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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-27:ラング

本日最後の更新です。

四話目です。



 喧騒が遠い。




 叫び声を上げて突然東側の人物と戦い始めたツカサに、渡り人の街(ブリガーディ)も流石にざわついた。

 困惑めいた叫び声や何か言っているのはわかる。けれど、言葉が脳内で意味を成さなかった。


 姿勢低く駆け寄って懐に入ってやろうとした。さっと半身を切ってツカサに対して懐を無くし、ラングはただ近寄ってくるのを待っていた。

 ショートソードを振り抜けば魔力で創られた水刃が飛ぶ。初見でそれの切れ味を察知してかラングはすいと不思議な動きで避けてみせた。

 体を回転させて勢いをつけてショートソードを撃ち込めば()で受け止められ軽く押し返される。


 初めてだった。

 今まで鍔のない武器を扱うラングだからこそ、受け流す動作は嫌という程経験していた。まさか鍔迫り合いをするような動きをするとは思わなかった。


 きゅ、と地面を蹴って体を反転させ、風の短剣を振った。研ぎ澄まされた魔力がうねりかまいたちを創りだし襲い掛かる。

 ラングは前に足を進めた。た、た、た、と地面を蹴って体を捻り、どういう訳か軌道を見極めてそれを避けてしまった。


「ほんと…!」


 なんなんだよ、と声が喉で潰れる。一息にラングが距離を詰めてツカサにロングソードを振り抜いたせいだ。右に一撃、すぐさま引き戻して左へ、やや左下から上に振り上げ、左足を踏み込むと同時にもう一度左へ。

 剣戟は剣の赤い軌跡を残影のように視界に残しツカサの頬を斬った。


 薄皮一枚、わざと狙ったのだろうとわかった。


 ふわっと大きく跳んでツカサから再び距離を取り、また基本の構えに戻る。

 僅かに顔を傾げられる。どうした、もう終わりか、と言外に尋ねられ、頬の血を拭うついでにヒールで治した。


「まだまだ!」


 一度剣を交わしたことで少しだけ冷静になった。すーはーすーはー、いつもの息をしてまた走りだした。


 どんなふうに剣を振っても、短剣を振ってもラングには届かなかった。


 双剣から得物を変えても技術は落ちず、ラングは落ち着いた姿勢を崩すことはない。

 ショートソードが振られれば魔力が発動する一瞬の違和感を鋭く見極め剣か魔法かの対処を変える。刃を打ち合えば腕力こそ身についているがいなし方を知るラングに遊ばれる。


「いて!」


 ピシリ、ロングソードの腹で太腿を叩かれた。


「うっ!」


 パシリ、膝の横。


「ってぇ!」


 バシッ、脇腹。


 傍目に見ればそれはじわじわと甚振る図だ。

 だが、ツカサの気持ちは変わってきていた。


 懐かしい、これはラングからの稽古だ。


 アルと違い、ラングは手加減が上手い。常にツカサの前に立ちながら、ツカサを潰さないように徐々に徐々に実力の枷を外していってくれていた。

 別れてからの旅の間ラングを想像しながら自己鍛錬をしていたが、手加減のままの姿であればこそ勝ててしまうのは当然だった。


 本物はこうも遠い。


 剣技だって経験だって、時に暗殺者の技術だって取り入れた。

 けれどそのどれもがラングの顔色を変えるに至らない、届かない。


 焦れて組み手に持ち込もうとすれば重心のブレがばれて軽くつま先を引っかけられて地面に転がった。


 容赦なく追撃が来る。

 ある程度本気で出された突きを転がって避ければ地面に赤い剣が突き刺さり穴を開けていた。剣を塞いだかと再び襲い掛かればコンと音がして剣が宙を舞う。

 そういえばラングのブーツには隠しナイフが仕込まれているのだ。ブーツのつま先は少し硬い、器用に剣の鍔を蹴った勢いで抜き、それが落ちてくるまでの間は素手でツカサを捌いた。


 体がぎゅるんと回されて渡り人の街(ブリガーディ)側へ戻され、振り返れば剣が手に戻ってきていた。


 また僅かに首を傾げられる。


「まだだ!」


 ツカサは不思議と笑っていた。

 言葉はなくとも懐かしいやり取り、受け止め、返され、そこにラングの真実があった。

 ラングがやること成すこと、何の意味があるのかを考えた。

 思い至るまでの間、何度も剣の腹で太腿を、腕を、手首を、足を、肩を叩かれた。

 ヒールを使いながらなのでそれを知らない人が見れば随分と打たれ強く見えるだろう。


 ふっと答えに辿り着いた気がした。


 わぁあ、と叫びながらわざとらしく鍔迫り合いに持ち込めば、思った通り受け止めてくれた。


「俺のため?」

「何があった。()()()はどうした」


 小声で尋ねれば初めてラングがまともに会話してくれた。

 ギリギリと腕の力は弱めない。足を踏ん張り拮抗しているふりをしてくれた。泣きそうになりながら小刻みに息を吸えば、ラングは子供をあやすようにしーっと唇から息を出した。


「堪えろ、何があったか話せ。この状態もそう長く誤魔化せん」

渡り人の街(ブリガーディ)に父親がいたんだ」


 ラングが驚いたのが気配でわかる。涙で震える眼で黒いシールドを見てもその先は見えない。けれど確かに視線を受けている。


「実父か?」

「そう、居ると思わなかった。渡り人の街(ブリガーディ)の外で助けた」

「なるほど、救援したという冒険者はやはりお前だったか。父親はどれだ」

「最前列の眼鏡、白い服の…後ろ手に縛られてる」

「どういう状況だ」


 ギン、と一度ラングが剣を振って離れた。それは父を確認するためだろう。

 とん、とん、と足を遊ばせて次はラングから剣を振り下ろしてきた。先ほどと同じように鍔迫り合いに持ち込む。


「人質か」

「そう、俺どうすればいいのか」

「母親は」

「いないみたい、どこかで死んでたら、俺」


 ガン、とシールドをぶつけられて鼻血を吹きながら倒れた。


「立て! そんなものか!」


 目がちかちかして顔を押さえ、鼻血を見て呆然とラングを見上げた。ツカサにだけわかるように顎を上げて立ち上がることを要求した。ふら、と立ち上がり頭を振り、鼻血を拭いながらヒールを使う。

 ふん、と鼻を鳴らせば血が飛んだ。


 もう一度立ちあがってショートソードを振り下ろした。話題を変えられたのだと何故かわかり、ツカサは泣きそうな声で言った。


「エレナは、エレナはイーグリスにいるんじゃないの!? モニカとアーシェティアも!」

「お前は何も知らないのか」

「冒険者ギルドに呼び出されて、その間宿にいるはずだったんだよ! なのに、大きな音がして、駆けつけたらもう、どこにも! 攫われたとか襲われたとか聞いたから、もしかしてって、違うのか!?」


 ラングから回答はないが、代わりに蹴りを入れられて距離を取らされた。



「覚悟を決めろ」



 再び切っ先を向けられた。

 ラングの言う覚悟が一体何を指すのかがわからず困惑していれば、またわかりやすい挑発をいれられた。それすらも様になるのだから悔しい。

 雄叫びを上げてまた鍔迫り合いに持ち込んだ。


「実父を助けたいか」

「わからない、わからない! あの人は…母さんのことも俺のことも忘れて」

「あの視線からするとそうは思えないが」

「新しい奥さんがいるんだよ!」


 子供もいるんだ、とツカサが強く瞑目して絞り出した。


 お互いに剣を振り抜いて離れ、何度目か、違う角度で鍔迫り合う。


「お前はどうしたい」

「わからないよ…! でも、ラングと敵対するのは嫌だ!」

「覚悟を決めろ」

「なんの覚悟だよ!」

「前に進む覚悟だ」


 鍔迫り合っていた腕から力が抜ける。

 一歩、二歩、下がってラングを見遣った。対面に立つその人は威風堂々とした態度で真っ直ぐにツカサを見ていた。

 ツカサの装備でもなく、力でもなく、利用価値でもなく。

 最初から今もずっと、ただツカサ本人そのものを見てくれていた。



「お前にその覚悟があるのなら、選択をするのなら、それがどんな覚悟だろうと背中を押してやる。私がお前を殺してやる」



 ジュマでの出来事を思い出した。

 【真夜中の梟】を見捨てられないツカサに、力を貸してくれたあの姿が鮮明に浮かんだ。


 選んで、決めて、覚悟して死ねと言われたあのとんでもない発言が、今はこんなにも優しく感じるから不思議だ。


 離れていたのはどのくらいだろう。

 ラングと再会するまでに新年祭(フェルハースト)を二回。

 何一つ変わらずツカサの前にあってくれることが嬉しかった。


 同様に、ツカサも決断をしなければならない。


 背後の渡り人の街(ブリガーディ)

 前方のイーグリス。


 いつだって自分の前に立ち、矢面に立ってくれるこの人がどちらの道も創ってくれた。


 稽古をつけることでラングとの関係性をイーグリスへ証明し、容赦なく打ち据えることで渡り人の街(ブリガーディ)には味方に見える。


 父を()()()のは覚悟が要った。

 晴れ渡る空を見上げ、ぎゅうっと眼を瞑った。

 さぁさぁと音を立ててシャドウリザードのマントを揺らす風が渡り人の街(ブリガーディ)の声を遠く、静寂の中にツカサを置いてくれた気がした。



 俺はもう、子供じゃない。


 居場所も、立ち位置も、自分で選べる。


 選ばせてくれた。


 立つ位置を誤ったが戻れるようにしてくれた。


 選んだ結果によっては殺して、悪役にならないように全てを背負うと言ってくれた。



 

 父さんは、父さんの人生を選んだんだよな?

 その結果だからこその今なら、満足だろう?




「なら俺だって、自分で選ぶ」


 ゆっくりと眼を開いてラングへ視線を戻した。


渡り人の街(ブリガーディ)に背を向けたら、どこに行けるかな。俺は、何になるんだろう。裏切者とか?」

「ふむ、そうだな」


 空いている手で顎を撫で、ラングは演劇のように気づいて見せた。



「アルブランドーの名はどうだ」



 一瞬、言われた意味がわからなかった。


 じわじわと言葉が脳内に沁み込んで、思わず楽しそうに笑ってしまった。

 嬉しさと悲しさと、様々な感情が複雑に入り混じってついに涙が流れた。

 一頻り笑い、呼吸を大きく整えながら目元をぐいっと拭い、振り切れた顔を上げる。



「そうなるために、俺はどうすればいい? 手続きある? サインする?」

「あとで教えてやる、が、とりあえず」


 ひゅん、と剣を振って構え直した。


「一度、お前の魔法を受けてみたかった」


 きょとんとし、ツカサは好戦的に笑った。


「手加減出来ないよ」

「構わん」

「言ったね、見てろよ、絶対勝ってやる!」

「良いから来い」


 ――― 初めて。初めてラングが笑った。

 口元に挑発的な笑みを浮かべ、全身で楽しそうにしているのがわかった。


 ツカサはショートソードと短剣を鞘に納め、ふぅう、と深呼吸をした。

 心臓から全身に血液を巡らせるように魔力を行き届かせ、シャドウリザードのマントがふわっとその圧に揺れる。

 ラングは赤い剣を逆手に持って構えると、ツカサの魔法を待ってやった。


「うわああああぁ!」

「うおおおおおぉ!」


 ゴッとツカサから魔力の圧が吹き抜け、両手を前に出せば前方のラングに向かって氷の津波が襲い掛かる。 

 ラングは剣を地面に刺し、青い籠手を着けた腕を柄の向こう側に回した。

 ゴバァッと氷の波に飲まれラングの姿は見えなくなった。



 この津波の先での状況はわからない。怪我も心配ではあった、けれど、思い切り撃ったこの魔法がラングに届くのかどうかを知りたかった。

 殺したくはないが、膝は突かせてみたい。



「ああああああぁ!」


 

 全身全霊で魔力を放ち、氷の波を押し続ける。

 叫び声が枯れるのと同時、魔力がふっと消えた。

 息を切らせ肺に必死に酸素を取り入れながら膝を突き、流れる汗がしばらく地面に染みを作り続けていた。

 周囲から氷の軋む高く澄んだ音だけが響く。汗が目に入り痛くて擦り、収まらない浅い呼吸を宥める努力をした。


 勝ったか、負けたか。


 少しだけ遠くで、ガシャン、バキン、と氷の砕ける音がした。



 シャキンと綺麗な断絶音がして切り崩した部分を蹴り砕く。

 細かい氷の破片を感じて顔を上げれば、黒いシールドの半分を凍らせたラングがツカサを見下ろしていた。風に揺れて小さな氷の塊がラングの装備からパラパラと落ちている。



「くそ…」

「精進しろ」


 もう一度、くそ、と悪態を吐いて笑う。

 銀朱色のマントがしっとりとしていることから、氷が溶けた、つまり炎属性だと気づく。逆に、炎魔法を撃っても軽減されただろう。


「その装備、俺対策だった訳?」

「当然だ」

「そうだった、用意周到だもんな…」


 力なく笑い、差し出された手を掴めば引き起こされた。

 身長は同じくらい、いや、僅かにツカサの方が大きいかもしれない。


「伸びたな」

「縮んだ?」

「笑えない冗談だ」

「ごめん」


 不愉快そうに顎を上げられて苦笑を返した。

 ふらっと眩暈がした。頭を振ったが治らず、眩暈ではなく睡魔だと気づく。

 目の前の体に向かってずるりと倒れた。


「ラング、ごめん、眠い」

「…致し方のない」


 微睡みに落ちていく意識の中で、体を担がれるのを感じた。




  

 ツカサが眠りラングに担がれ、その足がイーグリスへ向かうと気づいたように男は叫んだ。


「おい! 司をどこに、どうするつもりだ!」


 今までのやり取りを見守っていた渡り人の街(ブリガーディ)の人々は、眼前に広がる氷壁に呆然とそれを見上げていた。

 切り崩し蹴倒して拓いた道を戻ろうとするラングに、ツカサの父が叫んだのだ。

 もはや銃口を向ける者はいない。その中でこちらへ駆け寄って来る男を意に介さず、ラングは足を進める。


「頼む息子を連れて行かないでくれ! こんな素晴らしい力があったなんて、あんたは誰なんだ、やめろ司を返してくれ! 俺はこのとおり、司がいないと身の危険が!」


 ふぅと小さく息を吐き振り返る。

 眼鏡の奥で怯えと期待を見せる男の内心をラングは見透かしていた。


「ツカサはお前の立場を守る駒ではない。お前が選んでその立場にあることの責任を、息子に取らせるな」


 男は視線を彷徨わせた。


「それから」


 続いた言葉にどこにあるかわからない眼を探した。


「こいつはもうお前の息子ではない、私の弟だ」


 反論をする前に風よ、と囁く声が聞こえ、どこからか吹き荒んだ風に押し退けられた。

 耐えきれない暴風に体が飛ばされるように下がり、不意に縛られていたロープが切れて地面に倒れ伏して石畳を掴んだ。

 わぁわぁと悲鳴が聞こえ、立ち会っていた多くの渡り人の街(ブリガーディ)の人々もまた風に翻弄され家屋や地面にしがみついた。


 ギィィと重い音に顔を上げれば氷壁の向こうでイーグリスの門が閉まり始めていた。



「待ってくれ! 対話は、話し合いはどうなる!」


「たった一人の子供を差し向けるのではなく、代表者が出るべきだったな」



 イーグリスの代表者であるシグレ・エフェールムの感情のない声が不思議なほど響いた。



「残念だ」




 バタン。

 門は二度と開くことはなかった。




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