3-22:ヴァシュティ
本日三話目です。
予約した乗合馬車に乗って、予定通りマーレイを出た。
次の街フォルマエまでは五日ほど、途中全ての宿場町でしっかりと体を休めた。
ツカサやエレナ、アーシェティアは旅に慣れていたり耐えられても、やはりモニカはそういう体をしていないのだ。
体調はエレナが細かく見ていてくれたが、何せツカサには理解が出来ない女性ならではの理由などがあった。エレナと二人旅の時もエレナの対応が上手過ぎて全く気付かず配慮が出来ていなかったそれが、旅の疲れと不慣れも相まってモニカは酷く出てしまったようだった。
ツカサは効くかわからないけど、と前置きした上でフェネオリアのオルワートで手に入れた薬草で煎じ薬を作り、モニカに飲ませた。不味いけどちょっと楽、と感想をもらい、朝晩に飲ませることにした。
フォルマエはマーレイと似たような街だったがあちらよりも冒険者の数が多く思えた。
丁度宿をとった頃に伝達竜が舞い降りて再びラングから手紙を受け取った。
そこに書かれていたことはツカサの決意を揺らがせるには十分だった。
――― ツカサ
入る街を間違えるな。立つ場所を誤るな。
――― ラング
来るのは構わない、けれど、イーグリスとそうでない街を間違えるな。
ラングがここまで言うのだから、アズリア同様に思うところがあったのだろう。
ツカサは手紙を前にしばらく返事を悩み、伝達竜に急かされてようやくペンを持った。
ただ一言、気を付ける、とだけ返した。
はっきり、わかった、と書かなかったことも、そうする、と書かなかったことも、自信がなかったからだ。余程困っていたらもしかすることもある。ツカサはそう考えていた。
フォルマエの食事は煮物やシチューが多く、フォンドヴォーを使って作られたミルクシチューはサイダルでアーサーが作ったものを思い起こさせ、少しだけ胸が痛くなった。あの人も今どうしているのだろう。
大食らいのアーシェティアが満足する量、それ以外にも満腹で今は無理だがあとで食べたくて買った物を空間収納に納める。
こちらも予定通り出立をしたが、冒険者が護衛についた。
マーレイで事前に調べていたとおり、念のための随行だ。こちらの護衛も馬車には乗り込まず、一定の速度で並走していた。ツカサはせっかくなので休憩時間などにこの大陸での護衛方法について冒険者たちに話を聞いてみた。
彼らは皆快く教示してくれて、ツカサは少しだけ気分転換になった。
基本的には向こうの大陸と同じだが、少し違うのは馬車が冒険者に合わせてくれることもあるというところだ。今回のように已むに已まれぬ事情での護衛の場合、有事に備えて冒険者の体力を温存させるのだという。なるほど、確かに、と頷いた。
道中魔獣に遭うことも盗賊や山賊に遭うこともなく、今までになく安全な移動をしていた。
スカイの対策がしっかりと講じられてのものか、様々な人々の努力の賜物だろう。
フォルマエを出て鈍行で五日、夕方頃ヴァシュティに辿り着いた。
大きくて年代を感じさせる城郭があった。こちらは大きな石組みが見えており、何度も修復された跡があった。
いつもの手続きで街に足を踏み入れれば賑やかな声に出迎えられる。
さて、散策の前に宿探しである。
向こうの大陸と違うのはこの宿探しだ。
ハーベル港では近場に入り、マーレイでは綺麗そうという理由で目に付いた宿を取り、宿場町では空いているところに入った。
スカイでは案内所が向こうの大陸のように街の入り口ではなく、街の中心部に総合案内所という形で存在しているのだ。この点に関して言えば向こうの大陸の方が楽だった。
空いている宿がわからないまま、宿を探すために歩き回るのはかなり不便だ。何より今旅を終えて休もうというのに、そのためにさらに疲れる羽目になる。ゆえに、途中見かけた宿に入ってばかりだった。
今回も致し方なしと足を一歩進めたところで呼び止められた。
「お兄さん、今日の宿探してる?」
少女が横からひょっこりと顔を出し、にっこりと笑った。
エレナとモニカと顔を見合わせてから少女に視線を合わせる。
「そうだよ、今着いたばっかりで探しに行くところ」
「それならうちの宿においでよ!」
まさかのダイレクトマーケティングに眼を瞬かせ、わざとらしく腕を組んでみせた。
「君のところに? どうして?」
「実は今ね、ヴァシュティには冒険者がいっぱいなの! だからあちこちの宿がいっぱいなのよ」
「なるほど、でもそうしたら君のところもいっぱいなんじゃ?」
ちっちっち、と少女はどこで覚えたのかニヒルな笑みを浮かべた。
「ちょうど空きがでたのでーす!」
じゃじゃーん、と音がしそうなほど両手を広げて歓迎の意を示し、鼻息をんふーと吹く。なんだかそれが可笑しくて全員で微笑まし気に眺めてしまった。
「だって、行ってみる?」
「ふふ、いいわよ」
「私も賛成」
アーシェティアも目を細めているので賛同なのだろう。ツカサは膝を突いて少女と目線を合わせて笑った。
「じゃあ、案内してもらおうかな。馬も平気?」
「もちろん! こっちだよ!」
人でごった返す入り口ではぐれないようにツカサのマントを掴み、少女が先導する。
ツカサはルフレンの頭絡を掴んで引き手綱は御者席でエレナが、モニカは馬車に乗り直した。アーシェティアはここでも頭一つ人混みから飛び出て見えているので問題ない。
案内された宿は大通りから一本はずれた場所にあった。一見すると古そうな印象を与えるが、内装は手入れが行き届いて綺麗だった。馬具と馬車諸共を空間収納に納めれば少女はすごいすごいとはしゃぎまわり、ルフレンにも怖がることなく馬房へ連れていった。
「カウンターに行って手続きしてね! パパがいるから!」
「ありがとう」
木造の優しい雰囲気の造りは少しだけラングの家を思い出した。
宿に入れば受付で記帳を行なう男性がいた。
「あぁ、おかえり。帰ってきたのかい?」
記帳を見ながらの声かけ、こちらが娘だと疑っていない様子に咳ばらいをした。
はっと顔を上げて眼鏡を直し、おや、と目を細めて笑った。その顔は穏やかで驚くほど慈愛に溢れていた。
「いらっしゃいませ、ネネがご無理を言いましたか?」
「いや、上手な誘い文句に乗せられて」
「はは、そう言っていただけると助かります。さて、何名です?」
「馬が一頭、今は娘さんに預けてる。人は四人、出来れば二部屋、一つは一人、もう一つは三人で。空いてる?」
「えぇ、丁度二部屋空きがあります。二階に上がって右手、突き当りとその横です。鍵をお渡しするので部屋を見てから決めてくださって大丈夫ですよ」
「わかった、ありがとう」
鍵を手渡されツカサは後ろを振り返って全員と二階へ上がった。
ガラス窓がオレンジ色の夕日を取り込んで廊下がぼんやりと暖かい気がした。横に部屋は四つ、突き当りに一つ。階段を上がって左手は宿の家族の住居なのだろう、立ち入り禁止らしいロープが廊下にかかっていた。
言われた通りの部屋へ鍵を差し込む。突き当りは少し広く四人部屋、その横は少しだけ狭くて二人部屋。どちらもベッドは足がしっかりしていて冬布団、小さな暖炉が可愛らしい。部屋と布団に文句はないが、洗面所はあっても風呂場がなかったので一階に降りて尋ねた。
「お風呂はないの?」
「あぁ、いえ、ございます。わかり難くてすみません、あちらに」
主人は思い出したように笑って、カウンターから出ると案内をしてくれた。
正面の入り口を出て庭の方へ向かうと別の建物があり、なんとなく記憶に引っ掛かる物があった。
「当宿はこちらに温泉がありまして、その分部屋数を用意するために部屋付のお風呂がないんです」
「温泉…」
ジェキアの温泉を思い浮かべて一瞬固まる。その背をエレナが小突いた。
「大丈夫よ」
「あ、うん」
衛生に煩いエレナがそう言うのだから、大丈夫なのだろう。主人は少しだけ不安そうに表情を曇らせた。
「もしや苦手でしたか?」
「いや、温泉は好きだから大丈夫。ここも中を見ても?」
「えぇ、どうぞ」
ホッと笑って建物へ促される。
扉を開ければ右手に赤い布、左手に青い布が掛かっており、思った通り銭湯のような造りになっていた。慣れ親しんだ段差があり、ツカサは顔を綻ばせた。
「ここで靴を脱ぐんだ」
「よくご存じですね、そうです。ここで脱ぐのが面倒な方は、部屋から簡易履きに替えていらっしゃいますよ。部屋にご用意してますから利用してください。ご入浴方法にもご協力いただいておりまして、脱衣所に説明書きがありますからご一読はお願いします」
「あぁ」
「右手が女性、左手が男性です。いつでも利用して頂いて構いませんよ」
「わかった。俺はこの宿に泊まりたいけど、みんなどうかな」
見学を終えて振り返れば、温泉という新しい響きに眼を輝かせたモニカは即時に頷き、エレナも満足げ、アーシェティアは異論はないと頷いた。
「ありがとうございます、それでは手続きさせてください」
「よろしく」
また宿に戻り手続きを行う。戻りがてら馬房も覗き、ネネがルフレンに気に入られているのを確認した。
今晩の夕食は外、朝食を全てつけて二泊三日。一泊朝食付きで一人五千リーディとこちらもリーズナブルだ。ルフレンの分は一泊二千リーディ、これは冬の間だけの料金らしい。馬が凍えないよう、藁を敷いたりするためだ。
良い宿を選べたと思うが、一つ疑問が残る。
「どうして部屋が空いたんだ?」
今現在このヴァシュティに魔獣暴走対策で冒険者が多いことは聞いている。なのにちょうど空きが出たとネネは言った。
「昨日、部屋に入っていた冒険者の方々がイーグリスを目指すと言いまして、空きが出たのです」
「今大変そうな状況だって聞いてるけど、わざわざ?」
「えぇ、そう聞いているので理由を尋ねてみたのですが、急いでいるから、と」
詳細を聞けないまま手続きをしたのだという。何にせよ泊まる場所は決めねばならない、ツカサは止めていた署名を再開して全員の名を記載した。
「夕飯にオススメの店はある?」
「この宿と同じ通り、出て左手に行きますと【ササニシキ】という店があります、なかなか美味しいですよ」
「ササニシキ…、わかった、ありがとう」
米を彷彿とさせる名前に首を傾げながら礼を言い、置く荷物も全て空間収納なので早速食事に行くことにした。
先ほどまでオレンジを感じさせた空はあっという間に紫に変わり、あと数分もすれば紺色に色を変え星がもっとよく見えるようになるだろう。
ほうと吐いた息がまだ白い。春の訪れを心待ちしてシャドウリザードのマントを直した。
地元の人と冒険者とで賑わう裏通りはこちらも街灯のおかげで明るく安全に歩ける。
スカイに来て驚いたのはスラムと呼ばれる通りが見えないことだ。どの通りにも街灯があるため、物理的に闇が少ないのだ。その他にも国や街や冒険者ギルドが様々な対策を行なっているらしい。
完璧に全ての民を救えるわけではないが、そうして救われた者が他者を救う構図が現状をつくり上げているのだ。一朝一夕でいかない施策は大したものだと感心した。
周囲を見渡し屋台や店からの匂いに腹を空かせながら歩いて数分、稲穂のマークの看板が見えた。その下には公用語で【ササニシキ】とある。やはり米を指すのだと思い、ふふ、と笑みが零れた。
「どうしたの?」
「いや、なんでも。ちょっと懐かしくって」
その内あきたこまちやひとめぼれなど、他の名前も聞くような気がした。
店に入ればこれまた見覚えのある内装だった。ごった返すだけの酒場ではなく、一部間仕切りがあったりして居酒屋の雰囲気だ。
「いらっしゃいまーせー、何名様?」
「四人」
「はーい、あちらどうぞー!」
忙しそうに指差された方へ行けば角のテーブル席だった。ツカサは久々過ぎて落ち着かなかった。
モニカはいつもとは違う雰囲気の店にきょろきょろ、エレナはふぅと一息、アーシェティアは隣の席が食べている物を眺めていた。
「それはなんだろうか」
「ん? あぁ、これ? 焼きおにぎりっていうんだ」
「美味しいですよ」
声を掛けられた隣席の青年が手に持った茶色い塊を掲げてみせた。
ソバカスの散った健康的な青年と、糸目で垂れ眼な青年が笑って返す。丁度店員が来たので焼きおにぎりとオススメをたくさん頼む、と注文した。
「良い頼み方だ、ここはハズレがないからな」
笑いながら右手を差し出された。握り返した手は剣だこがあったので剣士なのだろう。向こうもツカサの剣だこには気づいたようだ。
「ツェイスだ」
「ツカサ、よろしく」
「冒険者か?」
「あぁ、今日来たばかりだ」
そうか、と明るく笑ってツェイスはコップを傾けた。
糸目の方も手を差し出してきたのでそちらも握り返す。節にたこを感じ、掌も固い。何かしらの武器を扱うのだろうが剣だとは思えなかった。
「スーと言います、よろしく。なんというパーティなんです?」
「よろしく。【異邦の旅人】ってパーティだ」
「覚えておきます。来ましたね」
店員が焼きおにぎりや卵焼きを持ってきて、ツカサは目を輝かせた。
串焼き、これは焼き鳥だろうと思える物や、エールで煮込んだ牛肉、オーブンで焼かれたもの。種類の幅はあるがどれも美味しそうだ。
「いただきます」
ツカサが言えば全員が倣う。
炭火で焼いたのだろうか、熱々の焼きおにぎりを素手で取る。手の中で少し転がして歯を立てればカリっと音がした。ほふほふと口の中でも暴れまわり、しょっぱい醤油の味と焦がされた香ばしい香りが鼻を抜ける。奥歯で捕まえればカリカリ、米がほぐれていく。美味しい。
卵焼きはふぅわりと甘い。独特の香りがしたので甘味はハチミツでつけられているようだ。
焼き鳥は塩、鶏肉とネギが挟んであるネギまと、鳥の皮、それからうさぎに鹿だ。使われたものが鶏肉だけでないところが少し面白いが、故郷の北の国で鹿串などがあるのをテレビで見たことがある。
どれも美味しかった。炭火の香りが堪らない。
エールで煮込んだ牛肉はとても柔らかく、微かな穀物の香りとハーブの香りが心地良い。付け合わせのじゃがいもや一緒に煮込まれていた人参も美味しい。
もう一つの皿はグラタンだった。ユリ根のようなほくほくの根菜がミルクソースで包まれていて、チーズで旨味を閉じ込めてあった。上の焦げた部分がまた特別感があって良い。
冷えた体がぽかぽかしてきて、渡された果実水の冷たさが心地良いから不思議だ。
それぞれの量が多かったがツカサとアーシェティアで残さずに食べた。
エレナはスカイの赤ワインやエールを楽しみ、モニカは少しだけ眠そうにしていた。
食事が終わる頃だったからこそ、ツカサの耳は周囲の会話に引っ張られた。
「――― じゃあ、渡り人の街はもう限界なんだな?」
「どうやらそのようですよ、何せ今は商人も離れてしまって外貨が入りませんからね」
「難しいことはわからないが、解体技術が無いから食料に困ってるだろうとはわかる」
「そこは頑張れば解決出来ることですから、当初よりはマシだと思いますよ。ただ、ダンジョンに行く余裕がないそうですからねぇ、あそこは食材をダンジョン頼みでしょう?」
「だったな、まぁ、行けなくて当然だろうな」
渡り人の街の話題に思わずそちらを横目に見てしまった。
スーの方と目が合い、苦笑を浮かべられる。
「あぁ、すみません、気になりました?」
「少し。イーグリスを目指しているから」
「え、この状況下で? なんでまた」
ツェイスが体を向けて来てツカサもそちらへ向き直る。
「兄とパーティメンバーがそこにいて、合流するために行くんだ」
「場所を変えた方が良いぞ? 本来三、四か月くらいのはずが随分延びてんだよ」
「そうなんだ…。でも、行くよ」
「そうは言っても」
「まぁ、まぁ、ツェイス。冒険者にはいろいろ事情があるものですから。すみませんね、世話焼きで」
いや、と苦笑を返し、ふと尋ねた。
「ツェイスとスーは魔獣暴走対策の冒険者なのか?」
二人は顔を見合わせてから頷いた。
「今はそうだ」
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