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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-5:実力を測る

本日最後の更新です。



 気は急くものの、急いでも意味のない道中でもある。


 なのでスカイ観光はしっかりとしつつ、イーグリスの情報を得ることにした。ただし、滞在は二泊三日と短めだ、何せ乗合馬車の都合がある。

 乗合馬車は二頭立てで足取りも軽く、ツカサを乗せて並走するルフレンも楽しそうに闊歩していた。ルフレン一頭に馬車を引かせるよりも移動が早いという理由で、今回は交通組合を利用した形だ。ルフレンはツカサが、アーシェティアは体が鈍ると自ら走り、エレナとモニカが乗っている。

 同乗者は他に旅人が三人だ。


 ハーベル(フェネア)からの道中はまだ冬なので景色に代わり映えがなく、馬車組は早々に寝て過ごすことになった。遠く山には冠雪が見え、地面も馬車が通る整備された道以外はまだうっすらと積もってさえいる。元々降雪はそこまで多くないのだそうだ。馬車の中は魔道具のおかげで暖かく快適、馬車のスプリングも悪くなさそうだ。

 最初は平地だったが、やがて背の高い木々が道を挟み始めた。木々の隙間を縫って遠くまで見えるので見通しは良い、襲撃はなさそうだ。陽の陰りを感じるとやはりまだ寒い。

 ツカサはルフレンに乗っての長距離移動は初めてで、お互いが疲れないように騎乗する工夫を求められた。

 けれど、高い視野で見る景色は広くて気持ちいい。白い息が置いていかれる、頬を叩く風の冷たさが不思議と心地よかった。少し先を見てくるよ、とルフレンと共に速歩(はやあし)で少し先に出る。

 流れる景色を楽しみながら、はぁっ、と声を掛ければルフレンは付き合ってくれる。


 馬には四種類の速さがあるのだとラングが教えてくれた。

 常歩(なみあし)速歩(はやあし)駆歩(かけあし)襲歩(しゅうほ)

 常に移動させる際には持久力の良い常歩。

 最も距離を移動できる速歩。

 体を大きく動かしてスピードを上げる駆歩。

 さらに歩幅大きく移動するのが襲歩。


 ツカサにとっては速歩だって速いのだが、ラングは襲歩まで見せてくれたことがある。

 あの時の乗りこなしがかっこよかったなと思いつつ、まだ移動は続く、ルフレンに無理をさせない内にゆっくりとスピードを落とし最後に少しくるくると回ってから止まる。

 水と少しだけ野菜を食べさせて休ませ、後から馬車が追いつくのを待った。


 道中、視界を流れていく長閑な景色は平和だが、心中穏やかではなかった。

 少しでも早くイーグリスに行きたい気持ちと、情報をしっかりと集めねばという強迫観念が胸を駆け巡っていた。


 そんなツカサの逸る気持ちに適宜ストップをかけるようにキャンプエリアは存在し、定期的に馬車は足を止めて馬を休ませた。ルフレンも併せて休みが取れてよかった。アズリアからスカイに渡ってくる際も乗っているだけで疲れただろうに、ルフレンは大丈夫だと言いたげにツカサの髪を食むのだ。ヒールを掛けてやれば気持ちよさそうに嘶くのが嬉しい。

 水辺を選んで作られたキャンプエリアはスカイ王国が水資源に恵まれていることを知らせた。川から水を汲んで喉を潤したり、それを調理に使ったりする人々もいてツカサは驚いた。どうしても自分で水を出した方が安心できるのでこちらでもそうすることにした。

 簡易竈で食事を作り、御者にもスープをおすそ分けした。赤くなった鼻をスープの湯気で温めながら、御者はスカイのことを話してくれた。


「スカイは大体の街や村への道を整備されているよ。冬でも移動できるのは大きいと思うな」

「雪は少ないの?食料とかも通年出回ってる感じ?」

「多い年はあるけど、冬の間が短いは短い、そのおかげもあって流通も止まることはないかなぁ、温室栽培もあるからな。旬に比べれば量は減るけど」

「なるほど」


 石板を敷いた道はわかりやすく馬車が走りやすい、だからこそ物も常に動き続けるのだ。その分凹みも多いのではと聞けば、魔法で作られた石なので頑丈なのだという。もし凹みなどがあれば交通組合から主要都市へ連絡が行き、管轄都市が対応するのだという。

 そういった丁寧な対応により移動手段が発展した。夜になる前には宿場に着くと言われ、向こう側(スヴェトロニア)に比べ道の良さがわかる。


 せっかくなので休憩中いろいろ話をした。

 アーシェティアとは出会ってまだ間もないので、ハミルテの名は伏せて今までの生活を聞いた。


「海に潜って魚を獲るのが主立った仕事だった。畑もあるし狩りもあるが、畑は向かず、森での狩りは時間を忘れてしまうので禁止された。時に船に乗って荷運びを手伝った。あとは鍛錬だ」

「アギリットの一撃、すごかったよね」

「あぁ、奴は族長を渇望されていたが、それこそ全員を叩き伏せて言うことを聞かせてしまった」

「アーシェティアの一族って本当に武力第一だよな」

「強いものに従う、わかりやすいが問題点もある」


 ハーブティーを甚く気に入ったらしいアーシェティアはお湯をちょくちょく注いで無くならないようにしながら淡々と答える。


「強者が悪ならば、私たちは勝てない」


 悪い人が強くて勝ってしまえば、止める手段がないということだ。


「そういう時はどうする決まりなんだ?悪事に手を染める…?」

「自死を選ぶ」


 隣でごふっ、とモニカがお茶を吹いた音がした。


「誇りを曲げて悪事に加担をするくらいならば、その方がましだ」

「物騒な種族ねぇ」

「だからこそ、アギリットは全員を叩き伏せた。我々を従えたければアギリットに勝てと私たちは言う。いざとなればアギリットは逃げ回ればいい」

「なるほど」


 布石は打ってきたわけだ。ジャ・ティ族の族長にならず離れるだけに、ある意味責任を果たした。素直にすごいなとツカサは感嘆した。

 ただ、海賊という()()は良いのだろうかという疑問も残る。ジャ・ティ族の善悪の判断は少しだけツカサの物とは違うのかもしれない。


「ヒールを使わされたことと言い、アギリットは頭いいよなぁ」

「なんにせよ私は恩も返せる、島を出て世界も見られる、時に強者と(まみ)えられれば幸せだ」

「そんなものかな」


 アーシェティアのわかりやすい幸せの指標は少しだけ羨ましかった。

 ツカサにとっての幸せとは、なんだろうか。安全に暮らすことももちろん、金に困らず、食うにも困らず、幸せな家庭を築く。ありきたりだが、だからこそ憧れると思う。

 もしここで生きていくならば金に困ることはない。何かあっても冒険者として稼ぐことも出来るようになっている。

 それに、とちらりと首元を拭いているモニカを見る。共に生活して、食事をとりたいと思える相手も出来た。

 随分平和な幸せだな、と一人笑ったが、その幸せが大変な努力と運の上にあるのだということを、まだツカサは気づいていなかった。





 ――― 乗合馬車は順調に進み、日が沈んで早々に経由地点の宿場町へ辿り着いた。


 風車のある小さな宿場町。周囲は小麦畑であり、今は違う作物で畑を休ませているらしい。見通しの良い場所で木々は遠い、だからこその風車なのだろう。

 交通組合の支店があり馬を休ませるために夜のうちに交代、乗り合った者たちは実費で宿に泊まったり、併設のキャンプエリアでテントを張ったりする。

 食事処もありそちらでワーテルーイというスープ料理を食べた。冬でも採れる野菜や鶏肉などを煮込み、クリームと卵黄が加えてある。スカイではポピュラーな煮込み料理だという。優しい味わいで移動で冷えた体が温まった。冬前に狩って保存してあった鹿肉などを焼いた料理も、独特の香りがしたが食べるうちに癖になった。モニカは村で似たようなものを食べており、エレナは少しだけ苦手、アーシェティアは黙々と食べていてわからなかった。

 ラングならこれを赤ワインで煮込むだろう。

 その他少しだけ値段は高いがダンジョン産の食材もあり、宿場にしては様々な食事を選ぶことが出来た。


 ツカサは女性陣に宿を譲りテント泊を選んだ。冬の寒空の下、星が綺麗だったのでなんだか体を冷やしたくなったのだ。

 途中までエレナもモニカも星空を見上げに来ていたが、寒さに風邪を引く前に宿へ入らせた。

 アーシェティアは相変わらずの薄着だが本人は寒くないらしい。


「ツカサ殿の得物は短剣なのだな」

「うん、あとはショートソード。アーシェティアの戦斧大きいよね、重くないの?」

「慣れた。ところで一手いかがだろうか」

「手合わせってこと…?」


 問い返せばアーシェティアは目をギラギラさせて頷いた。なぁなぁになっていたが諦めていなかったのだとわかって脱力をした。

 

「いかがだろうか」


 ズイと身を乗り出して尋ねるアーシェティアの目は、焚火に煽られたせいか朱が混ざって不思議な色を見せた。実力を試したい気持ちはツカサにもあるので、少しだけ焚きつけられた。

 それに、仲間の実力を把握しておくのも大事だろうと思った。ある程度の制約はつけないといけないが、お互いの力量がわからなければいざという時に背中を預けることは出来ない。


 ラングとアルが何故あそこまで自然と背中を預けられたのか、いまだに謎だ。


「わかった、相手の四肢を奪わない、命を奪わない、いざとなれば寸止めをする、で良ければ。怪我はあんまりしたくないしさせたくない」

「承知した、では私は斧に布を巻こう」

「俺も鞘に納めたままでいくよ」


 水のショートソードは鞘から出さなければ水刃は出ない。お互いに勢い余って四肢を斬り落とさないための対策だ。戦斧など当たれば簡単に肢体を奪うのだから恐ろしい。


「明かりを置いても良い?」

「もちろんだ。手合わせなのだからな」

「オッケー」


 オッケーという言葉に僅かに眉を顰めていたが、おおよそ意味は通じたらしく突っ込みはない。

 ツカサはトーチをパッとばらまいて円形に明かりを散らした。焚火から離れてもお互いに顔はよく見える。

 アーシェティアは戦斧をがしゃりと腕に持ち、ツカサは鞘に納めたままの短剣とショートソードを持つ。


 不意に外が明るくなったことでテントや宿から顔を覗かせる人々がいる。エレナとモニカも起きていれば気づくだろう。


「では参る」


 アーシェティアはガシャッと重い音を立てて戦斧を肩に担ぎ、地面を蹴った。思ったよりも姿勢低く、ダッダッダッ、と大股で距離を詰めてくる大きな人影にゾッと恐怖が湧いた。

 守護の腕輪がないと意識して戦う初めての一戦だ。ツカサはアーシェティアの接近に伴い何歩か後ろに下がった。

 

「はぁ!」


 息む音と共にアーシェティアは戦斧を地面にめり込ませ、土塊をツカサに浴びせた。

 シャドウリザードのマントで土塊を受け流し、ツカサは大振りに空いたアーシェティアの脇へ向かって飛び込んだ。そこへ戦斧の長い柄が突っ込まれた。

 振り上げた戦斧を戻すのではなく、柄を握り直してそのまま引き戻す。柄の長さを利用した反撃だった。

 顔面に直接受けそうになり短剣で咄嗟に合わせて流す。ついでに押し出されてしまい脇から離れる。


 なるほど、あれもまた誘い込むための一撃だったのか、と気づく。


 大振りな攻撃が多いだろうと予測をつけていたが、実際は小回りの利く攻撃も多いのだ。

 意外だった。ツカサは一度距離を取ってとんと足を軽く跳ねさせた。

 すぅはぁすぅはぁ、呼吸をいれる。

 再び戦斧を肩に担ぎなおしたアーシェティアは姿勢を低くツカサの動向を見守っていた。次は一撃を待ってやるということだろう。

 その態度はツカサに火をつけた。タッ、と軽く地面を蹴って接敵し、姿勢を低く下から狙う素振りを見せた。アーシェティアは肩にあった戦斧を素早く水平に降ろし、ツカサの接敵に合わせて膂力を使って振り上げた。顎を狙う一撃を掻い潜り再び懐へ。また柄を降ろしてくるのを見込んで横に飛んだ。戦斧の柄を引き下ろしたことで再び脇を締めて斧を下から上へ薙ぎ払う。

 その動きがアルに似て見えたのだ。

 短剣を鞘に納めたままでは滑らせることが出来ず、斧に引っ掛けられてずるりと鞘が抜けて飛んだ。力を逸らしたことで僅かに傾いたアーシェティアの重心、アーシェティアは素早く足を踏み出してそれを堪え、ツカサの短剣を避けるために体を捻る。

 この体勢からそれが出来ることに驚いて、ツカサは負けじと一歩を踏み込んだ。

 本来であれば刃が切り裂いたであろう場所へ手首の角度を変えて柄頭を叩きこむ。それはアーシェティアの掌で押さえられてしまったが、戦斧を握る手、ツカサの短剣を防ぐ手。アーシェティアの両手は仕事をしてしまった。

 ツカサにはまだショートソードがあった。そしてこちらには鞘がある。

 思い切り振り抜いたことで大振りになった。

 片足を上げて脛当てで防がれ、そのまま蹴り飛ばされた。


 距離を取って一呼吸。


「やるね」

「ツカサ殿こそ」


 もう手合わせの必要はなかった。ある程度お互いの実力が知れた。

 もしかしたら、アーシェティアは少しだけ手を抜かざるを得なかったのかもしれない。戦斧は思い切り振り回してこそ真の力を発揮する。

 怪我をさせないという制約は戦闘の幅を狭めたようだった。

 それはツカサも同じことだった。魔法を撃てば怪我をさせるという観点で一切使用しなかった。


 お互い、少しだけ相手に隠しごとをして握手をした。


「やるね二人とも!」


 すっかり見学していた観衆から拍手と激励が飛んだ。

 飛んで落ちた鞘を拾い短剣を収める。布に引っ掛かって飛んだだけなので傷はなかった。


守護の腕輪(シードゥ)の代わりの術は見つからなかったな」


 ロナから魔法障壁(フォルウォル)を習っておけばよかったかもしれない。


「ツカサ!」

「あ、エレナ…やばっ」


 駆けつけたエレナの表情に青くなり、短い悲鳴を上げたツカサはその場から逃げ出し、観衆の笑いを誘った。






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― 新着の感想 ―
やっとツカサとアーシェティアの手合わせですね! お互い手加減してるけどほぼ互角ですかね? それにしてもアーシェティアを蹴り飛ばしたアギリットはハンパないですね〜
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