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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第二章 別々の場所で

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2-11:依頼の背景

お待たせしました!


 クイナーレの発言から暫く、ツカサは天井を仰いだまま固まっていた。


 ようやく動いたと思ったら空間収納から三脚コンロを出し、小鍋を出し、赤ワインを注ぎ、火を点け、スパイスを入れ、果物を入れ、ホットワインの製作を始めた。

 ツカサの突然の行動にクイナーレは困惑したが、エレナが苦笑を浮かべて手で制した。


「ごめんなさいね、この子なりの落ち着き方なのよ。それに、話が長くなりそうだわ。喉を潤す物は必要でしょう?」

「お茶をお持ちしますが…」

「あら、それもお願いするわ」


 クイナーレは小さく頷いて一度部屋を出ていった。

 丁度戻ってきたタイミングでツカサもホットワインを仕上げ、人数分のコップに注いだ。

 テーブルには紅茶とホットワインと焼き菓子が並んだ。これはクイナーレと共に部屋に入ってきたギルドマスターの差し入れだ。


「オルワートの冒険者ギルドのギルドマスター、アイリーンだ」


 手を差し出されたので握手を返す。女性にしては握力が強い。

 クリーム色の髪の毛は肩に触れない程度で切りそろえられ、ぎらりとした目は男勝りできつい印象を与える。だが、声は柔らかい。


「まずは情報を伏せたまま護衛依頼を受けさせようとしたことを謝罪しよう」


 綺麗な所作で頭を下げられ、ツカサは沈黙を貫いた。

 謝罪を受け入れてしまえば立場は対等になる。まだその段階ではないと思った。

 

「クイナーレから聞いたけど、【微睡みの乙女】のファーリアがこの国の王女様だって?」

「そのとおり。さらに正しく言うのであれば、第三王女殿下だ」

「その王女殿下がなぜ冒険者に?」

「もっともな疑問だ、お答えしよう」


 アイリーンはあっさりと了承し、語りだした。


 オルワートには王太子が一人、王女が三人いる。

 王太子はもうすぐ戴冠式、それをもって正式に王になる。

 第一王女は所謂公爵家に降嫁が決まり、第二王女は学者の道を、第三王女はいらない子と言われていたらしい。

 ツカサはぎゅ、と手を握り締めた。

 一般家庭の子供であっても、王族であっても、家族にいらないと言われる気持ちがツカサにはわからなかった。幸いなことに家族仲は良好だったと思うし、喧嘩をしても仲直りは出来た。


 家族からいらない子と言われるのは、辛いだろうな。


 ツカサはそれだけを理解して、手から力を抜いた。


 王族なのだから婚姻なども引く手数多と思いきや、この国の王族は一男一女だけが特別扱いで、その他は放任主義なのだそうだ。つまり使い道がない。

 第二王女は薬学の分野で卓越した才を見せ、その道へ進む。

 ファーリアは城を抜け出して城下を走り回り、市井の民に顔を知られるほど親しみを持たれていた。だが、それだけだった。勉学も好まず、外に出るときは護衛も無く。居ても居なくてもどっちでもいい子扱いを生まれてからずっとされてきたわけだ。


 一年ほど前、突然第三王女のファーリアが市井に降り、冒険者を目指すと言いだした。

 王城に居る価値もなく、政略的に使える手駒でもないと判断されていたファーリアは、自身の居場所を自身で作ろうとした。


「ヴァロキアの王都で迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)があっただろう。お前たちも関わっていると聞いたが」

「あぁ」

「ヴァロキアの王女殿下、サスターシャが陣頭指揮を執ったと聞いて、これだ、と思われたのだろう」


 確かに、冒険者は実力の世界だ。相性さえ良ければ出来ることは多い。

 加えて、自分の腕で食べていける。


「それで一年前に登録して、今、護衛依頼ってことか。あのパーティは王家斡旋なのか?」

「いいや、そこは【微睡みの乙女】のために言うが、本人たちが自分たちで探し、選んだパーティだ。街の中の依頼をやっている間に仲良くなったようだ」


 アイリーンの言葉に考える。


「もしかして、【微睡みの乙女】が受けている依頼のほとんどは、ファーリアを知る民からの温情…?」

「鋭いな、そのとおりだ。だが、査定に手心は加えていないぞ」

 

 街の中の依頼とは言え、懸命にやっていたのだろうことはわかった。


「護衛依頼が一ヵ月放置されていたのも、ファーリアの素性を知っているから下手な真似は出来ないからか」

「そのとおりだ」

「よそ者ならどうなってもいい、という訳か?」


 ツカサの声が低まる。

 ふ、と空気が重くなり、アイリーンは眉を顰めた。


 この小僧、どうやら名ばかりではないらしい。


「誤解してほしくない。ただ、噂の【異邦の旅人】ならば任せられるのではないか、と思っただけだ」

「建前はやめろ。俺は俺だけでなく仲間(エレナ)を危険に晒されるのが一番嫌いだ」


 アイリーンは両手を挙げて降参の意を示した。


「そう噛み付かないでくれ、私なりに君の人となりを見た上で、信頼に足ると判断したまでだ」

「それならギルドから直接俺たちに声をかければ良いんじゃないのか。依頼書を見て興味を惹かれなかったらどうするつもりだったんだよ」

「その時はその時、クイナーレから声をかけたさ」

「だったら何故最初からそうしなかった。二回目だ、建前はやめろ」


 ツカサは違和感を覚えていた。

 今言ったように最初から声を掛ければいい、ギルドの依頼として頼めばいい。それを受ける断る選択肢はもちろんツカサたちにあるが、あまりにも手法が回りくどい。


 ラングだったら、初動を誤ったな、と言ってさっさと席を立ちそうだ。


 アイリーンは暫く瞑目し、目を開くのと同時にぽつりと言った。


「なかなか手強いものだ。若いように見えて随分と慎重で疑り深い。生来の気質か、それともパーティメンバーが良かったのか」


 それが問いかけなのか独り言なのかがわからず、ツカサは沈黙で返した。


「洗いざらい全て話した方が良さそうだ。すまなかった。ここからは真実だけを話すと誓おう」

「今、印象が最悪だとは伝えておくよ」

「あぁ、もっともなことだ」

 

 アイリーンはツカサの淹れたホットワインのコップを手に取り、口に運ぶ。

 それはツカサへの信頼を示す行動だった。ツカサは同じようにクイナーレが持ってきた紅茶を飲んでみせた。


「護衛依頼が一ヵ月残っていたのは、冒険者ファーリアの素性を知る者が多く、責任を取れないと断り続けたからだ。だが、その他にも理由はある」

「どんな?」

「国の情勢に関わる話なんだ、他言はしないでくれ」

「わかった」

「冒険者ファーリアに、暗殺の噂がある」


 いらない子と言われたり、命を狙われたり、その人生はどれだけ過酷なのだろうか。


「なぜ暗殺を?放任されているんだろ?それに、冒険者になるってことは王族を抜けるんじゃ?」

「あぁ、順当に行けば銅級になったところで王籍は外れることになる。だが、少しきな臭いことになってしまっているんだ」


 アイリーンが少しだけ視線を窓の方へ向けた。

 その視線が何を捉えているのかはわからないが、ツカサは僅かな苛立ちを感じ取った。


「まだオルワートへ届いてはいないが、アズリア王国からファーリア王女殿下への婚姻の打診が検討されている」


 アズリア王国、それはスカイに一方的に戦争を起こし、一方的に大敗を喫した国だ。これから行く目的地ではあるが、すでに悪いイメージしかない。


「あれ、でもアズリアの国王は三年前の戦争で代わっているよな?」

「あぁ、分家が王座に着いている。王座に着いた分家の王が、自身の地盤のために正当な本家の姫を娶る、というのが表の理由だ」

「裏の理由は?」

「ファーリア王女殿下が婚約者となった後、暗殺。アズリアはその責を問いフェネオリアへ戦争を仕掛けるつもりだ」

「めちゃくちゃじゃないか!」

「そうだ、めちゃくちゃなんだ」


 アイリーンは机に肘をついて組んだ手の上で唸った。


「だがそのめちゃくちゃをやってのけてしまうのが、あの国なんだ。途中にあるガルパゴスも蹂躙してくるだろう」


 ツカサにはまったくもって理解が出来なかった。二十年もまだ生きていないが、そんな理由で、自作自演をしてまで戦争を起こす意味がわからなかった。

 

「スカイが…もっとしっかり罰則を与えていれば」


 アイリーンの言葉にエレナが僅かに反応をした。

 曰く、スカイがほぼ全員と言って良いほどアズリアの兵を返し、王の退位、決められた賠償額だけで済ませたことがこの事態に繋がっているという。

 アズリア王国は戦争を出来るだけの兵力を未だ持っているという訳だ。


「アズリアがやったことであって、スカイは関係ないでしょう」


 エレナが不機嫌を隠さずに言い、アイリーンはハッとした後謝罪した。


「すまない、八つ当たりだった」

「話を続けて頂戴」

「そうしよう」


 こほん、と咳ばらいをして気まずさを追いやり、アイリーンは続ける。


「我が国の諜報が得てきた情報だ、信ぴょう性は高い。ゆえに、婚約が結ばれる前にファーリア王女殿下を殺してしまえばいいという意見も出たようだ」

 

 約束も何もない状態で殺せば、アズリア王国がフェネオリアに手を出す理由は無くなる。打診があったところで婚約を結ぶための王女が死んだ、と断るだけで済む。

 その場合、第二王女が狙われるのではないか、と思ったが、研究職に進むということで王籍を外れるのだろうか。泥沼の思考にはまりそうなので考えるのをやめた。

 そしてようやく理解が出来た。


「つまり、一ヵ月も依頼が残っていたのは、受ける人がいなかったこともそうだけど、ファーリア暗殺推奨派が来たらギルドが断り続けたから、というのも理由?」

「君は敏いな、そのとおりだ」

「背景はわかった、じゃあ、なんで俺たちに依頼をしようと思ったんだ?」


 これが本題だ。

 アイリーンはいろいろと回りくどい理由を出してきたが、最初から依頼するつもりだったのならそうすべきだ。


「まずは謝っておく」


 そう前置きを置いた上で、アイリーンは言う。


「君たちがオルワートに入ってからの行動は、我々の息が掛かった者が見ていた。要は監視だ。王家に益はなくとも、私たちはファーリア王女殿下を幼いころから見守り、そして愛している。だからこそ、冒険者ファーリアをきちんと導ける、他国の冒険者の手を借りたかった」


 恐らく、それは手心を加えてしまったり、甘やかしてしまったり、そうすることでファーリアが冒険者に()()()()ことを危惧していたのだろう。

 国の情勢を知らない他国の冒険者であれば、報酬のためとはいえ、外の知識も織り交ぜつつ教えてくれるだろう、という期待だ。

 今までそのお眼鏡に適う冒険者はおらず、今回ツカサたちがその期待をクリアしたということだ。


「事前に謝られた意味はわかったよ。街の人たちはファーリアが命を狙われていると、知ってるんだ?」

「あぁ、だからこそ街中の依頼を受けさせていたと言える。補足をするなら、各ギルドの上層部だけが暗殺の危険を知っていて、理由は話さずに部下に雑用依頼を出させていた。市民にそんな情報を流す訳にはいかないからな」

「なるほど」


 外の依頼を受けていないことを責めたが、ファーリアが受けたくともなかったのだ。


「たださ、もしそれで銅級に上がって王籍からは外れたところで、やる意味はあるのか?というか、そういう理由なら最初からヴァロキアとか、ガルパゴスとか、他国のギルドを勧めるべきだったんじゃ?」

「勧めたのだがね…最初のダンジョンはオルワートが良いと譲らなかったんだ」


 断られてしまえばギルドにはやりようがない。追放しようにも、問題も起こしておらず、かつ灰色級に命令を出すのも疑われてしまう。


「…オルワートのダンジョンに入って、思い出が出来たらフェネオリアを出る覚悟はある?」

「そうなるようにしたい。銅級になれば、こちらからダンジョンの狩場がないことを理由に、他国を推奨できる、疑われもしないだろう」


 半分攻略したダンジョンを思い出す。

 確かにあれでは銅級はなかなかランクを上げられないだろう。


 銅級であればヴァロキアのダンジョンも、進みは遅くとも入ることは出来る。

 冒険者の成長を考えてもその方が良い気がした。

 ツカサは最後に尋ねた。


「なんで【異邦の旅人】を選んだ」


 監視をしていたのはわかった。他国の冒険者で、権力や国益に関わっていない。

 しかし、何を以てして()()()()()と思ったのかがわからない。


「君は、仲間のために薬屋に走っただろう。それに調薬もわざわざ学んだ。だからだ。依頼書に興味を持ってもらえてなければ、本当に声をかけるつもりだったよ」


 パーティメンバーを大事にする姿勢に、信頼が見えた。


 アイリーンにそう言われ、ようやくツカサは肩から力を抜いた。


「俺は、何を教えられるかわからないけど、やれるだけやってみるよ」

「ありがたい」

「でもまずは手合わせをして、その後の対応を見てからだ。ダンジョンに入るのに準備することだって多いんだからな」

「あぁ、わかっている。もし君たちが依頼を受けなくても、手合わせの経験は一生の宝になるだろう」


 まずはそこからよろしく頼むと差し出された手を、ツカサは握り返した。





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[一言] 王女殿下の事情はともかく、ギルドマスターへの好感度は話が別。
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