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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-13:通信の小箱

おまたせしました!

本日一話目です。


 アルは改めて、しばらく残り兄を支えるつもりだとラングに言った。長く家を空け、知らなかったとはいえ苦労を一人背負わせたことに後ろめたさを感じているらしかった。


 シグレはそんなことを気にもしていないだろうし、愛弟に気苦労を背負わせなかったことを良しとすら思っていそうではある。

 そんな二人の姿を見て、ラングはシグレと二人だけで会話する機会を要求した。


 統治者(オルドワロズ)の執務と渡り人の街(ブリガーディ)の対処、陳情をあげてくるイーグリスの民に国への連絡と忙しく、時間が取れたのはサロンでの会話から四日後だった。

 あの朝は無理矢理時間を作ってくれたのだろう。思い返してみれば朝食の席でまでカイラスと会話していたのだから然もありなん、弟とその仲間のために最大限の誠意を見せてくれたのだ。


 対談できるまでの間、ラングはアルに連れられてイーグリスの街を見て歩いた。

 先に渡り人の街(ブリガーディ)を見ていたので似ていると感じるところもあれば、スカイの文化に上手に融合しているところも垣間見えた。不思議なものと便利なものが入り乱れているのに調和しているようにみえるのは言葉に表し難いものがある。

 原理を考えたのは【渡り人】、それをこの世界で扱えるようにしたのはこの世界の民、といった文化の合作が溢れていたのだ。

 シグレに聞いた水の浄化機能などが気になり街に出れば、アルがあれだ、これだ、とあちこちを指差して教えてくれた。街中をいくつも通る水路に設置された網状の魔道具は、常にふうわりと光っていて水質を保っているのだという。生活用水をどのようにして浄化しているのか、細かいことはラングにはわからなかった。

 水の豊かなスカイだからこそ、この下流で旅人が困らないように汚さないのだ。ぱしゃりと跳ねた魚を追って子供が駆けていく姿は国を越えても、世界を越えても同じだった。


 スカイの建築技術は木の大黒柱を利用した上での漆喰とレンガを利用した暖かい色合いのものと、石造りの堅牢な作りが混在していた。横長住居もあり、ラングには見慣れた街並みも見せてくれる。

 そこに混ざる様々な建造物は多少頭を混乱させたが二日で慣れた。気になって蝶番を見せてもらったり、ガラス窓に触れさせてもらったり、ラングの反応はイーグリスの民にも珍しく映り、快く様々な経験をさせてくれた。


 加えて食事が楽しかった。

 ヘクターが仕入れてきた食事はほんの一角、ラングは昼食に夕食にと外へ出向き、様々な店を試した。

 魚の扱いが上手く、揚げてあるもの、蒸してあるもの、煮付け、刺身、サラダと種類が多い。

 肉もまた美味しかった。ラングも故郷では冬に備えて肉を熟成させたり保存したりはしたが、敢えて美味しくするためにその時間をかけているのは余裕があるからだ。焼き加減にもこだわっており中身が温かい、けれど赤いままの肉は実に美味かった。

 野菜や加工品も多く、ツカサが前に言っていたミソなるものを先に味わってしまった。聞けば、初日に食べた汁物もこのミソが使われていたらしい。

 小麦製品は向こうの大陸(スヴェトロニア)でも食べたようなものが多かったが、こちらの方が味が複雑な気がした。


 ツカサと一緒に過ごしていた時間よりも離れている時間の方が長くなってきていた。

 どんな風に成長しているのか、何を想い、何を考え、何を覚悟したのか、ラングは楽しみでもあった。

 自分がそう思われる側だった時には心底嫌だったというのに不思議なものだ。


 イーグリスの散策を行って三日目、シグレとの会話を翌日に控え、声をかけて来たのはヘクターだった。


「旦那、ちょいとお時間いただけやすか」


 軍の手の者とバレてからもヘクターは胡散臭い笑顔とおかしな口調だけは変わらずに言った。


「なんだ」

「返事が来たんですよ、お偉方から。旦那方に共有しておこうと思いやしてね」


 わざわざそう言うからには話せと指示があったのだろう。エフェールム邸の庭で声を掛けられたラングは視界に入った四阿(あずまや)を顎で指した。中庭は綺麗に整備され、色とりどりの花に紛れて薬草があることが気に入って見学をしている最中だった。アルは草花の名前は知らないが中庭はかつての秘密基地なので案内をしてくれていた。

 整然とした中庭にそぐわないツリーハウスはアルとシグレの合作なのだそうだ。


 四阿へ足を向けて簡易な椅子に腰かける。防音の宝珠を起動してヘクターを驚かせた後、少しだけ首を傾げて話を促した。

 ヘクターはもじもじと尻の位置を直して背筋を伸ばした。


「軍が来ます」


 アルが腕を組み、ラングは微動だにしない。


「続けろ」

「驚きもしないとは流石っすね、ちょっとした小箱でやり取りをしてるんですが、こちらを」


 ヘクターはついと服の中から小箱を取り出し、ぱかりと開けてみせた。

 服の内側にアイテムバッグやポーチでもついているのだろう、もはや見慣れた違和感だ。視線を箱へ移して中を覗き込む。

 箱は成人男性が両手で包めるほどの大きさ、装飾はシンプルだ。中には羊皮紙が一枚入っており、綺麗な字が視線を出迎えた。ヘクターは受け取れと言わんばかりに箱を揺らし、ラングは中にあった紙を取り出した。他にもあるかと覗き込んだがどうやら一枚だけのようだ。

 綺麗な文字は、冒険者殿へ、となっている。意味深長な書き方に僅かに首を傾げた。


 そして不思議なことが起こった。じわりと文字が滲み、変わったのだ。


『初めまして』


「…これは?」

「魔道具っすよ、こちらの声は向こうに届くらしくて、向こうの声はこうして文字で。文字数は少な目なんでちょっと時間かかりやすけど」

「ほう、それで、何の用だ」

『ヘクターから、貴方達が腕の良い冒険者と伺いました』

『依頼を一つ頼まれてはくれませんか?』


 ラングの視線は紙に落ちたままだが、アルはラングを見遣った。


「そもそも、お前は誰だ。軍の関係者だということしか知らん」

『名前も名乗らず失礼、どうか』


 不思議と文字の向こうで真摯に目を伏せている姿が浮かんだ。けれどラングには何の意味も成さない。

 ラングは紙を箱に戻した。


「話にならん。相手が誰だかわからないというのに依頼を受けるほど愚かではない」

「旦那の仰ることも御尤もで。とはいえ俺も存じ上げねぇんですよ…この御方が誰かってことを」

「なのに従ってるのか?」

「へぇ、そうしなくちゃならねぇって気持ちになっちまいやしてね」

「なんだかよくわからないなぁ」


『二人だけで話せますか?』


 こちら側で話していたら紙に文字が浮かび上がった。それがラングを指していると何故かわかり、アルもヘクターもそちらを窺い見た。

 ラングは腕を組んでしばらく考えた後、ふむ、と一つ息を吐いた。


「いいだろう。アル、すまんが」

「わかった、離れておく」

「ではあっしも」


 二人がさっと席を外し防音の宝珠の圏内から出たところでラングは紙を手に取り、横に置いた空っぽの箱へ向き直った。


冒険者(ギルドラー)・ラングだ」


『改めまして、初めまして。ラング』


 文は一度そこで途切れ、少しの間を置いて更新された。


『私はレジスト・シェフィリアス・ディファラル・スカイ』


『スカイ王国の王太子です』


 ラングはさっと口元を覆った。会話の一つも漏れてはならないと判断したのだ。


「…よもや王太子とはな。なんと呼べばいい、王子様か?」

『親しい者はフィルと呼びます。その方がバレにくいので、ぜひ』

「わかった。それで、外様の冒険者に何の依頼だというんだ」

『イーグリス近辺にダンジョンが五つあります、ご存知ですか?』

「あぁ、軽くだが聞いている。視察に行く予定だが、それがどうした」

『その内の一つ、紫壁(しへき)のダンジョンが占拠されました』


 恐らく、王城にいるであろう王太子がそんな情報を得ている。シグレから情報が上がったのかもしれないが、王族であれば影を持ってもいるだろう。

 もしかしたら、今シグレが忙しくしているのはそのせいなのかもしれない。

 兎角それを伝えてくる意図を測りかねた。


「…どう占拠された?」

『鑑札のある者のみ入れます』

「それが何を意味する?」

『紫壁のダンジョンはイーグリスの東に位置します』


 ラングはぴくりと指が動いた。


魔獣暴走(スタンピード)か」

『おそらく、そうでしょう』


 ラングはじっと考え込み、それから言った。


「なるほど、それをイーグリスへぶつけるつもりか? 魔獣暴走(スタンピード)の発生原理は知っているのか。お前にしても、渡り人の街(ブリガーディ)の者にしても」

『存じています。危機管理のために情報は開示されています。十人までが限度です』

『彼らは魔獣暴走(スタンピード)の恐ろしさを知らない』

『あなた方にはそれを止めてほしい』

「攻略する【渡り人】たちを一人残らず殺せということか?」

『いいえ、』


 否定だけは早く返ってきた。続くような書き方で止まっているので、ラングは次の言葉を待った。


『こちらから送る冒険者と共に、ダンジョンを踏破してください』

「…どういうことだ? それがもたらす結果を知りたい」

『イーグリス周辺のダンジョンは特殊構造です』

『特定の人数で踏破されると、一か月、停止し扉が封じられます』

『入れないダンジョンは占拠する意味がない』

魔獣暴走(スタンピード)を阻止できます』


 なるほど、人死にをさせることなく思惑を潰せるということだ。読めてきた。


「そういうことであれば依頼を受けてやってもいいが、報酬は何を貰える」

『私が協力できることならば、なんでも。越権行為は出来かねます』

「それならば丁度いい。だが、お前の身分の証明は可能か?」

『こちらの送る冒険者に書状を持たせます』

『それが貴方の信頼に足る物ならば、協力を』

「いいだろう」


 もし本当に王太子だと証明がされれば、軍師に会うのに門前払いは避けられるだろう。

 現状の打破にも繋がり、元々目的としていたダンジョンの視察も出来る。報酬にしても引き受けて良い依頼だと判じた。


「そちらの送ってくる冒険者はいつ来る」

『少しだけ時間がかかります。六日ほど』

「シグレへはどう話す」

『私の名前を出せば通じます』

『書状は彼らにも持たせます』

『ダンジョンの占拠と、踏破することは上手く伝えてください』

「丸投げだな、まぁいい、任せてもらおう」

『お願いします』

「それで、なんという冒険者が来るんだ」


 ラングの問いに、王太子は返した。


『快晴の蒼』


 ぴくりと口元を覆っていた指が動く。聞き覚えのある名前だ。

 あれはいつだったか、ジュマのダンジョンから戻った際、ジルから聞いた冒険者パーティの名前だったように思う。通りすがりの金級冒険者パーティがよもやこちらの大陸(オルト・リヴィア)にいるとは。


「そのパーティはお前の専属なのか?」

『頼りはしますが、専属ではありません。今回は正式に依頼をしました』

「リーダーはヴァンだったか」

『ご存じなのですか?』

向こうの大陸(スヴェトロニア)で名前だけは聞いた」


 少しだけ間が空いて、返事が来た。


『何かご縁があるようですね』


 向こうの筆談を待っているためにここまでの会話だけでもそれなりに時間がかかった。談笑するほどの暇はないのでまた本筋に戻させてもらった。


「軍はいつ来るんだ。ヘクターから来るとだけ聞いたが」

『国軍を動かすにはもう少し時間がかかります』

『シグレが上手に牽制してくれているので、タイミングを計っています』

『少なくとも年明けには動く予定です』


 今が夏の終わり、秋の入口だとすれば四か月は先の話だ。戦争には準備が必要だが、それにしては随分とのんびりだ。


「時間がかかる理由が知りたい」

『それはシグレに聞いてください』


 ぴしゃりと返された文字は変わらず綺麗なものだった。

 軍事機密は流石に話せない、話したくないということだ。ラングは口元から手を外して肩を竦めた。


「一先ず、ダンジョンの踏破については承知した。お前が出した証明に納得がいけば協力しよう」

『感謝を』

「シグレとは明日話せる」

『こちらからも少し頭出ししておきます』

「同じような手段があるということか」

『ご想像にお任せします』


 少しだけ楽しそうな雰囲気を文字から感じた。

 ラングはそれ以上の会話はないと判断し、紙を折りたたんで箱に戻し、蓋を閉めた。

 防音の宝珠を解除すれば離れたところで様子を窺っていた二人が戻ってくる。


「かなり長く話してたな」

「片方が筆談だからな」

「それで、話はまとまったんで?」

「あぁ、()()()の身分証明が成されればだが、ダンジョンに行く」

「ダンジョン?」

「詳細は明日シグレと話す」


 首を傾げながらもわかった、と答えアルは大きく伸びをした。


「旦那、お偉方はいったいどなただったんで?」


 興味津々のヘクターには応えずにラングは立ち上がり箱を返した。

 旦那ぁ、と情けない声を聞きながら庭園に戻り少しだけ歩いた。


 エルキスで真理に触れさせられてから、理解の出来ない輪の中に放り込まれたような気がしていた。巻き込まれるのは御免だと思いながら、気づいたら渦中に居る。

 師匠からはある程度の力を持つ者はそういった事象に引きずり込まれるのは仕方のないことだ、と苦笑いを浮かべられたこともある。師匠本人もその巻き込まれた方だ。

 真理に気づきはしても、輪に気づきはしても知らぬ存ぜぬを通すことは出来る。選択肢は責任と覚悟を以てして自身が決定権を持つからだ。

 

 何故こうまでも面倒ごとを引き受けるのかと言えば、その理由の一端にツカサがいるのは間違いない。

 最初に旅記作家に会いたいと言われた約束は忘れてはいない。今は、会ったところでそこが別れになるのではなく、またそこから始まるのだと理解している。何せラングも帰らなくてはならないのだ。


 自分の目的とツカサの望みが、ちょうどよい塩梅で均衡がとれているのだ。


 ラングはふと拳を握りしめた。


 真理だろうが輪だろうが、利用できるものは全て利用するまでだ。

 向こうに利用されようと、最後に立っているのが己であればいい。



「どうした?」

「いや」


 あとをついて来ていたアルに声をかけられ、空を見上げた。


「何でもない」


 また忙しい日々になるな、とラングは胸中で独り言ちた。






仕事が立て込んでいてなかなか更新できていませんが、のんびりとお付き合い頂けると嬉しいです。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

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