3-16:紫壁のダンジョン
本日最後の更新です。
四話目です。
二日後、エフェールム邸の正面玄関で落ち合った。
食材の調達を済ませたラングたちと、眠そうなヘクター、装備と体調を整えた【快晴の蒼】と芯のある立ち方をするグレンに寄り掛かって眠るレウィル。
些か心配になるメンバーもいるが今日からしばらくは一緒に行動することになる。全員に転移石への登録をさせて荷物を確認、よし、と頷いた。
「よろしく頼む」
シグレが一同に頭を下げれば供に立っていたカイラスも、場に居合わせた庭師も頭を下げる。
「そう時間は掛からずに吉報を持って帰るよ」
にこりと明るい笑みを浮かべて言い、ヴァンはそれじゃ行こうか、と全員へ声を掛けた。
今回、合同パーティのリーダーはヴァンが引き受けることになった。紫壁のダンジョン経験者パーティでもあり、こちらの大陸でのダンジョンに詳しいからだ。
【快晴の蒼】での管理役はラダンで調理はクルドだというので、ラングは几帳面に仕入れた食料を一覧に書き出し彼らに連携した。
ラダンは感心した様子で頷き、これなら十分に十人が食べられると嬉しそうに笑った。クルドとは料理の分担について会話し、各パーティ個々で調理することにした。グレンとレウィルは【快晴の蒼】が引き受けた。連れて来た張本人であり盟友なので責任を持つと言われればそうかと返すしかない。
紫壁のダンジョンまでは徒歩で行くことになった。
幌馬車を借りていけばあとで残す馬や馬車が危ない。ラングが馬を殺したがらなかったのでそうなった。それぞれが柔軟やストレッチをした後、ヴァンが軽く走りだした。
一定の速度で真っ直ぐに紫壁のダンジョンを目指す。
レウィルは体力がないと公言し、クルドが背負った。風に助力を頼んで追い風を受け、ダンジョンへは二時間もしないで辿り着いた。
不思議な光景だった。
ダンジョンが近づけば近づくほど木々の色合いが変わったのだ。紫壁のダンジョンだからだろうか、紫色の葉をつけた木々が徐々に増え、入り口に到達する頃には鮮やかな紫が朝日に照らされてさらさらと揺れていた。
紫色の大岩にぽかりと開いたダンジョンの入り口は【渡り人】が巡回して見張りを行なっていた。
「やぁやぁ、御苦労様!」
朗らかにヴァンが声を掛ければ怪訝そうに、それから武器を向けられる。銃だ。
「どこの冒険者だ、鑑札は?」
「ぇえ? そんなものが必要なのかい? 久々だから知らなかったよ」
大袈裟にびっくりして見せてヴァンは困った顔をした。
「前はそんなもの要らなかっただろう? 冒険者なのだから止められる謂れはないよ」
「今は必要なんだ、持っていないのならイーグリスで鑑札をもらえ。まぁ、もらったところで今はダンジョンに入れないがな」
「おや、それはどうしてだい?」
「鑑札を貰いに行けばわかる、さっさと立ち去れ」
しっし、と男が手で追いやり、ヴァンはにっこりと笑ってみせた。
「そうもいかないんだよねぇ、アッシュ、ラダン」
「はい、はい、リーダー」
「殺さない程度に、な」
双剣に肘を置いたまま悠々と構えたヴァンの後ろから出て、アッシュは姿勢低くパッと地面を蹴った。
そちらに視線が行き銃口を向けた隙に、ラダンは跳躍して槍で一人の横っ腹を殴りつけた。
ぐ、と潰れた声を上げながら隣に立つ仲間にぶつかり、二人共地面に倒れる。アッシュはよいしょと言いながら関節をいくつか外しロープを取り出して手早く縛り上げた。
ロープの端をクルドに投げ、受け取ったクルドはそれを木に縛り上げる。つま先が着くかどうかの絶妙な位置で結ばれ、【渡り人】はぱたぱたと暫く暴れていた。
ラングは武器らしい武器を取り上げて空間収納に奪い、【渡り人】に両手を挙げてから背中を向けた。
「いいね、とてもスムーズだ」
障害物がなくなったヴァンはゆっくりとした足取りでダンジョンの入口へ向かった。
「良い動きするな」
「そうだな」
アルに耳打ちされ首肯で返す。ヘクターは既に及び腰だが顎で呼べば大人しくついて来た。
「シェイ」
名を呼べばやることがわかるのか黒いローブを着たシェイは手を動かすことなくトーチを発動し、ぱぱぱ、と全員の近く、やや前方と光を用意した。
「さぁ、行こうか」
まるで簡単なお使いを済ませるかのようなノリでダンジョンの暗い入口へ足を踏み入れた。
――― 転移すると唱えられ、三十階へ到着した。
周囲を見渡しまずは安全を確保、ヴァンとアッシュ、ラングが頷き合う。
事前の調査通り壁は薄紫の石壁、歩く道は幅が広い。罠に関してはないと聞いているが警戒するに越したことはない。
【快晴の蒼】の斥候はアッシュだが、勘の良さはヴァンがずば抜けて高い。ラングは経験に裏打ちされたものがある。三人がそれぞれ気を付けることで危険を回避する方針だ。
「さて、ここからの行動について確認だ」
ヴァンが言えばラダンが地図を出す。パーティ内での役割分担が明確でわかりやすい。
「魔獣暴走の危惧をして中を巡回している【渡り人】はいないだろうけど、もし遭遇した時の決まりは?」
「意識を刈り取って癒しの泉エリアに放置」
「ボス部屋前で出会った場合は?」
「意識を刈り取って扉前に放置」
「じゃあ最下層前であった場合は?」
「意識を刈り取って通路に放置」
それぞれの回答を聞いてヴァンは頷く。
「通路を徘徊する魔獣に殺されるなら仕方ない、僕らはそれについて気を回さないことにする。では行こう、地図は」
「覚えている。私が先頭を行く」
「助かる、殿はクルド、頼むよ。グレンは前衛の位置に頼む」
「わかった」
「承知しました」
ラングがするりと前に出てその後ろにアルがつく。さらにその後にヘクターとグレンがついて【快晴の蒼】が続いた。
しばらく歩いて真っ直ぐにボス部屋へ向かったが魔獣の一匹もいなかった。
気配を探る三人にも共通の感想だ。
「魔獣暴走の前兆が著しい、もしかしたら予想より早く起きる可能性もあるね」
「発生までに日数が決まっている訳ではないのか」
「魔獣暴走までの日数はおおよそ、というだけの指標だからね。それに各ダンジョンでその日数も違う。全てを調べるにはリスクが大きいから、イーグリス周辺ダンジョンでそれが明確になっているのは特殊なんだよ」
ボス部屋のドアに手をかけてヴァンが答える。ぐいと押せばこちらも重い音を立てて扉が開いた。
中にはぽつんと一匹だけ小さなスライムがいた。
事前の調査では三十階層は大型の四足魔獣がいるはずだ。
「うーん、もうおかしくなっているね」
「スライム一匹じゃ簡単すぎないか?」
「なら剣でも溶かしていろ」
す、と前に出たのはシェイだ。
コツコツと靴底を鳴らして前に出れば、ぷるぷる震えたスライムが体を引く。
「おい、怖がってるぞ可哀想…」
「バカが」
クルドの声を罵って棄てるシェイに向かって、どこにそんな体積を隠していたのかスライムがガバァッと大口を開けて襲い掛かった。
シェイ、と名を呼んで駆けつけようとしたメンバーを尻目に、シェイに触れる前にスライムが弾け飛んだ。
びちびちと床に飛び散るスライム片、うぞうぞと動き一つに戻ろうとするそれは一つ一つが蒸発していく。ボッと音がして肉片を逃さずに炎が巻き起こった。
「エンペラースライムだな」
ローブのポケットから手を一度も出さずに魔法を行使し、肉片は一つ残らず灰になって消えた。最後に残った哀れな核は氷に貫かれてぐずりと崩れ落ちた。
ぽわんと気の抜ける音を立てて現れた宝箱と魔石、討伐報酬はアッシュを顎で使って回収させる。はいはい、と言いながらアイテムバッグに仕舞い立ち上がり、それを確認してシェイがラングを見た。
「討伐者が権利者、だったな?」
「あぁ、当然の権利だ」
シェイの言葉に頷けばそれ以上の興味はないらしく先にボス部屋を立ち去っていく。
すす、とラングに寄ってアルが呟いた。
「エレナよりも怖いな」
じろりとした視線を感じてかアルはさっと誤魔化すように後ろ頭で腕を組んだ。
さくりと三十一階層に降りる。目視できる光景は変わらないが、ダンジョン自体の雰囲気はがらりと変わった。
ラングは改めて先頭に立ち声を掛ける。
「気を付けろ、魔獣の気配が多い」
「あちらこちらからって感じだな」
アッシュが首肯しラングを見遣る。
「さっさと進んだ方が良いと思うんだけど、ラングはどう思う?」
「全速を推奨する」
「先陣は任せていいのか?」
「構わん、が、ドロップ品を拾う暇がないので任せたい」
「了解」
会話が済めばラングはすらりと双剣と抜き、すーはーすーはーと呼吸を入れた。
アルも槍を構えてその後ろについた。
ふっ、とラングが消えたように見えた。
一拍おいてアルも駆け出し、三十一階層の移動が始まった。
「わぁ、見事だね」
「言っている場合か、追うぞ!」
呑気なヴァンの感想にラダンが叫ぶ。地図を任せているので魔獣を狩りながら進むラングの後を追っていくのが一番効率がいいのだ。
ヴァンはラングと同じ鍔のない双剣を手に持ち、たった、と軽い足取りで走り出した。
殿のクルドはレウィルとシェイを連れてのんびりと行くため、中継役にラダンが立った。ラダンと先陣の間にはヘクターが立ち、それとなくはぐれないように気を付けてくれた。
先陣を切るラングは床を蹴り壁を蹴り身軽に前を目指しながら魔獣を狩った。シュパッと軽い音でオークの首を斬り、皮膚の固いリザード系は眼から剣を刺し込んで頭部をぶち抜いた。それでも息の残るものはアルが膂力を持って首を刎ねていった。
灰とドロップ品の残る道を三分ほど行ってヴァンは武器を仕舞い、アッシュと共に素材を拾って歩くことにした。
「実力を見せられているね」
「本当の意味で腕の立つ冒険者でよかったな」
「シェイが力を見せたから、お返しにってことだろう。あれは良い冒険者だな」
のんびりと後を追ってきたクルドが言い、柄に肘を置いて笑った。
クルドは傭兵上がりの冒険者だ。大陸を旅して腕だけで生きてきた男の言うことには重みがある。ヴァンはなるほど、と頷いてまたドロップ品を拾って歩いた。
ボス部屋まで近くなったら向こうからアイテムを拾って歩いてくるラングたちと合流した。
「冒険者もいなかった」
「じゃあボス部屋に行こうか。休憩はその後相談しよう」
アルの報告に頷き、ヴァンの提案に了承を返す。
ボス部屋は四足の大きな魔獣だったが、こちらはラングとアルが倒した。
本来紫壁のダンジョンは通路にも魔獣が多く、癒しの泉エリアが少ないため攻略に時間のかかるダンジョンだ。通路で安全を確保して小休止を入れることがあるので、その分鈍行になるのだ。
ただ、今回は話が別だ。
ヘクターは未だ丸腰だが斥候としては優秀であるし、その他の面子もまた規格外に実力者なのだ。
レウィルも飄々としているが風の通りを確認して通路のダブルチェックを怠らない。グレンは魔獣があればタンク役を買って出て、たった一人で全員の盾役をこなす。
ラダンとクルド、ヴァンの出番はまだないが、安心して任せられるだろう。
結局、初日で進んだ階層は三十六階層。
魔獣暴走には間に合いそうだ。
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