3-21:情報収集をして
本日二話目です。
しっかりと食事をとり、食後の甘味まで贅沢をしてから冒険者ギルドに顔を出した。
手紙をカウンターで見せれば別室に案内され、そこで丁重にもてなしを受けることになった。
統治者からの依頼とあって冒険者ギルドの仕事も早い。ツカサにはそこまでされる理由がわからないでいたが、情報収集が出来ることは素直に感謝した。
ツカサ、エレナ、モニカ、アーシェティアの四人は通された別室でギルドマスターから丁寧な挨拶を受けた。
「マーレイのギルドマスター、コルモだ。君がツカサだな」
「【異邦の旅人】の仮リーダー、ツカサだ。今回はありがとう」
「構わんさ、統治者の依頼とあれば我々も栄誉だ。さて、早速だが情報共有と行こう」
「よろしく」
簡単に口頭でまずは説明を受けた。
「元からある街をイーグリス、新造された西街を渡り人の街と呼んでいる。西街は自分たちの街こそイーグリスと言い張っているがね」
壮年だが体の引き締まったギルドマスターが地図を指差す。
「イーグリス周辺にはダンジョンが五つあり、現在はこの北西にある黄壁のダンジョンが魔獣暴走を起こしている」
「らしいね、でもその情報はあまり広まっていないように思えるんだけど」
「それはそうだ。これは我々冒険者ギルドと国軍しか知らないことだが、統治者が起こした魔獣暴走だからな」
「どういうこと!?」
ギルドマスターは東側のダンジョンの一つをとんと叩いた。
「渡り人の街がここの占拠と過剰人数攻略を行おうとしたから、同じことを返されたんだな」
「東も魔獣暴走を?」
「そちらは未然に防ぐことが出来たそうだ」
ツカサは東に位置するダンジョンを呆然と眺めていた。
少し混乱していて、何も考えられない。ギルドマスターは話を続けた。
「東の紫壁のダンジョンは現在占拠は解かれている。通常通り冒険者が入り攻略が可能だ」
「いや、それは、うん、いい。そうじゃなくて、黄壁のダンジョンの方は」
「現在も魔獣暴走中だ」
「聞きたいのはそうじゃなくて」
要領を得ないツカサの細切れの言葉に眉を顰め、ギルドマスターは言葉が出てくるまで待ってくれた。
「ツカサは被害を聞きたいんだと思う」
モニカが代わりに言えば、ツカサは小さく頷いた。
マジェタの迷宮崩壊で魔獣に追われる恐怖を知っている身としては、その被害が周辺の街々にも及ぶことがわかっている。
ツカサにしてみればそれほどの危険を統治者が主導して起こす神経がわからなかった。ギルドマスターはそんな気持ちをわかるはずもなく、軽く肩を竦めてみせた。
「被害と言ってもな、国軍が周辺の街に兵を配置してくれているからはぐれ魔獣の被害もない。イーグリスはイーグリスで防衛を行っている。渡り人の街もどうにか堪えているらしい」
「渡り人の街を助けに行かないのか?」
「必要ないだろう、国軍が動いている。それに、奴らはご法度なことをしている」
「どういうこと?」
ギルドマスターは眉を掻いてからツカサたちに座るように促した。
アーシェティアだけは壁に寄りかかったが三人は座った。
「奴らは独自の冒険者ギルドを渡り人の街に立ち上げたんだ」
冒険者ギルドとは、どこにでもあるようでその実かなり複雑な組織だ。
冒険者の登録にしても、水晶板を通してどこのギルドでも情報のやり取りが出来たり、素材の買取にしても解体屋や素材を引き受ける武器防具屋、商人との関係も密になっている。そこに絡んでくる買取価格の選定や策定は国との取り決めが必要な部分もあり、一組織とはいえ単純に独立しているわけではない。
冒険者の取り締まりとして裁定の権限はある程度認められているが、だからと言って方々に権力があるわけではない。
そんな中、独自に渡り人の街は冒険者ギルドを建てた。新造で広くなる街の中、西側に冒険者ギルドの支店を建てるため準備されていたものを、丸っと奪い取った形だ。当初そこでギルドスタッフになるはずだった者たちは早々に追い返されてしまっていた。
彼らの身はきちんと保護されている。
価格のばらつき、登録した冒険者証の違い、基本ルールの違い。
そういったものが一か所でもあると混乱が生じるのだ。
ツカサが港で会ったような聡明な冒険者であれば近寄らない、素材も卸さない。
けれど、他国から来てここはそうなのだろうと思ってしまった冒険者がいた場合はあとで困る。
そういった迷惑を多少なりとも掛けられている、同じ冒険者ギルドではないという理由で、手助けには行かないのだ。
渡り人の街付近の街にある冒険者ギルドには、国からはぐれ魔獣を狩るように依頼が出されている。加えて国軍も出ているとなれば安全度は違う。
現在は渡り人の街から二つほどの街であれば、隊商や乗合馬車にも護衛がついている状態でのみ移動が可能、一つ前までは冒険者のみ行ける。つまりツカサたちは仕入れた情報通り、ヴァシュティまでならいけるという訳だ。
「なんでそれをハーベル港で聞けなかったんだろう?」
「そもそも交通組合は手前で道を切っているしな、国軍は冒険者に扮して混乱を生じさせないようにしている。魔獣暴走の情報自体、大っぴらに流さないつもりだったんだが…、まぁ、冒険者を募ればこそ、人の口に戸は立てられぬということだな」
市井の主婦が知っているのだ、マーレイ以上に近い街では誰もが知っているだろう。
国が魔獣暴走の対応をしているから誰も不安視していないだけなのだ。
ギルドマスターはぱちんと懐中時計を確認した。
「すまんな、経緯などはそこにまとめてある。俺は仕事があるので席を外させてもらうぞ」
「あ、あぁ、ありがとう」
ギルドマスターが出ていった部屋で少しだけ沈黙が降りた。
アーシェティアは壁から離れ、机に置きっぱなしにされた地図を覗き込んだ。
「私はダンジョンというものに縁がないのだが、魔獣暴走とやらはそれほどに危険なのか?」
「魔獣が津波のように押し寄せるのよ、倒しても灰にならず、解体が必要だし大変なの」
「狩りをすれば解体が必要なのは当然だが、ダンジョンではそうではないのだな」
おおよそ、イメージを掴んだらしいアーシェティアはふむと顎に手を置いた。
「国軍が対策を講じているのはわかった、心配する必要のないことを騒がない国民性なのもわかった。単純に楽観主義なだけな可能性はあるが、まぁ、いい。とにかく状況が変わったのだということがわかった」
「状況が変わった?」
首を傾げるモニカに、アーシェティアは地図をとんと指差した。
「私たちは今、地図上西から東に向かって移動している。そのまま行けば西側で起きている魔獣暴走を突き抜けてイーグリスに行く羽目になるだろう?」
「あぁ、そうね、道を変えないと危ないかもしれないわね。国軍が抑えているのは街の周辺だけでしょうし、イーグリス、いえ、渡り人の街を回り込んでいかなくちゃならないなら、いっそ遠回りが安全かもしれないわ」
す、す、とエレナの指が街を回り込むように動く。それをぼんやり眺めてツカサは眉間を揉んだ。
「なんでそんなあっさり受け入れてるんだ」
魔獣暴走はツカサにとって災害だ。その災害が街を人を襲っているのだというのに、なぜエレナもアーシェティアも冷静でいられるのだろうか。
そこで酷い目に遭っているのが【渡り人】だからなのか、と思い、ツカサは膝の上で拳を握り締めた。
「起きてしまっていることは、もうどうしようもないことなのよ」
エレナの静かな声が事実を突きつけてくる。
わかっている、ツカサも重々承知の上だ。それでもアルの兄がそんなことをするだなんて、と憤りと失望が胸を渦巻いていた。
「経緯も確認してみよ? アズリアでも魔獣暴走は危険視されていたし、それをするだけの理由があったんだわ」
結果を基に移動の方法を考えるのは早いと言いたげに、モニカが筒状の紙束をしゅるしゅると開いていく。
ツカサも、と肩を揺らされてのろのろと作業に混ざった。
全員で紙を開いて並べて文字を読んでいく。アーシェティアは公用語が苦手なのでエレナが声に出して読み上げた。
五年ほど前から【渡り人】の出現が多くなった。
居住区の確保のため、イーグリスの西側に居住区を新造することになった。
一年程かけておおよそ形になった頃、【渡り人】からの反発が強くなった。
城郭を造りだしたころ、一部の【渡り人】が西側の占有を主張し始め、同調する者たちが増えた。
統治者は話し合いを続けている。
二年程経った頃、街はほぼ仕上がったと言って良いが、その分【渡り人】の勝手な行動が目立つようになった。
冒険者ギルドが新造された。
そこまで読んで一同は黙りこむ。
ここから各街の冒険者ギルドは西街から手を引いたのだ。ギルドマスターが助けに行かないのは、ルールを破ったからだけではなく、冒険者ギルドの面子も潰されたからだろう。
「…続きを読むわね」
エレナは次の紙を持ち上げた。
三年、西街が明確にイーグリスを名乗りだし、ここではっきりと袂を分かつことになった。
さらにダンジョンの占有を宣言し始め、統治者だけではなく国も関わり始める。
各街の冒険者ギルドには注意喚起だけが通達された。
しばらく膠着状態が続き、反乱と判断された。
四年、死人は出ないが多少の小競り合いがダンジョン付近で発生し始めた。
五年目に差し掛かるところで、鑑札札を利用したダンジョンの占拠が発生し始める。
統治者の指示、国の助力を得て魔獣暴走を起こすことが決まる。
各街の冒険者ギルドに防衛のため、駆けつけられる冒険者の助力を求める。
そうして、今の状況になったのだとツカサたちは知った。
「俺にはまだわからないよ、どうして魔獣暴走なんて」
ずるりと椅子に座り込んでツカサは髪をくしゃりと握り締める。その肩をそっと撫でたのはモニカだ。
「私は経験が無いけど、ツカサは魔獣暴走で大変な想いをしたのね」
「…そうだね、ラングとアルと別れたのもそれが原因だった」
様々なことを勉強途中、保護者と離れる羽目になった。
今こうして近くにいるのに、とても遠い。
「あの時のツカサは本当に頑張っていたわ、もちろん、その後も」
エレナが思い出すように目を細めて言い、苦笑を浮かべてそちらを見遣る。
ごつ、とアーシェティアが机を軽く叩いて耳目を集めた。
「して、ツカサ殿、どうするのだ」
それは先ほどエレナが言っていた迂回ルートを回るかどうか、今後の方針についてだ。少し待って、とツカサは両手で額を押さえてじっと考え込んだ。
同郷の【渡り人】がやっていることは、住居を用意してもらった側としては非常に不義理なのはわかる。ダンジョンの占有宣言や、建ててもらった街の占拠など、元から住まう者たちからすれば眉を顰める行動なのも理解できる。
ただ、それでも魔獣暴走を起こすほどのことなのだろうか。
人が死ぬかもしれないのだ。
会話で解決できなかったのだろうか。
こんな時こそ、ラングと話したかった。
答えは指し示してくれなくとも、迷いのないラングの意見を聞いて考えたかった。
ラングが集合場所を変えようと言ったのは、きっとこれらがあったからなのだと思い至った。
「…行くと言ったのは俺だもんな」
提案されたことを蹴ったのはツカサ。行くと言ったのはツカサ。
もちろん、情報収集の結果撤回することをラングは怒りはしないだろう。もしかしたら、そういった撤回する勇気を見込んでのシグレへの依頼だったのかもしれない。
ぐっと拳を握った。
「…エレナ、俺はこのままヴァシュティに向かって、西街側からイーグリスに行く」
「そうする理由を聞いてもいいかしら」
「俺は【渡り人】だから、現状を自分の眼で見たい」
顔を上げて難しそうな表情を浮かべているエレナと視線を合わせる。
「俺は【渡り人】の声も聞きたい。今入ってきている情報は全部【スカイ】のものだから」
苦笑を浮かべて伝えれば、エレナはぎゅっと辛そうに目を瞑った。
如何に息子と呼んでいてもツカサは【渡り人】、どうしても交わらない、越えられない壁がそこにあることを痛感したのだろう。
沈黙は五分もあっただろうか、エレナがゆっくりと眼を開いた。
「…いいわ、ついていくわ」
「エレナ」
「パーティメンバーを一人で行かせるほど、私だって堕ちてないのよ」
こつん、と軽くツカサの額を叩き、さらりとローブを鳴らす。
「舐めないで頂戴」
「…ありがとう」
鼻の奥がぎゅっと詰まるような感覚を得ながら、ツカサは頷いた。
アーシェティアはついとモニカの側に寄った。
「彼女は私が守ろう、ツカサ殿は己の本懐を遂げると良い」
「ありがとうアーシェティア。モニカも巻き込んで悪いけど」
「いいのよ、ツカサってば優しすぎるから、私が厳しく見極めてあげる」
「はは、みんな心強いな」
よし、とツカサは立ち上がる。
「腹ごしらえと買い物をしっかり済ませて、まずはフォルマエ、ヴァシュティ。ヴァシュティからは徒歩になるからルフレンに馬車を引いてもらおう」
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