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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-12:サロンでの紅茶

本日最後の更新です。

三話目です。


 サロンで出された紅茶は先程とはまた味が違った。同じものを出さない辺り気配りがされている。


 花のような香りが強く、単体で飲むよりは茶菓子を摘まみながらの方がいいだろう。たっぷりの朝食をいただき甘味を完食した後だが、薄いクッキーが添えられていた。

 一枚を齧り味わう。食感はさくさく、口の中でほろりと崩れ、きちんとバターが使われていて香りが良い。紅茶でそれを中和してラングが切り出した。

 

「先ほど【渡り人】にも幅があると言ったが、途中でやめたということは話しづらいことなのか」

「この館の者たちはほぼ知っているが、食堂で話す内容ではなかっただけさ」

「そうか」


 ラングは右の宝珠に触れ、防音を発動した。このふわんという感覚にはシグレも驚いたらしく、少しだけ肩が揺れた。カイラスはぴくりと目じりが動いただけだった。


「防音の宝珠という、音を漏らさない呪い品(ロストアイテム)だ」

「なるほど、貴殿の故郷のものか。有難い」


 こほん、と咳払いをして切り替えた。


「【渡り人】にはある程度祝福がもたらされることが多い、その多くは様々な力になっている」


 ツカサが魔法を使うことなどを思い出し、ラングは頷く。


「その力を使ってダンジョンの攻略をし、食料を得て、かつて開拓の間は大変重宝されていた。そして、己が強いと気づき、国を相手取って戦おうとした者たちもいた」

「聞いた話だ、反旗を翻した【渡り人】は殲滅されたとか」

「アルが話したのか、よく覚えていたものだな」

「そりゃ、一応は机についてたし」


 クッキーを齧りながらアルはぽそりと呟く。シグレは目を細めて微笑んだ後、また地図に視線を落とした。


「ではその歴史は省略をするが、【渡り人】の中には力はあっても争いを好まない者も多かった。そういった者たちはダンジョンから持ち帰った作物を畑で育て、加工する仕事に従事していったのだ」

「二百年かけて創り上げたというのは、そういった構造なのだな」

「如何にも。ダンジョンからの食料はそれはそれでいいが、栽培をしている食料も品種改良されたりと努力が涙ぐましい。今ではそちらの方が美味しいものも多い。

 【渡り人】の中には知識のある者もいて、この館にも存分に技術が使われている。例えば魔力電気を利用した照明や、河川に設置された水の浄化機能などが上げられる。これらの魔力補充のための仕事もあって、戦闘が苦手だったり怖い【渡り人】魔導士たちも職はある」

「魔力電気というのか、向こうの大陸(スヴェトロニア)にも似たような灯りはあったが、こちらは随分明るくて驚いた」

「あちらにも【渡り人】は現れるそうだからな、考えることや求めるものが似通っているのだろう」


 シグレは紅茶を飲んで息を吐く。


「そうして食料と職と住居に奔走してきたが、ここ数年で【渡り人】の出現数が一気に増加したのだ」

「そのために渡り人の街(ブリガーディ)を増設したのだったな」

「如何にも。その間に新しい者たちが力試しにダンジョンに行ったり、食材を得たり…している内に、独り占めしたくなったのだろう」


 シグレは疲れた様子で椅子に深く座り直した。そこまで聞けばラングには物事の道筋が繋がる。アルはむっすりした顔で言った。


「住む場所を建ててもらっておいて、すごい掌返しだよなぁ」

「気持ちは想像が出来るがな、突然見知らぬ場所に来て右も左もわからない内に力だけあるとわかればこそ、好き勝手やってみたい、と思う者もいておかしくはない」


「思うに、ここには奴らの守るべき規則や法律がないのだろう」


 ラングの言葉に二人が目を見開く。


「なるほど、生まれた場所ではないからこそ、守る必要もないと思っている、か。でも兄貴、普通に適応したり恭順している【渡り人】だっているだろ?」

「戦うことが苦手であったり、戦う力はあっても()()だと受け止めている者はそうだな」

「お前は何度も渡り人の街(ブリガーディ)と対談を行なっていると聞いたが、その際はどういう会話をするんだ」


 ラングの問いにシグレは姿勢を戻した。


「まずはこちらの在り方の説明から、来歴の長い【渡り人】から直近の【渡り人】まで、声を届けてもらった。我々が如何に声を重ねようとも、同じ民でなければ届かないものあるからな。

 あとは不法占拠への苦情と、国の対応、それこそ規則の説明だ」

「不法占拠? 街か、ダンジョンか」

「どちらもだ。渡り人の街(ブリガーディ)の街の建設費用と開拓費用は我が家とイーグリスの税で賄われている。イーグリスで暮らす人々は、自分たちが出した税で彼らが好き勝手することを良しと考えていない」

「当然だろう」

「ゆえに、全員追い出せという派閥もある」


 シグレは渡り人の街(ブリガーディ)とイーグリスの民の間で板挟みになっているということだ。


「強硬手段で追い出すのはだめなのか?」

「それは最終手段だ」


 アルの至極当然な疑問にシグレは灰色の眼を少しだけ厳しくしてそちらを見遣った。


「今は寝食を過ごせる場所があり、ダンジョンという目先の娯楽があるからこそ、彼らの矛先は下げられている状態だ。実際に強硬手段に出て追い立てた場合、まずどこが損害を被る? おそらく、それは関係のない街々だ」

「だがこのままでは膠着状態なのではないか? 生温いだろう」

「如何にも、ご指摘も尤も。なので、今我が両親が王都へ向かっている」


 シグレの言葉にアルは人知れずほっとした。ラングが言ったとおり、両親はそちらへ赴いているために不在だったのだ。一つ深呼吸をして切り替える。


「父さん母さんが王都に行って、どうするんだ?」

「アルは全てを学ぶ前に家出したから知らないか、【渡り人】との戦は、王家が引き受ける約束なんだ」


 きょとんとして、アルはラングを見た。肩を竦めて返した。


「同じ街の中で殺し合うより、全く別のところと殺し合った方が遺恨が少ないのだろう」

「うう、わかんねぇ」

「先ほどまで殺し合っていた相手と翌日から隣人になる。冒険者ならばよくある話だが、そうでなければどうだ」

「居心地悪そう」

「そういうことだ」


 シグレが対面で頷いているのでそうなのだろう。


「それに、我々とて訓練されている訳ではないからな」


 身を守るための術を、技を身に付けてはいても、戦争の訓練は受けていない。もちろん、シグレとて綺麗に生きてきた訳ではないので手は赤く染まっている。山賊や盗賊はどこにもいる、そういった物共の排斥は主自ら見せることでもあるのだ。


渡り人の街(ブリガーディ)が独立という形で出来上がった今、反乱は遅かれ早かれ起きる。こうなってしまえば私に出来るのは如何にイーグリスに被害を及ぼさないか、だ」

「庇護下に居ない者へ配慮する必要はないからな」

「貴殿は統治に関しても造詣が深そうだ」

「よくある話をしたまでだ」


 ふ、と笑ってシグレは紅茶を手に取った。


「さて、あまり難しい話ばかりでは気も休まらないだろう。アル、お前の旅路を教えてくれないか? そもそも何故家出した?」

「突然だな、その話はまた…」

「何故家出したんだ」

「ひぃ…」


 ラングとシグレから視線を注がれ、アルはぶるりと震えた後小さくなった。大した理由があった訳じゃない、と呟き、ぽそりぽそりと話し出した。


「単純に、その、いろいろ見たかったし、強くなりたかったんだよ」


 年の七つ離れた兄は常に後継者として次期統治者(オルドワロズ)として忙しそうにしていた。その中でもたくさん遊んでくれて、構ってくれていたことを覚えている。

 イーグリスをうろつくようになって、様々な文化に触れ、アルの視線は街の外へ向いた。城郭の外はどうなっているのか、どんな街があってどんな人がいてどんな食べ物があって、ダンジョンの奥底には何があるのか、この空の先には何があるのか。知りたくて堪らなかった。

 統治者(オルドワロズ)の一族の者だからこそ、その身その命は大事にされてきた。アルにはその庇護という籠が窮屈になってしまったのだ。

 

「それで、その、家を飛びだして…」

「あれは家中どころか街中大騒ぎにさせたのだぞ。ちょっとこの空の先に何があるか見てきます、なんて置手紙一つで、かつ、警備を掻い潜って出て行ったのだからな。よもやということもあり捜索は国にも手を借りて」

「え!? マジで!? うわ、ごめん」

「だが、緑壁のダンジョンが統治者(オルドワロズ)の弟に踏破されたと聞いて、まぁ、安心はしたさ」


 たった十五歳がダンジョンを踏破するとなればそれだけで耳目を集める。ダンジョン品を売って旅費を得ていることにも安心した。けれど家出はどうなのだと連れ戻そうとしたが捕まえられず、捜索は続けられていたわけだ。まさか隣の大陸(スヴェトロニア)にまで行っているとは思わなかったらしい。

 男子らしい理由でぽんと飛び出したアルの旅路は、出会った後しか知らないラングにも興味深いものだった。

 ウォーニン、レテンダ、アクスフェルド、イファ草原、スカイ周辺の国々にも訪れた。

 色々脱線しながらようやくツカサと出会いパーティに加入させてもらったところまできて、ツカサやエレナと過ごした短い日々を思い出す。


「一緒に過ごした時間はまだ短いけど、ツカサもエレナも好きだ。【炎熱の竜】より居心地が良くて…不思議だよ」

「そうか、良いパーティに巡り合えたな」

「兄貴はどうしてた?」

「昔のように兄さんと呼んでほしいものだな。結婚して息子がいる、今は王都の別荘にいるさ」

「嫁!? 息子!? いつの間に俺おじさんになったんだ! って王都?」

「ここが危険だからだろう」

「あぁ」


 合点がいって頷き、紅茶を飲む。敢えて新しいものに取り換えないでおいてくれて、火傷をせずに済んだ。きっと昔からアルは飲み物をそのまま勢いよく飲む癖があるのだろう、カイラスは目を細めてそれを見守っていた。


「いろいろほっぽって旅に出てごめんな、あー、兄さん」

「いいさ、そのおかげでこうして心強い仲間と共に金級冒険者が戻ったのだからな」

「頼られても困る」


 ピシャリと話すラングにも慣れてきたのかシグレは微笑を浮かべて二人を見遣った。


「とかく、今しばらく猶予はあるだろう。ラング殿には目新しく、アルには懐かしいイーグリスだ。ゆるりと過ごしてくれ。ツカサくんが辿り着くまでも時間がかかるだろうしな」

「感謝する。それから、殿はいらん」

「わかった、ラング」


 改めて差し出された手に手を返し、ラングは防音の宝珠を終わらせた。


 滞在は長くなるだろう、その間タダ飯食らいはラングの性に合わない。五つあるというダンジョンの視察に行ったり、街を見学したりすることにした。【渡り人】たちがそこでどう生活しているのかを知るのも、今後のためになるだろう。


 気になったのは占拠されているというダンジョンだ。正確には、締め出されたりはまだしていないそうだが、冒険者ギルドを渡り人の街(ブリガーディ)に新造されており、冒険者の持ち込みが少し減っているのだそうだ。

 古参の冒険者やイーグリスの冒険者はイーグリスで卸すため、魔石や食材、素材に困ってはいない。だがそれもダンジョンに入れればこそだ。

 渡り人の街(ブリガーディ)は鑑札のようなものを発行しダンジョンの入り口に見張りを立て、そうして勝手に管理を始めているのだ。

 元々、スカイ国民の気質も穏やかで【新しい渡り人】のやることなすことに変な慣れもあって深く言及されていない。言葉にするのはお互いの対談の場くらいだ。

 そうした慣れが良くなかった。気づいた時には入れるダンジョンが減っていたのだから。


 

「反乱は起きる」



 改めて断言したシグレの言葉は、遠くないうちに現実のものとなる。





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