3-36:沈黙の誓い
ラングとシグレが不思議と仲良く見えて、少しだけ悔しくなった。
嫉妬していることに気づいて恥ずかしく思い、ツカサはばちんと自身の頬を叩いた。
隣にいたアルに怪訝そうにされたが何でもないと誤魔化した。ある程度素材を拾い終えていたこともあり、そのまま四十七階層へ移動することになった。
素材が勿体ないとぼやいていたら、放置された素材は一日ほどでダンジョンに消えていくのだそうだ。そうしてまたダンジョンの活力に変わり魔獣になると言われ、上手くできているなと思った。
ラングがそういったダンジョンの仕組みに対して詳しくなっていたことにも驚いた。ツカサの知らないラングの旅路もまた、時間を作って聞き出さねばならない。
兎角、四十七階層へ移動した。
ダンジョンに入って早々に掃除だったため、あまりよく見ていなかったが不思議なダンジョンだ。
壁は黄色、けれど黄金ではない。まるでペンキを塗りたくったような人工的な色をイメージさせた。見続けていると目が疲れそうだ。
四十七階層では魔獣に遭遇せず、ダンジョンのことを聞きながら進むことが出来た。
【渡り人】と関わりの深い街の統治者だからか、シグレは流石博識だった。
イーグリス周辺のダンジョンが【渡り人】と共に出来上がったことから始まり、それが食糧難を防ぐ目的であると言い伝えられていることや、それこそダンジョンの停止機能が【渡り人】の暴走を防ぐためにあると教わった。
シグレは何度も念押しをした。それを決めたのは統治者でも【渡り人】でもなく、王家が嘘を吐いていないならば、神が決めたのだと。
王家が嘘を吐いている可能性について聞いてみたが、嘘を吐くだけのメリットがないとシグレは肩を竦めた。
名目上ダンジョンは国の物だ。だが、管理そのものは向こうの大陸同様、近隣の街や領主に委ねられている。税金として冒険者ギルドや街からいくらかの税は取っているものの、各街々の財政を圧迫するほどではないのだという。
難しいことはよくわからないが、大きな財と権力を生み出すであろうダンジョンを、そこまで手放しで眺めている国に不安と恐怖を抱いた。胆力があるのか、能天気なのかどちらかだ。
紫壁のダンジョンの例からして、最下層に向かうにつれて魔獣が増える危険性を顧み、四十七階層の癒しの泉エリアで一晩を過ごすことにした。
光苔だけでは明かりが足りず、魔獣除けのランタンとラングのランタンを置いた。
ちょうど時間としては十六時頃、夕飯にした。
久々のラングの料理だ。
空間収納から取り出した鳥肉、ジャガイモ、ニンジン、それにニンニクとリーキ。
オリーブオイルによく似た香りのオイルでまずはニンニク、それから鳥肉を炒め、火が通ったらジャガイモ、ニンジン、最後にリーキを入れる。そこに癒しの泉エリアの水を注いで根菜に火が通るまで煮込む。
その間にラングは小麦粉に塩と水とオイルを加えて練り上げ、薄く伸ばしてチーズをいれて折り畳んだ。自身が持っているフライパンと、ツカサの持っているフライパンを借りて表面にもオイルを塗ったそれを焼く。それだけであっという間にパンが出来てしまった。発酵はしていないので少し硬いが、それでも焼きたての柔らかさがあれば十分だ。
「何か作るか?」
じっと調理を見守っていたツカサに声がかかる。
ぱっと破顔一笑したあと、火を使わせて、と場所を少し分けてもらった。
小鍋を出して赤ワインを注ぎ、シナモンや道中で手に入れたスパイスを入れる。アルコールが飛び始めたらハチミツを注いで甘みをつけ、仕上げに柑橘類をさっとくぐらせ、皮を剥いて果肉を入れ直す。
ホットワインを作ってコップに注いだ。
ツカサがホットワインを作っている間にラングの調理も仕上げにかかっていた。
ミルクを注ぎ、塩コショウで味を調え、さらにひと煮立ちさせる。
「器を」
ラングが言えば全員が器を差し出す。
出来立てのシチュー、焼きたてのチーズ入りパン、ホットワイン、いつものハーブティー。冒険者がダンジョンで食べるにはやはり上等すぎる食事だ。
さっとこういうものを作ってくれるから憧れるのだ。パンを焼いてみせるなど新しい技も見せてくれた。
「いただきます」
「いただきます!」
ラングの掛け声に続いて手を合わせた。
焼きたてのパンを千切れば中からチーズがとろりと溶けだしてきた。表面に塗ってあるオイルはハーブの良い匂いがした。聞けば、オリーブらしいオイルにローズマリーを入れたものだそうだ。美味しくていい香りだ。
シチューは懐かしい味がした。ラングがよく作ってくれた塩加減で、とても美味しい。パンを浸ければオイルの風味も混ざり合って品の良い味に変わる。
美味しい、やるな、ダンジョンで贅沢だ、と軽い会話を交えながらの食事は楽しかった。アーシェティアは良く食べるので空間収納に入れてあった屋台物を少し追加で出した。
カイラスは十分な量を用意してくれたが、アーシェティアはそれを上回る。燃費が悪いのだなとツカサは感じた。
「さて、少し話そうか」
食後の甘味代わりにホットワインを楽しみながらシグレが呟く。
元々シグレに時間を貰いたいと言っていたのだ、そのために来てくれたのだとハッと眼を見開く。シグレはその様子ににこりと微笑んだ。
「何から聞けばいいのか」
「ゆっくりで構わない、明日はわからないが今日は静かに過ごせるだろう」
「ええと、じゃあ、理の神様の償いについて…、償いって何を? アルからは俺みたいな【渡り人】がアルやエレナみたいな、【渡り人】に縁のある人と会えることだって聞いているんだけど」
「あぁ、それも確かに償いの一つだ。それにスキルなどもそうだね」
「じゃあ、俺がラングの呼吸法を身に着けているのも、やっぱり加護とかなんだ」
「そう考えていいだろう、けれど、それは鍛錬を続けないとすぐに失う力だ。うむ…このホットワイン、良い味だね」
「ありがと、ラング直伝。それで、鍛錬を続けないと失う力ってどういう」
「ふむ、一つ約束をしてくれないか? ツカサも、アルも、アーシェティアも」
「何を?」
「今から話すことは、何があっても人に漏らさないこと。沈黙の誓いを立ててほしい。命に懸け、違えることの出来ない誓いになる」
灰色の眼が真摯にツカサを、アルを、アーシェティアを貫く。そこにラングが含まれないのは、ラングが沈黙を愛するとシグレが既に知っているのだろう。
ふと、時の死神・セルクスの静かな声を思い出した。
――― 正義はやり方を間違えれば正義ではなくなる。時に沈黙が宝石となり、何にも代えがたい信念となる。
正義については考えたこともなかった。ラングがツカサに言ったこともある。
――― 正しい正義など、どこにも無い。
ツカサにはツカサの正義が、他者には他者の正義が。その言葉は渡り人の街を通して実感となった。自身が信じるものと、他者が信じるものに違いがあればこそ、争いは起きるのだということもよくわかった。
「ツカサ?」
「あ、ごめん、少し思い出してて」
「何を?」
「時の死神・セルクスと話したことを。それはいいとして、うん、沈黙を誓うよ」
ツカサはシグレを真っ直ぐに見た。その眼差しに迷いがないことを確認し、シグレは自身の胸に手を当てた。
「同じように繰り返してくれ。命司る女神、今この場にて我々の命に懸け、秘密を守ることの沈黙を誓う」
ツカサが、アルが、アーシェティアが、そしてラングも同じ言葉を繰り返した。
自分の心臓がどくりと脈打った気がして息を飲む。直接誰かに心臓を突かれたような不思議な違和感に思わず息を整えた。なんとなくこの感覚を共有したくてラングを見れば、胸から手を離して掌をじっと見ている姿があった。
こうして不可思議な体験をすると、本当にそれぞれを司る神がいるのだなと思った。日本では感じ得なかったことだ。
シグレは各々の反応に頷き、自身も手を離した。
「これで、話したくとも話せない誓いとなった。元から知っている相手であれば繰り返し会話は出来るから安心してくれ」
「なるほど、兄貴は知ってるから誓いが無効なのか」
「卑怯と思わないでくれよ、統治者は少しだけ抜け道を許されている。伝える相手を選び、決めることが出来るのだ」
「それは構わん、本題を続けろ。時間は有限だ」
「そうしよう。ツカサの尋ねた鍛練を続けないと消えてしまう力についてだったな」
「うん」
「【渡り人】へ渡された理の神様の償いは、期限が決まっているのだ」
シグレはツカサに視線を置いて続けた。
「人により少しブレがあるようだが、渡ってきてから凡そ三年、その間に身に着け、鍛錬し、継続した者だけが本当に力を得られる。逆に、力に胡坐をかいて償いに甘え続けた者は、与えられた祝福を全て失うのだ」
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




