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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第二章 別々の場所で

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2-14:【微睡みの乙女】とダンジョンへ

本日二話目です。


 ダンジョン当日、ツカサはいつもの装備でロビーに居た。

 【微睡みの乙女】へ仮加入の手続きも済んで、少女たちを連れ、まずは依頼書の貼ってあるボード前に行った。


「今回は引率が目的だから活用しないけど、例えばここじゃない別のダンジョンとかに行くとき、依頼ボードを見れば狙いがどの階層なのか、どの階層に目的を定めればいいのかを検討できる」


 狩りたい魔獣はどれか、達成できそうな依頼はどれか、力量と経験を見ながら決めていくのだと言えば、ファーリアは素直に頷いた。

 一頻り説明が終わって川へ向かう。オルワートの城下を流れる大きな運河を、城下町を出て少し下ればダンジョンの孤島が見える。すでに船待ちの冒険者が列を成しているが、船は大きいのである程度の数が一気に動く。

 ファーリアたちは初のダンジョンに浮かれていたし、顔見知りの冒険者に鼓舞激励を受けて高揚しているのがよくわかった。


「約束は覚えているな?」


 会話を遮る様にツカサが言えば、【微睡みの乙女】はハッとして頷いてくる。


「【異邦の旅人】のツカサだったな、ルーキーを頼んだぞ」

「言われるまでもない。見ているだけで手を貸さなかった奴は黙っててくれ」


 ツカサの冷たい物言いに、冒険者は不機嫌に顔を歪めて舌打ちをする。

 それを気にも留めずにツカサは船に乗る。【微睡みの乙女】も乗り込むが、後続の冒険者は不快感からか同船を拒んだ。


「貸し切りで移動か、贅沢だな」


 シャドウリザードのマントの中で腕を組み、孤島に着くまで僅かに瞑目して時間を過ごそうとした。


「あんな言い方しなくてもいいんじゃないですか?」


 ファーリアは自身を気に掛けてくれた冒険者への不遜な態度に納得がいかないらしい。それに対してツカサは沈黙を貫いた。

 声を掛けるだけで行動に移さない善意が、いったいなんの意味があるのか。

 ツカサには言葉にせずとも行動で示してくれる背中の方が信頼出来る。それをファーリアに強要するつもりもなければ、諭すつもりもなかった。こういうことは言葉を連ねるよりも本人が気づくしかないのだ。

 ツカサが一言も発しないまま、船は孤島に着いた。


「俺はあんたの意見に同意だね」


 船頭にそう声を掛けられ、ツカサは笑って返した。


 早速ダンジョンに足を降ろした。

 【微睡みの乙女】はダンジョン内の床を踏むだけできゃあきゃあと騒ぎ、ランタンを点けてそれらしい雰囲気に盛り上がっていた。

 ツカサは自身が初めてダンジョンに入った時、魔獣への恐怖と緊張で彼女たちのように楽しめはしなかったことを思い出した。スライムを討伐し、レベルが上がってからは楽しかったが、魔獣の見た目のせいで苦労もした。

 元々ダンジョンありき、魔獣ありきの生活をしている人たちには縁の無い苦悩なのだろう。

 少女たちが一頻り騒ぎ終わる頃、ツカサは手を叩いた。まるで先生のようだ。


「後続の冒険者が来る前にここを動くぞ、地図を出して」

「はい!」

「まずは癒しの泉エリアまで行こう」


 ツカサの指示で魔導士のタチアーナが地図を広げ、道案内をする。その案内に従いツカサが先頭を行き、危険を確認する。

 道中初めての魔獣との遭遇もあった。水のダンジョンらしくスライムは種類豊富、幸運なのは毒を扱う物がいないことだ。


「最初は見せる」


 ツカサはショートソードと短剣を手に、スライムの群れを蹴散らせてみせた。接敵、的確に核に突き刺し、時に踏み潰す。

 【微睡みの乙女】はぽかんとそれを見守っていたが、ツカサが魔石を拾い見せに行くとハッとして戻ってきた。


「これが魔石。見たことは…あるか」

「あ、はい、あります」

「次に遭遇したら任せるから、立ち回りの相談忘れずに」

「はい…」


 覇気のない様子が少し気にかかったが、一行は再び癒しの泉エリアを目指して進み始めた。


 スライムにもう一度遭遇し、ファーリアたちに任せた。いざとなれば助けに入ることは伝え、まずはやらせてみた形だ。

 ナルーニエのタンク術は魔獣相手であれば十分に機能し、小盾にスライムの突進を受けながらも上手に対処した。その横からファーリアが剣を刺し込み核を潰したり、削ったり、タチアーナの炎魔法も危なげなく魔獣を燃やした。

 【微睡みの乙女】が討伐した分の魔石はそのまま拾わせ、彼女たちの取り分とした。初めての報酬に泣きそうな顔を見せていたが、やがてそれも落ち着いていくのだろう。


 癒しの泉エリアに辿り着いたので休憩をとる。

 興奮気味な【微睡みの乙女】を連れて先を急げば、どこかで必ず隙が出来る。それぞれが持ってきていた休憩道具で昼食、しばらく時間を過ごすことにした。


「ツカサさんは軽装ですよね」


 タチアーナから初めて声をかけられ、ツカサは少しだけ驚いた。

 今のところ、ツカサに声を掛けてくるのはファーリアとナルーニエだけだったからだ。


「あぁ、俺はアイテムバッグを持っているから」


 腰に着けたポーチをとんと叩いてみせる。三脚コンロが出てきて、ツカサは炎の短剣でクズ魔石に火を点けると泉の水でお湯を沸かし始めた。


「いいなぁ、それがあるとやっぱり楽ですよね。仕方のないことだとわかっていても、やっぱり荷物は重いし」

「ね、それにお宝を手に入れても帰りが重いとね」

「どこで手に入れたんですか?」


 冒険譚が好きなのは冒険者ならでは、ここに来てようやくツカサに慣れてきたらしい少女たちに苦笑を浮かべた。


「俺のはこの大陸の物じゃないよ、でも、ヴァロキアの王都、マジェタのダンジョンで稀に出るって聞いたな」

「ヴァロキア、ですか」


 ファーリアの眼が伏せられる。ギルドマスターのアイリーンからもランク上げがしにくいことを理由に、他国へ向かうことを推奨されていたはずだ。その最有力候補にヴァロキアが挙がっただろうことはツカサにもわかる。


「冒険者として経験を積みたい、ランクを上げたいというのなら、ヴァロキアが一番だろう。今は特に迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)もあって灰色も銅級も引っ張りだこ、それも経験ある銀級や金級の保護下で活動できるんだ。安全に貢献度は稼げる」


 しゅんしゅん、とポットから音がしたのでハーブティーを淹れて喉を潤す。タチアーナが羨ましそうにそれを見ていた。


「前にも聞いた気はするけど、何故他国へ出なかった?」


 ファーリアは薄い唇をきゅっと噛み締めて答えはしない。ナルーニエが心配そうにその肩を叩いて、ファーリアは儚い笑顔を見せた。


「どうしても、初めてのダンジョンはフェネオリアがよかったんです」


 ツカサは予想していた答えに、そうか、とだけ返して残りの休憩を沈黙で過ごした。


 休憩を終え、通路を進む。一階層のボス部屋に今更並ぶ冒険者はいない。そもそも一階層も貸し切り状態で進めたのだ。


「一階層のボスは?」

「攻略本によると、でっかいスライムが三匹」

「俺が下見に来た時もそうだった。ここのボス部屋は俺がやるから、四人だったらどうするか、をよく考えておいて」

「わかりました」


 扉を開けスライムであることを確認する。


「ジェキアのダンジョンで迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が起きた時は、ボス部屋の中身が全く変わっていた。もし攻略本や前情報と違う魔獣が出た場合は必ず引き返してギルドに報告すること」

「はい」

「じゃあちょっと行くか」


 扉の中へ入りドアを閉め、水属性のショートソードに魔力を最大まで込めて、一閃。

 ツカサはふうと息を吐いた。


「俺の場合はこれで終わり。次の階層はもう少し接敵するけど、近寄らないで済むならそれに越したことはないかな。確実に勝てる方法をとること。【微睡みの乙女】には魔導士もいるから、次の癒しの泉エリアで作戦を立ててみると良い」


 魔力で作られた水の斬撃に、核を分断されたスライムはずるずると崩れていき、やがて蒸発して消えた。魔石と少しばかりの報酬を拾い、ツカサは【微睡みの乙女】を振り返った。


「どうした?次に行くよ」

「あの、本当に、最初ナメててすみませんでした…」


 ツカサは何度目かの苦笑を返し、四人を促した。

 次の階層への階段を降りながら質問を浴びせられた。


「その剣はどこで手に入ったんですか?」

「ここだよ。二十四階層くらいだった気がする」

「いいなぁ!持ってみても良いですか?」

「癒しの泉エリアでなら」

「さっきのはどうやったんですか?」

「剣に魔力を込めたんだよ」

「魔力があればできますか?」

「さぁ、どうだろう。俺は練習して出来るようになったよ。さて」


 階段を降りきり、まだ質問をしようとする少女たちを手で制する。


「ダンジョンでの鉄則、ボス戦あとは不用意な戦闘を避ける。癒しの泉エリアに真っ直ぐ向かうよ」

「あ、はい。でも、全然疲れてませんけど」

「戦ったのは俺だからね。でも、もしファーリアたちが戦っていたら?」


 ツカサの問いに首を傾げるファーリアに肩を竦め、タチアーナを見遣る。


「タチアーナ、地図を開いて誘導をして」

「は、はい。ええと、二つ目の分かれ道を右です」


 鞄から地図を取り出し、タチアーナが指示を出す。ツカサは脳内の地図を確認しながらそれに従う。

 しばらく進んだところでヒレの生えた水ゴブリンに遭遇し、ツカサは短剣でそれを殲滅した。

 このダンジョンは足元が水で濡れていて、癒しの泉エリアは少し嵩高で乾いた地面になっている。通路では自分たちの足音と魔獣の足音が混ざり、曲がり角から急に出てくるなんてこともある。

 水ゴブリンと遭遇した時もそうだ。ツカサは足音を聞き分け短剣を構えて待った。それに対してファーリアが声を掛けたことで、水ゴブリンにここにいるのだと教えてしまうことになった。

 ツカサには対処が容易いが、【微睡みの乙女】であればどうだったのだろうか。


 癒しの泉エリアに着いて夕食にすることにした。


 各自準備したものを出し、各々が食事をとる。

 ツカサは三脚コンロを出して湯を沸かし、固いパンに生ハムを切って挟んで齧る。ハーブティーを淹れて喉を潤せば、やはりタチアーナが羨ましそうにそれを見ていた。

 湯を求められるくらいなら分けるつもりではいたが、ファーリアは飲み物などの嗜好品にはこだわらないらしい。癒しの泉エリアにコップを突っ込んでそのまま飲んでいる。


「癒しの泉エリアの使い方も説明しよう」


 ツカサはここが共同の場所であることを説明し、癒しの泉に直接手を入れないこと、散らかさないこと、汚さないことを言い付けた。とても常識的なことではあるが、慣れてくる頃に忘れがちなことだ。


「あの、お手洗いは…」


 ここに来るまで我慢していたのだろう、ベルベッティーナが少しもじもじしながら挙手をした。言わないので大丈夫なのかと思っていたらそうではなかったらしい。ここまでおよそ七時間近く、トイレについて気を回さなかったツカサも申し訳なくなった。


「悪い、言ってなかった。地図に四角いマークがあるだろ、そこがトイレに指定されている場所だよ」

「ダンジョンの行き止まりですか」

「そう、ダンジョンで死んだ冒険者は一日でダンジョンに吸収されるのは聞いた?」

「はい」

「排泄物も消えるんだよ。なんでかこっちは一時間程度。じゃあ行こうか」

「え、行こうかって」

「癒しの泉エリアの近くだけど、癒しの泉エリアじゃないから。たまに魔獣が来たりするから見張りを立てるのが常」

「聞くのが怖いんですけど、そこも水浸しじゃないですよね?」

「そこをトイレに定めた人に感謝するといいよ。俺が行った感じ、ここみたいに少し高いし広いし乾いてる」


 ほっとした【微睡みの乙女】は全員が立ち上がった。我慢していたのなら言えばいいのにと思うが、異性だからこそ言いづらく、ここまで来たのだろう。

 ツカサが道具をさっと片づけて立ち上がると【微睡みの乙女】たちは軽蔑するような眼を向けてきた。

 ツカサは頭痛がするのを感じて眉間を押さえた。


「あのな、引率でついてきてトイレ行かせて怪我させました、なんて不名誉な噂話は俺も勘弁なんだよ。冒険者なら嫌でも慣れないといけないんだぞ」

「わ、私たちがお互いに見張りますから!」

「わかった、じゃあこうしよう、いいか、トイレの突き当たりまで距離がある。俺はここの通路の分かれ道で見張るから連れションしろ。それが妥協案だ」

「うう、それなら、わかりました。でも絶対覗かないで下さいよ!」

「そんな趣味はないったら!そんなに言うなら俺のことを見張る奴も立てろ!」


 女子四人を相手に眉間を揉みながらツカサは叫んだ。


 トイレは無事に済んだとだけ記載しておく。






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