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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第二章 別々の場所で

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2-17:引率の終わり

本日ラストの更新です!


 浮島へ出た。


 ちょうど船が着いたところだったらしく、急に現れたツカサと【微睡みの乙女】に冒険者たちが驚きの声を上げた。

 常日頃ならすぐに興味を失うはずが、ファーリアは泣きじゃくり、タチアーナはそれを煩わし気に見やり、ベルベッティーナは落ち込んだ表情でツカサの服を掴んでいるのだから耳目を集めてしまう。

 歩けるタチアーナとベルベッティーナを帰りの船に促し、地面にへたり込んで子供のようにぐずっているファーリアは腰のベルトを掴んで放り込んだ。


「おい!船が揺れるだろう!」


 ツカサは怒るのはそこなのかと思いながらファーリアから視線を外さなかった。


「泣くのもぐずるのも落ち込むのも、後にしろ。泣いたら誰か助けてくれるのか?慰めてくれるのか?自分の足で立てる奴だけが、生き残ることができるんだぞ」


 そうしてこそ生存率が上がるのだと師匠が教えてくれたのだ。


「ほかに乗るやつがいないなら船を出してくれ、至急ギルドに向かわないといけない」

「あ、あぁ」


 船頭は頷き、人がいないのを確認してから川を渡らせてくれた。

 船付き場からすぐさま王都を目指す。こちらは運悪く馬車に合わず徒歩になった。ぐずったせいでだらだらと歩くファーリアに、ベルベッティーナが声をかけようとしたがタチアーナに止められた。

 ツカサは何度か歩けと声をかけ、門まで戻ってきた。検閲の門を守るのは王国騎士団だ、ファーリアのことも知っている。泣きじゃくって目を腫らしたファーリアにぎょっとしていたが、ツカサが睨んだために誰も声をかけられなかった。


 市中馬車を使い冒険者ギルドへ。カウンターにいたクイナーレが【微睡みの乙女】の様子に駆け寄ってきた。


「これは何があったんですか?」

「ギルドマスターをすぐに呼んでほしい」

「どうしたんですか、ナルーニエは?」

「質問はあとでまとめて答える、今はさっさと動いてくれ」


 ツカサはクイナーレへ言葉を重ねた。

 ラングが質問をする前に行動をしろ、というのがよくわかる。ここでクイナーレに答えることを、あとでギルドマスターにも答えるのは二度手間なのだ。それに、野次馬の多いここで会話する内容でもない。


「ファーリア、何があったんですか」


 ツカサが答えないのでクイナーレは目を泣き腫らしたファーリアへ声をかけた。


「いい加減にしろ、何度も言わせるな。ギルドマスターを呼べ」


 ツカサが低い声を出した。成長期に声変わりをして低さの増した音はギルド内部を揺らした。

 それはツカサが無意識に威圧を使ったせいなのだが、本人に自覚はない。


「す、すぐに」


 クイナーレは次こそギルドマスターを呼びに上階へ駆けあがった。

 周囲の冒険者はしんと静まり返り、徐々に声が戻ってくる。【微睡みの乙女】の面々はツカサに促されて壁際に待機した。

 そう時間を置かず、アイリーンが上階から顔を出した。


「ずいぶんと早かったな、会議室へ行こう」

「助かる」


 ツカサは【微睡みの乙女】たちを呼び、アイリーンの手招きに応じた。

 会議室でお茶が出される。ツカサは喉を潤し、タチアーナはそれに倣い、ベルベッティーナはがっくりと落ち込んでいるファーリアを気にかけていた。


「それで、これはいったいどういうことなんだ?ナルーニエはどうした」

「ギルドの善意が悪意になった結果だよ」

「なんだって?」


 ツカサは一度深く息を吸った。


「ナルーニエは暗殺者だ」


 一瞬、室内の空気が冷えた。アイリーンは強く拳を握り、ツカサと同じように深く息をついた。冷静であろうと努めるところは、流石ギルドマスターだ。


「それは本当か?こちらでは何も出てこなかったんだが」

「今だから言うけど、俺は【鑑定】を持っているんだ。そっちで【鑑定】を持つ人を使わなかったのか?」


 アイリーンは頷いた。


「そもそも、【鑑定】のスキルを持つ者は少ないんだ」


 ツカサはカダルが持っていたり自身が持っているので知らなかったが、そう多いスキルではないという。普段アイテムを鑑定する人々は経験則であったり、スキルを持っていたとしても物に対しての鑑定は頭にあるが、人に対しての鑑定はないらしい。

 冒険者であるツカサやカダルは人に使うことが多かったが、普段の目的が違うと盲点になるものだ。

 加えて、ツカサのスキルは日本語で書かれているため判別がつかないようになっている。今回、ナルーニエのレベルが一人だけ40あったことや、名前の下に【気の乗らない暗殺者】とあったことなどはツカサだけが知っていたわけだ。


「なぜ教えてくれなかった」


 当然の叱責にツカサは肩を竦めた。


「選択次第では、暗殺者にならないと思ったから」

「どういうことだ?」

「暗殺はしたくなかったみたいで、殺す気のない失敗ばかりしていた。本当に危ないときはきちんとタンク役をこなしていたし、なんというか、生かそうとしてくれていたと思う」


 ナルーニエのタンクは、本人が下手を装っていたが上手いものだった。エルドほどの動きかと言われればもちろん足りないが、上層を攻略する新人冒険者の中では上位に入るだろう。十分な力量をきちんと身に着けていたのだ。


「ではなぜ、暗殺者になど…」

「最初から全て話して、国を出ろとはっきり言うべきだったんだ」

「詳しく聞かせてくれ」

「ナルーニエはファーリアがフェネオリアを出ると言えば、そのままナルーニエでいられた、と言っていた」

「…出るだろう?」

「いいや、ファーリアはフェネオリアの専属になると言ったんだ」

「なんだって!?」


 アイリーンの驚愕の声に、ファーリアがびくりと肩を震わせた。

 俯いたままのファーリアはここまで一言も発していないが、耳だけは働いていたらしい。


「ファーリア、オルワートのダンジョンは思い出作りと言っていただろう!その後は他国へ出て、もっと稼ぎもあって、経験も積める場所へと言ったじゃないか!」

「で、でも、ここは私の国なんだもの、役に立ちたいと思ったの」


 ファーリアの言葉にアイリーンは頭を抱えた。

 ファーリア自身は王族の出だ。市井に下るとは言え、十分な資金が援助される。だがパーティメンバーは違う。ダンジョンに行き、依頼を受け、達成し、納品しなくては資金を得られない。

 自身が生活するのに必要な金を稼ぎ続ける必要がある。

 ヴァロキアの冒険者に多かったが、若いころにしっかりと貯金し早期リタイアして悠々自適に過ごす人々もいるのだ。


 何より生活の水準を上げることは冒険者になる多くの人の目的だ。


 ファーリアには、それがわかっていない。

 まだ年若い少女であればこそ、自分がやりたいことのビジョンも曖昧で、漠然とヴァロキアの王女に憧れても地力が違う。

 何がしたいのか、と問えば、ファーリアは現実味のない夢物語を語るだろう。


 自分が大丈夫だからとパーティメンバーのことは考えなかった。やりたいことだけをやるのは冒険者だ。ただ、独りよがりのビジョンならば一人でやればいい。

 

「ギルドマスター、私はパーティを抜けてヴァロキアに行くわ。そうしたら、銅になっても良いと言われたの」

「そうなのか?」

「そうだよ、あのダンジョンはこの子たちには向いていない。それなら周囲に人がいるヴァロキアで経験を積んだほうが生存率も高いと思う」

「そうか…。ヴァロキアに行くのはもちろん、銅へのランクアップも手配しよう。だが、離脱するのか」

「だってファーリアはこの調子だし、王女様だったなんて聞いてないわ」


 タチアーナが立ち上がり、ベルベッティーナもおずおずと席を立った。


「何も話さないで自分で全部決めて従え、なんて、もう信用できないわよ」

 

 ばっさりと言い捨ててタチアーナは扉に向かった。

 ファーリアが従えと言ったわけではないが、決定についてくるのが当然と考えていることが我慢ならないのだ。


「カウンターでパーティ脱退手続き進めておくわ。部屋から自分の荷物も引き上げるから。外で会っても声かけないでよね」

「私は、タチアーナとヴァロキアに行く…。私も抜けるね、さようならファーリア」


 ぺこりとお辞儀をしたのはベルベッティーナだ。

 ファーリアは絶望した顔で二人がドアから出ていくのを見ていた。





 ―― しばらく、誰も声がなかった。





「どうして、いつもうまくいかないの」


 ぽつりと呟いたのはファーリアだ。


 そちらに視線が集まり、次の言葉が待たれる。


「私、ただ役に立ちたいだけで」


 くすん、と鼻を啜る。

 ツカサはアイリーンを見遣り、アイリーンはツカサを見ていた。

 仕方なく悪役を買って出ることにした。


「なら、そのために力を身につけるべきだ」 


 ゆるりとファーリアの顔が上がり、ツカサを見る。


「冒険者だって、腕っぷしだけがあればいいわけじゃない。世渡りを学ぶことも、行き先の国を学ぶことも。商人とのやり取り、他のパーティとの駆け引き、ギルドとの交渉。生活のために何が必要か、その優先順位、計画性。…パーティの方針」


 泣き腫らしたファーリアを可愛いとは思えない。ツカサにはその顔が、無責任で他力本願な人の顔にしか見えなかった。


「君は、役に立ちたいと言いながら、何を学んできた?」


 ファーリアは答えようとして言葉が出なかった。彷徨わせた視線は、やがて膝の上に落ちた。


「導くとは、何を?」


 同じ冒険者なのか、それとも国民なのか、仲間なのか。

 ファーリアからの答えはない。


「フェネオリアを出るんだ、ファーリア。ここに居場所が無いのなら、ヴァロキアや他の国で、他の場所で見つけるんだ。…懐かしい場所を旅立って、新しい場所は怖いけれど。

 それでも、生きようと思えば生きられるものだよ」


 ツカサの声色にファーリアの肩が揺れる。しばらくして、小さくこくんと頷いたのは、きっと見間違いではない。

 少しだけ息を吐く。瞑目し、立ち上がってアイリーンに向く。

 

「引率は終わりだ、四階層まで足をつけて帰還石で戻った。依頼は達成でいいな?」

「もちろんだ。クイナーレ、ツカサの手続きをしに行ってくれ。私はファーリアと少し話すよ」

「承知しました」


 ツカサはクイナーレに促されて会議室を後にした。


 


 ―― カウンターでパーティを抜け、元の【異邦の旅人】に表示を戻してもらった。

 

 報酬の金貨一枚を受け取り、達成した依頼の中に追加される。

 クイナーレはカウンタースタッフとして笑顔で対応してくれたが、やはり心は会議室にあるようだ。


「お疲れ様でした、ツカサさん。いろいろ…ありがとうございます」

「やれることをやったまでだよ。それに、部外者から言った方が遺恨も残らないっていうのは、今ならわかる」


 サイダルでただただ矢面に立って守ってくれたラングの背中が思い出された。圧倒的武力を以てして叩き伏せたあの夜、ツカサを守るためにサイダルに対し悪役に徹してくれたことをようやくわかった気がした。

 いずれ、どうせここを出ていく。

 その決定事項はツカサの背中を押した。


「先ほど、他のスタッフからタチアーナとベルベッティーナが脱退申請をしたと聞きました」

「受理は?」

「されました。基本的にギルドは加入と脱退に口を出さないんですよ」

「そっか」

「ランクアップはまだ依頼が完了してなかったので保留ですが、ギルドマスターの許可も出ていますから次に来た時には上げられます」


 それを聞いて安心した。あとはヴァロキアの王都マジェタの後始末に間に合うかどうかだ。


「あ、そうだ、手紙来てないかな」

「お調べしますね、少々お待ちを」


 オルワートの滞在は【真夜中の梟】に伝えてあるので、もしかしたらロナからの手紙が来ているかもしれない。

 冒険者ギルドで定期的に尋ねなければならないが、この待ち時間が楽しみでもある。


「お待たせしました、来てますね」

「お!よかった」

「ではこちら、受け取り代が六千リーディになります」

「六千?いつもより高いな」

「三通来てますので」


 これはギルドの純粋な稼ぎになるので、送信代と受け取り代を支払う必要がある。

 一通二千リーディ、いつもはロナやマーシからなので高くとも四千だ。

 代金を支払い、ツカサは手紙を受け取ってカウンターを離れた。


 歩きながら差出人を確認する。

 一通はロナ。

 一通はカダル。

 最後の一枚は。


「え?」


 ツカサは往来で足を止めた。


 どくりどくりと血が巡り、心臓が早鐘を打つ。

 深呼吸をして、強く瞑目。そうっと目を開いて差出人を見た。



 ―― ラング アル



「う」


 ぎゅうっと胸が熱くなった。

 息が苦しくて堪らない。蹲りたい気持ちを堪え、足を踏み出した。

 一歩、二歩、あっという間に宿へ向かって駆けだした。


 生きていた。わかっていた。死ぬわけがない。

 一年と少し、もうそろそろ二年というところでようやく確証を得た。


 ツカサは走りながら大きく飛び跳ねて叫んだ。


「やった!生きてた!ラング!アル!」


 今なら屋根の上まで飛んでいけそうだった。




また来週まとめ投稿できたらいいな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実に見事な話の展開でした。 ストーリーテラーとはまさにこのことでしょうか。 時間を忘れて読み続けてしまうので、区切りをつけるのが本当に難しいです。
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