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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-39:通路



 いつもとは違う、ぶっつけ本番の魔力操作は予想以上の疲労感をツカサに与えた。


 

 がくりと崩れ落ちる体を支えるのはいつだってラングだ。力強く頼れる腕に支えられ、ツカサは自身の足で立ち直した。

 屍の合成魔獣(エルキマイラ)を討伐し出てきたボス部屋宝箱は空間収納へ、素材は落ちなかった。偶発的というのでそもそも屍の合成魔獣(エルキマイラ)自体に報酬などないのだろう。


 僅かな休息をそのままボス部屋で取り、ツカサに癒しの泉エリアの水を飲ませる。

 ラングがそれを持ち歩いていることに驚いたが、せっかくの時間停止付きなのだ、持っていくという選択肢が思い浮かばなかったことが悔しい。

 慣れない操作に無駄な魔力を放出しただけだったらしく、泉の水ですぐに良くなった。


 四十八階層で魔獣が溢れていることを危惧し、シグレの盾が失われたこともあり陣形を変えて階段を進んだ。

 アル、ラング、ツカサ、シグレ、アーシェティアの順だ。


「え、アル、先頭?」


 正直にアルが先頭で道は大丈夫なのかと疑問視してしまった。アルが噛み付く前にラングが答えた。


「道は私が指示する」

「なら安心」

「ツカサ、お前なぁ」


 ぐるると唸り声すら聞こえそうなアルの不機嫌に苦笑を浮かべた。


「ごめんって、場を和まそうと思って」

飛び方覚えてからやれ(百年早い)よ」

「ほう、なるほど、そういう言い回しか」


 ツカサには百年早いと聞こえた言い方が、ラングには違うように聞こえたらしい。


「そっちはなんて言うんだ?」

剣になってから言え(百年早い)

「ははぁ、なるほど。どっちも言えるだけのものを持ってからってことだな」

「え、え、待って。言い回し知りたい!」


 ツカサは階段で足を止めて地団太を踏んだ。全員がツカサを見て首を傾げた。


「俺、言語を【変換】使ってるから【百年早い】としか聞こえないんだ」

「お前の故郷ではそういう言い回しなのだな」

「なんて言ったの!?」

飛び方覚えてからやれ(百年早い)

剣になってから言え(百年早い)

狩りが出来てから言え(百年早い)

「アーシェティアまで! ああああもう!」

 

 何故慣用句が日本語の慣用句に変換されるのか、ツカサはガシガシと頭を掻いた。

 ふとラングが怖いことを言った。


「その【変換】、取り上げられまいな?」


 どきりとした。このスキルが取り上げられるとツカサはコミュニケーションに難を抱えることになる。ラングは言語を学んで自らの物にしているが、ツカサは違う。

 この世界に来てからずっと頼っている【変換】のスキル、これのおかげで言語のストレスもない。不安になってシグレを見遣った。


「問題ないだろう、常に【変換】を使って言語を変えているならば、それは日々鍛錬をしているということだ」


 シグレの言葉に胸を撫で下ろす。一行は再び階段を降り始めた。


「お前も言語を学べばいい」

「英語の成績悪かったんだけど」

「えいご?」

「俺の世界には言語っていっぱいあるんだよ。故郷の日本語、世界中で使われてる英語、それに中国語、スペイン語、フランス語、えーと、ポルトガル語とか、タイ語とか…思いつくだけでこれくらい」

「本当に多いんだな、えいごってのはこの世界でいう公用語みたいなもんだな?」

「たぶんね、アーサーが話せなかったから全然形式は違いそうだけど」

「アーサー?」


 あぁ、とツカサはサイダルで出会った同じ故郷の男の話をした。

 あれだけ辛かった思い出はこうして普通に話せる出来事になっている。それに少しだけ目を細めた。


「それで、さっきなんて言ったの? ラングの故郷の言葉ならわかるかなぁ」

『飛び方を覚えてからやれ、剣になってから言え、狩りが出来てから言え』

「あ、聞こえた! なるほどなぁ」

「そろそろ気を引き締めろよ、四十八階層に着くぞ」


 言われ、魔獣避けのランタンに魔力を込め直した。


「出来るだけ戦闘を避け、癒しの泉エリアを目指すぞ」

「ボス後は戦闘を避ける、だね」


 既に警戒に入っているらしく首肯は返ってこない。

 四十八階層に足を付けた。魔獣が所狭しといるかと思ったがそこまで気配を感じない。アルは槍を構え、ちらりと後ろを窺って頷いた。ラングが道を指示する。


「右」


 アルは言われた方へ進み、一行はそのあとに続いた。 

 

 しばらくは魔獣もいなかったが、癒しの泉エリアを目前にして大きな魔獣と遭遇した。

 岩の表皮を持った四足の魔獣は、サイのような形だ。こちらを視認すると前足をごつりと掻いた。明らかに突進の前準備だ。


「槍通るかな」

「私は不得手な相手だ」

「氷魔法撃つ?」

「私が」


 アーシェティアが戦斧を手に前に出た。ラングはシールドを軽く揺らしてアーシェティア以外を下がらせた。


 巨大な岩の塊と相対し、アーシェティアは戦斧を上段に構えた。

 魔獣は大きな鼻息を鳴らし、向こう側から突進してきた。

 徐々に上がるスピード、角を真っ直ぐにアーシェティアに向けて駆けてくる。

 それに動じず、アーシェティアは目前に迫ったところで足を地響きがしそうなほどの強さで踏み出した。

 かくして、打ち合って勝利を掴んだのはアーシェティアだ。


 乗風破浪(じょうふうはろう)、その言葉のとおり危険を恐れず打ち破った。


 柄を長く握り遠心力と膂力を利用して戦斧を頭部に叩きこんだ。装甲の岩を粉々に砕き、魔獣の角も頭も吹き飛ばす一撃。

 壁に叩きつけられるようにして巨体が血を飛び散らせ、ゆっくりと灰になった。


 アーシェティアが手加減なしで戦う姿を見たのは初めてだ。


 小回りは利かない分、大型の魔獣へは今いるメンバーで一番火力がある。少しでも躊躇するものがあれば、これだけの威力は出ないだろう。


「良い振り抜きだ」


 ラングが言い、素材をしまう。重そうな麻袋だ。アーシェティアはこくりと頷いて戦斧を背に担ぎなおした。


「いいね、俺たち一撃のでかいメンバーがいなかったから、良い戦力だ」

「ダヤンカーセとアギリットに感謝しないとだね」

「一体全体、どうして仲間になったんだか」


 アルは興味津々でツカサを見たが、ツカサは秘密、とだけ笑った。

 アーシェティアはハミルテのことを話す気はないらしく、ツカサに恩を受ける出来事があったのだ、と濁した。秘密を暴こうとはしない性質(たち)なのもあり、アルはそうか、と終わらせた。


 癒しの泉エリアに辿り着き、遅めの昼食にすることにした。懐中時計をぱちりと確認したらすでに十四時を回っていた。あのボス部屋で三時間近く過ごしていたことになる。戦闘が二時間、休憩が一時間と言ったところか。


 ふわりとエアーカーテンのようなものを感じ、ここがセーフティーエリアであることを確認する。これがないと癒しの泉エリアは機能しないのだ。

 ラングは簡単にサンドイッチとハーブティーを淹れ、全員に配った。少々の休憩のあと、再び移動をするので眠気が来るほどは食べない。あと一口、二口食べたいと感じるところで食事を終えるのはちょっとしたコツだ。


 時間にして二時間程度、走り回った足と隠れた緊張を解す。階段を降りているときはツカサも興奮していたようで、落ち着いてくれば饒舌に話すこともなくなった。ボス後の戦闘はやはり危ないのだと感じた。

 ふと、だからこそアーシェティアがあの岩石のような魔獣を引き受けたのがわかった。

 ボス部屋でアーシェティアは能力を発揮できず、したことと言えばシグレに飛びつく肉塊を戦斧で打ち返すことくらいだった。一番戦闘時の緊張が少なかったわけだ。代わりに道中の魔獣を引き受ける役を自然と買って出るあたり、なるほど手練れだ。


「私が先頭に戻る」


 考え込んでいたらラングが言い、立ち上がった。

 全員が頷き立ち上がる。癒しの泉エリアの水のおかげで、疲れもある程度取れていた。


 四十八階層では岩のような表皮を持つ魔獣が多く、アーシェティアの独擅場だった。 

 

 一刀両断、魔獣を粉砕していくアーシェティアの戦い方は何も腕力だけではない。どこに打ち込めば最も効率的に崩せるのかを本能的に察しているようだった。

 それはハミルテでの狩りで得たものなのだろう。

 いっそ薪割のように見えるほど、簡単に魔獣が灰に還っていく。ただ、それは技術を伴う()()だ。勉強になる。

 見極めているコツについては次の癒しの泉エリアで聞くことにした。

 また道をしばらく行ったところでラングが停止を示した。


「構えろ」


 四十八階層で初めて全員に抜刀の声をかけた。

 双剣を、槍を、ショートソードを、ロングソードを、戦斧を。全員が構えた。


 じっとラングが足を止めているので全員が息を飲んでいる。

 耳を澄ませた。遠くからズゥン、ズゥン、と音が聞こえた気がした。


「何か来る」


 ツカサの小さな呟きにアーシェティアがべたりと耳を床につけた。


「足の直径は七十レンブ(センチ)、体長はおよそ四ロートル(メートル)くらいだと思う」

「ツカサ」

「足の直径七十センチ、体長およそ四メートル」

「なるほど」


 長さを測る単語を使ったことがないので間に立った。聞いただけだと黄壁のダンジョンで遭遇した魔獣の中、最大の魔獣だ。アルが槍を横にして幅を測る。


「身幅がありそうだ、迂回は? それだけのでかい図体なら移動速度は速くはないだろ」

「迂回先は魔獣の気配が多い。数を相手取るか、でかいのを相手取るかだ」

「どうする?」

「特徴を聞くに、恐らく黄壁のダンジョンの最下層ボスだろう」


 シグレの言葉に顔を見合わせる。ボスがボス部屋から出ているということか。

 ボス部屋は不思議なバリアがあり、ジュマで見たドルロフォニア・ミノタウロスのように出られないはずだ。開いている扉に突進しても、バリアに阻まれて出ることが叶わないのだ。


「そんなことあるの?」

迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)中であれば、本当に稀な事象だが報告はある」

 

 情報が集まる立場だからこその確信めいた声、ツカサはラングを見遣った。


「倒したら攻略したことになるのかな」

「いいや、それはならない。部屋に入るという行動が必要なんだ」

「じゃあ、迂回してもいいんじゃないかな」


 屍の合成魔獣(エルキマイラ)と戦闘してからそう時間も経っていない。核を見続けたために集中力の低下も考えられる。ラングやアルは大丈夫だろうが、ツカサは自分自身のそれに不安が残った。前日、深く眠っていたシグレの体力面もそうだ。


「最下層ボスは大型の、表皮が厚く面倒な魔獣と聞いた」

「そうだ、長い鼻があって、吸引力のある技とそれを高速で振り抜く攻撃を使う」


 冒険者ギルドで見た魔獣図鑑を思い出す。あれには絵もついていてブラキオサウルスと象を混ぜたようなものだった気がする。ブラキオサウルスの首が鼻で、顔は付け根にある、そんな感じだ。どちらの生物も図鑑やテレビ、動物園で知っているため、絵を見た時は気味の悪い違和感に襲われた。

 戦い方はシグレが言ったとおり、魔法や飛び道具を吸引し、そのまま返してくるとあった。


「厄介じゃない?」

「厄介だけど、うーん、そういうことなら俺は戦う」


 アルは槍をぎゅ、ぎゅ、と握り直した。


「ボスなら迂回したところで、どうせ何かの折に戦う羽目になる。それなら倒した方が良いんじゃないか?」


 言うことも尤もだ。ツカサは先ほどの不安もあり、ラングに判断を仰いだ。

 少しの間だけ顎を撫でて、ラングは全員を振り返った。



「迎撃する、念のためツカサは全員にヒールをかけておけ」





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