2-10:引率に向けて
お待たせしました!
宿に戻ってエレナと食事へ出た。
エレナらしい品の良い店で、ゆったりと腰を落ち着けて食べられる店だった。
魚を野菜とともに上手に蒸しあげてさっぱりと食べられるものから、衣をつけてさくさくに揚げてあるものなどを頂いた。
食事をとりながら思うのは、エレナがダンジョン帰りのツカサのためにこの店を見つけておいてくれたのだろう、ということだ。野菜もとれて、若者の舌に合うように油ものもとれる。蒸し料理でエレナもワインを飲めるし、ツカサも同じだ。
気遣いをありがたいと思いながらギルドでの事を話す。
「そう、じゃあ明日まずは面談なのね」
「うん、エレナはどうする?」
「そうねぇ、見守るのはありかもしれないけれど、私はお嬢さん方のお友達は出来ないわよ?」
エレナが意地悪な笑みを浮かべる。ツカサは苦笑を浮かべ、肩を竦めた。
「それは当然、エレナは大先輩なんだからそんなことしなくていいよ。【微睡みの乙女】のためというよりは、俺のために一緒に来てほしいんだ」
「あら、あなただけでも十分だと思うけれど」
「でも俺はナメられる」
ツカサがはっきりと言えば、エレナは否定をしない。ゆったりと赤ワインのグラスを回している。
「おかわり、良いかしら?」
「飲み過ぎないようにしてよね」
エレナがウィンクをしてくるのでツカサは笑い、店員に赤ワインのデカンタと生ハムを頼む。
それらがテーブルに届けられてから会話を続けた。
「ツカサはどうしたって顔つきが優しいものね。あの人は顔も見えないけれど威圧が上等でなめられることもなかったし」
「あれは人生経験に基づいて培ったものだからね、アルだってそうでしょ」
「そうね、アルも若いけれど修羅場は越えていると思うわ」
あまり美味しくないと思っていた赤ワインも飲み続ければ慣れるものだ。ツカサは意外と酒に強いことにも気づき、深酔いしない程度に嗜むようになった。
「俺がメインで対応はするから、エレナには面談の時だけサポートに来てもらいたいんだ」
「あら、ダンジョンはいいのね?」
「病み上がりのエレナに無理をさせるほど、俺は最低じゃないよ」
「気遣いありがとう、そうね、この水場はあまり体調と相性が良くないわ」
ダンジョン内に入ったからこそ分かるが、水が多く、それなりに湿気ている。
外に比べれば幾分マシな印象もある。ただ、晴れの日の外程の過ごしやすさはない。足場も水に濡れていたり浸かっていたりするので、ローブであるエレナはただでさえ動きにくいだろう。
少なくとも面談だけはベテランにいてもらったほうが、話を聞いてもらえる気がした。
「なら同席しましょう、必要がなければ口も出さないわよ」
「手助けだけは頼むよ」
「はいはい」
エレナはグラスを小さく掲げて微笑み、ツカサもグラスを掲げ返した。
不安はあるが、どこまで通用するか試したくもあった。不思議な緊張感を覚えながらその日は眠りについた。
―― 翌朝、ツカサはいつもの鍛錬を終え、エレナと朝食をとり、共に街を散策しながらギルドへ向かった。
その途中、天気もよかったのでクレープのようなものをエレナと食べたりして空腹を満たした。商人ギルドが管轄している店なども教えてもらい、ハーブや薬剤を今度は一緒に見に行く約束もした。
ギルドへ着くとクイナーレがすぐに声を掛けてきた。
「ツカサさん! お待ちしておりました。そちらはパーティメンバーの方ですか?」
「そうだよ、エレナは初めてだっけ?」
「用事がないんだもの」
「それもそうか。先に鑑定のお金を受け取りたいんだけど」
「それでしたらあちらのカウンターにご用意が出来ています。その後、会議室を取ってありますのでご案内しますね」
「よろしく」
テキパキと対応するクイナーレはいつもと気合が違った。余程【微睡みの乙女】に肩入れしているようだ。
「あの子、なんだか気負ってるわね?」
エレナがぽつりと言った言葉の意味を、ツカサはあとで知ることになる。
換金が終わりそれなりの稼ぎを懐に入れる。
クイナーレの案内でエレナと階段を上がりドアを開ければ、中にはすでに【微睡みの乙女】が揃っていた。
「こ、こんにちは! 先日はすみませんでした!よろしくお願いします!」
がばっと立ち上がって挨拶をしたのは、リーダーの少女だ。
それに続き、パーティメンバーが元気よく挨拶をしてくる。一旦なだめて全員が席に着いたあと、ツカサはテーブルの上に紙を何枚か出して準備を整えた。
クイナーレは壁際の椅子に腰かけ、手元にバインダーを持っている。いわゆる議事録とやらを取るのだろう。
「改めましてだね、俺は【異邦の旅人】のツカサ。こっちがパーティメンバーのエレナ。まずは自己紹介からしてもらえるかな」
「は、はい! 私がリーダーをしているファーリアです、職業は剣士。それから、タンクのナルーニエ、魔導士のタチアーナ、癒し手のベルベッティーナです」
ツカサは紙にメモをした。
剣士:ファーリア
タンク:ナルーニエ
魔導士:タチアーナ
ヒーラー:ベルベッティーナ
名づけの感じからして、ここフェネオリアの国の子で、地元の子なのだろう。
「先に言っておくけど、まだ引き受けると決めたわけじゃない。今回打ち合わせをさせてもらって、無理だと思えば断らせてもらう」
「えぇ、そんな!」
「当然だろ? パーティを一時的でも組むということは、お互いに命を預け合うことだ。まさか引率だけしてもらってピクニック気分でダンジョンに行くつもりじゃないだろうな?」
ツカサがそう問えば、【微睡みの乙女】たちは顔を見合わせて口をもごつかせた。
ツカサ自身が言えたことではないが、まだまだ思考が子供だ。連れていってもらえれば銅級に上がれると考えていたのだろう。
「ダンジョン、まだ早いんじゃないかな?」
ツカサがそう言えば、リーダーのファーリアがムッとした顔を見せた。
「私たちは経験を積みました、それがギルドに認められて今回の護衛依頼を許されたんです!」
「じゃあなぜ一ヵ月近くも依頼が放置されていたんだろうな?」
「それは…」
「それが答えじゃないのかな」
こんなことを言えば心証は最悪だろう。ツカサはそれでもいいと思った。許容できる我慢と出来ない我慢ははっきりさせておくべきだ。
それに、放置された原因として「報酬が割に合わない」なども出てこないあたり、本人たちも周囲にどう見られているのか自覚はあるということだ。
「あの」
おずおずといった形で声を掛けてきたのはタンクのナルーニエ。
ツカサの視線を受けると一瞬びくりとしたものの、深呼吸をして話した。
「私たちの、認識が甘かったことは…認めます」
「ナルーニエ!」
「ファーリア…、私たちはダンジョンを、知らないんだよ…」
「だからってこんな馬鹿にされて!」
「知らないんだもの、しょうがないじゃない…だけど、私は、ツカサさんとエレナさんが…こうして時間をくれただけでも…すごく、すごいことなんだと思う」
ファーリアの剣幕に押されつつもゆっくり言葉を紡ぐナルーニエの声には意思があった。
今まで見てきたタンクのエルドとはタイプも違う。ちらりと装備を確認する。
中型の盾に腕と脚を覆う革鎧。剣が申し訳程度のショートソードなのは自分の体格を把握しているからだ。
ツカサはナルーニエがこのパーティ一番の実力者だと理解した。
「俺が師匠…兄から最初に教わったのは、自分の実力と体力、体調をしっかりと把握することだ」
ツカサの声に【微睡みの乙女】の視線が集まる。
「だからこそ、背伸びは命取りになると思う」
再びファーリアの顔が真っ赤に染まる。がたりと音を立てて立ち上がり、文句を言いたい口がどうにか強く結ばれていた。
ツカサは座って、とファーリアに言った。
ファーリアは何かを言いたげに足を一歩踏み出したが、ツカサは次は少しだけ睨んだ。
「話を続けたければ座って。でなければここまでだ」
声を低めて言ったからか、【微睡みの乙女】たちは肩をびくりと震わせた後、席に着いた。
エレナはあら、と目を見開いた。
ツカサがわずかに【威圧】を使ったからだ。
本人は無自覚、ね。
そっとそんなことを思い笑みを浮かべ、エレナは【微睡みの乙女】たちを見た。
「あなたたちと年齢は変わらないように見えるでしょうね。でも、ツカサを見た目で判断しない方が良いわよ」
テーブルに着いて初めてエレナが口を開いたことにツカサも驚いた。
「あなたがフォローをお願いしたのでしょ?」
「いや、そうなんだけど、ちょっとびっくりした」
エレナのことだ、同席こそすれ本当に口を出してくれるとは思わなかった。
ラングが背中を見せ、アルが隣で補足をするならば、エレナは最後まで後ろに立ち沈黙を貫き見守る人だからだ。
ツカサがそんなことを考えている内に、エレナはゆっくりと【微睡みの乙女】たちを見渡した。
「あなたたちがツカサを、年の近い冒険者として見ているのは私にもわかるわ。ツカサが一人で三十一階層まで足を着けた、というのも、そこのギルドスタッフから聞いているのでしょう?」
エレナの視線を受けてクイナーレが苦笑を返した。ツカサが納品した内容からそのくらいはわかったのだろう。それにしてもクイナーレの口の軽さはどうしたものか。
「そこのギルドスタッフの彼女は、ここのダンジョンが簡単だとでも言ったのかしら」
「い、いえ、水に足を取られ、動きにくさもあって危険度はそれなりに高い、と聞いています」
「でもツカサを見て甘く考えているでしょう? ねぇ、ツカサ、アイデアがあるのだけれど」
「なに?」
「あなた、ちょっと彼女たちと手合わせなさい」
思わぬことを言うエレナに、ツカサはぽかんとした顔でそれを聞いた。
ただ、言わんとすることはわかる、冒険者は実力主義だ。オルワートに来て早々難癖をつけて来た冒険者を降したように、実力を知らしめるには一番早い手段だ。
ただ一つ問題はある。
「それってジェキアでアルとマーシがやったやつ?」
「それよりはあなたとラングがやっている手合わせがいいわね」
「あーうん、なるほど」
とりあえず叩き伏せろという訳だ。
手っ取り早いなと思ってしまったあたり、すっかり思考の方向が師匠たちに毒されている。
ツカサは一つ頷いて【微睡みの乙女】に提案した。
「もし一時パーティを組むにしても、お互いに実力を知らないと不安だろうし、君たちが良ければ手合わせするけど、どうする?」
少なくとも銀級のツカサは、そのランクに適した振る舞いをする必要がある。
故郷でならまだ大学生の年齢だが、それを教え込んでくれた師匠に想いを馳せた。
「ぜひ、お願いします!」
ファーリアの顔はまだ不機嫌なまま、実力を見てやろうという気持ちがツカサにも伝わってくる。
ラノベの展開からするとこてんぱんにした方が彼女たちのためだろう。ツカサは頷いて立ち上がった。
「クイナーレ、練習場なんかはあるかな」
「ギルドの地下にありますけど、本当にやるんですか?」
「それはなんの心配なの?」
ツカサがすぱりと尋ねれば、クイナーレは言い淀む。
ふ、と、調査が足りないなと思った。
「クイナーレ、君はなんでここにいるんだ?」
ツカサが問えば、クイナーレはバインダーを胸にしっかりと抱いて身を守った。
「…このあとお時間をいただけますか?」
「いいよ、【微睡みの乙女】とは明日手合わせにしよう。今日と同じ時間に練習場に来てくれないかな」
「わ、わかりました」
立ち上がらないツカサたちを見て、【微睡みの乙女】は気を遣い部屋を出て行った。
「クイナーレ、教えてくれるかな」
何について、と言わないのはあまりに漠然としているからだ。
それでもクイナーレには何を話せばいいのかわかっているようで、テーブルに着き直した。
「もうすでにお気づきかもしれませんが、【微睡みの乙女】のファーリア様はここオルワートの王女殿下でございます」
ツカサは顔を覆い、天井を仰いだ。
書ける時間がなかなか見つからず…
のんびり更新ですがお付き合いください。
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