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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-47:お出迎え



 ツカサには目の前のジェームズよりも背後の音の方が大事だった。



 先ほど同様、深い呼吸で体の痛みを逃がしているラングの下へ駆け寄り、解毒魔法とヒールを行なう。解毒魔法に反応はないので、純粋な後遺症だろう。

 如何に毒への耐性があるとはいえ、無茶な戦闘だった。ベネノエレに魔法吸収などと記載がなければ戦闘を手伝えたのにと悔しい思いだ。ラングはツカサの治癒力を信じてもいたのだろうが、もはや考えても仕方のないことでもある。


「まだキツイ?」

「毒を受けた後はいつものことだ。しばらく安静にしていればいいのだが、そうもいかんな」

 

 ラングはツカサの肩を杖にして立ち上がり、呼吸を入れるのと同時背筋を伸ばした。手を離し、凛然と立つとそのまま歩み出して前に出た。


「随分とお迎えが多いようだ」

「ツカサと戦っていた男だな? 仲が良いじゃないか、言っていた伝手とはお前のことだったか」

「さてな」


 ラングはゆっくりと首を傾げてジェームズに言葉を返した。


「そこを退いてもらおう、我々はイーグリスへ戻るところだ。ここでの衝突は後のないお前たちにも望ましいことではないと思うが」


 ジェームズが肩を震わせて笑えば、示し合わせたかのように背後の人々も笑う。ツカサはすっかりこちら側で怯えている渡り人の街(ブリガーディ)の冒険者を振り返った。


「あんたたちは向こう側なんじゃないの?」

「なんかもう、状況についていけてなくて。それよりあのへんてこ仮面、大丈夫か?」


 素直なことだ。心配も有り難いがツカサには何とも言えず肩を竦めて返した。

 コンドルだけは向こうでツカサを睨み続けている。

 ふと、自意識過剰かもしれないが、ツカサが力を持っていることを妬んでいるのかもしれないと思った。魔法にしてもダンジョンの停止にしても、向こうからすれば手柄の横取りに見えるだろう。ラングから掌底を食らい吹っ飛ばされたこともプライドを傷つけた可能性がある。もしや、先ほどのはとばっちりを受けたのだろうか。

 

 ツカサがそんなことを取り留めも無く考えていると渡り人の街(ブリガーディ)の人々は嘲笑を終わらせたところだった。


「黄壁のダンジョンを停止させたとか?」

「そうだ。礼なら要らん」

「これほどの人数を前に態度のでかい奴だ」


 再び起こった嘲笑にラングはこてりと首を傾げてみせた。


「人数だけの烏合の衆に何を思えと?」


 ぴくりとこめかみが引き攣ったのがこの距離でも見えた。ラングは敢えて挑発をしているらしく腕を組んで顎に手を添え、ゆったりと構えた。この動作、対峙するとイラッとするのだ。

 ジェームズが大袈裟に腕を上げればどさりと人が捨てられる。ツカサは一瞬足が出かけた。


「司…」


 実父がぼろぼろの姿でツカサへ助けを求めた。その姿に居ても立っても居られず駆けだそうとすればラングが肘で押して双剣を横に出した。行くなと示唆されたのだ。


「何度も言わせるな」


 小さな声で諭されて深呼吸してから実父を見遣れば、服こそぼろぼろだが外傷は少ない、というよりはわざと汚れをつけているように見える。

 だとすれば、父はわざわざツカサを釣るための餌として自身を差し出したことになる。なんとなく、自分がやると胸を張り持て囃される父の姿を想像してしまい恥ずかしくなった。

 目元を押さえて羞恥に耐えていれば駆け寄ってこないツカサに実父は理解できないといった表情を浮かべていた。


「釣りたければ血くらいつけてこい」


 静かながらよく通る声に顔を真っ赤に染めて、実父はよろよろと立ち上がった。

 

「言ったはずだ、こいつはもうお前の息子ではない」

「何を言っているんだ、私の息子だ。血を分けた私の子だ!」


 情に訴えかけるように実父は胸に手を当てて叫んだ。視線がラングではなくツカサに向いているのは語り掛ける相手がそちらだからだろう。

 その視線に割り込んでラングが珍しく感情を込めた声を出した。


「血のつながりが何だという。共に過ごす時間が長いから何だという。たった数分で知己になれる者もあれば、長く隣り合っても理解し得ない者もいる。家族という枠組みは血だけで成るものではないだろう。或いは絆で、或いは契約で、或いは覚悟で、或いは…それこそ情や愛で成るものだ。血だけを理由に利用される謂れはない」

「何を言う! 私は息子を愛してる!」

「ならば小細工など弄せず、前に立て!」


 ラングの強い声はぞくりとしたものを感じさせた。

 理由はわからないが高揚か、武者震いか、胸のどこか深いところが掴まれるような気持ちだった。

 きっと、それは言葉に嘘が無いからなのだ。ラングはそれを自身の思いとして、考えとして、きちんと持っているからこその言葉の重みだった。

 そして何より、ラングはそれを行動で示す。


「お前たちに持論を押し付けるつもりはないが、何が理由だとしてもツカサは生き方を選んだ。私はそれを尊重するまでだ」


 そうだろう、と問うように振り返ったラングのシールドにツカサは強く頷いた。確かに自分で選んだのだと真っすぐにラングへ視線を返した。

 それを確認し前へ向き直り、ラングは言った。


「もう一度言う、そこを退け」


 ざぁっと風が抜けた。

 心地よい冷たさは一触即発の空気を少しだけ冷ますような気がしたが、それで場が収まるほど簡単ではない。

 ジェームズはツカサの実父を下げさせて、また腕を上げた。あの人はやはりあちら側なのだなとツカサは胸中で呟くに留めた。


「武器を抜くな、戻れなくなるぞ」


 カチャ、と武器に手を掛ける音がするのと同時、ラングはシールドをぐっと下げた。渡り人の街(ブリガーディ)の半分は戻れなくなるの意味をわかっているのか、考えているのか、武器に手を置いただけで抜きはしない。もう半分は少しだけ武器を抜き、コンドルを含め前線に出ている者は武器を構えた。

 

「道を空けろ」


 ツカサの耳にはラングが深く呼吸をする音が聞こえた。敵意を向けられ、ラングが備えているのを感じ取った。

 ツカサはこちら側で未だ困惑の表情を浮かべている渡り人の街(ブリガーディ)のメンバーを肩越しに見遣った。


「ねぇ、あんたたちはどうする? 今のままだとたぶんこれ、戦闘になる。敵になるなら今の内に向こう行ってほしいんだけど」

「戦闘!?」


 お互いに顔を見合わせてこそこそと相談し、縋るように四人がツカサを見た。


「悪い、助けてくれ」

「怖くて戻れない」

「武器は渡す」

「抵抗もしない」


 ガシャガシャと装備を置いて後ろへ下がって膝を突くメンバーに、ラングではないが呆れた溜め息を吐いてしまった。武器は預かっても良いが、守りながらとなると面倒なので受け取らずに手で返す仕草をした。ラングもそれを咎めないので判断は間違っていないはずだ。


「この人たちもイーグリスに行くって」

「致し方のない」


 軽く顎で呼ばれ隣に立った。そのことに渡り人の街(ブリガーディ)側は少しだけ動揺したようだが、すぐにざわつきは収まる。

 しんとした空気の中、ラングにだけ聞こえるように少し顔を寄せた。


「これ、どうなるの?」

「時間を稼ぎたいところだな。少なくともお前は向こう側にとって良い戦力だ、できれば殺したくはないだろう」

「そのために俺を隣に呼んだの?」

「そうだ」


 容赦のない盾扱いに何とも言えない顔をしてしまった。しかし、それを酷いとか最低だとか思わなくなったことに驚いた。むしろラングが横に並ばせてくれたことを嬉しいと思う自分に苦笑が浮かぶ。

 ここに来たばかりのツカサならば、いろいろ文句も言っただろうし騒いだだろう。

 

 あぁ、変わったのだな、とあっさりとした感想がツカサの中で呟かれる。


 一つ息を吐いて気持ちを切り替えた。


「ちなみに時間を稼ぐ理由は?」

「いくつか理由はあるが、考えろ」


 どこまで行ってもラングはラングだ、容易に答えを教えてはくれない。

 時間を稼いで待つことで、先程ダンジョンの停止を伝えたアルが迎えに来ることを狙っているのだろうか。来いとは言わなかったがアルなら来そうな気もする。故に、時間が欲しいのか。いや、だがラングは風の力を借りて今の状況を改めて伝えてはいない。


 ツカサは可能性と予想をぐるぐると考え続け、その間に渡り人の街(ブリガーディ)側は徐々に足並みが乱れ始めた。それに気づき、ツカサはまたラングに顔を寄せた。


「なんだろう、ざわついてるみたい」

「あぁ」


 ラングに動じた様子はない。素直に尋ねてみることにした。


「アルに連絡して援軍を待つ?」

「いいや、呼ばない。呼んでしまえばここで全面戦争だ、それでは軍を待つ意味がない」


 混乱が加速した。ツカサは項を摩って素直に教えを乞うた。


「どういうことか説明してほしいな」

「相手が正規の騎士団や軍人でないのならば、時間が経てば経つほど有利だということだ」

 

 見ろ、とシールドが揺れて前を指す。

 武器を構えていた者も、手を添えていた者もお互いに顔を見合わせ何かひそひそと話し、それが徐々に大きくなる。


「こういった状況下での戦闘訓練を受けていない者は緊張の逃がし方や立ち方を知らん。じっと相手の出方を待つ時間がいずれ迷いに変わる」

「なるほど」

「指揮を執る男が容赦なく戦闘指示を出していればこちらが不利だったが、あの男も後がないことはよく理解しているようだな。ツカサ、口元を覆え、読まれる」


 なるほど、と小さく呟き、咳払いを手で押さえるようにして口元を隠した。ラングがシールドを下ろしたのはそのためでもあったのだ。


「じゃあ、この膠着状態いつまで続けるの?」

「大地に力を借りて混乱状態にするか、水を呼ぶか悩んでいる。風に力を借りるには余計な人数がいるからな」

「どう違うの?」

「どうなるかがわからん」


 あぁ、とツカサは合点がいった。映画やテレビで自然災害を見たことのあるツカサにはイメージがし易いが、ラングはその力がどういった効果を発揮するのかがわからないのだ。間違っても渡り人の街(ブリガーディ)を殺してはならないというのが大きな枷なのだろう。

 正直、百人程度であればラングは全員殺せるのではなかろうか。想像に飛びそうになった思考を再びの咳払いで呼び戻した。


「ラング、土砂災害、土砂崩れってわかる? 雪崩は? こう、土とか雪がどばーって流れ落ちる、滑り落ちるみたいな」


 ツカサの手が波打ちイメージを伝える。その動作がフラダンスを踊っているようにみえ、渡り人の街(ブリガーディ)側はまたざわつきと苛立ちを募らせた。


「雨が多い時などに山や崖が崩れるあれか。なだれは見たことが無い」

「そうそれ、雪崩はそれの雪バージョン。そんな感じであれを押し返すのはどうだろう」

「私の経験上、土砂崩れは死ぬ。土は重く息ができない。一度埋められたことはあるが二度とごめんだ」

「どういう状況なのそれ、あとで聞かせて。うーん、じゃあどうする?」

「お前が水で押し流すか、凍らせるのはどうだ」


 腕を組んでツカサを見遣り、ラングは渡り人の街(ブリガーディ)をシールドで指した。

 確かに水と氷魔法は得意だ。地面に氷を這わせて相手の動きを止めることも経験があるし十八番になっている。


「ツカサ、盾魔法」

盾よ(シードゥ)!」


 ラングの声に咄嗟に展開した盾にぼわんとくぐもった音を立ててぶつかったのは炎だ。

 ぶわりと熱風が左右に抜けて消えていく。ある程度本気で撃っただろう炎魔法は火の粉を視界に残した。


「数人、待ちきれないようだ。来るぞ」

「わかった、やってみるよ。逃走ルートはどうするの?」

「マジェタの魔獣暴走(スタンピード)を覚えているか?」


 ラングの口端がにやりと持ちあがっている。

 ツカサは懐かしくなって小さく笑い、何度か頷いてみせた。


「了解、任せて!」


 


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