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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-32:【異邦の旅人】の方針

お待たせしました。




 男同士の会話の翌日からツカサは鍛錬を再開された。



 懐かしい鍛練はやはり厳しく、ラングは呆れたような溜め息を何度も吐いた。

 転がされ、容赦のない裏拳や鞘に納められてはいたものの双剣で体を打ち据えられた。舌打ちの後に双剣を腰に戻し、ラングはツカサを一瞥した。


「少しは戦えるようになったと思ったが、どうやら勘違いのようだ。我流のおかしな癖がついているな」

「し、仕方ないだろ!」

「質の悪い技術を急に混ぜ込んだ結果だな」

「それは」


 否定できない。何度か命を狙われてドンパチした際、暗殺者から取り入れた技術も確かにある。それを質の悪いと言われてしまえば何も言えない。何せ目の前の人は最高の技術を持っているのだ。

 もちろん、今ならそれがチートなのではなく、血の滲むような努力の結果だということがわかる。

 そうだ、人目がなくなったらラングの技術が暗殺者のものであるかも確認をしたい。

 立てと言われたので立った。


 騎士の修練所の一角を借りての鍛錬は人目を引く。

 だが、ラングのマンツーマンを受けられるというのは少しだけ優越感もあった。


「しばらくは基本からやり直しだ」

「え、どこから?」

「短剣を構えろ」

「最初からだ!」


 うわぁ、と声だけは嘆きながら、顔は嬉しそうに笑ってしまう。ラングは手間をかけさせるなと不機嫌だが、ツカサには全てが懐かしくて嬉しかった。

 そして何より打ち合いが楽しい。記憶とイメージの自己鍛錬では勝てたパターンがあっさりと覆される。ラングはラングでツカサがどこまで対処できるのかを試してくるのはスリルがある。相変わらず底知れぬ技術と強さの塊の人だった。


 ラングとツカサの鍛錬の少し離れたところでは、アルとアーシェティアがドカンボカン音を立てながら鍛練をしている。

 驚いたことにアルもまた腕を上げており、アーシェティアの戦斧を柄を使って受け流したりしてカウンターを入れる戦法を取り入れていた。これはラングの影響だろう。

 アルは戦斧に布を巻かなくていいとアーシェティアの闘志を刺激していたが、一撃ももらうことなくアーシェティアを弄んでいた。遠慮のない一撃は女のアーシェティアの頬を打ち、腹を突き、脇を薙ぐ。戦士として有難い扱いだと本人が笑うから良いが、ツカサは見ていられなかった。よそ見をすればツカサが同じ状態に落とされるのも理由だ。

 土に顔を打ち付ける度に悔しそうにしているが、アーシェティアは折れなかった。


「ツカサ! ラングさん!」


 そんな鍛錬が四日も続いた頃、早朝だというのにモニカが駆け込んできた。丁度鍛練を終えて騎士たちと一緒に水を飲んでいたところだった。


「おはようモニカ、どうした?」

「おはよう、エレナさんが目を覚ましたのよ!」

「本当!?」


 あれからエレナは長く眠り、浅く目を覚まし、また眠るを繰り返していた。魔法で治された体の怪我と痛みを徐々に馴染ませているのだと聞き、エレナに余裕が出来るのを待っていたのだ。

 ラングを振り返り、そわそわとしてしまう。


「着替えが先だ」


 頭の先から足の先まで見られ、ツカサは悔しそうに唸る。ラングは土埃、汗一つかかないでいるのにツカサはボロボロだったからだ。

 ツカサはモニカに礼を言って自室まで全力で走った。


 さっとシャワーを浴びていつもの服に着替え、廊下で待機していたメイドの人に案内をされた。エフェールム邸は広く、まだ自分の部屋以外の道を覚えられていない。ラングの部屋はどこだと問えば、ツカサが来る前に一つ上の階に上がったらしい。こういった館では上階にある部屋ほど賓客なのだそうだ。流石だった。

 エレナの部屋の前にモニカとアーシェティアとアルがいた。


「ラングは?」

「もう中にいる」

「え、なんでみんなは外に?」

「エレナさんが先にラングさんを呼んだからよ」

「じゃあ、ちょっと待つ?」

 

 そうね、とモニカの苦笑を受けて窓際に寄り掛かった。

 待ったのはほんの十分程度だ。中からラングが扉を開けて、顎で中に入れと促す。それを受けてツカサは駆け込んだ。

 当然、跳び付いたりはしない。駆け寄り、今日は開いているレースカーテンの中を覗いた。


「エレナ?」

「ツカサ、よかったわ、無事だったのね」


 左目に包帯を巻いた痛々しい姿で、それでも柔らかなエレナの雰囲気は変わらず。ふわりと微笑まれてベッド脇に膝を突いた。


「エレナ、ごめん。大変な目に遭わせて」

「いいのよ、あなたのせいじゃないわ」

「俺が渡り人の街(ブリガーディ)を迂回しなかったせいだ」

「あら、それを止めなかったのは私よ?」


 ツカサの頬を撫でて細められる眼は、右だけだ。


「左目、見えないって聞いた」

「えぇ、そうね。やっちゃったわ」


 自分の頬に手を置いて溜め息。その程度で終わらせていいのかわからなかったが、エレナだって冒険者だ。あまりに心配しすぎるのも怒られそうな気がした。


「エレナ、ラングとアルと話してたんだけど」

「残るわよ」

「聞いたの?」

「えぇ、部屋に入ってきて早々に」


 エレナがじろりと睨んだ先でラングは腕を組んで天蓋の柱に寄り掛かっていた。

 リーダーとして問いかけは済ませたらしい。


「私だってここに来ると決めたのだもの。まぁ、ゴブリンに追われるとは思わなかったけど」

「ゴブリン」

「あら、ごめんなさいね、あなたの…知り合いは居たの?」

「いや、あの人だけだった」

「そう」


 ふわりと髪を撫でられて下を俯いた。

 少しだけ沈黙が降りて、その間髪を梳くように撫でられていた。ぐっと顔を上げればエレナは少しだけ驚いた顔をした。


「俺、ラングの弟だ」


 右目が瞬く。ちらりとツカサの左上を見たのでラングへ視線をやったのだろう。


「あなた、本当に良い所を持っていくわよね」

「なんの話だ」


 じとりとした口調でエレナが言い、ラングはシールドの下で顔を顰めただろう。このやり取りも懐かしい。

 ツカサは今更だとは思いながらもヒールをエレナに使う。エレナはほぅ、と息を吐いて微笑んだ。


「ありがとう、気持ちいいわ」

「遅くなってごめん」

「いいのよ、粗方ラングから聞いたわ」


 ツカサが二度話さなくていいようにしてくれたらしい。またトイレに吐きに行かなくて済みそうだ。

 ヒールを入れ終わって光が収まる。また定期的に入れることにした。


「ごめんなさいね、まだ長く起きていられないのよ。本題に入って頂戴」

「無理はするな、体が辛ければ眠っていい。昨夜、渡り人の街(ブリガーディ)に動きがあった」

「え、動きが?」

「シグレの予想通りの抵抗だな。多少は考えられていたぞ」

「何言ってんだよ、良い手過ぎて正直俺たちも出るかどうかだっただろ」

「どういうこと?」


 アルは肩を竦めて話してくれた。


 昨夜、渡り人の街(ブリガーディ)は一つの勝負に出た。

 魔獣暴走(スタンピード)で出現した魔獣を突貫で作成したバリケードで誘導し、イーグリスの北側の城郭と、西()()にぶつけたのだそうだ。渡り人の街(ブリガーディ)の街中を通したために街そのものにも被害が出る方法だが、何カ所かを攻めるのは手段としては上手い。

 細身の男、ヘクターが怪しい動きがあると報告していたのでシグレも、ラングもアルも真夜中に備えることが出来た。城郭の上で見張っていたら雄叫びと共に大型の魔獣がぶつかってきたため、城郭の一部が欠け、門は大きく歪んでしまったという。

 騎士団とイーグリスの冒険者が対応し魔獣は討伐された。けれど、無傷とは言えなかった。

 歪んだ門の隙間から入り込んだ渡り人の街(ブリガーディ)の数名はしっかりと取り押さえたが、魔獣暴走(スタンピード)が終わるまでこのようなことを繰り返されれば流石に面倒だ。


「それで、向こうがこういう手段を用いるなら、もうダンジョンを止めようって話になった。そろそろ奴らも解体の技術を身に着けてきてるし、食材を断つのと今後のために」

「というと、えっと、この辺のダンジョンは特殊で決まった人数で踏破すると止まるんだっけ?」

「そう。黄壁のダンジョンの停止条件は二人攻略だ」

「二人かぁ」


 こくりとアルが頷く。


「離脱石と帰還石はこっちのダンジョンでも使えるから、最下層まではパーティで行って、最後の部屋だけ二人で攻略する方針でどうかって」

「誰が踏破するんだ?」

「俺とラングで考えてる」


 アルはラングを見た。


「今日は情報を収集し、明日にでも向かうつもりだ」

「鍛錬の時そんなこと一言も」

「騎士は行かないから言う必要もないだろ? 俺たちが身軽だから出来ることだしな」

「黄壁のダンジョンは最下層が五十、フロアは広くないと聞いている。食材の補充はカイラスに任せた」


 すでに方針は確定しているらしい。ツカサは腕を組んだ。


「最下層は一旦置いておいてメンバーは?」

「私と、アルと、ツカサ。それからアーシェティア、お前だ」

「承知した、ツカサ殿と共に」


 ガシャ、と戦斧を鳴らしながらアーシェティアは胸の前に腕を置いた。すっかりラングの配下にいるが、いったい何があったのだろう。

 ラングはエレナに近寄り、背中に手を当ててそっと寝かせた。動作を見守ってしまったが、エレナを見ればうとうとと眼を瞬かせていた。


「そういう訳だ、しばらく留守にする」

「えぇ…わかったわ…」

「世話はモリーンに一任している。不便はなかったと思うが」

「えぇ…快適、よ…」

「もう休め」


 布団をかけ直しラングの手がエレナの瞼を覆う。夢見師(レーヴ・)加護(ベネディクション)を使ったのだろう。エレナは小さな寝息を零し始め、カーテンが閉められる。


「準備を進めろ。鐘が四つ鳴ったら応接間に集合だ。それまでにはカイラスが情報を集めるだろう」

「はいはいっと」

「わかった。モニカ、エレナをお願いしてもいいかな」

「もちろんよ。気を付けてね」


 ぎゅっと手を握られてその温かさに胸が締め付けられた。


「大丈夫、みんな強いから」


 それは心からの言葉だった。





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