2-48:男の末路 <ラング・アルside>
おまたせしました!
本日1話目です。
屋根の上を追いかけるだけではいずれ見失う。
視界を遮る物を利用されればどうしても見失ってしまうのだ。相手が常に殺気を向けていれば問題ないが、それを消された瞬間、視覚に頼ることになる。
路地裏に逃げ込まれても面倒だ。証人がいなくなってしまう。
「俺が飛ぼうか」
アルが提案をし、ラングは逡巡のあと頷いた。
アルは槍を手にすると一、二、三と大股で屋根の上を駆け、飛び降りた。
「おらあああ!どけどけ!」
叫び声に驚き上を見て逃げ惑う人々。小さな輪が開いたところで逃げていた男が振り返り、思わず顔を庇う。
殺さぬ程度、逃がさぬ程度の重さをかけて着地し、槍の穂先を向けて止める。
ふわ、とラングも降りてきて駆け寄った。
「こいつでいいんだな?」
「そうだ」
酔いも半分、食事も半分な冒険者や、近くで屋台を経営している者たちがざわめきながら円を組み、覗きこんでくる。
「な、なにをするんだ!」
「喉を治したか」
初老に入るかどうかといった男が叫べばラングは鼻で笑って言葉を返した。
「いったいなんなんだ!」
「タンジャ、悪あがきは止せ」
「タンジャ?俺はそんな名前じゃない!」
「ギルドカードか何か出してみろ」
アルが眉を顰めながら言えば、男は地面に押し倒されたままもがく様に腕を動かし、カードを取り出した。
受け取り、確認をする。
「ナルヴァン・イビエヌ。…どういうことだ?」
アルは槍はそのまま、抑え込んだ体勢はそのままにラングへカードを渡す。
ラングはカードをすん、と嗅いだ。何かわかるかと思ったが少し鉄臭いだけだった。
「人違いだ!なのになぜこんな酷いことを!」
男が叫べば周囲は同情を含んだ眼差しで見遣り、軽蔑を含んだ眼でラングとアルを見る。
その視線に怖気づくことはないが、ラングが相手を見誤ったことが信じられない。アルは男を見下ろした。
「鑑定が出来る者はいるか」
ラングの声はよく通った。
アルは押さえ込んだ体がぴくりと震えるのを確かに感じた。
「鑑定が出来る者にこいつを見させよう。礼はするぞ、そうだな」
ポシェットを叩き、吊るされたランタンの下でまばゆく輝く一枚の鱗を取り出した。
「ファイアドラゴンの鱗だ。これも鑑定して良い。どうだ?」
おお、と感嘆の声が上がり、一人が前に出る。ラングはその男を手招き、アルが押さえ込んでいる男を指差した。
「鑑定を」
「あ、あぁ、本当にそれをくれるんだな?」
「疑うならば先に鱗を鑑定してもいい」
「そ、それじゃ、お言葉に甘えて…」
男はラングの手にある鱗を鑑定しようと手を伸ばし、さ、っと取り上げられる。
ラングのシールドが傾く。まずは鑑定だけ、ということだ。
男は鑑定を呟き、それから眼を輝かせた。
「本物だ…!」
どよめきが上がる。
「では仕事をしてもらおう」
「任せてくれ!鑑定!」
男が叫び、じっと見た後首を傾げた。
「…ギルドカードはなんて言ってた?」
「ナルヴァン・イビエヌ」
「タンジャ・テブルス…と出ている。元、サイダル…ギルドマスター…殺人犯!?」
ざわ、っと最前列を陣取っていた者たちが後ずさる。
アルの下では男がふーふー息を切らせながら抜け出そうともがいていた。
「退いた退いた!騒ぎはどこだ、ここか!」
人垣を掻き分けて駆けつけたのは騎士団だ。王都を守る彼らはまず状況の把握を求めた。
「これはなんだ、説明を!」
「【異邦の旅人】のリーダー、ラングだ。こいつはメンバーのアル。ヴァロキアの冒険者ギルドからお尋ね者になっている犯罪者を取り押さえたところだ」
「ヴァロキアの?おい、誰か冒険者ギルドに知らせてこい!」
言いつけられた騎士がガシャガシャと音を立てながら走っていく。立派な羽兜の騎士は改めてラングを振り返った。
「その男が犯罪者なのは確かなのか?」
「鑑定を依頼した。こいつが持っているギルドカードと本名に差異が出ている」
ふむ、と唸ったあと、騎士はゆっくりとラングの周りを歩きその姿を観察した。
「冒険者はこうしてトラブルを起こすからいけない。困ったものだ、なぁ?」
騎士たちが嘲笑を浮かべ、笑い声が広がる。中には愛想笑いをする者もいれば、新しい玩具に喜ぶような顔をする者もいる。
「マジかよ、騎士が腐ってるパターン」
アルがぼそりと呟き、ラングは肩を竦めた。
「助けてください!誤解です!お礼はします!」
押さえつけられた男が叫び、羽兜の騎士がステップを踏み近づく。
アルの肩を掴み押し退け、男を解放させてしまった。
「おい」
「改めて鑑定をしよう、もしかしたらこいつに買収されていたのかもしれんしなぁ」
「おぉ、流石正しき騎士様は違う!」
大袈裟にやり取りをするそれに、アルはラングを見遣り出方を窺った。
先ほど鑑定をした男は騎士が出てきた辺りで人ごみに紛れて逃げていたので、鱗はラングの手にある。
「さっさと殺せばよかったな」
「それはそれで面倒ごとになってたと思うぞ」
「冒険者ギルドはまともだと思うか?」
「わからない、カウンタースタッフはまともだったけどな」
目の前で騎士とタンジャである男が称え慰め合う茶番を眺めていたら、ふと見覚えのあるものが出てきた。
それは今ラングの手にあるものと全く同じだった。
「こちらはお礼です、どうか、どうかお助けを」
「ほう、これは美しい…いったいなんだ?」
「ファイアドラゴンの鱗です、譲り受け」
どさりと落ちたのは人の腕だった。
次いでぷくりと血が滲み、一瞬ぶしゃりと噴き出た後はどくどくと零れた。
悲鳴と染みが広がっていく横でラングは地面に落ちた鱗を拾い上げた。
「どうやってこれを手に入れた」
双剣を抜いたラングが男の腕を斬り落としたのだ。
阿鼻叫喚が広場を揺らした。
「黙れ!」
威圧を込めた怒号が響き、逃げようとしていた者も、叫んでいた者も動きを止める。
「もう一度聞く、これを、どこで、手に入れた?」
「あ…あ…」
がくがくと震え、腕を押さえる男は少しずつ足から力を失い、やがてへたり込んだ。
「ブルックが譲る訳がない、そうだな?では…お前はこれをどうやって手に入れた」
唇を震わせ、男は力なく笑った。
「やはり、貴様に関わったせいで、全て狂ったんだな」
「質問に答えろ、タンジャ」
「は、ははは」
「タンジャ!」
「わかるだろう」
ぴたりと笑うのをやめてタンジャはラングを睨みつけた。
「殺したのさ」
ひゅんと音がして、それからどさ、と首が落ちた。
威圧で押し留めていた人々の恐怖がついに溢れ、押し合いへし合いながら逃げていく。
騎士は尻持ちをついたまま、呆然とラングを見上げていた。
「…悪魔だ…」
騎士の呟きに肩越しにそちらを見れば、ひぃ、と声を上げて這う這うの体で逃げ出した。
タンジャの体がびくり、びくりと痙攣し、やがて動かなくなった。
アルは痛ましい表情でラングを見た。
「事情聴取はあるだろうな」
「あぁ」
「死体を鑑定してもらえば、誰だったかはわかるだろ。ヴァロキアに問い合わせが入るだろうから、少しだけ足止めされるな」
「あぁ」
「ルノアー青年に説明をしないと」
「あぁ」
「ラング、大丈夫か?」
「私は問題ない」
言い、ラングはアルを振り返り嘆息した。
「こんな簡単に償わせてしまって、惜しいことをした。もっと小さく、細切れに斬ればよかった」
ラングの言葉にアルは脱力して項を掻いた。
「心配して損した」
双剣を振るい血を飛ばし鞘に納める姿を眺めながら、アルはぼやいた。
しばらくして冒険者ギルドと、その後ろに隠れるように騎士たちが駆けつけて事情聴取が行われた。
冒険者ギルド、騎士団双方の鑑定師が鑑定を行ない、死体がタンジャ・テブルスであることを確認。加えてギルドカードの偽造と、ヴァロキア・ジェキアへの問い合わせでブルックが物取りに殺害されていた裏取りとタンジャの経緯の連携も行なわれた。
偽造されたギルドカードと、マジックバッグに残されていた商人カードの本来の持ち主であるナルヴァン・イビエヌも、おそらく殺害されているだろう、と結論づけられた。
ヴァロキアのギルドに貼り出され、遺族を探してみることになった。荷物は冒険者ギルドに預けたので時間はかかるがヴァロキアへ送られるだろう。
不眠不休の冒険者ギルドであったからこそすぐさま返事が届き、【異邦の旅人】の名を出したことも功を奏した。鱗の鑑定も行なわれ、出土が同じだと認められた。
ジェキアのギルドマスターが全面的にラングの支持をしてくれたおかげで、一日寝ないだけで済んだ。
ただ、次からは正規の手順を踏むように、とお小言だけはもらった。それに対しラングは無視を貫いた。
――― 翌日、寝ないままルノアー青年のところを訪れ、共に冒険者ギルドへ向かった。
「何やら大変だったようですね」
眠そうなアルに心配そうにして、ぽつりと声を掛ける。アルは大あくびで応え無言で頷いた。声を出すのも面倒くさかった。
いろいろあったが改めて意思を確認し、【異邦の旅人】とルノアー商会で契約を結ぶことになった。一連の騒動はあったものの、罪人を捕らえ、一刀で斬り捨てる腕を買われてのことだ。
宝石を売った余裕もあり、報酬は商売の一割で了承。師匠である商人から馬車が届くことになっているのでそれを待って出立する。
手続きはミルエのおかげで早々に終わり、ラングとアルは食料や雑貨の買い物をして宿で早めに休んだ。
やはりというべきか宿には一か月もいなかった。金額はそのまま払っておくはずが、宿側が半分を返金してきた。矜持に関わると言われれば受け取らざるを得ない。有難く返金を受け取った。
出発当日、【浮草の葉】でルノアー青年と合流をすれば真新しい幌馬車が届いていた。
エレナの物と比べれば小さいが、一人二人で行商をするには十分で、何より幌があるのは大きい。荷が濡れないというのは質を保つ上で大事だ。
【浮草の葉】に停留している商人たちは羨ましそうにそれを眺めていたが、馬車を納品に来た遣いがラングに渡した革袋にも注目が集まっていた。これは宝石類を売った分だ。
ラングは小ぶりだが透明度の高い原石を一つ競りにかけ、ルノアー青年の参加はさせなかった。これは再びここに戻ってきた際、ルノアー青年がやっかみを受けないための施策だ。
若い商人たちはノリに乗って高値を付けすぎてしまい、一度やり直しになってしまった。
競り落としたのは少女だったので上手に使ってほしいと胸中で願った。
その後、ルノアー青年の新馬車に荷を積むのを手伝い、馬具の付け方を教え、意気揚々と出発した。
門を出て、さぁ、と吹き抜けた風は少しだけ冷たく、いつの間にか冬が来ていることを教えた。
街を振り返ることはしない。
ラングはブルックの冥福を祈った。




