3-38:屍の合成魔獣
ラングとツカサの不寝番は五時間ほどで終わり、アルとアーシェティアと交代をした。
シグレはそのまま休ませておいた。鍛えているとはいえ現役の冒険者とは疲れの取れ方が違う。
実際、周囲で不寝番を入れ替わったり飲み物を淹れたりしていても目を覚まさなかった。街からダンジョンまでのマラソン、その後の移動と日頃執務が多くなっている人には堪えたようだ。
ラングの懐中時計の音で朝が告げられ、動きに支障が出ない程度の軽い食事をとる。代わりにハチミツ入りの紅茶で糖分を摂るのは思考を鈍らせないためだ。科学というものが発達していないだろう世界で生きてきたラングが、こうして理に適ったことをするのはいつも経験則だ。
きちんと野菜の入ったサンドイッチを食べ、紅茶を飲み干してラングが顔を上げた。
「行ければ今日中に四十九階層まで進む」
「地図を見てたけど、あんまり広い階層じゃなさそうだよね。どうしてもジュマと比べちゃうな」
「ジュマってそんな広いのか」
「うん、見渡す限りの草原と陽の昇り沈みがあって、変な話、外みたいな感じだった」
「うわぁ、移動大変そうだな。そういえばアズファルのダンジョン都市ヴェレヌでも、そんな階層があったな」
ヴェレヌでの冬を越した際、ルノアーと共にダンジョンに入った話がそこから広がる。面白い、商人であるルノアーの体力がなさすぎてアルがおんぶしていたと聞いて笑ってしまった。アルがにやにやしていたので何かと思えば、王都マジェタのときに、と言われ思わずその口を両手で塞いだ。
アーシェティアは不思議そうに首をかしげていた。
「ダンジョンというのは奥が深いのだな」
「はは、そうだな、言葉通りでもある」
立ち上がりストレッチを始めたシグレが笑う。足の筋を、脇を、腱を伸ばし、低く色気のある声を出す。
「アーシェティアはまだその戦斧を奮っていないが、次の階層からは忙しくなるぞ」
「そうなのか」
「ダンジョンというのは不思議でね、こうして何もない階層のあとは気の緩みを攻めるように魔獣がわんさかいるのさ」
「紫壁のダンジョンもやばかったもんな。あの時は人数多かったから楽が出来たけど」
へぇ、と感嘆を零せばアルに髪をぐしゃぐしゃにされた。
「ツカサ、頼んだぞ」
「わかった」
癒し手として、魔導士として頼られたのだ。ぐっと腹に力が入った。
「では、行くか」
いつの間にかストレッチを終えていたラングが言い、慌てて体を動かす時間をもらった。
四十八階層へ降りるためのボス部屋は気持ちが悪かった。
二メートル近い巨躯、いくつかの魔獣が混ざり合った合成魔獣のような物が、自分の体を食い、食った端からまた再生を繰り返していた。筋を引きちぎるようにぐいと引っ張ればぶちぶちと音を立てて血と肉片が散る。牙は歪で咀嚼したものがぼたぼたと落ちる。
「なにあれ、ゾンビみたい」
「ぞんびってなに?」
「生ける屍って言ってわかるかな、死体が動くんだけど、俺の故郷だとそれを基にああいうのを倒すゲーム、えーっと」
「テレビゲームというやつだな」
「え、シグレさん、知ってるの?」
驚いて振り返れば少しだけ自慢げに頷かれた。
「【渡り人】の故郷のことだからな、いろいろと勉強はしている。しかし、ああいったものを好んで倒すというのは、どうにも」
「仮想であって、現実じゃないから。俺だって今リアルで見てたら近寄るのも嫌だよ」
「それはよかった」
ラングは扉からじっと合成魔獣を見ていた。
「再生能力が面倒だな、どこかに核でもあればいいのだが。あれだけ全身が脈動しているとわかりにくい。ツカサ」
「オッケー、視てみる」
頼られたことが嬉しい。ラングがスキルをきちんと使う方針であることには少し驚いたが、慣れてきたのだろうか。
ツカサはラングに並んで【鑑定眼】を使った。久々の魔獣鑑定だ。
【屍の合成魔獣】
偶発的産物
レベル:表記不可
食べることに本能を置いている。魔法には耐性がある。
視えたことを口に出し説明をする。
「偶発的ってことは、このダンジョンに全く関係ないんだな」
「そのようだ。攻略の手がかりがもう少し欲しいな」
「うーん、待って」
ツカサは各部位を詳細鑑定するために目を細めた。その視界にラングの指が入る。
「右肩を」
「オッケー」
さっと視線の位置を変えて、あっ、と声が出た。
「あった、核だ! あれ!?」
視界から見えていた核という文字が消える。次はアーシェティアの声が降る。
「ツカサ殿、左足を」
「いた! 移動してる」
「厄介だな」
「規則性は?」
「しばらく観察するしかないな」
じっと全員で扉の境界外から見守る時間になった。核らしき部位はぐにゅりと瘤のようになって突然生えてくる。そしてまたべこりと凹み、別の場所に生える。それが大きな瘤であったり、小さな瘤であったりする。
「右手」
「左胸」
「左頭」
「うーん、あ! 今右足だろ」
「正解、今は、右肩」
「左上腕部」
「また右手」
「次は左足だ」
「右手に戻った」
「規則性はないな」
ふぅ、とラングは体を戻して双剣に腕を置いた。
「一先ず、魔法耐性というからには無駄なことはしない、ツカサは癒し手、鑑定、防御のみに集中しろ」
「わかった」
「ツカサ、魔法障壁とか使えるのか?」
「守護の腕輪に頼ってたから、まだ」
「んじゃまぁ、頑張れ」
「ロナに聞いておけばよかった」
ぐしゃぐしゃとまた頭を掻き混ぜられる。
「そんじゃ、核狙いで行きますか」
槍を背から降ろし、アルは首を鳴らす。
「筋を斬ったところで再生するだろうからな、すまないが盾役としては立たないぞ」
「構わん、上手く動き回れ。アーシェティアは断てるようなら斬り落とせ」
「承知した」
すーはーすーはー、いつもの呼吸音が聞こえて不思議と落ち着いてくる。同じようにすぅはぁすぅはぁ、と息を入れて短剣とショートソードを持った。
「行くぞ」
中に入り、扉が勝手に閉まり、ふっとラングが消えて、屍の合成魔獣の汚い雄叫びが響いて開戦となった。
非常に厄介な相手だ。
動きはそう速くはないが、核の移動速度だけは異常に速い。ツカサは【鑑定眼】をフル活用し、全員が見失ったタイミングで位置を叫ぶ。
「右上腕!」
一番近い人が部位を狙う。斬り付けようとすればひゅっと引っ込みまた別の場所。イタチごっこだ。
「どこかに追い詰めないと面倒だなこれ! ラング、あの鋼線使えないのか!?」
核を狙った槍の一撃が避けられ、悔しそうにアルが叫んだ。
「汚れそうで嫌だ」
「んなこと言ってる場合かよ!」
ラングは振り回された腕を避けて何かを見ていた。
「全部一気に切り刻めばそれこそ核だって」
「冗談はさておいて、考えないと思うか?」
「じゃあなんでやらないんだよ」
「切り刻んだら不味い気がする」
ラングが言うのだから何か予感めいたものがあるのだろう。アルはそれ以上文句は言わずに核を追い続けた。
嫌な予感というものはいつだって自分を助けてくれた。ラングは自身の勘というものを大事にしている。今にも肉が崩れそうな箇所があるにもかかわらず、それが落ちないでいる姿は道理に合わないように見えるのだ。
「アーシェティア、前言撤回だ、核だけを狙え」
「承知した」
アーシェティアは大きな振りで一気に斬り落とす手法から、細かい動きに転身するために戦斧を短く握り直した。
時間のかかる戦いだった。
核だけを狙う手法は一撃必殺、動きの予測が出来ないものを狙い続けるのは集中力が必要だ。ラングは双剣から短剣に切り替えて小回りを重視した。
ツカサは【鑑定眼】を使い続け核を追い続ける。ふと思いついて眼に魔力を集めてみた。
あっ、と短く声が出た。
「右足に出る!」
ぴくりと反応したのはラングだ。素早く右足に接敵し、ぼこりと蠢いた部分を斬りつけた。
「浅いか」
濁った悲鳴が響いて屍の合成魔獣が腕を振り回して距離を取る。
「ツカサ、どういうこと!?」
「魔力の流れを視てみたんだ! 軌跡が見える!」
「良いぞ、次だ!」
「左肩!」
「おりゃあ!」
アルが槍を突き出して左肩を刺す。屍の合成魔獣はまた悲鳴を上げてアルに向かって腕や足を振り回した。
ぼとりと肉片が落ちたのはその時だった。
「シグレ!」
ラングの疾呼が飛ぶ。シグレは盾を前に構えた。
ガンッ、と固い金属同士のぶつかり合う音がして、体躯のしっかりしているシグレが地面をやや滑らされる。
「兄貴!」
「構うな! 核を追え!」
「くそ! ツカサ!」
「右上腕部!」
アルはぎゅっと槍を握り直し兄に背を向けた。ラングは屍の合成魔獣に視線を置いたまま指示を飛ばした。
「アーシェティア! シグレの応援を!」
「あぁ!」
右上腕部をラングが斬りつけ核を削る。深く斬ったはずが核が出る前に引っ込んでしまう。ツカサは困惑し叫んだ。
「視えない! 奥に隠れた!」
「本当に厄介だな! ラング!」
「已むを得ん、勘で行く」
ラングは双剣二本に持ち替えて呼吸はそのままに足を止めた。
急にじっと動かなくなったラングに異様なものを感じたのだろう。屍の合成魔獣は周囲を走り回るアルをハエを払うように攻撃しながら、ラングのことにも気を回しているように見えた。
ぴくりとラングが動いた。
ツカサの眼にも視えた。
脈動する表皮の中、核が動いたのが僅かながら視えたのだ。その軌跡は先ほどとは違い真っ直ぐではなく急に曲がったり下がったりと慌ただしい。
「アル!」
「あいよ!」
声掛けだけでアルは槍を鋭く突き出し、屍の合成魔獣の顎を後ろから穿つ。天井を仰ぐ形で喉から槍を見せている屍の合成魔獣を後ろから動きを止める。
ラングは正面から屍の合成魔獣に跳び付き、右手の双剣を刺し、左手の双剣を刺し、カチンと音を立てて後ろに振りかぶった足を蹴り込んだ。行先を誘導した先に、タイミングを合わせてブーツの仕込みナイフを刺し込んだのだ。
甲高い耳を塞ぎたくなるような奇声が発せられた。
ラングは双剣を引き抜いて素早く足元の肉片を斬り落とし、地面に戻った。
仕込みナイフの先についた肉片を蹴りで投げ飛ばし、その先でアルが槍をホームランバットのように振り抜き、パァンッと音を立ててそれが砕け散った。
屍の合成魔獣は灰に変わっていく、そこで肩から力を抜いたのはツカサだけだ。
「兄貴!」
屍の合成魔獣に集中していたために視界の外の出来事に気を回せていなかった。
声に振り返ればシグレの盾に肉片がへばりついていた。
「捨てろ!」
ラングの声にシグレは盾を投げ捨てる。ぐずりぐずりと肉に取り込まれ、盾は跡形もなく消え失せた。
「おい、嫌な予感がする」
「再生したな」
まだ小さな塊だ、だが、ぼこん、と音を立ててそれに腕が生え、足が生える。
「イメージだ、イメージするんだ」
【鑑定眼】を、魔力を眼に留めたままツカサが呟く。
ロナが使った魔法障壁、それを少し応用して、包み込む様にする。
そして、言い慣れた言葉を口にする。
「盾よ!」
ぎゅるんと肉塊が床から持ち上げられ球体の中に閉じ込められる。
ラングはツカサを振り返り動向を見守った。
「視える、まだ魔法耐性は出来てない、盾を取り込んだからか、物理は、固い」
ぶつぶつと独り言ちてツカサは腕を前に出した。
「燃えろ!」
球体の中、炎が巻き起こり肉片がびちびちと跳ねる。
容赦なく炎がそれを焼いていき、やがて消し炭になった。
ごとん、と鍵が開いた音がして、宝箱が現れてようやく球体を解く。
「よくやった」
ラングの声に、ツカサは汗だくになって笑った。
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