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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-11:エフェールム邸での朝食

本日二話目です。


 あの後、すぐに解散になった。


 腹が膨れ、パーティ内での方針も決まったところでアルが睡魔を訴えたからだ。

 少しだけ泣いて、下戸の癖に酒も入っていたので疲れと相まって回ったのだろう。ヘクターが肩を貸して部屋まで運ぶと買って出たので任せることにした。どうせ扉の外で待つモリーンが恙なく案内してくれるだろう。


 ラングは二人を見送り鍵を閉めた後、大きなベッドにばたりと倒れて眠りに落ちた。なんだか懐かしい夢を見そうな気がした。



 ――― 翌朝、いつもの時間にきっちりと目を覚ました。体の疲れは十分に取れている。夢は覚えていない。


 まずはテーブルや椅子を寄せてスペースを開け、着替え諸々をテントに入れて回収した。

 使ったタオル類は任せるが、自分の装備に関してはやはりこの方が安心できる。

 簡易な服装で扉を出れば、いつ休んでいるのかモリーンがすでに控えていた。


「おはようございます、ラング様」

「おはよう、鍛錬をしたいのだが、修練所やそれに類する場所はあるか? 朝食はその後で間に合うだろうか」

「かしこまりました、ご案内いたします。お食事は一時間後ですので、お時間になりましたらお声を掛けさせていただきます」

「頼む」


 モリーンは小さく会釈をして前を歩きだした。

 少しずつ朝の空気が涼しくなってきていた。いくつかの窓を開けて空気を入れ替えているのだろう、ふわりふわりと薄いカーテンが踊っている廊下は気持ちを落ち着かせた。この館は不思議な安堵感を覚える。

 ちらりと見下ろせる庭は綺麗に整えられており、朝早くから庭師も作業を始めている。

 反乱の危機だなんだといったところで、毎日やることは変わらないのだ。それが人間というものだ。


 案内に従って裏側の方へ出てしばらくいけば雄々しい声が響く広い修練所があった。そこでは騎士団がすでに朝鍛錬を始めており、やる気に溢れていた。ラングに気づけば静かにざわめいた。

 双剣を吊るし半袖の楽な恰好にフードにシールド、という奇抜な出で立ちはどこでも目立つ。ここまでしていれば顔を隠すだけの理由があるのだろうと騎士団の面々も察する。

 恐らく心の中では、顔に傷があるのだろう、とか、記憶に残る顔なのだろう、とか、様々な憶測が飛んでいることだろう。

 ラングは気にした風もなく、場所を借りるぞ、とこの場にいる長をしっかりと見据えて言った。


「見学をしても?」

「面白くはないだろう」

「後学のために」

「好きにしろ」


 騎士団長らしい男の笑みを横目に眺め、ラングはストレッチから始めた。

 真似をする者たちがでて、徐々に増える。

 体を柔らかくしならせて筋を伸ばし、呼吸を整える。師匠に叩き込まれた呼吸法はいつだってラングを救った。

 すーはーすーはー、独特の呼吸音を響かせてラングはまず腰の後ろに置いていた短剣を構えた。

 腕の延長線になるように、こちらもしならせて鞭のように穿つ。かと思えば舞踊のように回転を取り入れて体を動かす。足首を、膝を、股関節を傷めないよう筋肉で補助をして短剣を目の前の虚像へ降り注ぐ。

 ある程度体が温まったところで、得物を変えた。腰にある双剣は抜かずに空間収納から()()()を取り出して構え、ふ、と息を吐く。


 薄刃でやや細身ながらもロングソードの分類に入る炎の剣は、ある程度の筋力を要求する。騎士団の利用する剣もそれらの類であるし、日々の鍛錬で慣れ親しんだものだ。両手剣ではなく片手剣ほどの重量、ラングは左手を添える形で構えた。

 最初は緩やかな振りから、徐々にスピードを上げて最後にピシュッと音が後に遅れるほどの速さで振り抜く。騎士の使う剣技とはまた違うそれは見学している騎士たちに刺激を与えた。


 それが、昨日の寝惚け暗殺者事件(自分の失態)への詫びなのは言うまでもなかった。


 目の前に相対する相手を置いて剣を振り時にタッタと軽い音を立てて足を引く。かと思えばワルツを踊るように地面を爪先で撫でて半身を切ったりするので見ていてためになる。

 その全てを騎士団に応用は出来ないだろう。今現在身に着けている技術を捨てることほど無駄なことはない。今あるものに追加で組み込めるものを、各々が必死に見ていた。

 

 しばらくしてラングはまた緩やかに動きを終わらせ、するりと鞘に納めた。


「騎士の技術も身に着けているとお見受けする」

「多少はな」

「勉強になりました」

「構わん」


 ラングより見た目年嵩の大男が深々と頭を下げればその後に部下も続く。

 ザッと音が聞こえそうなほど美しい整列にラングも心地よくなるから不思議だった。整ったものというのは、心も整えるものだ。


「しばらく世話になると思う、ラングだ」

「こちらこそ、私はフォルテと申します。エフェールム家に代々使える、まぁ古臭い騎士ですぞ」

「その割には若い」

「はっはは、有難いことですな。老害にならぬよう律しておりますでな」

「良い心がけだ」

「恐れ入ります、して、そろそろ朝餉ですかな、ラング殿」

「そのようだ」

「では、また」


 一度だけ握手をし、ラングはあぁ、と応えて修練所を後にした。

 懐中時計をぱちりと開けばもうすぐ一時間というところだった。モリーンが穏やかな笑みを浮かべて会釈をし、タオルを差し出してきた。有難く受け取り汗を拭う。


「正装をしなければ食事は出ないか?」

「いいえ、ご主人様は堅苦しいことがお嫌いです」


 そうか、と返してモリーンの後に続く。どうやらラングが昨日の詫びをしたことが大層気に入ったらしい。

 出会ってまだ半日も経っていないが、モリーンから発せられる厚意に変化を感じた。


 風の通る廊下を通り、中庭の草花の香りを感じながら食堂へ通された。

 大きなテーブルだが貴族によくあるロングテーブルではない。七、八人が座って食事をとるのに丁度よい大きさだ。

 シグレは上座でカイラスと書類のやり取りをした後、ラングに気づくとそれらを全て下げさせて立ち上がった。


「おはよう、朝から感謝する」


 それが修練所でのことと気づき肩を竦めた。館内での情報伝達は非常にスムーズなのだろう。


「おはよう、好きでしたことだ」

「フォルテはあれで熱血漢だ、滞在中、面倒でなければ少し相手をしてやって欲しい」

「気が向けばな。どこに座ればいい」

「ぜひ隣に」


 シグレは自身の右手を指してラングはそれに従った。座ればささーっと流れるようにテーブルセッティングが進んでいく。


「そこらの貴族家よりも余程教育が出来ているな」

「どこか立ち寄ったことが?」

「少しな」


 全容を掴ませないラングとの会話に楽しそうにしながら、シグレは並び始めた食事の説明を始めた。


「強行軍で来たと聞いた、朝食は我が家のいつもをご用意させてもらった」


 コメに焼き魚に黄色い塊、昨日飲んだ汁に似たにおいと、ときどきツンと唾液を誘う香りが赤いものから。ぱりぱりの薄っぺらい黒い紙と黒い液体、葉物とピクルスだろうものが並んでいる。

 とんと最後に置かれたカップは取っ手がなく、中に緑色の薬草茶が入っていた。


「祖母が【渡り人】で、故郷の食事をよく振る舞ってくれた。それがすっかり我が家の味なんだ」

「不思議な食事だ」

「説明させていただこう」


 シグレは一つ一つを手で指した。

 米、近くの川で取れた魚の塩焼き、卵焼き、豆腐の味噌汁、梅干し、焼きのり、醤油、青菜のお浸し、漬物、と順に紹介をした。

 二本の棒を使って食べるには難しく、フォークで突かせてもらうことにした。しばらく滞在するのだから練習してもいいだろう。いただきます、と手を合わせ少しだけ驚かれる。


 それぞれが特徴を持ち、口に合うものもあれば苦手なものもあった。梅干しは酸っぱくて食べ物だとは思えなかったが、行儀は悪いが、とシグレが味噌汁に入れていて、なるほどそうすれば酸味は良いアクセントに変わり美味しくいただけた。

 焼きのりは海藻だと聞いて普通に食べていれば、雑草だと言い食べるのを拒否する人もいると言われた。

 コメ自体はツカサと食べていたので慣れているが、炊き方が違うのか非常に美味しかった。

 

 おかわりもあると言われたのでしょっぱさが美味しかった卵焼きと漬物を頼んだ。二杯目のコメは平皿に盛ってくれたので食べやすかった。


「あ、もう食べてる。おはよう」


 ふわぁ、と大きな欠伸をしながら食卓へ来てアルが言う。


「おはよう」

「うん、おはよう。ラング、鍛錬は?」

「もう終わった」

「だよなー」


 混ざり損ねた、と笑い、アルは給仕に自分の分も頼んだ。堂に入っている態度だ。

 生家ともなると気が抜けるらしい。


「なんだ、着なかったのか?」

「あんなさらさらしたの、着慣れないって」


 クローゼットにはアルのために衣服を用意していたのだろう、シグレは少しだけ寂しそうに笑った。ラングがガウンを慣れずに脱いでしまったように、アルもいつも着ているものを選んだ。

 昨夜見た時には着ていたので本音は気恥ずかしいのだろう。肌がすっかり冒険者に染まっているとはいえ、着て気持ちの良いものは気持ちが良い。ふ、と小さく息を零せばアルに睨まれた。


「朝飯、和食にしたんだ」

「スカイ食も明日ご馳走しようと考えている」

「いいね、強行軍で似たようなものばっか食べてたから」


 アルの分もテーブルに並べられ、いただきます、とこちらも手を合わせて食べ始めた。器用に二本の棒を使って食べるので対面のそれを見ながら置かれていた棒で練習する。向かいのアルがこう、こう、と指を見せてくれたので少しだけ使えるようになった気がした。


 アルの食事も終わり、シグレも食べ終わり、食後の緑のお茶、緑茶と小さな不思議な甘味をもらいゆっくりと時間を過ごす。もらった甘味は豆の味がして、周りを包む白いものはもちもちして口の中をほっとさせるものだった。


「大福っていうんだよ。俺は豆入ってる奴が好き」

「…豆の味はするが?」

「塩豆が周りについてるんだよ」

「いまいちわからん」

「また用意させよう」


 そんな会話を楽しんで、ラングは湯呑を置いた。


「随分と食事情に余裕はありそうだ。これだけの種類、例え王侯貴族としても用意するのはなかなか出来ることではない。今朝の食事もただ体験させたいだけではないだろう」


 シグレは深く頷き、カイラスに視線を送る。用意は出来ていますと言わんばかりにカイラスはサッとテーブルの上に地図を置いた。アイテムバッグをどこかに持っているのだろうか、いつぞやのダヤンカーセのように不自然な大きさの物が出された。


「失礼します、こちらをご覧ください。イーグリスと渡り人の街(ブリガーディ)を取り巻く環境を描いたものです」

「緻密だな、あまり見ない地図だ」

「こちらにあるマークがダンジョンです」


 指差された場所には三角のマークが描かれていた。街を取り囲む様に、五角形の位置にそれぞれがある。ダンジョンのある都市は栄えるということはこの世界に来てからよくわかったことだが、あまりにも多い。


「これが、渡り人の街(ブリガーディ)の者たちが占有を要求する原因なのだ」

「どういう意味だ?」

「不思議ではないか? これだけの種類、これだけの調味料、流通が如何に発達していようとも揃えるのは一筋縄ではない。これだけの食事量、晩餐や特別な食事として並べてもおかしくはないのだよ」


 シグレの言葉に眉を顰め、そして思い至った。


「ダンジョンから食材が出るのか」

「その通り」

「え? だから何だっていうんだ?」


 きょとりと首を傾げたアルにシグレは苦笑を浮かべた。


「我が愛弟は生まれてからずっとあるので思い至らないようだが、スカイ中を見ても稀なダンジョンであり、都市なのだ」

「生まれ故郷の味というものは、捨てられないものだろう」

「えっと…」

「奴らが言うダンジョンの正規の所有者というのはそこから来た主張なのだな」

「…ごめん、噛み砕いて」

「…生まれ故郷の食材が自分たちのために用意されている、と認識しているのだろう」

「あ、あぁー! なるほど!」


 アルはぽんと手を叩いて頷いた。


「およそ二百年をかけて、イーグリスはダンジョンとの共生を創って来た」


 シグレは飲み物を紅茶に変えてもらい、ハチミツを注ぐ。ラングも、アルもそれに倣う。良い茶葉だ、微かな薫香が鼻を抜けるのが心地良い。黙々と一杯を飲み干してしまった。


「貴殿に隠す必要はないだろうから話すが、かつて我が祖先はこの五つのダンジョンを、食糧難にならないように創られたものだと聞いているのだ」

「ダンジョンは燃料を創る場所だと聞いたことがある」

「博識で助かる、そのとおりだ、それもある。人が増えれば必要になる資源は増す、食料とて必要になる。そこに少しだけ理の神(クリアヴァクス)の情けが紛れ込んで出来たのが、イーグリス周辺のダンジョンだ」

「【渡り人】が困らず、スカイの国民が割を食うことがないように、か」

「まさしく。とはいえ、【渡り人】にも幅は広い。…場所をサロンに移そう、少しばかり長くなりそうだ。カイラス、淹れてもらってすまないが」

「問題ありません、ポットの残りは従僕と侍女の教育に使ってもよろしいでしょうか」

「もちろんだ」


 カイラスが目配りをすれば控えていた者が綺麗な礼をする。この部屋を出た後、あの青年がティーポットを従僕や侍女たちに味わわせるのだろう。

 シグレはこちらへ、とラングを促し、アルは頭の後ろで腕を組んでついて行く。


「そういえばヘクターは?」

「起床はしているらしいが、朝食の前に終わらせたいことがある、と何やら忙しそうにしているらしい」


 きちんと把握しているシグレが言い、アルはふぅんと生返事を返した。隣のラングへこそりと耳打ちをする。


「連絡でも来たのかな」

「知らん」


 ゆっくりと歩いた先でまた従僕が控えており、扉を開けてくれる。それに対し御苦労、と労うことをシグレは忘れなかった。

 サロンは全体が淡い緑で統一されており、絨毯は柔らかめ、テーブルと椅子は少し低い位置に設えられているが、その方が深く座って休めるだろう。

 今日は雨もなく天気が良いので窓が何カ所か空いており、時折涼しい風が吹く。鍛錬した後そのまま来ているので少しだけ服を替えたかった。


「すまないが着替えても?」

「あぁ、失礼した。もちろんだ、隣にも部屋があるので利用してくれ」

「感謝する」


 中に入る前に隣へ入り、扉を閉めてまたテントを出した。着ているものを着替え、七分袖の服に変えて外に出る。あとで自室でテントを出して回収すればいい。

 あっという間に緑の部屋に戻って見せれば少しだけ驚かれたが、サロンにはすでにティーセットが整えられていた。


「では、話をするとしよう」


 シグレは再び地図を広げた。




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