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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第二章 別々の場所で

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2-90:押し付けられた戦士

本日三話目です。


 ガシャリと音を立てて背中のホルダーから外された戦斧は真っ直ぐにツカサに向けられた。


「応える必要はない」


 また間にアギリットが入り、アーシェティアへため息を吐く。


「ジャ・ティ族の血が騒ぐのはわかるが、ここで生まれた者ならば決まりごとは守れ」

「ジャ・ティ族ならばこそ、戦える者を見れば戦うべきだ」

「そうして二百年前、四方八方から恨まれ復讐され海に逃れるしかなかった先祖を忘れたか」

「もう二百年経った」

「同じことを繰り返すなと言っているんだ」

「アギリット、うるさい」


 煩わし気にアギリットを押しやってツカサへ手を伸ばそうとしたアーシェティアは、瞬きの間に地面に倒れていた。

 腰の後ろで手を組んだアギリットの裾が揺れていた。ゴミを見るような目でアーシェティアを蔑み、その長い脚を軽く上げて蹴り飛ばした。


「え」


 振り抜かれた足が見えずまた眼を瞬かせる。骨の折れるパキポキという軽い音を残しながらアーシェティアの体は吹っ飛び、崖を落ちていった。


「アギリットさん!?」

「このくらいでは死なん、それに反省もしていないだろう」

「助けないの!?」

「助け…あぁ、それはいいかもしれない」


 アギリットは一つ頷いてアーシェティアの戦斧を拾い、おいで、と二人を連れて崖を降りた。

 アシェドは少しだけ不安そうにツカサの手を握り、同じような気持ちだったので強く握り返した。

 港へ戻れば桟橋から海を覗いてざわつく人々がいた。中には頬に紋様のあるジャ・ティ族の者もいて少しだけ身構えた。

 

「あの、大丈夫。今のジャ・ティ族はすぐに戦おうとしたりしないよ」

「え、でも」

「アーシェティア姉ちゃんが特殊なんだよ、血の濃さは先祖返りだって言われてるの」

「ええっと、なるほど?」

「でもね、それ以上に兄ちゃんが一番濃いの」

「え!?」

「過去のことがあるから、兄ちゃんは自分を制御してるんだって言ってた」


 驚きの連続に同じ声ばかり上げているが、前を歩く静かなこの人がジャ・ティ族(そう)とは思えなかった。

 きっとそれはアギリットからすれば嬉しいことなのだ。


「ツカサ、君は癒し手でもあるそうだな」

「はい、うん、そうです」

「ではあれの手当てを出来るだろうか」


 あれ、と指差されたのは港でぷかぷかと浮いているアーシェティアだ。

 意識はあるらしく短い呼吸を繰り返し、最小限の動きでそこに留まっていた。誰も助けないのは、怪我を負って落ちてきたことに何か理由があるとわかっているからだ。

 不安はあったが手を向けてヒールを唱えた。パァ、と光った後、アーシェティアは自身の脇腹を確かめてからざばりと桟橋に上がり、ずかずかとツカサの前に出た。何をされるのかと身構えたが、アーシェティアは膝を突いて頭を下げた。


「感謝する。斧を向けた私をあなたは迷わず助けてくれた」

「へ?」

「この恩は必ず返す」

「え?」


 困惑してアギリットを見れば頷かれた。わかるか、とツカサはアシェドを見た。


「ジャ・ティ族は命を救われたら、その人に尽くす一族でもあるんだよ。えーっと、だからね」


 アシェドに服を引っ張られ、屈んで顔を寄せた。


「アーシェティア姉ちゃんがツカサに戦いを挑むよりも、ツカサの戦力になる方がマシだって、兄ちゃん考えたんだと思う」

「あー、なるほど」


 しかしそういうことであれば事前に説明が欲しいものだ。先ほど崖の上で見た様子からしてもアーシェティアはこうと決めたら曲げないタイプのように思えた。膝を突き続ける女戦士へ視線を戻し、ツカサは頭を下げた。


「怖いので要りません、ここに残ってください」

「では勝手についていく」

「アギリットさん」

「諦めてほしい。ダヤンには俺から話しておく。アーシェティア、よく仕えろ」

「言われるまでもないが、やはり族長になるべきなのではないか?衰えを感じない」

「族長はもういるだろう。それから、攻撃を受けて斧を手放すのは戦士としてあり得ない失態だぞ」

「む…、善処する」


 納得いかない顔で見られてもアギリットは気にも留めない。明らかに相手にされていないのだが、アーシェティアもそれを意に介していない。


 面倒だな、と思ったのは正直なところだ。アギリットに蹴り飛ばされて吹っ飛んでいったので戦力もわからないまま、正直厄介者を押し付けられた感しかない。

 それに、ずっと後ろ手に姿勢よく立っているアギリットの強さが読めないのが怖い。視線を感じたアギリットがちらりと視線を返してくれて、ウィンクしてくる。可愛くない。


「何やってんだお前ら」


 ダヤンカーセが寒さに手を擦り合わせながら騒ぎに合流し、ツカサは助けが来たと思い現状を話した。

 話を聞いたダヤンカーセは何か言いたげな顔でアギリットを見遣り、その視線から逃れるようにアギリットは曇天を見た。やはり後ろめたい思いがあるのではないか、とツカサも睨む。その背後には既にアーシェティアが付き従っているが、ぽたぽたと落ちる水滴が気になった。


「ひとまず、着替えてきたらどうですか?風邪を引くと困るし…」

「承知した」


 さ、と頭を下げてアーシェティアは上への扉へ入っていった。

 当人がいなくなってから全員でため息を吐いた。白い空気がふわふわと飛んで消えた。


「アギリット、お前やり方を考えろ。俺でもどうかと思うぞ」

「すまん」

「アーシェティアはいずれこの島を出すつもりではいた。だが本来それを決めるのはこの島の主である俺だった。それをこの大男は破りやがったのさ」

「それはどういう?」

「ジャ・ティ族が主と定めた者があれば、それについていく、という決まりもあって、まぁ利用された訳だ」

「えぇ…」

「だがなぁ、これを言うのは卑怯なんだが、お前には悪い話じゃないと思うぞ」


 ダヤンカーセは寒さに赤くなった鼻を擦って少しだけ視線を彷徨わせた。

 そんなに言い難いことなのかと首を傾げてみせれば、寒いから部屋に行くぞと促された。


 船に戻り、ダヤンカーセの船室に案内された。ここも入るのは初めてだ。

 壁に突き刺さったナイフは大陸図をくっつけて世界地図のようになっていた。そこにいくつもの印が付いていたり、意味ありげにナイフが刺さっている。ハミルテはどのナイフなのだろうと見ていたら、ほら、と差し出されたのは酒瓶だ。

 くすんだ色の酒瓶は中に何が入っているのか全く分からず、眉を顰めた。


「ラム酒だ、飲んだことはあるか?」

「いや、初めて」

「じゃあゆっくり飲め」

「わかった」


 アギリットにコルクを抜いてもらい匂いを嗅げば、鼻の奥が痒くなるような芳醇な匂いがした。覚悟を決めて瓶を傾ければ、思ったよりも飲みやすい、香ばしい味がした。

 飲める口だなと言われて少し苦笑いを浮かべた。顎で指された方を見ればチェストがあったので軽く腰かける。


「それで、さっきの話」

「お前戦えない女連れてるだろ、アーシェティアは護衛に使えばいい。荷運びもだが人を運ぶこともある俺からすれば、お前の周りには守る側の人数が足りない」


 ちゃぽんと酒瓶が鳴って中身が減っていく。護衛と言われてミリエールのことが脳裏に浮かんだ。

 自分は守れなかった、助けられなかった。それがあればこそ、自分以外にも戦力を置くのはありかもしれない。

 同時に、ツカサは自分が出来なかったからこそ、他人がそれを完遂するのを見たくないという最低な考えも浮かんだ。

 ふるりと頭を振る。


 行動に責任を、覚悟をする、結果は受け止める。胸中で呟いて顔を上げた。


「俺、護衛ってあんまりやったことがないまま来てるんだけど、護衛推奨人数とかあるの?」

「陸のことは知らねぇが、この船で人を運ぶときは一人につき最低二人はつける。エレナは守らなくていいのか?」

「守るよ、当然だろ!」

「ならアーシェティアを利用しろ。アギリットに転がされはするが、この島じゃ強い方だ」


 どうにもダヤンカーセはアーシェティアを押し付けたいらしい。

 尤もらしい理由はつけてくるがツカサと目を合わせない。奥歯に物が挟まるような不快感があった。


「本音は?」

「毎回毎回戦えって追い回されるのがクソ程めんどくせぇ」

「厄介払いじゃないか!」

「うるせぇ!いいから持っていけ!アギリット、あいつに身支度をさせておけ!それでこいつの後ろに立たせておけ!」

「やめてよ怖い!」


 先ほど視線を彷徨わせたのは、良い言い訳を探していただけだと気づいた。真剣に取り合った自分が馬鹿に思えた。

 ダヤンカーセに押し切られる形でその日から女部屋に人数が増え、モニカに誤解されたりエレナに呆れられたりしたが、ツカサは自分が悪いとはどうしても思えなかった。


「ダヤンカーセとアギリットにはめられたんだ!」

「はい、はい」

「エレナ!その眼はやめてよ!」

「モテるようになったわね」

「違うってば!」

 

 ツカサの悲鳴はどこにも届かないまま、三日後、船が来た。





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