3-20:マーレイの街
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お待たせしました!
本日一話目です。
季節はようやくツカサと重なった。
新年祭を終え、日常に戻って、待ち侘びた手紙がようやく届いた。
伝達竜を送った翌日、自室で目を覚ましたアルはぐぅっと腕を伸ばし、体を起こすと軽く柔軟をした。
すっかり様変わりしていると思っていた部屋は出て行った時のまま、少し幼さすらも残っていて気恥ずかしくなったが、いつでも戻ってこられるようにしていてくれたことは素直に嬉しかった。
顔を洗いふかふかのタオルで水滴を拭く。
蛇口を捻れば綺麗な水が出る。汗を流したければいつでもお湯が出る。
有り難いものだなと思い、いつもの冒険者服に着替える。用意してくれた服は物が良すぎて気が引けてしまうのだ。旅に出ているうちに成人を迎えたので兄は晴れ姿を見たがったが、照れ臭さが勝った。街の状態が落ち着いたら一度だけ正装に袖を通そうと思う。
いつもの装備を整えて部屋を出ればラングが壁に寄りかかって待っていた。
「おはよう、相変わらず早いな。待たせた?」
「おはよう、今来たところだ。今日は?」
「うん、城郭外の見回りだな。とりあえず飯食って軽く鍛錬して、それからちょっと出ないか」
「構わん」
「ラング、良いんだぞ? ツカサの方に行って」
窓を大きく取った廊下は朝の光を受け入れて足元を照らしていた。まだ早朝に近しい時間なので青み掛かって照らすものすべてを淡い水色に見せる。
ラングは、この時間が堪らなく好きだ、と暫し目を細めてから先ほど掛けられた声に返す。
「来るというならばそれだけの覚悟があって来るのだろう。少し情報収集をすれば、イーグリスの状況は今なら誰でも知れる」
「そうだけどさ」
「それとも、お前はツカサを信じていないのか?」
少しだけ先を行っていたラングは立ち止まり、水色の光の中で振り返る。相変わらず黒曜石のようなシールドは表情を覆い隠しているが、眉を顰めているのが何故かわかる。
「信じてるよ、それに、ツカサの魔法と治癒は頼れる」
魔獣暴走の際、延々と氷魔法で片側を防ぎ、かつ、ルフレンにヒールを送り続けた器用さ、魔力量、アルにとっては頼れる仲間の姿だった。
でも、とアルは真っすぐにラングを見た。
「ツカサの同郷なんだろ?」
何度も考えた、心配をした。憂う眼差しにラングは肩を竦め、は、と鼻で笑った。
「それを想像できないほど愚鈍ではないはずだ」
ラングの言葉にアルは苦笑を浮かべた。
昨日、集合場所を変えようと提案した手紙の返事を夜に受け取った。
イーグリスを目指す、だから今の状況をもっと詳しく教えてくれ、移動を始めるので伝達竜をまた寄越してほしい、と迷いのない文字で書かれていた。
ラングは返事をアルの兄に任せ、それ以降ツカサの手紙を見ようともしなかった。アルはその日、ラングの後ろ姿に微かな憤りを感じたのだ。
来るなというのに来るツカサに対してでもあるし、ツカサの旅路を信じてやれなかった、ラング自身への憤りだ。それを収めていたのに似たような場所をつついてしまったのだろう、アルは首を摩った。
「悪い、余計な事を言った」
「構わん」
くるりと深緑のマントが翻り、ラングは廊下を歩き直した。
朝食をとりに食堂を目指すその背を見つめて、アルは己の掌を眺めた。
「出来れば巻き込まないでやりたいけどなぁ、でも」
ありがとう、と胸中で呟く。
顔を見たときも同じことをきちんと言えるように、今の状態を少しでも改善しようと心に決めた。
――― ツカサたちの旅路は何の問題もなく進んでいた。
宿場町を経てハーベル港の次の都市、マーレイ。
街を覆う城郭は白く綺麗でその上を歩く人が見える。門は開いていていつもと同じような手続きで中に入った。
門を守るのはこの街専属の傭兵団で、自警団ではないことに驚いた。何が違うのかと問えば本質は同じだった。
スカイにはいくつかの傭兵団があり、街と契約することで仕事に就いているのだという。門の入出手続きも周辺の哨戒もするし、依頼があれば盗賊狩りもダンジョンにも入る。軍が出るまでもない小さな日常の困りごとを解決する役を担っているのだ。時に冒険者と手を組んで事の対処に当たることもある。
スカイではそうした柔軟さがそこかしこに存在していた。
門をくぐり顔を上げる。整然と整った街並みだ。
出店の屋台も骨組みがしっかりしていて、生ものは魔法で凍らせたり氷の上に置いて傷まないように気を付けられている。スカイは意外と揚げ物もあるようで、ラードの良い匂いがした。チーズの入ったコロッケは特に美味しそうだ。後でみんなで買い食いしようと思った。
白い壁にレンガの赤、通りに面した家々の入り口には天色の旗が掛けてあった。エレナに聞けばあれはスカイ王国の色なのだそうだ。
中心部には戦女神ミヴィストを祀った教会があり、そこから大通りがいくつか、円を描くように家々が連なっている。こちらも横長住居の中で細かく家が分かれているのだろう。
ツカサたちはここで二泊三日を過ごすため、明日の便には乗らない。それを伝えると御者は次の便の乗り方を教えてくれた。
「出発は明後日の朝か。札はこれ、忘れずに申請と御者へ提出してくれ」
「わかった」
「これを失くすとまた金がかかるからな、絶対失くすなよ」
「ありがとう、申請だけ先にしておくよ」
「うん、そうしろ」
御者はほっと笑顔を浮かべて、それじゃ、ご利用どうも、と建物に入っていった。今日から休日で体を休めるのだろう。
乗合馬車を一度離れる場合、こうして青い札を渡される。これを組合の管理所に提出し、同じルートの違う馬車を予約するのだ。二重に支払わなくて済むのは正直有難い。
早速交通組合に顔を出し、明後日の馬車を予約した。出発は昼頃、ミヴィストの教会から鐘が六つ鳴ったら出発するという。青い札を渡せば青い布を返された。同じ色の布を着けた馬車に乗れば良いそうだ。
手続きも終わったので宿を探し、見れる範囲だけになるがマーレイの街を散策することにした。市内馬車が通るほどの大きい街だ、きっと半分も見て回れないことが寂しい。
街の中には澄んだ川も通っており、素敵な意匠の橋がかかっていた。雨風に晒されているせいか少しくすんではいたが、丁寧な彫刻を施した橋はアンティーク性を感じさせた。
川の何カ所かに窪みが作られていて、浅く流れの穏やかになった場所でちょっとした洗濯をしたり、夏場は子供が泳いだりするらしい。
この川は今まで通ってきたキャンプエリアにも繋がっているだろう。下流のキャンプエリアで水を飲んでいた人がいたので慌てたが、生活用水が流れないように工夫がなされているのだと街の人が教えてくれた。
案内を受けて川を覗けば不思議な魔道具があった。等間隔で目の大きなすだれのようなものが川に降りていて、少しだけ光っていた。
「仕組みはわからないんだけれど、あれがあるからスカイの水は汚れないのよ。どうしたって人が生活すれば水は汚れるからね。ただねぇ…」
昔よりも今の方が水がきれいなの、と誇らしげに笑っていた女性の顔が曇る。首を傾げて続きを促せば困ったような笑顔を返された。
「この浄化装置、スカイの魔導士と渡り人の技術の粋なのよ。おかげで私たちの生活も便利にもなったし、こうして旅人にも配慮できるようになったわ、でもねぇ、その渡り人と今戦争が起きそうだっていうじゃない」
手すりに手を置いてさらさらと流れる川を覗き込む横顔は少しだけ寂しそうだ。
宿を探すついでだったので全員で顔を見合わせる。反乱とは聞いたが戦争とはまた物騒な言葉だ。
「港で少しだけ聞いたけど、イーグリスがなんだか騒がしいって?」
「そうなのよ!」
誰かに話したかったのだろう、女性は声を潜めて手招いた。
「実はね、今イーグリス周辺は魔獣暴走の真っ只中らしいのよ」
「なんだって!?」
水辺の密談、周辺に人はいないが大きな声で出来る話題ではない。女性はしーっと指を立てて少しだけ周囲を見渡した。
「お隣の息子さんがイーグリスで冒険者をしているんだけど、今はヴァシュティに下がっているそうなのよ」
「イーグリスの手前の?」
「そう、イーグリスと国からの派兵があって、息子さんはその派兵された側なんですって」
よくわからないけどご指名ならすごいことよね、と女性は笑う。
ツカサは首を傾げた。
「なんでヴァシュティに派兵を…」
「冒険者ギルドで聞いてみましょう」
ここで疑問を女性にぶつけたとしても、入ってくる話は噂話程度。エレナは正しい情報を得ようと言っているのだ。
「そうだね、そうしよう。ありがとうございます、近くまで行くから情報助かりました」
「いいのよ、でも気をつけてね」
「はい」
もう一度お礼を言って水場を離れた。
大通りに戻って冷静になるために食事をとる。チーズの入ったコロッケを購入し、別の店で甘いミルクティーを買って、ベンチに腰掛けていただく。
さく、とろっ、としたコロッケははふはふと口内で転がってチーズのしょっぱさが芋の甘さによく合った。温かいミルクティーもまた体を温めてくれて、蜂蜜の香りと相まってほっと息を吐く。
スカイの春は三月、ここで言う萌え木の月になればふわっと突然暖かくなるらしい。
「いつから魔獣暴走が起きてたんだろう? 大きな問題なのにハーベル港では話題にもならなかったよね」
「対策が成されていることは、大事にならないものよ」
エレナはミルクティーで両手を温めながら呟いた。その言葉の真意を読み取れず、ツカサは首を傾げた。
エレナは言葉を続けようとしてくれたが、そこに伝達竜がキュイと声を上げながら降り立った。
伝達竜自体は珍しくはないが、使う人は珍しい。通りを行く人々や子供が伝達竜を指差して物珍しそうにしているのを視界の端に映しながら、首元の筒を覗き込んだ。先日よりも大き目な筒が吊り下げられていた。
「ラングかな、思ったよりも早い返事だ」
しゅるりと巻いてある紙を広げてみれば、見たことのない字がそこにあった。
シグレと書かれた名前はツカサに時雨という文字を思い浮かべさせた。
――― ツカサ殿
初めまして、アルの兄、シグレという。
貴殿の兄ラング殿より情報を送ることを依頼された。
移動を始めていて早ければマーレイかフォルマエにいるだろう。
冒険者ギルドに情報を渡すよう指示をしてあるので、近くのギルドに顔を出してほしい。
この手紙と私の名前を出してくれれば対処できるようにしておいた。
君の到着を一同心から待っているよ。
――― シグレ・エフェールム
やはりラングなのだ。
ツカサが欲しい情報を書き連ねるのではなく、ツカサが情報を得られるように手配する。その手腕に嬉しさと誇らしげな気持ちが湧き上がり、首を傾げる伝達竜の眉間を撫でた。
返答を待っているらしい伝達竜に、お礼と、今現在マーレイにいて、そちらの冒険者ギルドにこれから顔を出し、情報収集してまた移動することを書いて持たせた。
情報収集の当てが出来ると突然心にも余裕が出来た。
「ゆっくり食事しよう、冒険者ギルドで情報が見られるようにしてあるって書いてあった。アルのお兄さんからの手紙だったよ」
「というと、統治者ね?」
「そう、ラングはアルの家にいるみたい」
空になったコロッケの紙袋をくしゃりと握りつぶしてツカサは立ち上がった。
「わからないことは、調べないと」
見上げた空は少しだけ雲が増え、明日は天気が崩れそうだと思った。
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