2-13: 引率準備
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数話まとめて投稿します。
三日後、【微睡みの乙女】はツカサの下へ来た。
ギルマスに言われて装備を整え直し、六日分の食事を用意できると言い、宿のロビーで四人が頭を下げた。
ツカサはエレナとの買い出しから戻ったところで捕まり、ひとまず宿の食堂を借りて話すことにした。
「正直ナメてました」
開口一番、ファーリアは言い、ツカサの強さに敬意をはらうことを約束した。
そもそも先輩冒険者に対して最初から敬意をはらえと言えば、はい、と返事が来た。
一頻り謝罪が済んだところでファーリアが本題を切り出した。
「あの、それで、引率はしていただけますか?」
そう問われれば、ツカサは腕を組んで少しだけ考えた。
結論から言えば、今目の前に座っている少女たちであれば連れて行ってもいい。もちろん、いくつかの約束事は必要になるが、恐らくそれさえ守ってもらえれば大丈夫だろう。あとは何階まで行くかだ。
「最低三階、最高五階だったな」
「え?あ、はい、引率階層ですね?そうです」
ツカサの呟きに首肯を返し、ファーリアはメンバーと顔を見合わせる。
またしばらく沈黙をした後、ツカサは顔を上げた。
「わかった、依頼を引き受けよう」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「ただし、いくつかの約束を守ってもらう。それが破られた場合、すぐに撤退するし、俺は俺に出来る対処をさせてもらう。それが守れるのなら、だ」
「ええと、どんな約束でしょう…?」
最初、ラングと出会った時、ツカサは契約の内容を聞かずに了承をしようとした。
ファーリアが内容を先に聞いたことで、少し笑ってしまった。かつての自分よりもファーリアの方が慎重で安心したからだ。首を傾げられたので咳払いで誤魔化す。
「紙に書きだそう、全員文字は読める?」
「はい、読めます」
ツカサは頷いて、紙とインク壺とペンを取り出し、書きだしていく。すっかりインクペンにも慣れたなとふと思った。
書きだした約束事項はこうだ。
指示のない限り、ツカサより前に出ない
自身の命を最優先に考える
ツカサが指示した場合、必ずそれに従う
ツカサが倒した雑魚とボス部屋の報酬は全てツカサがもらう
ここまで書いて一度ペンを止める。インクを補充し、また少し考えたあと、一文を追加する。
何があってもツカサに対し、武器を向けてはならない
「守れるか?」
書いた紙を【微睡みの乙女】の方へ差し出し、確認をする。
【微睡みの乙女】は全員で紙を覗きこんだ。
「ツカサさんより前に出ない、命を優先、指示に従う…報酬は、よくある話なので大丈夫」
「武器を向けることもないし、問題ないと思う」
「うん、これを守るんだよね、全然出来る」
「私も大丈夫、確認した」
全員が頷き合い、ツカサを向く。
「私たちはこれを、必ず守ります」
ツカサはやっと笑顔を見せてペンとインク壺を【微睡みの乙女】へ差し出した。
「じゃあ、下の空白にサインを」
「サイン?名前書くんですか?」
「そう、その内容を守りますって証拠」
「そこまでやるんですか?別にいいですけど」
「俺にとっては大事なことなんだ」
一人ずつ名前を記載し、紙がツカサへ戻ってくる。サインを確認してツカサは全て空間収納に仕舞い込んだ。
エレナはここまで微笑を湛えたまま一言も発していない。
「二日後、ダンジョンに行く。明日は買い込んだ食材の確認とダンジョンの予習をしてもらう。ダンジョンの攻略本は?」
「あ、それは買ってます」
「じゃあそれを持って冒険者ギルドで落ち合おう。午後の鐘が一つ鳴る頃に集合で」
「わかりました、よろしくお願いします!」
「あぁ、約束は守るよ」
目の前で喜び、きゃあきゃあと盛り上がる少女たちに少しだけ寂しそうに笑う。
「冒険者だからね」
師匠が居たら、どんな指導をするだろうか。
―― 翌日、午前中はエレナと商業ギルド管轄の店でハーブや薬剤を買い込み、薬屋のライエールのところでも挨拶と買い物をした。午後の鐘が一つ鳴る頃エレナと別れ、ツカサと【微睡みの乙女】は会議室で合流した。
「エレナさんは?」
「エレナはダンジョンに行かない。このダンジョンは相性が悪いからね」
「冒険者なのに相性がとか、言っていていいんですか?」
「エレナは商人登録しているから、そっちで稼ぎがあるから問題ない」
「石鹸屋さんでしたっけ、商業ギルドで買いました!すごい良い香りで泡立ち良くって!」
「聞いたら喜ぶと思うよ。さて」
談笑を切り上げてツカサが手を叩く。
前に座った少女たちは居住まいを正し、期待に目を輝かせている。
「ダンジョンの勉強だ」
ツカサは言い、攻略本を開かせた。
やることは簡単だ、ツカサが見てきたダンジョンの中身を攻略本と照らし合わせて説明をする。ツカサが目にした状況を話し、ファーリアたちにどう対処するのかを答えさせる。ツカサは自身が対処できる方法は答えず、全てをファーリアたちに考えさせた。
「ツカサさんはどうやって対処するんですか?」
幾度かファーリアにそう尋ねられたが、ツカサは必ずこう答えた。
「俺に出来ることとファーリアたちに出来ることは違う。俺を基準に、全てにしてはならない」
それは師匠に常々言われていることでもあった。
教える側になって漸く、自分を全てにしてはならない、と言われたことの意味を知った。
「この作業って意味があるんですか?」
「人間って咄嗟に動けるかと言われると、そうでもないんだ。咄嗟に動ける人は経験が豊富かもしくは事前に備えている人だ」
「…どんな状況でも、考えることをやめるな、ってことですか?」
ナルーニエの言葉にツカサは驚いた。ツカサがその答えに辿り着いたのは、師匠に口酸っぱく言われていたからなのだ。
「そう、そうであってほしい」
とても不思議な心地だった。嬉しいような寂しいような、今すぐラングに逢いたい気持ちに駆られた。
そんなツカサの表情に何か思うところがあったのだろう、【微睡みの乙女】は顔を見合わせて、大丈夫ですかと尋ねてきた。
「大丈夫、ひとまず五階層までの予習は出来たね。次は荷物のチェックをさせてほしい。…着替えとかはいいから、食事とか装備とかの意味でね」
若干少女たちの視線が非難めいていたので付け加えれば、安心したように頷かれた。
ツカサはそもそも空間収納を持っており、ラングが所持していた諸々で最初から困らない生活が出来ていた。これからダンジョンに行く駆け出しの冒険者の所持品がわからないので見せてもらうしかなかった。
ファーリアたちはそれぞれ、背負っていた袋だったりショルダーバッグだったりをテーブルに乗せ、中身を出し始めた。若干袋や鞄に残っているのはそれこそ下着なのだろう。
携帯食料としての干し肉や乾パン、乾燥した野菜、小さな鍋、混ぜるためのスプーン、それぞれのコップ、水筒。
ツカサからすると食事の準備量が少なく感じたのでそれを問えば、ナルーニエからこれ以上は重量が重くて動きにくくなるのだと言われた。
ツカサは自分の分は準備していくが、目の前で温かい料理はしない方が良いだろうと判断した。アイテムバッグを持っていることにして身軽なことは隠さないが、食事を【微睡みの乙女】に合わせないとストレスを感じさせると思ったからだ。宿への帰路で干し肉とパンを買うことにした。
装備は整え直されていたが、改めて確認をした。
ツカサが斬ったナルーニエの小盾と籠手は新品に替わっており、どうやって新調したのかを問うた。ナルーニエは余裕のある時に予備を買ってあり、今回はもう一つ予備の小盾を背負っていくと言った。その準備や良し、ツカサは先ほど重量が、と言われたことを理解した。蹴りで砕いた胴の装備も同じ理由で準備が出来たらしい。
ファーリアは装備は変わらず、ダンジョンではランタンを腰に吊るすという。魔力ランタンは徐々に熱くなり、剣士が動き回りながら着けるには向かないと言えば、癒し手のベルベッティーナが持つことになった。
ベルベッティーナとタチアーナの装備自体は壊していないので、そのままだ。だが、水のダンジョンなのでローブが濡れると歩きにくいことを指摘し、せめて膝までどうにか上げてくることを指示した。
靴も滑りやすいものではなく足にフィットした物をと伝えれば、四人で住んでいる部屋にあったかどうかを相談し始めた。
どうやら四人で金を出し合ってルームシェアをしているらしく、お互いの荷物は把握しているらしかった。
その隙にツカサは四人を鑑定した。
魔獣と戦う経験をしていない四人なのでレベルはお察しだったはずだが、ツカサは僅かに眉を顰めた。
そして、この引率がただでは終わらないだろうことも理解した。
お待たせしました!
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