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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-33:次の方針へ

お待たせしました。



 お待たせしました、と胸を張って応接間にカイラスが来たのは、丁度鐘が四つ鳴った時だった。


 応接間の中にはモニカ以外が揃っている。


「ご依頼の情報をお持ちしました。こちらは主からです」

「転移石だと?」


 カイラスが差し出した石は他のダンジョンでも見てきた物だ。受け取ったラングはその石を手の中で少しだけ回した。


「何階層だ」

「四十七です」

「兄貴そんなところまで?」


 アルが驚いて転移石を覗き込めば、カイラスは自らの胸をとんと叩いた。


「エフェールム家では当主となるために五つある内の三つを、それぞれ階層の半分を潜らなければなりません。転移石はレアアイテムゆえ、シグレ様は赤壁のダンジョンと黄壁のダンジョンのみお持ちです。そちらの石にはシグレ様と私だけですので、皆さまのご登録が可能です」

「へぇ」

「アル様も十七までご実家に居られましたら、同じことを命ぜられていたのですよ」


 ふぅん、と他人事な反応を返してラングの手から転移石を奪う。指の間で弄びながら目を細めた。


「兄貴とダンジョンか、行ってみたかったな」


 少しだけ残念そうに言い、石をラングに戻した。


「四十七まで行って踏破をしなかった理由は?」

「初めてのダンジョンゆえ食料計算が足らず、引き返しました。他の二つは踏破されておられますよ」

「わかった。ダンジョンの情報をもらおう」

「かしこまりました」


 バッ、と本や紙筒が現れてテーブルの上にザッと並べられる。映画に出てくるカジノのディーラーのようなすごい手腕だ。

 視察だって言ってたじゃん、ダンジョン行くなら行きたかったな、とぶつぶつ言うアルの肩をツカサは苦笑を浮かべながら叩いておいた。


 カイラスは一階層から三階層、四十七階層から最下層までを限定的に情報を出した。

 凡そ、三階層までの魔獣で傾向が掴め、これから足をつける階層からはさらに強化版が出る予想からだ。

 魔獣の種類は四足の獣型が多く、ドロップするのは小麦や大麦、米やトウモロコシなどの穀物。大地を象徴するダンジョンだ。

 ツカサはふと疑問に思い、話の腰を折って悪いと一言断りを入れてイーグリス周辺のダンジョンについて聞いた。カイラスは快く答えてくれた。

 東側の紫壁のダンジョンがエネルギー、黄壁が大地の食材、赤壁は肉類、緑壁は野菜類、青壁は海や川に類するもの。カイラスがダンジョンの成り立ちとして食糧難にならないように創られたものと説明し、ツカサは深く納得した。だから彼らはダンジョンが自分たちの物だというのだ。


 閑話休題。

 

 カイラスは再び黄壁のダンジョンについて話した。

 ダンジョンに罠はないが、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)魔獣暴走(スタンピード)を起こしている状況下、変化している可能性はある。


「こちらは四十七階層まで私がまとめた魔獣の情報です」

「手記か、助かる」

「シグレ様との思い出ですので、必ず返してください」


 差し出された手記を受け取ろうとしていたラングの手が止まる。

 すぅっと手が引き戻され深いため息が聞こえた。厄介事を受け取るのが嫌になったらしい。

 

「魔獣に関しては追加で情報が欲しい。私が後でギルドに行ってくる」

「あ、俺も行く」

「ご遠慮なさらなくていいですのに。こちらにギルドから預かった魔獣図鑑もございますよ」

「自分で調べてこその安心感っていうのがあるんだと思う」


 ツカサが言えば、カイラスは手記を懐に仕舞い込んで苦笑を浮かべた。


「旦那、旦那!」


 ノックもせずに飛び込んできたのはヘクターだ

 部屋の中の様子に少しぎょっとして、それからそわそわとラングに視線を送る。


「お忙しいご様子で?」

「もう終わる、どうした」

「御指名です、連絡が来たんでさ」

「ふむ、そうか」


 ツカサはなんの話かわからず首を傾げ、ヘクターとラングのやり取りを見守った。ツカサの視線に気づいたヘクターは小物らしく頭を掻きながらへこりと首を揺らして笑った。


「そういや弟さんでしたな、ヘクターといいやす」

「ツカサだ、よろしく。兄がお世話に?」

「いやいや! とんでもねぇ、あっしがお世話になってんで! 聞いてませんかね、命救われたんすよ」

「軽くだけど聞いた」

「あの時の旦那はかっこよかったですぜ」

「ヘクター、小箱を貸せ」


 立ち上がって話に割り込み、ラングが手を出す。へい、とヘクターは恭しく小箱を手渡して部屋を出るラングに道を譲った。扉を出る前に一度立ち止まり、振り返った。


「カイラスは食料の準備を十日、()()()、ツカサはアルとギルドに行って魔獣の情報を仕入れろ。アーシェティアはカイラスに頼んで装備を整えろ、その防具では前線に出せん」

「承知した、カイラス殿、よろしく頼む」

「承りました」

「ギルドには行かないの?」

「優先事項が出来たのでな、仕方ない。私はそこの資料を見ておく。ギルドでの追加調査は任せるが構わんな?」


 任せると言われれば悪い気はしない。一緒に行けないことは残念ではあるが、期待に応えたくなった。


「わかった」


 ラングは一つ頷くと扉を出ていった。その背を見送り、ぽりぽりと頬を掻いてヘクターは苦笑を浮かべた。


「旦那、相変わらずクールでやんすね」

「ヘクター、あの小箱は? 連絡って誰から?」

「まぁまぁツカサ、それはラングから直接聞いた方がいい。それよりギルドで情報収集しようぜ、久々に一緒にさ!」

「あぁ、いいよ、いこっか」


 肩をぽんぽんと叩いてアルは笑い、親指をくいと動かした。まるで軽く飲みに行こうと誘うような言い方につい笑いが零れる。


「あぁ、そうだ、アーシェティア」

「なんだろうか」

「あんたの装備な、伸縮性の良い魔獣素材でインナーとグローブを用意してもらうと良い。肌が出ている状態っていうのは血が流れて手が滑るし、腹を切られた時に内臓が出る。出来ればその上にもう一枚欲しいとこだけど、あんたのスタイルだと邪魔になるだろうからな。カイラス、頼んだぞ」

「えぇ、承知いたしました」


 ぽかんとアルを見上げてしまった。

 前は人の装備について一家言などなかったというのに、毎朝の手合わせで癖とスタイルを見抜き、それに適した提案をした。いつも明るく、時に嫌な役を引き受けてくれたアルが大きく見えた気がした。

 視線に気づいてきょとりと首をかしげるのはいつものアルだ。


「なんだよ?」

「いや、成長したなぁって」

「なんだよ!」


 ヘッドロックをかけて髪をぐしゃぐしゃにしながら引き摺られ、おかしくなって笑ってしまう。


 ラングとは違う男兄弟のようなじゃれ合いをしながら館を歩き、メイドや従僕たちに微笑ましく見守られながら正面玄関を出た。正門までの道を挟む庭園もまた立派であちこちに目移りしながら雑談を続けていれば、ふとラングの部屋が目に入った。

 三階の部屋の窓に深緑のマントがちらりと見え、気づくかは別として手を振っておいた。

 ゆらりと揺れたので見ていればくるりと振り返ってツカサを見据えたのがわかった。


「ほんと、どうやって気づいてるんだろ」


 もう一度大きく手を振ってから名を呼ぶアルの方に駆けていった。




 

『いかがしましたか?』

「いや、なんでもない。それで、何の用だ?」


 サイドテーブルに小箱を、手に紙を持ってラングは窓から離れた。


 視線を感じて振り返れば能天気に手を振る()がいて、その光景に口元を緩ませた。

 息子はいる、ほんの一年旅連れした年の離れた()()もいる。だが、兄弟というものはいたことがない。ふと遠い昔、弟妹を両親に求めて困らせたことを思い出した。

 もう願うことも出来ない憧れが、別の世界に来て叶うとは思いもよらなかった。

 エレナが息子の姿をツカサに描いたように、もしかしたら。


 ふ、と息を吐いて紙に向き直る。

 僅かに郷愁に耽っている間に文字が浮かんでいた。小刻みに更新される紙からはもう眼を離してはならないだろう。


『先日はとても良い働きをしていただき、ありがとうございました』

「報酬に釣られてのことだ」

『報酬ですが、何を差し上げれば?』

「王族が褒美を指定せずに問うのは危険だぞ」

『貴方は無理難題な要求をしない確信があります』

「買いかぶりすぎだな」

『確信と申し上げました』


 手にした紙の音を立てることもなく、ラングはその文字を追った。


「グレンか」

『流石慧眼の持ち主であられる』

「含みがあるな」

『一つ、踏み込ませて頂きたい』

『あなたは』


 続いた文字にラングは沈黙を返した。少しだけ窓から空を仰ぎ見て、紙から眼を逸らす。手元でじわりじわりと文字が何度か変わっただろう、たっぷりと待たせてから答えた。


「違う」

『そうですか』


 沈黙の間だけである程度察したらしい向こう側の王太子は、それ以上は聞いてこなかった。その引き際を見事だと思いながら、それで、と改めて切り出す。


「何の用だ」

『黄壁のダンジョンを停止いただけると伺いました』

「あぁ、そうだな。明日には出る」

『お戻りになられる頃、軍が行きます』

「ほう、ついにか」

『最後の制圧は、国が引き受けます』

「そうか」

 

 それ以上を言うつもりはなかった。故郷の者たちが渦中にいるツカサほどこの戦争へ思い入れもなく、手を貸すと決めたエフェールムはもはや勝利したも同然。今は自身に依頼されたものを完遂するだけだ。


『戻られる前に、着けば良いのですが』

「各街に散らばった軍を集めるのに時間がかかっているのか?」

『いえ、そうではないのですが』

『諸事情だと聞いています』

「まぁ、収まるのなら私に言うことはない。会話は終わりか?」

『先立っての依頼の報酬は、何をお求めですか?』

「軍師に会いたい。ラスという軍師だ」


 文字の更新が止まる。王太子という立場上、軍事に関わらないこともないと思うが、相手はしばらく返事を寄越さなかった。

 それから、随分と撚れた文字が浮かび上がった。


『それは か 叶います』


 余程笑って書いたか動揺して書いたかだろう。

 この文通相手、文字でも態度と感情をわかりやすくしてくれているが、文字の悪い所はこういう時、相手の表情を窺えないことだ。


『その他の報酬を考えておいてください』


 向こう側で顔も知らない王太子のにやけ顔が見えて紙を畳み小箱にしまった。


「随分と含みを持たせてくる王太子だ」


 だが、それでも嫌いではないから不思議だった。






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