2-76:思い出を追いかけて
本日最後の更新です。
三話目!
遅くまでルノアーと語り明かしてしまったので少しだけ眠い。
ルノアーが話してくれたのは、ラングとアルらしい旅路だった。
冒険者に免疫のないルノアーは最初のツカサのときと同じように恐怖し、そして徐々に常識を諦めた。そして、ついにはその強さに惚れこんでしまった。
何度もお互いにわかる、と同じ言葉を繰り返したのも面白かった。
それでも同じ時間に目を覚まし、ツカサはいつもの鍛錬を行う。
柔軟、基礎鍛錬、イメージ模擬戦。朝の早いギルドスタッフが見学したりしていたが、邪魔されることはなかった。
昨夜ルノアーが持ってきてくれた食事は美味しく、ツカサは資金を渡して買い込みを依頼した。心配されたが、容量は小さいが時間停止付きのアイテムバッグがあるのだと言えば、羨ましそうな顔をされた。たくさん買ってきてくれたので、目の前でポーチを叩いてしまってみせた。いいなぁ、と心からの声を聞いて笑ってしまい、少し文句を言われた。
ハムは香りがよく、憧れの足一本買いをした。これは保存食なのでギルドにもあり、ルノアーの手は煩わせなかった。
ギルドでジャイアントスネークの皮を出そうともしたが、目立ってしまうのも嫌で空間収納に入れっぱなしだ。いったいいつになったら日の目を見るのか、素材から恨めしそうな気持ちをなんとなく感じてしまい、目をそらした。
エレナは部屋で読書かルフレンの世話を、ミリエールはただ暇そうに部屋でごろごろしており辛そうだった。なので荷馬車に荷物を積み込む手伝いをさせた。
夕方に差し掛かり、明日には王都を出てヴァンドラーテを目指せる。
その安堵感が心に僅かな隙を作った。
滞在している部屋から暇そうに外を眺めていたミリエールは思わぬものに目を留めた。
「うそ」
がたりと立ち上がったミリエールにエレナが本から顔を上げる。
「どうしたの?ちょっと!ミリエール!」
エレナの質問にも答えずミリエールは部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
「ミリエール?どうした?おい!」
ツカサとすれ違っても振り返ることなくミリエールは駆けていく。ツカサは階下のギルドショップで買った諸々を慌てて空間収納に仕舞い、その後を追いかけた。
出るなと言われた冒険者ギルドを飛び出してミリエールは真っすぐに走っていく。
一瞬だけ悩んだが踏み出した足は止まらず、ツカサもその背を追う。
夕方、これから食事をしようという冒険者や商人、街の人がごった返している大通り。
「どいて!どいてよ!」
押しのけて進もうにも進めず、ミリエールは裏路地へするりと入り込んだ。
ツカサは舌打ちをして同じように裏路地に入る。
体の細いミリエールの方が路地は走りやすい。ツカサはシャドウリザードのマントが引っ掛かりそうになって片手でさっとまとめて押さえた。
「なんなんだよ!ミリエール!止まれ!」
ツカサは何度も叫んだ。それでもミリエールの足は止まることが無かった。
やがて治安の悪そうなエリアに辿り着いた。
どの街にもある薄暗いスラム。避けては通れない貧富の差。
饐えたにおいが充満し、人の脂と腐った食べ物の臭いが鼻をつく。思わず顔を顰め、それでもミリエールを探す。路地を走っているうちに見失ってしまった。
「ミリエール!」
「おいおい兄ちゃん、こんなところで誰を探してるんだ?」
明らかに浮浪者と言った様相の男たちがぞろぞろと現れ、手に粗末な武器を持つ。ツカサは舌打ちをしてドン、と地面を踏んだ。
バキリと物騒な音を立てて氷が広がり男たちの足を捕まえる。
「構ってられないんだよ!」
男たちの可愛くもない悲鳴を背中にしながらまた走り出す。向こうの方でミリエールの髪を見た気がしたからだ。
角を曲がる髪を追う。呼吸を乱さないように追えば、その先でミリエールをようやく見つけた。
名を呼ぼうとするツカサの声にミリエールの声が被る。
「オリバー兄さん!」
ぎゅうっと抱き着いてくぐもった声で何度も名前を呼ぶ。抱き着かれた男は強く瞑目して空を仰いでいた。
「なんで…追ってきた…!」
「たまたまよ!フェネオリアから出て、本当にたまたま見つけたの!アズリアに来てたんだ…!」
「見ない振りも出来ただろうが!」
「だって!」
「お前が追うから、俺は!」
「おやおや、鼠が増えていますねぇ」
じゃり、とわざとらしく足音を立てて闇から長身の男が現れる。にんまりとした笑みは愉悦に歪んでいて、背中の長刀が不気味だった。
「いけ!お前は関係ない」
「でも!」
「足手まといなんだよ!邪魔だ!」
ミリエールが服を掴んで離さなかったので、男は思い切り突き飛ばした。ミリエールは泥にまみれて泣きそうな顔で男を見上げた。
男は背中に背負っていた小盾を左腕に構え、右にロングソードを構えた。ぎゅっと腰を落として戦闘に備える姿がミリエールと被る。
「あぁ、なんとみっともない構え方ですか」
長身の男は汚いものを見たと言いたげに顔を歪め、がっくりと肩を落とした。
「先日の鼠の活きの良いこと…惜しい、惜しいですねぇ。それはそれとして」
ぬらりと背中から抜かれた長刀、ゆったりと余裕を持って構えたそれが、隙一つなくてツカサは息を飲んだ。
ラングに似た隙の無さを感じ、じり、と後ずさる。本能が叫んでいた、今すぐここを離れて逃げろと。
だが、護衛対象者が間合いに居る。
ツカサはすぅーはぁー、と呼吸をして自身を整えた。
覚悟は決めた。
「邪魔だ、早く行け!」
小盾を構えた男が叫び、ミリエールはびくりと震えてようやく立ち上がった。
「うおおおお!」
男は姿勢を低く落とし小盾を前に突進した。決して技術が無いわけではなく、動きは鍛えられたものだった。
とすれば相手が悪かっただけだ。
長い腕の膂力を利用して振り下ろされたそれは、長刀自身の物の良さもあり、小盾の男を簡単に上から叩き潰した。
もちろん、男は小盾を軌道に出して滑らせ懐に入ろうとしていた。ぎ、と一瞬火花を散らしたのでタイミングは合っていた。だが、その後振り下ろされる長刀の速さについていけず、力を逸らす前に小盾に刃がめり込んでしまった。
技量で負けたのだ。
脳天を割られた男がずしゃりと地面に倒れた。
投げ出された手足はもう、どういった角度であろうと苦痛を訴えることはない。
「いやああああ!」
立ち上がり、その場から動けないでいたミリエールは絶望の声を上げた。
ツカサは地面を蹴ってミリエールへ駆け寄るとその腕を取って路地へ走り出した。だが、ミリエール自身がそれを邪魔した。
「オリバー兄さん!いや!いやああああああ!」
「逃げるんだミリエール!」
「逃がしませんよ」
ツカサは首筋に殺気を感じ、魔力を込めて盾を展開した。
「防げ!」
白く厚い盾が展開される。
走ることをやめずにミリエールを引き摺るようにして路地を目指した。右足に魔力を込めて踏み出すと同時に先ほど同様に氷で狙おうとしたが、それは叶わなかった。
バキリメキメキと音がしたのは展開していた盾から。
パキンと甲高い音を立てたのはどこだったのか。
「はぁ、こちらも大して面白くありませんでしたねぇ」
ひゅ、ひゅ、と胸が痙攣した。
とてつもない熱さを感じ、触ろうとしたが腕は持ちあがらず、指先も動かせない。
こちらに背を向けて長身の男がゆっくりと立ち去っていく。
あぁ、いなくなってくれた。
やがて視界が霞んでいき、ツカサは瞼の重さに従って眼を閉じた。
右肩から左の腹部までミリエールごと斬り捨てられたツカサは、左手をミリエールに乗せたまま、すぅ、と体から力が抜けていくのをただ感じていた。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら★やいいねをいただけると励みになります。




