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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-8:脱出

本日三話目です。


 一山当てようと思い、野心を持って冒険者になったのは十五の時だ。


 田舎から出てきてどうにか生き延び、一応は銀級となった。

 元々はウォーニン王国生まれの自分がスカイ王国を選んだのは、ダンジョンが多く道が整えられているからだ。

 実際、選んだのは英断だった。ここはどんな冒険者に対しても罪さえ犯さなければ懐が広く、他国出身だからと差別をしなかった。いくつかのダンジョンに挑戦し、踏破までは行けなかったが良い出会いもあれば多少の掘り出し物もあった。


 その中で、特に稼げるダンジョンがあるという街に辿り着いたのは昨日のことだ。

 イーグリスという独特の街は周囲にダンジョンが五つある。そのどれもが一攫千金、それだけではなく冒険者にとって便利なアイテムが得られる場所でもある。アイテムバッグやアイテムボックスも憧れた、少なくともそれがあれば商人としても生きていける。レアな武器防具も憧れた、それがあれば売るだけで遊んで暮らせるだろう。


 そんな期待に胸を躍らせ辿り着いた場所で、悲惨な目に遭うとも知らずに冒険者は門を潜ってしまった。

 【異邦の旅人】の二人同様、イーグリスが二分されていることを知ってさえいれば入らなかった門だ。


 入門税が途轍もなく高かった、高かったけれどどうせ稼げるだろうという安易な思い込みがあった。ここに来るまでの道中で稼いだ金も安くはないのでどうにかなるという楽観的な気持ちもあった。


 ダンジョンのことを調べる前に宿を取ったが、内装は良いがこちらもとにかく高かった。一泊五万リーディは今までの道中からすると暴利だ。もっと安い宿をと探したが、宿代は一律でどこも変わらないと言われれば、仕方なく支払うしかなかった。


 これはしっかりと稼がねばならないと思い、冒険者ギルドでまずはダンジョンの情報収集を行うことにした。五つある内のどのダンジョンが自分に適しているか、攻略しやすいか、稼げるか。事前準備は念入りにする方だ。

 訪れた冒険者ギルドは今までに通ってきたスカイの冒険者ギルドとは雰囲気が違い、なんだか落ち着かなかった。自分の命を守ってきた装備が薄汚れて見えるほど、ここの冒険者たちは身綺麗だった。

 ここで稼げば自分も同じような姿になれるのだろうと思いまた期待は高まったが、なかなかどうして上手くはいかなかった。


 ダンジョンの情報を得ようとすればここでもまた金がかかるという。スタッフの時間に対して支払う金だ、もちろん出すつもりでいたがその価格に思わず断ってしまった。

 入門税、宿代に、ギルドでの情報料。すべての桁が一つ二つ違うことにようやく違和感と危機感を抱いた。

 そこで情報収集の方針を変えた。翌日からここは本当にイーグリスなのかを調べることにした。もし違うのならば、即日ここを出なくてはならない。

 


 そしてそれがだめだったのだろう、あっという間に取り囲まれてしまった。



 そこからあれよあれよという間に武器防具を取り上げられ、減ってしまった財布もどこへやら。後ろ手に縛られ広場に転がされた後、あぁ、これは死ぬな、と理解するような事態に陥った。


 そこへ届いた声はとても落ち着いた、低く、力の抜けそうになる良い声だった。


 多少の呆れは含まれてはいたものの、疑われない方法で的確な確認を行ない、最終的に助けてくれるという。

 上を見上げた時に見えた黒髪の男か、変な仮面の方かはわからないが救いの神だ。


 なんでもいい、誰でも良いから助けてくれ。

 ぎゅっと唇を噛んで救出のきっかけを待った。

 ふわっと吹いた風は次の瞬間暴風となって広場を駆け巡った。


「きゃあ!」

「なんだ!?」


 演説をしていた女も、怒号を上げていた男たちも吹き荒れる風に顔を覆い、腕を前に出す。

 男はぽかんと周囲を見渡した。自分のいる場所はそよ風が頬を撫でる程度で、取り囲む者たちが突風に吹かれ尻餅を突くのが不思議でならなかった。


「立て、行くぞ」


 先ほど耳に囁かれていた良い声が後ろから聞こえ、慌てて立ち上がる。

 黒い仮面を着けた男は門の方を顎で指し、黒髪の男はそのための道を作った。

 槍の石突を群衆に差し込み、まるで伸びきった雑草を刈り取るかのように左右に放り投げる。


「早く!」


 腕を振って呼ばれ仮面の男はナイフで手早く拘束を解いてくれた。

 逃げ足だけなら自信があった。黒髪の男の方へ駆けだし、カンカンと鳴り響く警鐘の音に焦りが募る。


「右後ろ、斜め上!」


 黒髪の男の声の後、シュっと音がして耳の横を何かが抜けた。

 ちらりと後ろを見れば悲鳴を上げながら屋根から落ちる冒険者が居てぎょっとした。あの高さ、下に屋台が無ければ死んでいるだろう。


「左後ろ、路地!」


 またシュっと音がしてそちらでも悲鳴が上がる。


「走れ!はやく!」

「行くぞ!」

「へ、へぇ!」


 不格好な走り方になってしまったが門までとにかく走った。途中、仮面の男は戻れと呟いていたが何に対してのことなのか、男には確認している余裕もない。

 広場から門までは一直線だが距離がある。黒髪の男は槍を構えて減速し殿(しんがり)の位置へ、仮面の男は急に加速して前に出た。その間に挟まれるようにして冒険者は走り続けた。

 何かが弾けるパンパン言う音と、何か金属のぶつかり合うキン、パキン、という音が聞こえるが振り返れない。


「風よ!」


 前の男が言えば、背後からの追い風が増す。背中を思い切り押されたたらを踏みそうになったが堪えた。


「あいつら門を閉じるつもりだ!」

「やれるか?」

「任せとけ!」


 殿にいた男が姿勢低く前に出る。タタタ、と軽い音ながら速度がおかしい。前に居た仮面の男は、黒髪の男に気を取られている間に殿の位置を代わった。


「頼むぞ相棒!」


 黒髪の男はぐんと槍を肩に構えた。ガラガラと音を立てて鎖が滑っていき、門を閉じようとしたそこへ膂力を使って槍を投げた。真っ直ぐに飛んでいき、ガキィンと固い音を立てて鎖を穿つ楔となったそれは、門を閉じる仕掛けを殺すことに成功した。


「ほら急げ!」

「へ、へい!」

「止まるな!」

「へ、へぇい!」


 男は人が二人通れるかどうかの隙間へ押しやられ、先に飛び出した。言われた通りとにかく走り続け、街道を前へ前へ進み続けた。


 突き刺した槍を回収するために柄を蹴り、装置を扱っていた男をその反動で殴って気絶させた。石突を食らったのでしばらくは起きないだろう。楔が抜けたことでジャララとけたたましい音を立てて鎖が滑り、門は当然のことながら閉まった。


 閉じた門を前に、突然謎の余裕を見せた冒険者たちが武器を手に悠々と近づいてくるのは見えている。その相手をする気はなかった。


「行くぞ、風よ!」

「ウィゴールお願い!」


 はいよ、と軽い声が聞こえた気がした。

 一人は跳躍に追い風を得て空へ飛びあがり、もう一人も鋼線を這わせた壁を楽々と駆け上がった。


 城郭を越えて上で武器を構えた者たちへは炎のナイフを投げつけた。悲鳴を上げている間に戻れと唱えて回収し、二人はそのまま街を脱し、風に身を任せた。


 



 しばらく行った先でへろへろになりながらも言いつけ通り走り続ける男を見つけ、その前に勢いよく着地をした。

 風に体を持ち上げてもらうには、それなりの風力がかかる。どうしてもそれを殺しきれずに地面に線を引いてしまう。

 エルキスで魔導士の上を乗り越えた方も、そこから脱却は出来ていなかった。

 

「ひぃ、はぁ、あ、ありがとう旦那方、それはどういう魔法なんです?」

「怪我は?」

「おかげ様で、財布が空になって装備を失くしたくらいだ」

「そうか」


 疲労困憊といった様子で座り込めば、まだだと言いたげに腕を引かれた。恩人の指示だ、男は素直に立ち上がったが足はぷるぷるしていた。


「イーグリスへ回り込むにしても、方法が必要だな」

「だな、たぶん向こうの方にも見張りとかそういうのは出すだろうし」


 歩き出した二人に倣って後ろを付いていく。一体なぜ救ってくれたのかもわからず仕舞いだが、救われたのは事実だ。大人しくその後ろに続けばしばらく進んだ先で隊商の馬車とかち合った。

 仮面の男がすいと近寄り片手を振ってそれを止めた。手綱を握っていた初老の男は首を傾げながらも馬を寄せてくれた。


「どうした? 困りごとかい?」

「あぁ、少々な。この先のイーグリスについて聞かせてもらいたい。礼に昼食を振る舞うか、謝礼を支払う」

「そうかい? じゃあ、昼飯の方をもらおうかな。何が聞きたいんだ?」

「あの街は西側が新造されているのか?」

「あぁ、なるほど、なるほど…。長くなりそうだ、食事をとりながらでもいいかい?」

「構わん、すぐに振る舞わせてもらおう」


 馬車は道を逸れて開けた場所で止まり休憩の支度をし始めた。黒髪の男はそのための場所を整えるのを手伝い、朗らかな笑顔を浮かべていた。

 先ほど槍を用いて様々なことをしてみせた時とは打って変わって人好きのする青年だ。

 もう一人も手際よく調理を行ない、隊商の主人と小姓と、全員に食事を差し出していた。いい加減疲れ果てて座り込んでいた男にも器が差し出された。


「う、うまい」


 空腹だったこと、喉が渇いていたこともあるが、塩気の利いたスープには深みがありとても美味しかった。聞けばホーンラビットの肉を使ったらしく、中に入っている癖の強い香草が臭みを消し、お互いが味の格を上げていた。

 ぷりぷりとした弾力は魔獣肉ならでは。こんな高級肉を振る舞われてはありったけ教えなくてはと商人は満足そうに笑った。

 首を傾げる仮面の男に黒髪の男が何かを耳打ちしていたが聞こえなかった。彼らは昼食を食べた後らしく、スープを少しだけ啜って終わった。




「イーグリスは今、面倒なことになっているのさ」


 スープを全員がおかわりして腹を満たした後、商人が話し出した。

 男としてもこれは知りたいことであった、そのために命の危険にすら晒されたのだ。


「元々の西門の外にまた街がある、変な場所だった。なぜあんなことに?」

「うん…順を追って説明しよう」


 商人は顎髭を撫でて頭の中で話を組み立てているのだろう、少しの間だけ地面を眺めていた。


「待たせたね、名乗っていなかったが私はノルトン、イーグリス…そうだね、商人は正式な方をイーグリス、新造のほうを渡り人の街(ブリガーディ)と呼んでいることをまずは伝えよう」

渡り人の街(ブリガーディ)だな、わかった。【異邦の旅人】のラング、こっちはアル。最近隣の大陸(スヴェトロニア)から渡ってきた」

「なるほど、だから高級肉を…。そちらは?」

「あ、あっしはウォーニン出身の冒険者で、名をヘクターと言いやす」

「だそうだ」

「おや、同じパーティではないのだな」

「さっき助けた」


 黒髪の男、アルが飄々と言い簡単に経緯を説明した。

 そういった出来事もあったので聞きたいのだと言えば、ノルトンは得心が言ったと深く頷いてみせた。


「私はイーグリスと商売をする商人でね、何度か渡り人の街(ブリガーディ)にも足を踏み入れたが、あそこは到底イーグリスではない」


 ヘクターはやっぱりといった様子で肩を落とし、アルに背中を叩かれていた。


 ノルトンが話したのはこうだ。


 五年程前から【渡り人】の出現が増え、各地から噂を聞いて集まってきた彼らを受け入れるためにイーグリスは場所を確保する必要があった。

 そこで考えられたのは街の増築だ。ダンジョンとの距離感を考え、西側に家々を建て、それをまた城郭で覆う。街自体を広げることで受け入れられる人数を増やそうとした。

 それは当然の施策であるし現実的な案だった。工事をするにあたって資金を出したのは統治者(オルドワロズ)家と国だ。


 しかし、工事が始まってすぐ問題が起きた。


「渡ってきてそう時間の経っていない【渡り人】たちが、文句をつけ始めたのさ。いや、彼らからすれば突然渡ってきたのだから混乱していたのだろうがね」


 居住であったり、街並みであったり、故郷にあるものをどうにかして再現したいと思ったのだろう。

 一人が言えば堪えていた他の者も声を上げる。

 あれが足りない、これが足りない。力を試したい稼ぎたい自由に暮らしたい。施しを受けるのはごめんだという者達までいたという。


 それがイーグリスと渡り人の街(ブリガーディ)が袂を分かつ最初の出来事だった。


「西門は、新造が出来たら取り壊すはずだったんだ、今や街の中の変な国境と化しているがね」

「おかげで俺は場所がわかったけどな」

「おや、来たことはあったのかい?」

「あぁ、うん、まぁね…」


 アルは言葉を濁して苦笑を浮かべた。それから話題を変えた。


「あいつら、五年前からイーグリスはこっちだとか、ダンジョンは自分たちのだとか言ってたみたいだけど、統治者(オルドワロズ)は何をしてるんだ?」


 それは、今の統治者(オルドワロズ)である兄が何をしているのかを知りたいがための質問だったのだろう。

 ノルトンは答えた。


「懸命に治めていると思うよ、あの人がいなければ反乱はすでに表面化していたさ」

「反乱!? いや、なんかそんなことをあいつらも叫んでた気がするけど」

 

 知らしめるとか、とアルは呟く。ノルトンは頷いた。


「今代の統治者(オルドワロズ)は、何度も会談に臨んでは折衷案を出しているそうだ。何にせよ家が無ければ暮らせまいと言って、渡り人の街(ブリガーディ)が出来上がるまでは歯を食い縛っていたらしい。

 街自体の采配を任されているからな、イーグリスに住む【渡り人】の代表者を数名連れて行って、渡り人の街(ブリガーディ)の要求を尋ねたりと忙しくしていたようだ。ただな、ダンジョンに関しては国の管理だ、どうにもならないことを伝えているそうだが、【渡り人】は聞かないらしい」


 ノルトンは水代わりに赤ワインを開けて、コップを向けてきた者たちに振る舞った。ラングも珍しく杯を受けた。


「それにダンジョンはパーティ人数とか、攻略人数についていろいろ規制があるだろう。一気に稼ぎたい彼らからすれば、それは面倒なんだそうだ」

迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が怖くないのか…」

「魔獣が溢れるなら好都合だとさ、前にそんなことを話す冒険者を見かけたよ」

「…統治者(オルドワロズ)は?」

「冷静だよ、反乱と言ってもまだ人死にが出たわけじゃない。ダンジョンの奪い合いだけは頭を悩ませているらしいが、迷惑を被っているのはどちらの冒険者もそうで、今はピリピリしているらしい。私は品物を買い付けて売るだけだからマシなものさ」


 アルはじっと考え込んでしまった。故郷の状態に改めて動揺しているのだろう。

 ラングはそれをそのままにしてノルトンへ切り出した。


「どの程度の規模で反乱は起きそうなんだ?」

「一先ずはイーグリスと渡り人の街(ブリガーディ)の間だけで始まるだろう。イーグリスが斃れれば、次は近隣の街々か、国そのものか…」

「たかが街一つ程度で国をというのは無理があるだろう」

「【渡り人】はそれぞれが力を持っているからな、街のど真ん中で暴れられれば被害はあるだろうさ」

「ふむ…」


 ラングは顎を摩り、脳裏にツカサを思い浮かべた。あの少年ですら魔法という凄まじい力を持っていたのだ、それが複数人となるだけで厄介だろう。

 すいとノルトンを見据えた。


「イーグリスへ行って統治者(オルドワロズ)に会いたい。すまないが荷物として運んでもらえないだろうか。我々は先ほどお尋ね者になったのでな」

「…統治者(オルドワロズ)に危害を加えないとは限るまい」

「そうだな、だが、詳しい状況を知りたい。信用してもらうしかない」

「大丈夫だ」


 思案の海から浮かび上がったアルが言う。


「俺は統治者(オルドワロズ)の弟だから」




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