2-15:【微睡みの乙女】とダンジョンへ 2
本日三話目です。
すったもんだいろいろあったが三階層まで来た。
癒しの泉エリアで眠る時、不寝番を立てるように言えば返事だけは良いものの、全員が寝ていた。結局ツカサがいつも通りの眠りながらの警戒を行なう羽目になった。
今はそれでもいい、だが、女子四人だけでパーティを組み続けるのなら不寝番は必ず必要だろう。ツカサは【微睡みの乙女】にそういう欲を持たないが、別のパーティ、それもダンジョンに籠り続けている男冒険者がどうなるのかはよくわかっている。ツカサは【微睡みの乙女】とダンジョンに入ったことで、【異邦の旅人】四人でダンジョンに入った際、エレナだけをテントで休ませた理由がようやく理解できた。
他の男性しかいないパーティには、ある程度の年齢とはいえエレナも女なのだ。
本やゲームの中だけでは知り得ない生々しさに少しだけ嫌気がさした。
三階層の攻略を開始し、三日ですっかり役割分担の出来るようになった【微睡みの乙女】に先導を任せてみた。罠がない階層だからこそやらせたことでもある。
ツカサが先導を任せたことが嬉しいらしく、ファーリアはナルーニエと並んで前に立ち、タチアーナの指示に従い道を行く。曲がり角が近づけば足を緩め、自分たち以外に足音がしないことも確認できるようになったし、ナルーニエが小盾を構えて角を出るのも慣れてきた。
水ゴブリンと戦わせてみて、四人が思ったよりもまともな連携で戦えることにも驚いた。癒しの泉エリアでの振り返りや相談がきちんと出来ているからだろう。
その癒しの泉エリアでの会話も増えた。
タチアーナがツカサに声をかけるようになったので、ベルベッティーナも少しずつ会話をするようになった。トイレの見張り番として通路で二人きりになった際、練習場での水ぶっかけ事件にお礼も言われた。恥ずかしいだろうからツカサも話題にしなかったのに律儀なことだ。
ほかのパーティは見ていると面白い。ファーリアはあまり身の回りに頓着せず、ナルーニエは必要最低限。ベルベッティーナは少しだけ余分が多く、タチアーナは嗜好品にこだわる。
二日目の休憩からはお湯を求められたので分けたが、タチアーナは器用に紅茶を淹れていた。
三階層のボス部屋にたどり着く。ここにも待機列はない。
「ボスは?」
「大サハギンです、キングではなく、ただ大きい、戦闘色の強いサハギン」
「そう、二階層はサハギンの群れでここは少し難易度が上がる。知能も上がっているから、俺が前で戦っていても君たちにヘイトが行くかもしれない。注意して」
「はい!」
「じゃあ行くよ」
ツカサは扉を押して開け、中を確認する。
ヒレを持つ二足歩行の魚人、大きなサハギンが三体、銛のようなものを手にうろついている。ツカサは頷いて【微睡みの乙女】を振り返った。
「俺が行くけど、もしそっちへ行った場合は思い切り戦うんだ」
「わかりました」
ファーリアが強く応え、他のメンバーも頷く。
それを確認してツカサはすぅーはぁーと呼吸をした。
地面は相変わらず濡れている。思い切り蹴った場所に水しぶきが上がる。ツカサはシャドウリザードのマントをぐいと引っ張って突進した。
大サハギンはツカサを認識しており、銛で一突きにしようと構える。真っすぐ突き出された銛を回転するように避け、そのまま手に構えた炎の短剣を大サハギンの胸に刺した。魔力を込めればそのまま燃え上がる。体内から燃え上がった大サハギンは水を浴びようと地面をのたうち回る。
ツカサは一瞥もくれずに次へ走った。
こちらの大サハギンもツカサの軌道に銛を突き出す。次はそれをショートソードで受け流し、そのまま首を掻っ切る。これはラングがよく見せてくれたカウンター戦法だ。
最後の大サハギンはツカサに敵わないとわかり【微睡みの乙女】へ向かって走り出した。
「行ったぞ!」
ツカサは叫びながらも大サハギンを追う。追いつける速さだが、敢えて追いつかなかった。
「はい!」
「おりゃぁ!」
ナルーニエが小盾で銛の切っ先を僅かに逸らしてサハギンの体勢を崩す。ファーリアがそこへ飛び込んで大サハギンの腕を斬りつけた。
ツカサは浅い、と思った。
大サハギンは痛みに悲鳴は上げたものの、動きは止まらず銛を振りぬいた。ナルーニエが小盾を真横に出して堪えたが、魔獣の全力で打たれた一撃で弾き飛ばされた。その軌道にファーリアもいたので巻き込まれて濡れた地面に転がった。
大サハギンは立ち上がることを待ってはくれない。転がった二人へ追撃をしようと牙を剥いて襲い掛かる。
「ナルーニエ、どいて!あたしがやる!」
「うっ…」
重なるように倒れた二人は、痛みに呻くナルーニエの動きが遅い。ファーリアはその下から強引に抜けようとしてまたもつれる。
「タチアーナ!フォロー!」
「は、はい!燃える火炎よ、我が敵を穿て!ファイアーボール!」
ツカサの声で慌てて炎魔法が詠唱される。ご、と音を立てて飛んでいく炎は大サハギンの顔を焼いたが仕留めることはできなかった。
ツカサはタイムリミットだと思い、素早く大サハギンとファーリアたちの間に入った。
「防げ!」
魔力の盾を展開し、大サハギンの一撃を防ぎ、逆の手で構えていたショートソードで首を掻っ切った。
床に倒れて火消しを頑張っていた個体も、頑張りの甲斐もなく灰になり素材を落として消えていた。
大サハギンを倒し切り、ごとん、と扉が開錠された音がした。
ツカサはまずは報酬を拾い、空間収納にしまい込んだ。
「癒しの泉エリアに行くぞ」
ツカサが声をかけると、ベルベッティーナは慌ててナルーニエを手当てし、ファーリアは水浸しになった姿で立ち上がった。
四階層に降りた。【微睡みの乙女】が意気消沈していたので先導はツカサがした。癒しの泉エリアに着くと各々座り込んでしまったので、仕方なくお湯を沸かしお茶を淹れ、全員に分けてやった。ハーブティーで少し落ち着いたのだろう、ナルーニエが呟く。
「何が悪かったんでしょう」
先ほどの立ち回りの件、ツカサは視線をそちらへやった。
「教えてください、どうすればよかったのか」
真っすぐに教えを求められれば、ツカサとて気持ちは変わる。
【微睡みの乙女】に向き直れば少女たちは居住まいを正す。
「一言で済ますなら経験不足だ」
いつもの雑用で戦うことはない。
スライムのような単調な攻撃ではない。
確実に殺そうとしてくる魔獣を前に、上手く動けなかった。
ツカサが助けに入らなければ死んでいた。
それはよくわかっているのだろう、【微睡みの乙女】たちは黙って聞いている。
「ファーリア、なんで腕を斬りつけたんだ?」
「え、っと、なんでと言われると」
ファーリアは視線を彷徨わせた。特に何も考えていなかったようだ。
「【微睡みの乙女】のアタッカーはファーリアだ、一撃一撃大事にしないといけないところだな。ただ上段から振り下ろせば、当たるかもしれないし、当たらないかもしれない」
「は、はい」
「得られたチャンスでどれだけの致命傷を負わせるかが大事なんだ」
「それは、あたしが悪いってことですか?」
「さっきのは確実にそう」
「そんな!」
「だがナルーニエも、攻撃を受けて床に転がり続けるのはあり得ない」
指摘を受け、ナルーニエは俯く。
「タチアーナは魔法を準備していなかったから初動が遅いし、ベルベッティーナはナルーニエが吹き飛ばされた時点でヒールをするべきだった」
一人、また一人指摘を受けて俯く。
「ダンジョンに来ていて、今ここにいるのは君たちなんだ。誰かがやるだろう、どうにかなるだろう、でいるならあっという間に全滅だ」
淡々と事実だけを述べていく。怒りに任せてみても、悲しみに任せてみても意味はない。
「怪我をしても立つしかないんだ。常に備えておくんだ。そうでなければ冒険者なんて続けられない。…できるのか?」
問えば、ファーリアは睨むようにして顔を上げ、ナルーニエは静かに頷き、タチアーナは心酔した顔でツカサを見て、ベルベッティーナはコップを握りしめたまま頷いた。
けれど、ツカサはここで切り上げることに決めた。
「四階層まで足を降ろした、探索はここで終わりだ」
「ま、まだいけます!」
「目的を間違えないでよ、引率は三階層から五階層までのどこか。俺は十分に役割を果たした。これ以上は責任取れない」
はっきりと言えば、ファーリアは悔しそうに拳を握りしめた。
「ハーブティー飲みきったら戻ろう。帰還石はあるから」
「…わかりました。でも、あの、ランクは」
視線で縋り付かれ、ツカサは少し悩んだ。
「そうだなぁ、条件を付けるとしたら」
前置きされ、少女たちはごくりと喉を鳴らした。
「このダンジョンに来ないなら、銅に上がってもいいかな」
「何でですか!」
「ここは君たちには向かないし、サポートも得られない。ランクも上がりにくく稼ぎにくいフェネオリアで、これ以上の成長は見込めないからだ。オルワートのダンジョンなんかは狩場の担当冒険者が決まっているし、他のダンジョンでも似たり寄ったりでやりにくかった。今後のためにヴァロキアに行くほうがいい」
ツカサの言葉にファーリアはみるみる顔を赤くした。
怒りと、愛国心からの悔しさとが溢れているのだろう。そしてついには耐え切れずにコップを強く投げ捨てた。ツカサが分けたハーブティーは無残に床に散らばった。
「いやよ!私はフェネオリアにいるんだから!このダンジョンを踏破して、ランクを上げて、導く立場になるのよ!」
ツカサはぎょっとした。
ギルドマスターのアイリーンはファーリアを外に出すつもりでいると聞いていた。最初だけはどうしてもフェネオリアが良いというので、依頼を出すことにも決めた。
だが、ファーリア本人が国を出ようとしないのであれば、前提が変わってきてしまう。
ツカサが口を開く前に、ドスのきいた少女の声が響いた。
「は?何言ってんの?バカじゃないの」
声を発したのは魔導士のタチアーナだった。
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