔法を放ったのだろう。それが合図になり武器を構えていた前線の者たちが勢いに任せて突っ込んでくる。人数にすれば凡そ三十人余り、様々なスキルを持つ【渡り人】なのだから厄介だ。


「お、おい、どうするんだよ!?」

「今からイーグリスに移動するから、とにかくついて来て!」

「お、わ、わかった!」


 渡り人の街(ブリガーディ)の四名も慌てて立ち上がりラングとツカサに駆け寄る。


「お手並み拝見だ」

「任せて、殺さないように、と!」


 ツカサは激流のような水魔法を撃って足を緩めた後、先端が尖らないよう丸みをイメージした氷魔法を放った。駆けてきていた者たちの足が徐々に凍り、急ブレーキでつんのめらないよう配慮までされていた。


「どう?」

「行くぞ」


 どや顔でラングを見れば既に走り出していて不満そうにしながらも後に続く。追い風に背を押され凍り付いた渡り人の街(ブリガーディ)の人々の横を抜け、その際に氷壁も創り上げていく。

 マジェタからキフェルへ移動した際の、魔獣暴走(スタンピード)を逃れるためにツカサがやった方法だ。

 移動する先の方へ向かって魔法を放ち、逃走経路の確保をしつつ相手の行く手を阻むようにすれば向こう側から罵声が聞こえてくる。

 このまま上手く逃れるつもりが、後ろの方で氷壁にビシビシとヒビが入り砕けて壁が崩れ落ちていく。


「コンドルだ!」


 叫んだのはツカサがダンジョンで手当てしたカイトと呼ばれた青年だった。コンドルは衝撃波のスキルを利用して体を止める氷も壁も砕いてきた。

 相性が悪い、氷壁は端に入ったヒビを起点に創ったばかりのところまでやわくなってしまう。加えてコンドルの後に続くようにして他の冒険者たちも追ってくる。

 最悪、ツカサとラングだけならどうとでもなるが()()()()()がいるのは重い。走って数分で二人と距離が開き始めひぃひぃと息が上がり始めた。


「魔力は平気だけど、あれじゃ防げない!」

「工夫をしろ」

「どうやって! アイデアちょうだい!」

「重ねるんだ!」


 ホークが邪魔なローブを脱いで捨てながら叫んだ。


「魔力余裕なんだろ!? 分厚くても一枚だから一撃で崩れていく! 何層も重ねるんだよ! あいつのはそういうスキルだ!」

「やってみる!」


 ツカサは小刻みに魔法を放ち氷壁を何枚も創り上げながら走った。

 衝撃波を撃つにもタイムラグがあるらしく、徐々に渡り人の街(ブリガーディ)と距離が開く。これでよしと気を抜かない方がいいだろう。ツカサは氷壁が相手側に迫るようにしながら何層も何枚も魔法を放つ。いつ来るとも知れないコンドルの追撃はある意味の恐怖だった。

 四人も足をもつれさせながらも止まることはなくイーグリスの北門を目指す。城郭の前に隊列が見えてラングへ叫んだ。


「あれはどっち!?」

「足を止めるな!」


 イーグリスか渡り人の街(ブリガーディ)か悩んでブレーキをかけそうになった足を、ラングの声を受けて無理矢理動かしツカサは走り続けた。

 近づけば先頭に立つ人物に見覚えがあって少しだけ体から力が抜けてしまった。


「そのまま中へ入りなさい」


 声が風に乗って聞こえ歯を食い縛って開いた門を目指して走った。

 駆け寄れば隊列が少し割れて道が出来、門をくぐり膝を突く。

 改めて振り返り見れば、軽装だが統一された防具で腰に吊った剣や、背に負った武器こそ種類があれど一つの組織なのだということがわかる。


「ラング」


 兎角、無事にイーグリスへ入れたことを安心して顔を見ようとすればどこにも姿がなかった。周囲を取り囲む自分を心配そうに見たり声をかけてくる人々が邪魔だ。


「ツカサ、ここだ」

「ラング! 通して、通してくれ!」


 ラングの声に人を掻き分けて進む。

 人の円の中心でラングは膝を突いて大きな呼吸で背を揺らしていた。人を押しのけ隣に膝を突き一瞬触れようか悩んで背中に手を当てた。

 いつものラングであればこのくらいの距離、どうとでもないはずだ。どれだけ走っても息を上げず、どのような状況下でも冷静に対処をしてみせる。人前で弱ったところなど見せない男が、ツカサの肩を掴んで支えを欲していることに泣きそうになった。

 また胴に腕を回し、ラングの体を担ぐように引っ張る。

 力の抜けた男性の体は重く、ツカサは引っ張られてたたらを踏んだ。


「ラング、少しだけ頑張って! 馬車を、誰か!」

「ツカサ!」


 素早く逆側を支えてくれたのはアルだった。ぱっと笑う明るい笑顔に安堵感が浮かび視界がじわっと滲んでしまったが袖で強く拭った。


「ラングが毒の後遺症で辛そうなんだ」

「わかった、手配する。他には?」

「あの人たちは渡り人の街(ブリガーディ)のパーティの人、向こうが怖いから助けてくれって一緒に来た」

「ダンジョンで会った奴らじゃないか。まずは拘束させてもらうぞ、手荒な真似はしないけど、抵抗すれば痛い目に遭うからな」

「わかった、わかってる! 大人しくするし武器も渡すからそこは、従う」

「良い心がけだ、メルファス、今の聞いたな? 対処してくれ」

「承知しました」


 執事服に身を包んだ男が渡り人の街(ブリガーディ)のパーティを引き連れていく。

 それを少しの間見守ってアルはラングの腕を首にかけて支え直した。


「道を空けてくれ! 統治者(オルドワロズ)の客人だ! それからみんなも門から離れておくんだ! 戦闘になるかもしれないからな!」


 アルの通達に人々はざわめいたが大きな混乱はなく、指示通り門からは人波が引いていった。その先で馬車を見つけぐったりとしたラングを押し込み、ツカサもアルも乗り込めば御者が館の方へ機首を向けた。


「これ、いつから? 大丈夫そうに見えてたんだけど」

「最下層のボス部屋でぶり返したみたい。外で解毒魔法を使ったら反応があって」

「あー残っちゃってた? 戦った相手とやり方が無茶だったもんな」


 対面の席で壁に寄り掛かり振動を受けて揺れるシールドについ手が伸びてしまった。

 寝る時も外さない、見ようとすれば殺すという、そんな人が今は意識も危うい状況だ。今なら、という気持ちと、こんな状況だからこそ守らなくてはと思う気持ちが拮抗し、やがて後者が勝った。


「ラングに勝てば見れるしね」


 出会って早々、気になりすぎてシールドについて言及し、勝てたらいいだろうと言われたことを思い出していた。いつになるかはわからないが、今はその時ではない。

 アルはじっと一連の動作を見守っていたが、ツカサが隣に座り直すと一度だけぽんと頭を撫でた。


「よく頑張ったな、お疲れ。停止した件はラングから伝言飛んできた。戻ったらまず兄貴に報告してくれ」

「ありがと、話すのは良いけど、あの外の一団は?」

「軍だ。今朝方到着したらしくて兄貴は戻って早々に仕事」

「大変だね、ねぇ、アル」

「どうした?」

「あの人って…」


 話したいことがあるのだが、睡魔に襲われて声が溶けていく。夢に落ちる寸前、アルが大丈夫だ、と言ってくれた気がしたが、それも幻だったのかもしれない。

 





 ――― 眠ったのはほんの数十分のはずだが、随分深く眠りについていたらしい。


 ガタン、と馬車の揺れた振動で意識はあったものの、目が開かず体が動かなかった。隣にあった気配が扉を開けて快活な声を響かせているのを聞いていた。


「ラングは俺が運ぶから良い、ツカサを起こして兄貴のところへ連れていってくれ。それから医者を、念のため解毒剤を作って飲ませた方がいいかもしれない」


 ガタン、ごそごそ、と布が擦れる音がして近くから人の気配が消える。

 ラングが運ばれていくのを感じ、瞼を開くために呻き、震わせる。


「大丈夫ですか?」


 頬を軽く叩かれてようやく開き、目の前のカイラスに小さく頷く。ゆっくりと体を起こし、支えられながら馬車を降りた。


「シグレ様のところへご案内いたします。お帰りの際に大変な目に遭われたようですね」

「少し」


 言葉少ななツカサに思うことがあったのだろう、カイラスはそれ以上余計な会話をせずシグレの執務室へ連れていってくれた。

 カイラスが部屋をノックし返答を待ってから扉が開いた。


「ツカサ、良くやり遂げてくれた! 礼は改めてするが、まずは報告を聞こう」


 促されたソファに座り、カイラスはすぐに飲めるよう果実水を出してくれた。それを一杯飲み干してからツカサはできるだけ簡略化して話した。


「最下層のボスを倒して停止して、外に出されて少し歩いた。森が切れたところで渡り人の街(ブリガーディ)の人たちに行く手を阻まれた。渡り人の街(ブリガーディ)の代表だったジェームズを筆頭に、ダンジョンで会った剣士もいた」

「戦闘になったのか?」

「こっちは手を出してない、はず。俺が氷魔法で壁を作りながら逃げてきた」

「向こうからは?」

「えっと、炎が飛んできて、盾魔法で防いだ。あとは、渡り人の街(ブリガーディ)の剣士が同じパーティの魔導士を、こう」

「仲間割れになったのか」

「そうみたい」


 お互いに早口でここまで話し、シグレはツカサの肩に手を置いて強く掴んだ。それに視線を誘われて顔を上げれば灰色の瞳が優しくこちらを見つめていた。


「君の協力に心から感謝を。手を出さなかったことも英断だった、あとは任せてくれたまえ」


 ツカサはホッと息を吐いて、ふかふかのソファにそのままずるりと沈み込んでいった。




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