3-34:攻略メンバー
ダンジョンに行くための準備を誰かに任せるのは初めてだった。
正直、食料に関してラングがカイラスに任せたことも驚いたのだが、後になってそれが街の食糧事情や周辺の状況を知っているからのことだとわかった。イーグリスに大きな影響がないようシグレが整えているが、街中で数日分の食料を買い出すだけで、顔の割れている【異邦の旅人】や統治者の弟は目立つのだ。
であれば、カイラスが館内の食料で指定分を確保した方が話が早い。
イーグリスの街並みを見て歩き、冒険者ギルドで情報を仕入れたツカサは変わらない雰囲気に胸を撫で下ろした。街並みはここまで見てきたスカイと【渡り人】が混ざっていたが、それが何故だか泣きたくなるほど嬉しかった。
アルは買い食いもさせてくれて、空間収納にいくつか食事を買いこんだ。
こちらの街には冒険者も多く、北側、東側と討伐ついでに金を稼ぐ者もいた。停止も迷宮崩壊もしていないダンジョンに赴き、食材やいつものドロップ品狙いの冒険者も多い。それが渡り人の街に流れれば違っただろうに、今ここでシグレが徹底したのも恐ろしい。
今まで何をしていたのかと思うことも多かったが、相手を油断させるために手を緩めていただけに過ぎなかったわけだ。
ダンジョンで魔獣を調べ、街を歩き、買い食いや店に入って食事をとって館に戻る。
道中精悍さを増したアルの立ち居振る舞いに嫉妬する気持ちも湧き起こったが、屈託なく笑うその笑顔に毒気が抜かれて初対面の時を思い出した。
これはラングとアルから提供された気分転換の時間なのだ。
ラングは別れる前の日常を、アルはただ楽しませる。ツカサがかつて旅で過ごしていた時間を再現することで慰めてくれたのだ。もちろん、ツカサがそれに気づくのは随分と経ってからだ。
――― 翌朝、いつもの装備のラング、ラングから譲り受けた二色の籠手を着けたアル、アドバイス通り魔獣素材の黒いインナーを着たアーシェティア、この旅で揃えた装備を着けたツカサが正面玄関に揃う。
冷たく、柔らかく吹く風に深緑のマントを揺らして悠々と構えているラングの貫禄。
槍を背中のホルダーに納めすらりと身長の伸びたアルが大きく伸びをする。
アーシェティアはグローブの感触を確かめてツカサが来ればそちらへ会釈をした。
「お、お待たせしました?」
最後に合流した新人のような姿で首を摩る。
「お前が最後ではない」
ラングの声に摩っていた手を離して首を傾げる。そういえばラングは五人分の食料を依頼していたような気がする。
「やぁ、お待たせしたね」
ツカサの後ろから、コツ、と靴底を響かせて現れたのはシグレだ。
ここに来て見ていた正装や陣羽織に軽鎧ではなく、なんというか、冒険者だ。
ラングやアル同様、丈の長い上着の下に軽鎧を着込み、腰に吊った剣と背に負った盾、小回りの利く手甲に脛当て、ロングブーツ、肩留めのマントときちんと使用感を感じさせられた。
表情もどことなく為政者ではない。アルはあんぐりと口を開けて兄を見ていた。
「シグレさん?」
「おっと、仮加入は済ませた、シグレと呼び捨ててくれ、ツカサ」
「ラング!?」
叫んだのはアルだ。唸るようながなるような悲鳴のような面白い声でそちらへ叫んだ。
「誘ってはいないぞ。ただ、まぁ、来るだろうなと」
「なんで!」
「お前が言ったのだろう、兄とダンジョンに行きたかった、と。そこの胡散臭い執事が叶えない訳がない」
アルが呟いた一言はカイラスから兄シグレに伝えられ、見るからに弟を溺愛しているシグレが意気揚々と挙手したわけだ。
しかし、シグレはイーグリスの統治者だ。以前ジェキアの貴族、ルバルツ・フォン・ジェルロフがダンジョン攻略を諦めたように、為政者が任を離れて良いものなのだろうか。ツカサの視線にそういった疑問がありありと浮かんでいるのがわかったのか、シグレは口元に柔らかな皺を湛えて微笑んだ。
「問題ないさ、数日離れるくらいならば我が家の者たちが恙なく対処してくれる」
「でも、突然の襲来があったら?」
「それを任せられる者たちなのだよ」
シグレの言葉にカイラスを筆頭に仕える者たちが胸を張る。
ところ変われば為政も違うのだと感じ、ツカサはぼんやりと頷いた。その後ろではアルがラングにまだ絡んでいた。
「ヘクターかと思ってたのに!」
「あいつは所用だ」
にこにことご機嫌なシグレと気まずそうなアルの対比に少しだけ笑ってしまった。
ラングはコンと双剣の柄頭を叩き、それだけで視線を集めてから小さく頷く。
「このメンバーで黄壁のダンジョンの停止に向かう。先に陣形を決めておく」
五人、円を描くように立った。
「斥候は私が、二番目にシグレが立て。真ん中にツカサ、その後ろにアーシェティア、殿はアル、お前だ」
「わかった、私が盾役だな」
「シグレさんがそこでいいの?」
「問題ない、実力は知っている。ツカサ、お前はこのパーティ唯一の魔導士であり、癒し手だ。今回はその立ち位置だということをよく覚えておけ」
「わかった」
思えばいつもエレナが立っていた場所に置かれている。今までは癒し手ではなく魔導士と短剣使いとして出されていたが、メンバーが変われば仕事も変わるということだ。エレナと旅をしていた時は前衛だったので、久々の後衛になる。
「北門までは馬車で、そこから黄壁のダンジョンまでは走る。魔獣と遭った場合は殲滅し、空間収納に仕舞う」
「死体を解体させないためだな」
「そうだ」
「渡り人の街の人たちと遭ったら?」
「無視をする。喧嘩を売ってくるならば買うまでだ」
ラングが双剣の柄を握り、その本気を窺い知れて拳を握る。心配そうなアルの視線に気づいて笑みを返す。
「大丈夫、やれるよ」
アルは何も言わないで頷いてくれた。ラングはそのやり取りを少しだけ待った後、続けた。
「地図は各々確認済だな?」
「ある程度は、冒険者ギルドで買っても来たよ」
「いいだろう。私が先に行くが気づいたことがあれば言え」
相変わらず地図を頭に入れた上での先頭ということらしい。ある程度の確認が済めばラングはくるりと背を向けて待機していた馬車に乗り込む。流石に北門までの距離が遠いのでそこは時間を大事に移動する。その間に転移石の登録をした。
馬車の中でシグレの経験について少しだけ聞いた。カイラスとのダンジョン攻略はスピード重視で必要最低限、ただ、それでも得難い経験をしたという。
「怪我を負う訳にはいかなかったからね、戦闘も少な目だったが三カ所のダンジョンを進むには、それでも四か月はかかった。黄壁のダンジョンもできれば四十九階層までは行きたかったのだがね」
「黄壁のダンジョンはどんな感じでした?」
「ツカサ、敬語はいらないよ」
「あ、はい、いや、うん、どうだった?」
「君もすでに調べてはいるだろうが、四足の大型が多いダンジョンでね。受け止めるのでは危ない、受け流して筋を斬った方が楽だった」
渡り人の街に行くきっかけになったのも四足の魔獣だった。あの大きさの魔獣がダンジョンの通路を闊歩しているとしたら、やりにくさを想像できた。
「通路はどのくらいの広さ?」
「我々が五人並んで歩けるほどの広さだ。天井はアルの槍が二本程度、まぁまぁ高いだろう」
説明が的確でわかりやすい。ツカサはふむふむと聴き入ってしまった。
「えぇ、俺にとっては天井少し低いな。回し方考えないと」
話を聞きながらアルも腕を組む。ダンジョンに初見で挑む楽しさとは違い、攻略を考え話し合う楽しさがここにはあった。それぞれ得物が被っていないことも要因の一つだが、立ち回りと幅間はよく見た方が良さそうだ。
暫くして馬車が停止し降りれば北門だ。こちらは冒険者が多く賑わっている。馬車が停まったことで注目は集めてしまったが、視線を気にしたら負けだと思うことにした。
出門手続きを終えれば門兵と傭兵がザッと胸の前に腕を置く。
「いってらっしゃいませ!」
「あぁ、頼んだよ」
「はっ!」
こういう時は統治者だと実感する。門を出て軽く体を伸ばす。
一番に走り出したのはラングだ。そのあとに続いてシグレ、ツカサ、アーシェティア、アル。ここから相談した陣形で進む形だ。普段執務をしているシグレの体力を心配したが、ここで脱落するくらいなら置いていくということだろう。
だがツカサの心配を他所にシグレは一切の遅れを見せず、鍛えていることを知らしめた。
道中幸いなことに魔獣にもすれ違わず、渡り人の街の民にも会わなかった。
寒空の下、口元から零れる白い息。景色が徐々に黄色に染まっていく。
不思議だ、黄壁という言葉に沿っているのか木々の幹も葉も黄色い。秋に入りかけのような色合いに目を奪われた。
ラングが少しだけ速度を落とし、周囲が黄色に染まる頃には徒歩に変わった。
「少しずつ体力を回復させろ。ここからはいつ魔獣が出るかわからん」
さく、さく、と葉を踏む。永遠に降り注ぐ黄色の葉は光に透かされて黄金のようだ。
そういえば何かの番組でかつて小麦が黄金として取引されていたこともあったと聞いた気がする。勘違いかもしれないがこの光景はそれを思い出させた。
「すごい」
「この周辺のダンジョンには色の名前がついているんだけど、それはダンジョンの壁とこの木々の色から来てるんだ」
「へぇ、じゃあ紫壁は紫?」
「そうだ」
面白い、ファンタジーだ。ツカサは他のダンジョンの色にも興味を惹かれた。
しばらく歩くと徐々に足場が悪くなってきた。人が歩いたからではなく、魔獣が土を掘り返しながら走った跡だ。
「近いぞ」
ラングが言い、ぎゅっと唇を噛んだ。
ツカサたちが辿り着く前に外に出た魔獣が叫んでいるのか遠く背後から雄叫びが聞こえた。イーグリスに誘導するためのバリケードは北側は潰し、渡り人の街を経由するものはそのままにしてある。彼らは彼らで策が不発に終わったとなれば撤去するだろう、そうであってほしい。
「とりあえず一階層に足をつけないといけないんだけど」
アルの声に引き戻されて肩越しに後ろを見遣る。
「魔獣避けのランタンは健在?」
「うん、あるよ」
空間収納から取り出して点けて見せればよしと頷かれた。
黄色い大岩にぽかりと開いた洞窟の穴は相変わらず不思議な光景だ。飛び出してくる魔獣がいないこと祈りながら下への階段に足を踏み入れた。
筆がのっていてがりがり書けている、しばらく定期更新には困りそうにないです。
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