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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-7:ここはどこだ

本日二話目です。


 一先ず路地から出て道を歩いてみた。案外こういうものは堂々としていれば目立たないものだ。


 ラングのシールド姿は一時人目を引いたが、強く興味を持たれることはなかった。

 イーグリスという街のラングの素直な感想は、おかしな街、だ。


 道は綺麗に舗装されていて街路樹も生えていたり花壇があったりと景観も整えられている。街灯の装飾が洒落ているのは今までのスカイの街々と同じだが、それ以上に種類が多く思えた。


 建造物の在り方も独特だった。

 街の中に標識が立っており、それぞれが向く方向にユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、オーストラリア大陸、と記載がされている。

 大陸名を記載する意味がわからなかったので隣を見れば、アルは首を傾げながら言った。


「標識に書いてあるのは【渡り人】の故郷の大陸名だな、かつて様々な国から来ているから国名でまとまるんじゃなくて、出身は大陸名でまとめたって習ったよ。文化は同じじゃないけど似通っているとかいないとか、まぁとにかく、大陸で居住区をまとめ直した…のか?」

「随分多くの大陸があったのだな」

「みたいだ。空を飛んだり、海を渡る技術も発展してたから、世界中で知らない大陸はなかったとかどうとか。寒くて人が暮らせないような場所にも住めたんだってさ。この空のもっと上にも行ったことがあるって聞いたよ」

「ほう、それはすごいな」


 標識を見上げながら感心した。その上の空はただ青を映すばかりでその先を教えたりはしない。

 首を巡らせればそれぞれの道の先で雰囲気の違う建物が見える。それらをなんと表現すればいいのかラングにはわからなかったが、見たことのない建造物ばかりと言えばいいだろう。

 レンガ造りもあれば漆喰に似た何か別の素材で塗られた壁もある。木造の家屋もあれば黒鉄の素材に見える家屋もある。もちろん、今までの街々で見たように横長住居もある。そこは似たような文化もあったということだろうか。

 高い建造物の集まりは通りだけしか見渡すことが出来ず、屋根の上に上がりたい気持ちにさせられた。ざっくりと全体を把握するには高い所に行くに限る。

 視線をアルに戻す。


「それで、違和感は?」

「うーん、やっぱりスカイ国民が見当たらない」

「見分けがつかん」

「勘みたいなものだからな、あとは服装」


 アルが肩を竦めたので小さく息を吐く。


「そもそも、この標識自体俺の記憶にはない。街の造りも…こんな通りあったか?って感じだ」


 書いてあるものの意味はわかるが、何故あるのかはわからない。

 そうなると気になるのは標識のない道だ。この広場から広がるようにして各道はあるのだが、一本だけ標識の差されていない道がある。気になったので足を向ければアルは大人しくついてきた。


「ここを出たのはいつだったか」

「えーっと…俺が十五になってすぐだったから、七、八年前かな。随分変わってるよ」

「ふむ。冒険者ギルドにも顔を出した方が良さそうだ」

「あぁ、近隣の話を聞くならそれが良いかも」

「お前の家はどこだ」

「うーん、それが…わからなくて」


 ラングはぴたりと足を止めてアルを見る。

 その視線を受けてアルは叱られた子供のように背を丸めた。

 この一年強でぐっと身長が伸びたアルは、いつの間にかラングの身長を抜いている。それが同じくらいまで縮こまっていた。


「どういうことだ」

「いや、本当に街の景観が全く違うんだよ」


 お互い大声を出さないように努め、止めてしまった足をゆっくりと進ませながら内緒話。

 アルはちらちらと周囲を見渡しながら言う。


「城郭の門も記憶より新しくて、入ってからの光景も記憶にないんだよ。もしかしたら新造されたのかも」

「まずはお前の記憶にある景色を探した方が良いだろうな、十五はガキだ」

「否定はしないけど…ごめん」

「構わん、情報収集をするついでだ。…スカイ国民もいないのだろう?」

「あぁ」

「理由を安全に聞けるといいがな」


 ラングの中では既に異常事態であると判断がなされていた。アルも同様ではあるが、それ以上にショックが大きくなってきていた。

 アルの記憶にあるのは様々な文化がごちゃ混ぜになっている光景なのだ。向かいの家と建造が違ったり、茅葺屋根の()()な家と、レンガ屋根の()()()な家が隣り合っていたり、赤を基調とした装飾の家が突然現れたりとなんでもありだった。

 区画ごとに分かれてはいなかったのだ。

 穏やかでのんびりした気質の人々と、時間にきっちりとした人々。食事の好き好きもばらばらで、けれどそれぞれの好みを愉しめる人々。

 アルはそんな異文化の混ざり合った場所で育った。

 だからこそ、これはこうだろう、それはああだろう、と決めつけるような考え方はしなくなった。父も、母も、兄もそうだった。


 一体いつからこんな街になっていたのか。十五まで過ごした故郷の変化は焦燥を覚えさせた。


 緩やかに湾曲した道を行けばやがて目の前に大きな門が現れた。


「まるで関所だな」

「こんなのなかった…、いや…これって…」


 向こうの大陸(スヴェトロニア)で国境を越える際にいつも通ってきたような門が街の中に出現し、ラングは腕を組み、アルは呆然とその壁を見上げていた。

 少し変わった冒険者らしい出で立ちの若者たちが男女問わずうろつき、立ち止まってそちらを見ているラングとアルに近づいてくる。近づいてくれば装備の観察が出来た、よくある鉱石や革鎧ではなく、ベストのようなものを引っかけてあった。見た目からすると硬そうだ。

 逃げるか、進むか。一瞬お互いに気配を読み合うが、ラングが一歩踏み出したことで方針は決まった。


「止まれ、こっちに何の用だ?」

「ここは外への門なのか?」

「質問に答えろ」


 勇ましい赤毛の女性が言いながら不思議な武器をラングへ突き付ける。それが何かはわからないが、武器だということはわかった。指をかけていることからボウガンのようなものか、引き金を引けば何かが出るのだろうと察せられた。

 筒状のそれは少しだけ鼻に突く臭いを纏っていた。


隣の大陸(スヴェトロニア)から渡ってきて旅をしている。先ほどこの街に入って散策をしていたところだ。壁があったので気になったのだが…仰々しいな?」

 

 先頭の女と後ろの冒険者たちが目配せをする。嘘はないとわかったらしいが武器は降ろさない。


「ここは立ち入り禁止だ、戻れ」


 しっしっ、と手に持つ筒で追い払う仕草をされる。アルはその仕草にむっとした。

 元々ここは地元だ、行けない場所などなかったはずなのだ。


「教えてくれてもいいだろう」

「うるさい、それ以上口答えするなら」

「何だっていうんだよ」


 ズイと一歩踏み出してアルが女を睥睨する。

 女はびくりと震えた後、じり、と足を引き下げる。周囲にいる冒険者たちが腰を上げてこちらへ向かってくるのがラングのシールドには見えた。今にも背中に手を回して槍を持ちそうなアルの肩を強く掴む。


「引くぞ」

「…わかった」


 有無を言わせぬラングの決定事項に強く握った拳を開く。

 こういう時、冷静でいられるラングが心強かった。アルは大きく深呼吸をして女とその後ろを一瞥するとラングに倣って踵を返した。

 背後で捨て台詞や喧嘩を売る言葉を聞きながら足は止めない。ラングは少しだけアルを振り返り移動先を示した。その先はガヤガヤと賑わった音を響かせており、大通りへ紛れるのだとわかり深く息を吐いた。


「くそっ、なんなんだ」

「落ち着けと言ったところで響きはしないだろうが、悪態はもう少し我慢しろ」


 ぱさりとマントを揺らした先にこちらを監視し続ける冒険者の姿があり、アルは口を噤んだ。

 僅かな動作でその先にあるものを教えるラングの手法に毎回驚きながら、そうした丁寧な教示に感謝もしている。一人では気づけないことを教えてくれる仲間というのは貴重だ。

 ツカサにとって自分がそうであれたかどうかが気になったが、一度瞑目して気持ちを切り替えた。


「なぁ、とりあえず飯にしよう」

「良い考えだ。食文化を知らないのだが、任せていいか」

「あぁ、じゃあ、えっと、そうだな。ラング苦手なものはあるか?」

「…考えたことはない」


 食べられるものを食べられるように調理していたラングには珍しい問いかけだったらしい。アルは面白くなって少しだけ笑みを浮かべた。


「じゃあいろいろ試したいよな、とはいえ…専門店ばっかだなこの辺り」


 とりあえずで入った大通りは香辛料の香りが立ち込めていて、時折香る油の香ばしい匂いは食欲をそそった。ユーラシア大陸のどこそこ、という標識は目に入るが、どこそこを示す文字が違うため何が何やらわからない。赤を基調とした建物はラングの目には独特の文化に見えた。

 

「読めるか?」

「いや、ただ雰囲気で大体どこかわかる。ここにしてみよう」


 アルはすんと鼻を鳴らして店を選んだ。入れば店は黒髪の民族で賑わっており、二本の棒と不思議な形のスプーンで食事を進めていた。嗅ぎ慣れない香辛料と茶葉の匂いに少しだけ息が止まる。

 

「大丈夫か?」

「あぁ」


 鼻孔から直接脳に響くような香りは初めてだったが、店員に促された席へ着く。

 メニューを差し出されてラングはそれをアルへ押し付けた。店員はそれを見てアルの方を向いた。


「注文は?」

「えっと、マーボードウフとホイコーロー、あと肉まん」

「お茶は?」

「うーん、プーアルチャ」

「はいよ」


 メニューを持って店員が戻り、アルはふー、と息を吐いた。


「久々で緊張した」

「こういう店が主体なのか?」

「いや、また通りが違えば全然違う、はず。イー…向こうはこう、雑多に混ざってるんだけどな」


 とんと出されたお茶に礼を言い、アルは一口飲んだ。ラングもシールドを少し上げてお茶のカップを持つ。器が小さく、薄いために指が少し熱く感じた。口に含んでみればこれもまた独特の香りがしてお茶よりは薬だとラングは思った。

 おかわりは茶器を置かれたのでそこから注ぐのだろう。


「こんなにも混乱する街は初めてだ」

「はは、文化が違うとな」


 そわそわしているラングを見るのも珍しく、アルはお茶を飲みながらそれを観察してしまった。

 そうして時間を潰していればテーブルの上に料理が届いた。支払いについて聞こうとするラングを大丈夫、と手で制し、差し出された紙を受け取る。


「追加があるかもしれないだろ?この紙に追記していくから、最後に支払うんだ」

「…落ち着かん」

「はは、そうだな」


 今までの街では物を受けた時に支払うパターンが多い。そうして自分の物とした後に手をつけるのだ。笑い、ラングへ取り皿を渡す。これはよくあるやり取りだ、意図を察知して料理に添えてある大きな匙でマーボードウフを掬った。

 アルも同じように取り分け、白いスプーンで熱々の赤い料理を頬張った。


「はふっ、熱っ」


 アルにとっては懐かしい味の一つだ、はふはふと料理を口に運ぶ。

 ラングも倣い、ぱくりと食べた。


 赤い液体は熱く、油とひき肉と多種多様な香辛料の味がした。旨味の中、舌先がスーッと痺れるような辛み、中に入っていた白い物体は柔らかいがその分熱を孕み、舌を口内を転がりまわる。どうにか飲み込めば喉から食道を通る生々しい熱さを感じ、思わず胸を押さえた。

 そして初めての感覚を得た。


「痛い」

「ぶはっ」


 ラングが零した感想に思わず笑い、顰蹙を買う。


「ごめん、いや、そうか、初めてだもんな。味はどう?」

「痛い、辛い…という表現が合っているかわからないが、辛い。舌がジンジンするな」

「食えそう?」

「いや、いい」


 ことりと置かれた取り皿が物悲しい。引き受けるよとアルが引き取ってくれたので新しい皿を出し、ホイコーローを掬う。


「ラングは辛いのは苦手なんだな。そっちはどう?」


 こちらも油で炒めてあるらしい、野菜と肉辺が見える。

 マーボードウフよりは香辛料の香りを感じなく、食欲をそそる甘い匂いがしていた。二本の棒が使い慣れず白い匙で掬ってはふりと食べる。

 シャキシャキの甘い野菜と肉を咀嚼すれば口の中で肉汁とタレがいい塩梅だ。マーボードウフの衝撃もありこちらは美味しいと感じた。


「美味い、が、味が濃い」


 普段の料理との味の差がすごいらしく、ラングはこちらもまた四口も食べたところで手が止まった。

 苦笑を浮かべ、アルは肉まんを寄せてやった。


「たぶんこれは平気」


 ラングは湯気を立てる白い物体を手で掴み、試しに二つに割ってみた。

 ふわっと熱々の湯気が立ち上り肉の良い匂いをさせ、ラングに中身を見せる。肉片と何やらよくわからないものが入っているが、危険な匂いはしない。

 がぶりと頬張れば熱いが、周りの白い部分の柔らかさと甘さが中の濃い味を上手に中和してくれた。


「美味い」

「よかった、俺こっち食べるから肉まん食べちゃっていいよ」

「助かる」


 アルは額に汗をかきながらマーボードウフとホイコーローを美味しそうにはふはふと食べ進めた。

 ラングは自身が苦手とする分類があったことに驚いていた。辛くて痛くて堪らないが、もう少しだけ食べてみたい気持ちにさせられたのも不思議だった。

 肉まんで水分が欲しくなりお茶を飲めば、さらりと口内の脂が流れていく現象もまた面白い。


 注文した料理は綺麗に片付いた。何かしらのマナーはあるだろうが、外様なので御愛嬌。

 お茶で油を流し終わって席を立ち、アルはここで会計するんだ、と入り口付近のカウンターへラングを連れ立った。


 支払いは少しだけ高かったが良い店での外食と思えば普通だった。

 体が熱くなってしまい、外に出て手で仰ぐ。


「腹いっぱいになってちょっと落ち着いた」

「そうか」

「それで思い出したんだけどさ」

「なんだ」

「あの関所みたいなの、俺の記憶にあるイーグリスの西門だ」


 こそりと呟かれラングはふむと顎を擦った。


「その外側に街があるということは、明らかに新造というわけだ」

「一回出て、外をぐるっと回れば南か東門が在るとは思う」

「…ではそうするか、ここでの情報収集は些か危険だろう」

「了解」


 食事を終えて出てきたところで監視の目は緩まなかったらしく、ラングのマントが差す方には冒険者らしい姿の【渡り人】がいた。

 改めて先ほど入ってきた()西()()を目指して歩き出し標識のあった広場へ足を向けた。


「やっぱりスカイ国民はいないな」


 ぽつりと呟くのも何度目か、アルは確認するように言う。ラングはちらりと視線を巡らせた。


 【渡り人】たちは思い思いの衣服を身に纏っている。

 白い服はラングにとっては貴族の服だ。ボタンが付いていて、ズボンは固そうな生地や光沢のあるものが多い。腰に巻く革製のベルトには金具が付いていてこれもまた高級品に見える。靴はブーツではなくくるぶしが出ている。艶やかな光沢はその物の良さを知らせるが、固そうでもあった。あれで長時間歩けるのかは疑問だった。いや、ただ住民であるのであればそれでいいのだろう。移動距離を考えるのは冒険者(ギルドラー)の癖だ。

 深いスリットの入った服もあれば、ラングにも見覚えのある服装もある。アルがどのようにして見極めているのかがわからないが、感じるものがあるのだろう。


 ようやく広場へ差し掛かろうというところで、目の前の人だかりに足を止めさせられた。

 人垣を覗き込むアルと腕を組むラングでそこに混ざる。


「なんだ?これなんの集まりだ。さっきまでなかっただろ」

「工作員が混ざり込んでたのさ」

「工作員?」

「あぁ、俺たちから搾取してる敵さ」


 男は前を見ることに夢中でこちらを振り返らず、ラングとアルは顔を見合わせる。

 人だかりから少し離れて路地に入り、どちらが何かを言うでもなく窓枠を踏み鋼線を這わせて屋根まで駆け上がった。後をつけていた数人は二人を見失い、慌てて路地をさらに進んでいった。

 広場で一人を取り囲むようにして人垣は出来ており、上を見る者はいない。屋根から下を覗いてアルは吐き捨てた。


「どういうことだよ」

「思った以上に状況は悪そうだ」

「工作員? 搾取? 本当に何が起こってんだよ!」

「黙れ、始まるようだ」


 言いながら武器に手を添え、二人は押し黙った。

 

 広場に転がされた男の周囲をこれ見よがしに歩き回る女は、両手を上げてざわつく群衆を静かにさせた。

 ふと、そういえば故郷の生臭坊主がああいったパフォーマンスが上手かったなと思い出した。


「私たちが本当のイーグリスであると声を上げて、すでに五年は経っている」


 演説の開幕からまた顔を見合わせる羽目になった。

 ラングは顎で下を指して傾聴を促した。


「ダンジョンの正規の所有者は私たちだ、何故なら私たちのためにダンジョンは存在する。そうだろう【渡り人】諸君!」


 囃し立てる役がいるのだろう、そうだそうだ、と声が上がる。


「よくある話だ、異世界転生、異世界転移、私たちはその機会を得た! そしてここで絶対となれる力を得ている! けれど、この場所は私たちに制約を課すばかり」


 そうだそうだ。


「私たちは再三、穏便に話し合いを要求した。私たちの街を返すこと、ダンジョンを返すこと、しかし! この国は、あの街はそれを断り続けた!」



「どういうことだ…」

「まだ続きがあるようだ」



「そして次は工作員を忍ばせてきた!」

「違う!俺はただ、ダンジョンに行くためにこの街に来ただけだ!」

「お前はいろいろ聞いて回ったな?」

「ダンジョンに行く前に情報収集するのは、普通だろ!?」

「聞いて回ったのはダンジョンのことだけではあるまい。この街の指導者は誰だとか、成り立ちはどうだとか、街の中の門はなんだとか、聞いたそうじゃないか」

「それが何だっていうんだよ!イーグリスなのに、イーグリスじゃないって言うから!」

「聞いたかね諸君、こんな粗のある情報収集があるかね?」


 嘲笑が広がり、広場に転がされた冒険者は怯えた様子で周囲を見渡す。味方がいないことがわかり震えがさらに大きくなった。


「…よくある情報収集だと思うけどな? 俺たちだってここがイーグリスでないと気づいて混乱してるし、指導者なんて、どういう人が治めているかで方針もあるしさ…」

「なんにせよ、見せしめにしたいのだろう」

「なんだかな」


 再び広場を見下ろす。演説は佳境を迎えたようだ。


「工作員など何人送り込もうと無駄だということを、そろそろ知らしめるべきだろう!」


 眼下の光景は様々な意見に割れている。

 まだ早いのではという声。

 準備は整っただろうという声。

 そいつをどうするつもりだと問う声。


 そういった声の一つ一つが冒険者の顔色をどんどん失わせていく。

 ふ、っとラングは息を吐いた。


「風よ、声を届けてくれ」


 お、とアルは唇を閉じた。


『騒ぐな、バレるからな。声が聞こえたらゆっくり上を向いてみろ』


 広場で項垂れていた男の肩がぴくりと動き、そうっと上を見上げ、泣きそうな顔をした。ラングとアルの姿が見えたのだ。この数分間で随分やつれたのだろう、げっそりとした顔を見せた。


『もう一度項垂れていろ。こちらからはお前の挙動がよく見える。手短に聞くぞ、本当に工作員なのか? そうならば顔を横に振れ。違うならば動くな』


 男はじっと動かなかった。


『何も知らずにこの街へ?』


 男は首を横に振った。


『しばし待て』


 ラングとアルはお互いに肩を竦めた。


「運の悪い奴だ、私たち同様に間違えて入ったようだな」

「どうする?」

()()にはなるだろう」


 ラングは立ち上がりシールドを下げた。それだけで方針は通じた。


「まぁ、騒いで追い出されるっていうのもありか」

「人数が多い、それによくわからない武器を所持もしていた。十分に気をつけろ」

「了解。合図は任せる」


『聞こえるな? 私たちはこれからお前を救出し、この街を出る。動けるか?』


 男は首を横に振った。 

 

『武器はあるか?』


 微動だにしない。取り上げられたのだろう。


『わかった、でははぐれないようにだけ気をつけろ』


 男は首を横に振った。


 その様子は諦めに陥った無様な冒険者として映っているのだろう。群衆の議論はヒートアップしてきていた。中には熱くなりすぎて怒号を上げる者もいれば、それを宥めるために声を張り上げる者がいたりと忙しい。


 ラングはすーはーすーはーと息を吸った。双剣を抜き、とーん、とーん、と足を慣らす。その横でアルは槍を構えた。


「行くぞ」

「了解!」


 風よ、とラングが言って、二人は屋根から飛び降りた。






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― 新着の感想 ―
7.8年たつと色々変わりますね。 故郷が変わるのは寂しいものだね。 普通のレベルじゃない変わり方を目の当たりにしてるアルは冷静じゃいられないよね! ご飯食べて落ち着いて良かった笑 ラングが辛いもの苦手…
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