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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-19:ラングの新年祭

本日最後の更新です。

三話目です。

 

 紫壁のダンジョンの踏破が完了し、報酬を空間収納に入れたところで目の前にふわりと球体の物が現れた。


「これ、ダンジョン踏破の証だ。触ってみろよ」


 アルに促され掌を当てる。温かくふうわりとした風を感じた。球体はぐにゃりと形を変えるとラングの手の中で刺突用の片手剣、細剣(レイピア)へと姿を変えた。

 美しい金細工と銀細工の織りなす持ち手、鞘から抜けば刀身は青白く輝いて見えた。


「それが攻略報酬、だな」

「ふむ」


 綺麗だ、と感想を零したところでふわりと体が浮いた。

 おわ、わ、と手足をばたつかせるアルからさらにその後ろを見遣ればヴァンが頷いた。

 これでダンジョンは魔獣暴走(スタンピード)を起こす前に眠りにつくのだろう。


 自分の体がさら、と溶けて消える不思議な感覚の後、一行はダンジョンの外に居た。

 全員がお互いの無事を確認し、最後にダンジョンの入り口だった場所を見る。ぽっかりと空いていた穴は不思議な蔓がしゅるしゅると塞いでいき、やがて石になった。


「また一定の時間が経てばこれが開く」

「凡そ一か月ほどだったか」

「そう」


 ヴァンの透明な水色の眼がラングを捉えた。


「ありがとう、君たちのおかげで随分楽が出来た」

「同じことだ」


 差し出された手に手を返し、一行はイーグリスへと歩いて戻った。




 報告をすればシグレは深々と頭を下げ、礼を述べ、一行の疲れを労った。

 ダンジョンに行っている間に黄壁のダンジョンは魔獣暴走(スタンピード)したらしく、こちらも想定より早い。


 渡り人の街(ブリガーディ)は戦力を豪語するだけあって突然の魔獣暴走(スタンピード)にも対処しているらしい。ただ、じわじわと数を増やし真っ直ぐに街を目指す魔獣に、商人の足は離れ魔獣の遺体が積み重なり、解体という技術のない渡り人の街(ブリガーディ)はその処理に手間取っているという。

 今までダンジョンドロップでのみ手に入れていたために、そういった対応が出来ていない。最悪魔導士を連れて遺体を焼いているらしいが、かなりの火力を要求されるため魔導士の疲労がすごいのだ。

 シェイのような、ツカサのような魔導士がいればまた違っただろうが、不幸にも渡り人の街(ブリガーディ)にはいなかった。


 戦えない者は街から出られず、戦う者は少しずつ街の外で疲弊し、じわじわと追い詰められていく。

 

 シグレは淡々とそれに対処し、援助を要求する渡り人の街(ブリガーディ)の代表者たちへ街の返還と共存を提案した。

 それが上手く行くわけもなく、背を向けた彼らにシグレもイーグリスも背を向けた。


 決別、けれど、シグレの思うつぼだとラングは思った。


 他のダンジョンも踏破はしないが見学には行った。ヘクターは主人の命に従いラングたちに追従し、ラングはその主の依頼で連れていった。

 アルはシグレの対応に思うところはあったようだが、外様となった自身の立場を間違えることはしなかった。



 そうして日数を過ごし、新年祭(フェルハースト)を迎えようとしていた。


 今年、ラングは一人で過ごさせてほしいと頼んだ。

 アルは驚いたものの、それがアルの家族への配慮であり、ラング自身のためであると気づいて首肯を返した。


 ラングはイーグリスからさらに東へ向かい、魔獣暴走(スタンピード)の影響がないところまで足を延ばした。馬を借りて遠乗りついでに寒空の下を駆ける。

 二日ほど走ったところで美しい水辺を見つけ、そこで野営をすることにした。

 小さな泉だが、潜ってみたところ湧き水がこんこんと湧いているので水も綺麗で美味しかった。

 風の精霊に声を掛け人が来ないこと、魔獣がいないことを確認、来たら教えてくれと頼んでの寒中水泳は気持ちよかった。


 シールドも衣服も全てを脱いで頭の先から足の先まで痺れるような冷たさを感じる。

 肺が冷えて吐く息が色を持たない。風に吹かれればぶるりと震えてしまうとわかっていながら顔を出す。

 水の精霊に頼んで、しばらく水中に沈んでいた。


 不思議だ、こうしていると自分が水の一部になったように錯覚する。

 こぽり、ぼわり、音が水を反響し鼓膜を揺らす。まるで母の胎内にいるかのような穏やかさがあった。

 ゆらりと揺れる振動もまた記憶の底の懐かしさを刺激したのだろう。


 流石に着替えはテントを出した。中できちんと体を温め、厚手の服に着替えてから外に出た。


 白い息を零しながら時間をかけて薪を拾い集める。

 座りやすそうな倒木を見つければ運び、焚火のそばで乾燥させておく。

 火を絶やさぬように木切れを足し、空間収納にあった太い薪もくべる。

 簡易竈ではなく石で組んだ竈の上に鍋を置いて水を入れ、わざわざ獲った獲物を泉の流れで血抜きをして捌き、その日の糧にする。

 兎の一部はスープに、一部は串に刺して塩を振り火で炙る。

 豊かな泉の恩恵である水辺のハーブをスープに、焼き物にまぶしてみればこれもよかった。

 ポットを焚火に埋めて湯を沸かし、いつものハーブティーを飲む。

 毛皮は一晩水に浸けて虫を殺しよく乾かしてから軽く鞣すことにした。

 内臓は土に埋めてある。


 便利な道具から離れて、本来のラングの世界に戻る。

 夜空を見上げれば快晴、満天の星は振り注がんばかりにきらきらと輝いて川を見せる。

 星座の形も違う世界、ラングは目立つ星々を指でなぞる。


「大鷲座に似ている。あれは太陽の女神の並びに似ている。導星の輝きはあれが近いか」


 肌を刺すほどの寒さ、指ぬきグローブの先で爪が冷え、引き戻して焚火に当てる。


 寒さからか近くに寄っていた馬に背を預ければ生き物特有の温かさが心地良い。

 一人きりの食事を済ませ、空になった鍋を一度洗い流してホットワインを作る。

 羽織るマントも冬仕様だが水辺の冷たさはまた違う冷えを覚えさせる。



 全てを自分で行い、自分で享受する。



 これがラングの世界だった。

 便利なことを責めるのではない、ただ、こうした手順を踏む作業はラングにとって神聖なものなのだ。

 これはラングが生きるために身に着けた術だからだ。


 ホットワインを口に含み、ふー、と鼻から息を抜く。

 柑橘系の香りとシナモンの香り、酸味を舌に感じて喉を温める。


 木々に布を張り降り始めた雪と霜から馬を守ってやり、地面に毛皮と布を敷いてからラングはテントの中へ入り込んだ。


 そうして三日を過ごし、ラングは新年祭(フェルハースト)の二日後、イーグリスへ戻った。





 ――― イーグリスへ戻ってみれば、【快晴の蒼】がどこにもいなかった。


「おかえり」

「ただいま、奴らはどうした?」

「なんか、急用が出来たって新年祭(フェルハースト)の夜に出立したよ。コアトルを借りたくらいだから、余程の用なんじゃないか?」


 兄と館の者たちと懐かしい新年祭(フェルハースト)を過ごしたアルは首を傾げながら言った。

 ヘクターは街の賑わいに誘われて酒場で新年祭(フェルハースト)を過ごしたらしい。ダンジョンに同行させた報酬を渡していたが、その大半が酔いに消えたというからどうしようもない。


「グレンとレウィルは」

「昨日王都へ戻った」

「そうか」


 端的に答えればアルは少しだけもじもじしていた。首を傾げて用件を聞いてやれば、実は、と前置きをして話し出した。


「ツカサに手紙を送ったんだ。あんまりにも音沙汰ないから」

「そうだな」

「ダヤンカーセに頼んでいるから、間違っても違う港に行くことはないと思うんだけど、全然来ないよな。ラング、ウィゴールとかアクアエリスから何か聞いてるか?」

「いや、何も」

「そっか」

「だが、何かあればヴァンドラーテの時のように声をかけてくるだろう」

「風が吹かないのは無事な証って?」

「なんとなく意図はわかるがそう言うのか」


 興味深そうなラングに肩を竦めて見せた。


「ツカサ、早く来れると良いな。俺たちが待たせた期間よりはまだ全然短いけど、先で待つっていうのは心配なもんだな」


 スヴェトロニアで中々連絡が取れず、やきもきさせたことを思い出した。手紙ではあったが各方面からしこたま叱られたことも思い出して少しだけシールドを下げた。


「それはそうとして、一人で過ごす新年祭(フェルハースト)はどうだった?」


 アル自身もあまり思い出したくないのか早々に話題を切り替えた。馬を返し館の中へ足を踏み入れ、雪を払った外套を腕に持つ。


「そうだな、羽を伸ばせた」

「はは、女でも金でもなく、一人の時間で良いなんてラングらしいな」

「そういうお前はどうだったんだ」

「あぁ、久々に兄貴といろいろ話してさ」



 背後で従僕が閉める扉を肩越しに見遣る。

 渡り人の街(ブリガーディ)の現状を思い浮かべ、ラングは逡巡の後前を向いた。





次回からツカサにシーンが戻ります。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

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