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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-42:毒と剣




 リポップもなく睡眠時間は六時間ほど、十分に体を休められた。



 やはりというべきかシグレは敢えて起こさず、アルとアーシェティアを起こして不寝番は交代した。

 全員が目を覚まし柔軟体操と軽い食事をとって四十九階層に足を着ける。次の五十階層まであと少しだ。

 ラングは四十九階層のボス部屋を攻略するまで休めないだろうと言い、全員がその覚悟を持つ。四十八階層のボス部屋を出て階段を降りれば、前層とは違いがらんとしていた。


「この階層は魔獣が少ない、ということは、だ」

「五十階層は不味そうだね」


 少ない階層の次は魔獣が多い。加えてダンジョンボスの散歩まであった。四十九階層ボス部屋ではゆっくり休みたいところだ。


 五人並んで歩ける通路を足早に行く。今はいなくともいつ魔獣が溢れるかわかったものではない。

 癒しの泉エリアを一応覗いたがいつもは感じる聖域のエアーカーテンはなく、水は黒く濁って変な臭いがした。興味津々でラングがそれに指を突っ込もうとしたので慌てて止めた。

 本人は大丈夫だと言っていたが何かあってからでは遅いのだと怒れば肩を竦めて返された。いったいどこからその自信が出て来るのか、教えた師匠の顔が見てみたかった。


 道中魔獣とは遭遇せずにボス部屋に到着した。移動時間は三時間ほど、まぁまぁの距離だった。


 癒しの泉エリアの水とツカサのヒールで疲れを癒し、重い扉をそうっと開く。

 モルオドゥがボス部屋から出ていたこともあり、ジュマと違ってここはバリアが機能していないと予測して隙間から中を覗いた。


「あれ?」


 思わず声が出た。

 ボス部屋には魔獣はおらず、壁の松明の下で二人の人物が背を丸めて座っていた。まさかこんな状態のダンジョンに人がいるとは思わずツカサはアルと顔を見合わせた。

 扉をぐいと開けて中に足を踏み入れる。


「ボスがいないのはそのせいかな? あの」

「下がれ!」


 ラングに首根っこを引っ張られ部屋の外に出される。ラングの短剣が何かを防ぎ受け流し、その腕をこれまた何かが掴んで引きずり込んだ。


「ラング!」


 床を引き摺られ体勢が崩れる。タンと床を蹴って飛び上がり、体を大きく回転させた。何かを短剣で斬り落とし着地、ラングは短剣とナイフを構えた。

 そのまま駆け出して何かを追った。


「ツカサ、トーチ!」


 アルに要求されツカサはびくりと震えてトーチをばら撒いた。


 ぞわぁっと全身から汗が噴き出した。


 そこにいたのは巨大な触手のような、アメーバのような、ねちょりと音を立てて蠢く生き物だった。生理的な嫌悪感が首筋を撫でる。

 全員が入ると触りもしないのに、バタン、と扉が閉まった。


 ラングはアメーバの触手を斬り落とし受け流し本体に素早く接敵する。アメーバはその体積からは想像もできないほどの速さでそれから逃げた。一度パーティの方に下がり、ラングは短剣から両手共にナイフに切り替えた。くるりと手の中で回した動きが様になりかっこいい。


「ツカサ、盾魔法を使い防ぐことに注力しろ。誰も前に出すな」

「どういう」

「毒がある」


 ツカサは自分の左手中指の防毒の指輪を見てから【鑑定眼】を使った。


【ベネノエレ】

 偶発的産物

 レベル:表記不可

 魔法吸収、多種多様な毒を持つ


「ベネノエレ、魔法吸収、多種多様な毒…ラングは!?」

「私は問題ない、毒には耐性がある。お前も手を出すな」


 くるり、くるりと回されていたナイフが構えられた。ふ、と見ればツカサを庇い触手に掴まれた部分がじゅぅじゅぅと音を立てていた。それでもナイフを握れる精神力に唇を噛み、ヒールを使った。

 小さく頷いて礼を示し、ラングはそれに向き直った。


 戦闘の時間はそう長くなかったように思う。


 触手を斬り落とし飛び散ったアメーバ片が厄介で、ラングは時折腕を焼くそれにも呻き声一つ上げずただ粛々と目の前の物に対応した。


 不思議なものを見ている気持ちだった。


 一切の感情を持たない剣筋はアメーバを困惑させたように見えた。

 剣を振るい、命を奪う行為に人は少なからず何かの感情を乗せる。殺気や、命を奪う恐怖もそうだ。だがこうして見ているとラングの剣に感情はない。

 いつだったかジェキアの冬越えをしている際、共にダンジョンに行った【真夜中の梟】のカダルが教えてくれたことがある。


 ――― ラングの剣には殺気がないからツカサは学べないだろう。だから俺から言っておく。殺気というのは、殺気を感じるというのは身の危険を知らせる大事なサインだ。殺気のない剣ほど、怖いものはないんだ。


 初対面の時は正直死んだと思ったさ、と苦笑を浮かべる顔を思い出した。


「ツカサ、手当てを!」


 アルに声を掛けられて目の前のことに意識を戻した。戦闘中に悪い癖が出ていたらしい、戦闘は終わっていた。

 しまった、視ていなかった。慌ててラングを探す。

 後にアルから聞いたところによると、ラングは触手の再生を斬り続けその体積をとにかく減らしていった。何十本もの触手が伸ばされ、一番危なそうな触手を見極めて払い腕を盾に触手を敢えて受けて、それを掴み返して壁まで追い詰め核へトドメを刺したそうだ。


 部屋をさっと見渡せば壁際でラングが何かにナイフを突き刺して灰になるのを確認していた。

 ゆっくりと体を起こして何度かたたらを踏み、とさりと後ろに尻餅を突いた。


「ラング!」


 慌てて駆け寄りヒールを使う。表皮の怪我は治るが毒はどうだろうか。

 ジュマのダンジョンでロナが使ってくれた解毒の魔法を、習ってから初めて使う。体の悪い物を取り除くイメージで、ゲームや映画で見た毒というものを抜けるように願う。

 緑色の光がぽわりとラングを包むが、解毒できているかはわからない。


「大丈夫だ」


 はー、と深い息を吐いて時間をかけてクールダウンし、ラングが手を上げて制する。

 言ったそばからごぼりと胃液を吐いたので驚いたが、本人曰くこれでいいのだそうだ。意味が分からない。肩を貸せと示されたので従い、松明の明かりの下まで移動してラングはランタンを出した。


「それより、あの二人を見てこい」


 ひらひらと追いやる姿に今は離れた方がいいと感じ、火を熾し始める姿を何度か振り返りながら背を丸めた二人へ近寄った。

 そこにシグレが腕を差し込んだ。見上げれば首を振られた。


「死体だ」


 これだけの騒ぎの中、じっと動かないでいることから察するべきだった。ぎゅっと唇を噛み大丈夫だと頷いて足を進めた。

 トーチを手に寄れば、そこにあったのは座り込んだ形の二つの装備だった。鎧の何カ所かに穴が空いて溶けていることから、先程のアメーバと戦い、死んだのだろう。


 アルは装備を容赦なく漁りポーチや武器を手に取った。冒険者証を探していることはすぐにわかったが何とも言えず顔を伏せた。そこは任せてボス部屋報酬を拾い、ラングの側へ戻った。


「大丈夫? あの二人の冒険者、溶けてたけど」

「あぁ、危なそうな触手は斬り落とした」

「よく見極められるね、もう一度解毒魔法使うよ」

「任せる」


 ごりごりと薬草やらなんやらを薬研の中ですり潰しながら言う背に手を当て、再び解毒魔法を使う。


「もっとよく習っておけばよかった」

「気づけたなら、これから学べばいい」

「うん」


 湯が沸いてそこに注ぎ、濾して薬湯を作りゆっくりと飲む。ツカサもフェネオリアで調合機器一式を揃えたので物の扱い方はわかる。


「すまんが、少し、休む」


 言い、ラングはそのまま床に倒れた。

 ぎょっとしたが眠っているだけのようでほーっと全員が息を吐いた。


「毒への耐性は私もある程度つけているが、ラングは随分と違うようだな」

「あぁ、ラングは師匠からの修行の一環で、かなりの種類の毒への耐性つけてるってさ。エルキスで夜這いされたのに、媚薬も毒に感じて嗅ぐと体が反応しないって言ってた」

「びっ!? よば!?」

「ツカサ、空間収納に布団とか布とか無いのか?」

「あるけど、夜這いってどういうこと!?」

 

 叫びながら空間収納から布を取り出し敷いて、その上に布団を置いた。

 アルはそーっとラングの体にちょんと触り、反応が無いのを確認してから腕を差し込んで抱き上げた。


「いや、エルキスでいろいろあったんだけど、そこのお姫様がラングに惚れちゃって。俺が連れ出されてる間に夜這いに来たんだな」

「そ、それどうなったの?」

「さっきも言ったけど、毒に感じて体が反応しなかったし、面倒だから断った、みたいなこと言ってたな」

「うわぁ、うわぁ」


 布団に寝かされ静かな息を零すラングの周囲をぐるぐる回ってしまった。


「あ、俺から聞いたって言うなよ!?」

「頑張る」

「絶対言うな!」

「ラングは寝惚け暗殺者事件もあったな」

「なにそれ!」


 このボス部屋の功労者であるラングの意識がないのを良いことに、一行はラングの話題で盛り上がった。

 知らないところで繰り広げられたラングの()()()にツカサは身を乗り出し、その瞬間を見たかったと悔しそうに唸った。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

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― 新着の感想 ―
ツカサはまだまだですねー 鑑定トーチヒールとか自然とできるようになる日は来るんでしょうか? 伸びしろがたくさんあって良い今後がたのしみであーる。
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