2-19:さようなら、暗殺者
本日二話目です。
まったく、とんだ誤算だった。
人のいない階層をゆっくり上がりながら、深いため息を吐いた。
ギルドマスターがあれだけ他国へ行け、ヴァロキアに行け、と言っていたのにもかかわらず、鈍感に、そして強情にフェネオリアにこだわったことには驚いた。
普通、あそこまであからさまに勧められれば何か意図があるのではないかと疑うのが人だ。
それが出来ないからこそ、出来損ないであり要らない子なのだと思う。
「はーぁ、まさか専属でいる気とはね」
大きく伸びをして、曲がり角に備える。足を止めればパシャパシャ水の音がした。魔獣がいる。
わかって飛び出せば相手はスライムで、さくりとその核を斬り捨てる。つまらなそうに、けれど塵も積もれば金となる魔石を拾う。
「素材はやっぱ重いのよね」
スライムゼリーはアイテムバッグに入れた。
「たぶん、これもバレてたって訳よね」
明らかにダンジョン前から目つきが変わった。何がきっかけかわからないが、その時には自分が暗殺者として送り込まれたのだと知っていたのだろう。
もしかしたらギルドマスターが知っていて伝えた可能性もある。
そして、場合によっては暗殺者にならないで済むことも、見破られていた。
「ふふ、本当に。優しいんだか厳しいんだか」
入り口であり出口であるところを出れば、空が見える。
大きく腕を広げて脱力する。上層とはいえダンジョン、気の緩みは命を奪う。
「おう、【微睡みの乙女】じゃないか、生きてたか」
船が着いて降りてきた冒険者に声を掛けられ、そちらを向く。
「うん、ちょっとはぐれちゃって」
困ったように言えば労われる。
「【異邦の旅人】だかなんだか知らないが、ルーキーを一人ダンジョンに置き去りとはひでぇもんだな」
「私、ルーキーじゃないよ」
「え?」
にこりと笑って船に乗り込む。
「あの子ってあんな子だっけ?」
そんな声を聞きながら、ダンジョンの浮島を離れた。
城下町の門へ行けば、普通に手続きが出来て中に入れた。
門兵に無事だったかと声をかけられ、自分が事故ではぐれてしまったと伝えられていることを知る。どういうつもりなのだろう。
あの男がそんな甘いことをするとは思えないが、何が起こっているのかわからない。
最後かもしれない城下町をのんびりと歩く。
もしかしてと思い荷物は全て引き上げてきている。部屋に行くつもりはないが、タチアーナとベルベッティーナがどうしたかは気になる。
「どうしよっかなぁ」
「戻ったのか」
のろのろ歩いていたら音もなく男性が隣に来た。器用に歩幅を合わせ、彼女にだけ聞こえるように囁く。
「今どうなってるの?」
「こちらの台詞だ、【微睡みの乙女】のタチアーナとベルベッティーナが脱退してヴァロキアを目指した。ファーリアも三日後、オルワートを出てヴァロキアを目指すというじゃないか。目的地は同じなのになぜ分離した?」
「あら」
「それに、お前はなぜここにいるんだ?はぐれたと聞いたが」
その声には心配の色があって、少しだけ嬉しくなる。
「あの子、ダンジョンの中ではフェネオリアの専属になるって言ってたの。だから殺そうとして、【異邦の旅人】の人に邪魔されちゃった」
隣の人が驚いたのが気配でわかる。
「なるほど、それで仲違いか。だが、結果あいつは銅級に上がり王籍を無事に外れた。我々の方にもそれが結果として届いている」
「手続きが早いわね」
感心していたら手に何かを握らされ、確認をする。
本当の自分の銀の冒険者証。
「抜けるなら今の内だぞ」
「いいの?」
「落ちぶれて取り潰された元男爵家の者など、居ても居なくても良いのは第三王女と同じだ」
革袋も握らされる。手で確かめてそれが金であることに気づく。
「今聞いた話は俺の胸に留める。お前は王女と一緒にヴァロキアに行って良い」
「いやよ」
おい、と声を掛ける男を真っ直ぐに見て、ナルーニエだった少女は微笑む。
「もうお守りはうんざりなの。だから、別の国に行く」
思わず足を止めてしまっていた男はふむ、と考え込んだ。
「ここでお前も王女から離れれば、それはそれで疑われると思うが」
「うーん、そうね。予防策は必要かも」
しばらく考え込んでしまったので端に寄った。
少女はぽんと手を叩いた。
「ねぇ、このお金、依頼に使って良い?」
「お前の取り分だ、好きにして良い」
「ありがと、あなたはどうするの?」
「俺はただの連絡係だ、俺まで離脱したら怪しすぎるだろう」
「ふぅん、そう、ありがとう」
「何がだ」
「目くらまししてくれるつもりなんでしょ?」
「…わかっているなら言うな」
ばつが悪そうに言うのは男の照れ隠しだ。この人と離れるのだけは少し寂しい。
タンクとしての技を教えてくれたのはこの人だった。死んでは元も子もないと言って、まだ小さい頃からいろいろと叩きこんでくれた。
女だからと体を使うことの無いように。
若いからと騙されたりしないように。
きっと、アイリーンがファーリアに同情したように、この人も同情してくれていたのだ。
「フェネオリアはどうなるのかな」
「アズリアがけしかけてこなければ、今と変わらないさ。王太子は堅実なことで知られているし、婚約者は公爵家のお姫様、王族の血の重さはよく知っている」
「ファーリアだけが異端児だった」
「まぁ、そうだな。平和な証拠だが、ファーリアに目を付けた相手が悪かった」
生まれる時代が違えば、扱いも違っただろう。
けれど、どんな時代でも何を選び、何をするのかは自分自身が決めることだ。
「どちらにしろ、あの子はダメだった気もするわ」
「何がだ?」
「んーん、なんでも。ねぇ、名前教えてよ、たぶんだけどこれで連絡は最後でしょ?」
その人は少しだけ困ったように視線を彷徨わせて、こそりと耳打ちしてくれた。
「ふふ、ありがと」
それだけで十分だ。
少女は日陰から出て、明るい陽の中を軽い足取りで歩き出した。
もう振り返ることはない。
あの人が教えてくれたことは、この体に残っている。
そのおかげで生きていける。
「さーてっと、いるかなぁ」
少女は【乙女の水瓶】へ足を向けた。
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