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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-29:再会は応接間で

おまたせしました。

本日は一話の更新です。



 見慣れない天井があった。


 


 綺麗な木目と美しい細工、華美ではなく添えるような在り方にほうっと息を吐いた。手入れも行き届いているようで目立つ埃などもない。昔から疑問だったのだが、どうやって掃除しているのだろう。

 喉がカサカサになっていて息を吸った際に咽込んでしまった。乾いている喉が擦れくっつきそうになって息苦しい。

 すっと差し出された()()()を受け取って一気に飲み干した。まだ喉が渇いている。グラスを奪われ、またこぽこぽと注がれて渡される。

 ガラガラの声でありがとう、と言って受け取ってまた飲み干して、ちらりと視線をやる。


「あの、どちら様?」


 にっこりと胡散臭い笑みを浮かべ、けれど造形の良い男は綺麗なお辞儀をしてみせた。


「申し遅れました、私は当エフェールム家で家令をしております、カイラスと申します。お加減はいかがでしょうか、ツカサ様」

「あ、はい、どうも…」


 なるほど、ここはアルの実家らしい。

 眠くて堪らずラングに甘えてしまい、思い出して少しだけ気まずくなった。久々の再会、成長した姿を見せるはずが安心してしまって不甲斐ないところを見せた。

 ふと手に持ったグラスから自分を見ると、質の良い寝間着に着替えていた。汗でじっとりとしていて少し気持ち悪い。

 ラングとアル、それにエレナ達の安否も不明のままどのくらい寝ていたのだろうか。顔を上げて口を開こうとすればカイラスが自身の唇に指を立てて先手を打った。


「落ち着いて、お湯をご用意しております。気になることは多いでしょうが、それらは全てあとでわかります。先に汗を流した方がよろしいかと」


 立てますか、と尋ねられ、ベッドに手を突いて立ってみせた。満足そうに頷いてカイラスはこちらです、と部屋の中を案内してくれた。

 寝室はかなり広いし物が良い、隣には脱衣所とその奥に風呂がある。しかも洋画で見るようなものではなく、はめ込み式の、所謂日本で見る風呂だ。溢れた水が気にならないように、風呂場と脱衣所にはきちんと一枚仕切りがある。ガラス張りなどの丸見え素材でないことに安心した。


「御入用でしたらお声掛けください」


 では、と部屋を辞してツカサは残された。

 ぼんやりと周囲を見渡し、とりあえず着ていた寝間着を脱いで、ふらりと湯気に誘われて風呂に行った。

 なんだか良い匂いのするお湯はそれだけで気持ちよかった。何度か体を洗い、髪を洗い、さっぱりしてふかふかのタオルで拭きあげる。この世界ではこんなに柔らかいタオルも初めてだった。

 ガウンもあったが一度袖を通し、慣れなかったのですぐに脱いだ。洗濯しておいてくれたのだろういつもの服に袖を通す。魔力の服の感触が落ち着いた。


 改めて部屋に戻れば、寝室からベランダに出られたり、リビングのような部屋に繋がっていた。革張りのソファにドリンクセット、茶菓子に軽食にと至れり尽くせりで用意されていた。

 故郷でも泊まったことのない、テレビの中の高級ホテルに自分がいるのだと気づいて急に怖くなった。


 とはいえ風呂上がり、喉は渇く。


 いそいそとデカンタから柑橘水をグラスに注いで一気飲み。喉をぎゅうっと冷やして通っていく爽やかな水が美味しかった。レモンやミントなど、ちょっと良い店の水だ。氷もないのにキンキンに冷えていたので不思議に思い、置いてあったボードを触れば冷たかった。保温器ならぬ保冷器だろう。魔道具が溢れている。

 それに、と手の中のグラスを見る。くすみもない綺麗な、故郷と遜色のない品だ。


 軽食のサンドイッチをもりもりと口に突っ込みながらツカサはベランダを覗いてみた。

 整然と整えられた中庭は芸術を知らないツカサの眼にも美しく映った。遠くの方にツリーハウスがあるのが場違いでくすりと来た。

 また部屋に戻りサンドイッチを食べ、冷えた柑橘水を飲み、そぅっと部屋を出てみることにした。


 カチャリと静かな音を立てて扉を開けば、目の前にカイラスがいた。


「うわっ」

「お呼び頂けるのをお待ちしていたのですが、ご不要でしたか」


 ついと長い指で指した先を眼で追えば呼び鈴、部屋を出る前に教えてくれればよかったのに。カイラスはまた綺麗なお辞儀をしてからこちらへ、と踵を返した。


「どこに行くんだ? ラングは? アルは? エレナとモニカ、アーシェティアを知らないか?」


 カイラスは微笑を浮かべるだけで答えはせず、ただ廊下を歩き続けた。それを不愉快に思いながらもついていく。

 こちらも手入れの行き届いた綺麗な廊下で、足元には淡い緑色の絨毯が敷かれている。足の裏が少しだけふわふわした。

 どこか窓が開いているのだろう。冬の冷たい風が時々ふわりと顔を撫でた。部屋は暖かかったなと少しだけ振り返った。


 そういえば、暖炉というものは構造が上手く出来ていないと寒いのだと、この世界に来て初めて知った。

 火を起こせば空気が上昇する、それは室内の空気を換気させることにも繋がり、冷えた空気を取り入れやすいのだ。それに気づいてからは夜食かホットワインを作るとき以外、ツカサはランタンとトーチで部屋を暖めるようになった。オルワートで身に着けた除湿と逆の魔法も使えるが、あれだけでは徐々に冷えるのだ。


「お連れいたしました」


 取り留めもないことを考えていればカイラスがドアをノックした。その音に引き戻されてツカサは何度か瞬きをした。

 中からバタバタと駆け寄る音がして、バンッと開く。

 飛び出してきたのは黒髪の青年と、栗色の髪の少女。


「アル! モニカ!」

「ツカサ!」


 ガバッと抱き着いてくるモニカを抱き留めてぎゅうっと腕に力を入れた。ぐぇ、と耳元で色気のない声がして笑いながら解放すれば、泣きながら笑って両頬を包まれた。


「おーおー、お熱いね」


 伸ばした腕を行き場なく組んで、扉に寄り掛かりアルが苦笑を浮かべていた。

 以前にあった少年の面影は完全になく、身長の高い精悍な顔立ちの青年がにっと笑った。


「アル!」

「久しぶり、身長は抜かれてなくてよかったよ」


 腕を広げられたので抱き着けば、ははっと笑いアルからも抱擁が返ってきた。さわさわぱしぱしと背中を触られたので奇妙に思い離れれば、肩を叩かれた。


「安心した、サボってはいなかったみたいだな、良い体になってる。ショートソードなんて無茶かなって思ったけど、ちょうど良さそうだ」


 振り返りながら問い、そのまま中へ促す腕に釣られて足を進めて部屋に入った。


「体調はどうだい?」


 声を掛けてきたのはイーグリスと渡り人の街(ブリガーディ)との対話の日、コアトルに乗っていた男だ。アルをもっと落ち着かせた笑みで尋ねてきた。


「あ、大丈夫、です」

「ツカサ、三日間寝てたのよ。すごい高熱で」

「え!?」

「風邪ひいてたみたいだな、何した? 腹出して寝てた?」

「あぁ、そっか、前日に雨に降られてそのままだったから…」

「体調管理が甘い」


 ピシャリという声の方を向けば、こちらはいつもの格好に戻ったラングだ。

 

 部屋の中にはラング、アル、シグレ、モニカ、それに壁際に控えているアーシェティアと見知らぬ細身の男性、ここまで案内してくれたカイラスの七人がいる。

 ツカサはきょろりと部屋と廊下を見渡した。


「エレナは?」


 しん、と返される静寂に汗をかいた。モニカも目をそらし、アーシェティアは目を閉ざし、アルは困ったような顔をして、ラングはこちらを見もしない。


「ラング、エレナはどこ」

「座れ」

「教えて、エレナは」


 駆け寄りその肩を掴もうとすれば視界がぐるりと回転して、気づいたら座らされていた。


「同じことを二度言わせるな」

「だけど!」

「ツカサ、言うとおりにするんだ。いい子だから」


 アルの静かな声にそちらを見遣れば頷かれた。


 渡り人の街(ブリガーディ)で起こったトラブル。モニカとアーシェティアがここにいる、ならばエレナもいるはずだ。けれどその姿がここにない現状は鳩尾をぐるぐると混ぜ込むような不安感を覚えさせた。

 もしかしてエレナはいないのだろうか。

 しかしそれを問い詰めたいツカサをアルすらも宥めてかかり、話題に出させない。

 最悪の事態を想像してしまう。


 そんなツカサの内心を知ってか知らでか誰もが沈黙のまま席に着いた。

 アルもラングの向かいに座り直し、モニカはツカサの隣、アーシェティアは壁に、細身の男も気まずそうに立ったまま頭の後ろで腕を組み、カイラスが全員に紅茶と茶菓子を配り終わった頃、咳払いをして上座のシグレが注目を集めた。

 

「改めて、初めまして、アルの兄、イーグリスの統治者(オルドワロズ)をしているシグレという」

「初めまして、ツカサです。…ラングの弟です。あの、情報ありがとうございました」

「あぁ、君の道標の一つになったのなら良いのだ」


 頷き、シグレは紅茶を一口飲んだ。


「うん、美味い」

「恐縮です」


 カイラスが誇らしげに礼をし、シグレはカップをティーソーサーに置いた。


「君はどこまで聞いているかな?」

渡り人の街(ブリガーディ)は見てきました。イーグリスはまだです」


 ツカサは真っ直ぐにシグレを見た。


「最初から教えてください」


 ふっ、と口元に微かな皺を浮かべてシグレは笑った。


 


 ――― 事前に情報収集させてくれた内容をまずはなぞり、再確認をさせてくれた。

 


 本来一般人であるツカサには話す必要もないだろう詳細を補足され、一つ一つを理解し、考えるように言葉を受け入れた。

 【渡り人】であるツカサには渡り人の街(ブリガーディ)がどんな思いで、どんな未来を求めて起こしたことなのかが想像できる部分もあった。ただ、それを理解してもらうにはあまりにも相手をなめてかかり、手を抜きすぎたのだということもわかる。

 少なくともイーグリスは寄り添おうという姿勢を、住居増築という安寧の形で見せてくれていた。

 それを受けることで首輪を着けられると【渡り人】が不安に思う対応がどこかにあったのかもしれないが、考えても仕方のないことのように思えた。


 結局、その時当事者ではなかったツカサにはもはや何が本当の理由なのか、わからないのだ。


 ある程度の話が進み、シグレが黄壁のダンジョンの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)の話をし出した時、ツカサは一言だけ差し込んだ。


魔獣暴走(スタンピード)の怖さはよく知っているつもりです、だから、よくもそんな判断が出来たなとは、思いました」


 棘のある言い方なのは重々承知の上だ。

 カイラスからはピリッとした気配を感じ、アルからは苦笑を、ラングからは無反応が返される。

 ツカサの視線を真摯に受け止めて、シグレは淡々と応えた。



「紫壁のダンジョンの位置は聞いたかな」

「イーグリスの東って聞いています。未然に防げたとも」

「そう、結果としては未然に防ぐことが出来た。魔獣暴走(スタンピード)がダンジョン内で既に発生していて、被害が出る一歩手前だったがね。そう言っても、君は同じ言葉を言えるか?」


 言葉もなかった。ツカサは未然に防げたのだと聞いただけで、寸前だったとは聞いていない。


「その一歩手前のダンジョンをどうにか止めてくれたのは、君の兄であり、私の弟であり、有志の冒険者パーティだ」


 ぱっとラングを見れば小さくため息を吐かれた。つまり事実なのだ。

 

「…すみません、知りませんでした」

「いや、今のは私も意地が悪かった自覚はある、すまない。ただ、君はやられたからやり返す、ということが納得いかなかったんだろう?」

「はい、俺は、魔獣暴走(スタンピード)でラングたちと別れたから」


 ぎゅっと握った拳には自身の恥を、無知を、質問を重ねなかったことへの謝意を、様々な意味が込められていた。


「大変な思いをしたことは理解しよう、君が必死にここまで辿り着いたことにも称賛を贈る」


 だが、と前置きを置いてシグレはとんと机を指で叩いた。


「我々イーグリスは近隣の街への配慮をした、彼らはただ魔獣暴走(スタンピード)を起こそうとした。その点でも同じとは考えてもらいたくはない」


 言わんとすることはわかる。

 道中の街々で大事になっていなかったのは対策が講じられていたからだとも知っている。

 魔獣暴走(スタンピード)に納得が出来ないのはただただツカサ個人の心境なのだ。


 これは時間をかけて自分の中で答えを見つけるしかないと思った。

 何せここは異世界、ツカサの考える常識とはズレがあって当然で、ツカサの良心が通じなかったりする場所なのだ。


 だから、ぐっとすべてを飲み込んで一言だけ返した。


「わかりました」

「君の理解に感謝を」


 声色を抑えたがそれでも不愉快な色は滲んだ。

 そこはシグレが為政者としても人としても大人だった。気づかない振りをして僅かな瞑目で受け入れてくれた。


「今後の対応だが」


 空気を切り替えるようにラングが声を出した。


「どうするつもりだ?」

「まずはイーグリスと、渡り人の街(ブリガーディ)の様子を数日見守る」


 シグレは椅子に深く座り直して目元を押さえ天井を仰いだ。ツカサと話すときよりも親しみのある声と態度に、ラングがここで信頼を勝ち取っているのを感じた。


「彼らは魔獣暴走(スタンピード)など恐るるに足らず(中身のわかっている箱)だと豪語していた。だが実際には解体という必要技術を忘れ、対応に追われ食糧難に陥った」

「ダンジョン頼みの弊害だな」

「その通り、そして道中の危険性は商人を遠ざけ、情けを掛けて辿り着いた者たちへも理不尽な苛立ちをぶつけたために見限られた」

「そんなこともあったんだ…」


 ツカサは呟く。

 道中各所で小耳に挟んだ情報は間違っていなかった。解体さえ出来れば食料に困ることも、商売に困ることもなかっただろう。ラングが見せてくれた兎の解体を思い出した。捌く時、傷つけてはならない内臓というのがあるのだ。傷つけると肉全体に臭みが回り食べられるものではない。


 ツカサの思案を置いて、シグレが続けた。


「先日の対話で彼らが折れてくれれば、こちらからは食料の提供も、和解も考えていたのだがな」

「まさか矢面にツカサが立たされてるとは思わなかったもんな」

「いろいろあって」

「ラングからざっくり聞いてる、親父さんがいたんだって?」


 身を乗り出してツカサの顔を覗き込むアルは、心配の表情を浮かべていた。


「もう、いいんだ」


 思ったよりも静かな声が出て自分で驚いた。対面でアルも驚いている。

 

「あの人は自分で自分の生き方を選んだ。だから俺も選んだ、それだけ。それに、俺には俺で、家族がいるから」


 ラングを見て、モニカを見て、本当ならエレナにも視線をやりたかった。エレナは無事なのだろうか。


「そっか、ツカサが決めたなら俺はそれを祝福するよ。…来てくれてありがとうな」


 イーグリス側に、ということでもあり、仲間として駆けつけてくれたことでもあり、アルの声の実直さにむずがゆくなってしまう。

 お互いに面映ゆい笑みを浮かべて少し笑って、シグレの咳払いでそちらへ視線を戻す。


渡り人の街(ブリガーディ)は数日の内に武力行使に出るだろう」


 ほんの一瞬前の和やかな空気が一変し、緊張感が走る。


「最後の抵抗、最後の主張になると思っている。そしてそれをまずは防御のみで対応する」

「どういうこと?」


 ツカサは意図がわからなかった。これを鎮圧するというのであればまだわかる。

 

「軍が相手をする」


 隣から聞こえた言葉に視線の位置を変え、目を瞬かせた。


「イーグリスは渡り人の街(ブリガーディ)を助けないということだ。二百年前と同じことになる」


 ツカサは言葉を失くして息を飲んだ。アルから聞いていたイーグリスの過去が繰り返されるのか。


「今回はもう少し穏やかではあるがね」


 シグレの慰めの言葉はツカサの耳を滑っていった。







年始早々インフルエンザになったり体調を崩しがちなため、しばらくは一話ずつ更新させていただきます。

文字数もキリの良いあたりから前と同じくらいに戻していきます。

のんびりお付き合いください。


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