2-9:ダンジョンの下見
お待たせしました!
ダンジョンの下見は五日ほどで終わった。
入口は噂通り、川のど真ん中にある浮島にあった。船に乗って移動し、下に降りて入るタイプだ。川が氾濫した時などはどうなるのだろうか。心配になり渡し守に尋ねてみれば、器用に水がこの島だけを避けて流れるらしい。ただ、橋渡しが出来なくなるので入れないし戻れない。故郷で見た洞窟の映画のように、水嵩が増して溺れるようなことはなさそうで安心した。
迷宮の加護を使わずに入り、いくつか罠を回避しながら先を進む。
水系の魔獣が多いため、炎の短剣は非常に重宝した。
加えて氷魔法の有効性に頼りつつ、ツカサは思ったよりもスムーズに攻略が出来た。途中運の良いことに転移石も手に入れ、次にエレナと来るときには楽ができる。帰還石はエイーリアで入手済だ。元から持っていたものはラングが持っていたのでこれは助かった。
ボス部屋も炎の短剣と氷魔法、水が邪魔なら風魔法で吹き飛ばしながら対応し、特別な苦労を感じないで越えることができた。
魔法を封じ、属性の付いていない短剣のみで戦ってもみたが、足捌きさえ間違えなければある程度の時間はかかるが討伐は可能だった。そろそろ短剣よりも長さのある、ショートソードくらいは欲しい。懐に入り込むのは良いが逆にそれが危ない時もあり、戦闘の幅を広げたい気持ちに駆られた。
ボス部屋の報酬やドロップした魚の切り身、湿地帯のフロアで手に入れたハーブやよくわからない調合アイテムも仕舞い込んだ。鑑定諸々はいつも宿でやることにしている。
五日で丁度半分の三十階層まで潜れたので確かに各フロアは広くはない。というよりはジェキアなどと比べると非常に狭い。
常連の冒険者もいるので狩場が決まっており、睨まれないために移動を優先。その結果階層が進んだという形だ。街の食料店やギルドに卸す分なら十階層までで十分だし、それ以下はマジックアイテムなどを目当てに攻略するパーティが多い。狩場の決まっているダンジョンはランクアップのための貢献度が稼ぎにくい。クイナーレが言っていたのはこのためだろう。
気を付けるべきは水に関連する罠、一番困ったのは水が急に流れてくるものだ。
わかっていて押した罠だが、目の前で横から水が噴きその反対側の壁に棘が出た。水圧で壁に叩きつけて殺す、殺意の高い罠があって慄いた。そういう罠を見たのはそれこそ中層だが、改めて罠に気を付けることを心がける機会になった。
三十一階層へ足をつけたところでダンジョンの下見を切り上げ街に戻る。
冒険者ギルドへ立ち寄って【真夜中の梟】のロナへ手紙を出した。彼らはまだ王都マジェタで活動をしているはずだ。
宿に戻ったのは昼頃、エレナは出掛けているようだった。恐らく昼食か買い出しか、石鹸の販売に出ているのだろう。
おかえりがないことを少し寂しく思いながら、まずは風呂に入る。
たっぷりのお湯で体を流し、石鹸で洗い、垢と汚れを落とした。気持ちよくさっぱりして部屋へ戻り、風魔法で乾かす。
エレナが戻るまでに報酬の鑑定を行なうことにした。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま、エレナ。おかえり」
ベッドの上に戦利品を並べているツカサに、エレナは優しく声を掛けた。顔色は良さそうだ。
「体調はどう?」
「もうすっかり大丈夫よ。このところ晴れが続いて雨も降らなかったのよ」
「よかった、部屋寒いかな?」
「いいえ、すっきりしてていいわ」
【除湿】をかけた部屋の感想を聞き、安心して頷く。
ベッドに腰かけて作業をしているツカサの反対に腰掛け、エレナは戦利品を手に取る。
「エレナはどうしてたの?」
「いつも通りよ、石鹸を作って売りに行っていたの。とても良い値段で買ってもらえたわ」
「エレナの石鹸は特級品だからね」
「素材が良いのよ」
鑑定しエレナの方に素材を寄せるツカサに微笑む。視線に気づいて顔を上げ、ツカサは頬を掻いた。
「俺は使い方を知らないから、それならエレナに役立ててもらった方がいいってだけだよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
笑い、二人で報酬に意識を向ける。
「お金は数えたの?」
「まだ、鑑定先にしてた。任せても良い?」
「もちろんよ。何か良いアイテムはあった?」
硬貨が混ざった革袋を受け取り、エレナはテーブルに移動した。
「んー、魔水の筒みたいなのがあった。こっちは魔力を通さないと水が出ないけど」
「ほかには?」
「水を吸い込んで、吸い込んだ水を溜めておいてあとで出せる石」
「見事に水関連なのねぇ」
エレナが感心したように息を吐いた。
話しながらも手元では貨幣が十枚ずつ山になり、振り分けられている。
「どれか売るの?」
「水を出したり溜めたりできるものは手元に置いておくつもり。荷物はいくらでも持てるし、こういうの、水不足な場所の方が求められるだろうし」
「それはそうね」
「売るのはこの辺を考えてる。数え終わったら見てもらっていいかな」
「今終わったわ、金貨十二枚、銀貨四十五枚、銅貨八十二枚」
「ありがと、ジェキアを考えるとやっぱり少ない気がするね」
「でも五日でしょう?十分じゃないかしら。売り物はどれ?」
「これ。売らない方が良いと思うものあれば教えて」
ツカサは食料以外の素材を並べた。
ジュエルフィッシュの鱗
オパールの小箱
一角魚の角
サハギンのヒレ
ウォータースライムの肉片
川床の砂
ピラニーの牙
「なんとも言えない品揃えね」
「武器防具はこっち」
水の杖
水の籠手
「見事に」
「水属性なんだよね」
エレナは杖を手に取ってしばらく眺め、それからベッドに置き直した。
「相性が悪いのかしら、杖は使えそうにないわ。籠手は何か効果はないの?」
「鑑定によると、冷たく感じるくらいだって」
「火耐性って感じね、取っておきなさいな。あなた、荷物はたくさん持てるのだから」
「わかった。あとは水のマントと、ショートソードが出たんだ。それは手元に残すよ」
ツカサは空間収納からぴちゃりと音を立てるマントと水面のようにゆらゆら揺れる波紋を描くショートソードを取り出した。長さは八十センチほど、ダンジョン産だからそう重くはない。鞘から抜けば刃も水面のような揺れ具合を見せる。見た目と違い切れ味は良い。魔力を込めれば水の斬撃も飛ばせる夢の剣だ。
「無茶なことだけはしないようにするのよ?」
「もちろんだよ」
「マントは不思議な触り心地ね、少しひんやりしていて、でも濡れないのね」
「炎のマントも役に立ったし、こういう種類は手元に残したいなって」
「効果はどうなの?」
「火に強くて周囲の乾燥を防ぐ、らしいよ。換金と一緒に帯剣のベルト増やしてこようと思う」
エレナからストップがかからなかった素材と武器防具を仕舞う。風呂上がりの恰好から改めて装備に戻り、シャドウリザードのマントを羽織る。
「ツカサ、今夜は外で食べましょう。良いお店を見つけたのよ」
「いいね、楽しみにしてる。どこに行けばいいかな」
「近くだからあなたが宿に戻ったら行きましょう」
「了解、鑑定もあるだろうし今日は預けるだけにしちゃう」
いってきます、と再び宿を出て、久々の太陽に腕を伸ばしのんびりと歩く。
ダンジョン内でも食事は作って食べていたし、栄養は偏らないようにしていた。だからこそジャンクフードを食べたくなる。フィッシュアンドチップスのようなものを買ってベンチに腰掛け、ざくざくと食べる。塩っ気の強い衣が美味しい。
夕飯が入る程度に小腹が満たされてギルドへ足を向ける。
ギルドの買い取りカウンターへ納品を済ませ、ギルドカードを登録する。ツカサは直接取りに来る方を選び、ギルドカードへの入金は断った。口座はエイーリアの製作物の売り上げの何割かと、ジュマのダンジョンからの返済で少しずつ増えている。ギルドから立ち去ろうとするツカサの背に声がかかった。
「ツカサさん!」
「クイナーレ、何か用?」
わざわざカウンターを出てきて声を掛けられ、ツカサは首を傾げた。
「ダンジョンからお戻りになったんですね、いかがでしたか?」
「うん、他のダンジョンと違って地元密着って感じで、よそ者の俺には居心地が悪かったかな」
「はっきり言いますね…」
苦笑を浮かべるクイナーレに同じ顔を返す。
ギルドの真ん中で話すのもなんなので、少しだけ場所をずらした。
「それで?」
「護衛依頼の検討はどうでしょうか?」
ツカサはうーん、と考え込んでみせた。
「それを言う前に、クイナーレは俺に言うことがあるんじゃないかな」
「え?」
きょとんとした顔でツカサを見上げ、クイナーレは口元に手を当てて視線を彷徨わせた。思い当たることが浮かばないのだろう。
ラングなら、こういう時にはっきりと伝えはしないだろう。淡々と断り、関わりを拒絶するタイプだ。あの人は頼まれもしないのにお節介は焼かない。
ただ、ツカサは自分自身がそれを指摘され教えられる側だった。伝えたところで受け取るのは本人次第かと思い、口を開く。
「期待はさせない方がいい、と言ったはずだよ」
その言葉でクイナーレは【微睡みの乙女】がツカサのところへ押しかけたことを思い出したのだろう。
「すみませんでした、彼女たちが首を長くして待っていたのはわかっていたので、つい」
「その結果、俺は護衛依頼を受けたくないと思ったんだけど。冒険者をよく知るギルド員なら、冒険者がやりたいこと、やりたくないことに素直なのはわかっているんじゃないのか?」
「それは重々」
「なら、片方のやりたいことだけを押し付けられて、こちらが意固地になるのはわかってもらえるよね」
「すみませんでした…」
しゅんとしたクイナーレに居心地の悪さを感じた。ラングもアルも、こうしたツカサの姿に思うところはあっただろうに、対応も態度も変えずに接してくれていた。
師匠とアルのありがたみを感じた。
「ひとまず、ダンジョンの様子はわかった。引率するにしてもまずは作戦会議をしてから決めたいな」
「え!ということは」
「先走らないで、やるとは決めてない。会話させてもらって、作戦会議して、その上で大丈夫そうならダンジョンに行く。一時的にでもパーティになるなら、お互いがお互いを信用出来て、命を預けられるかが重要になる」
「前にも思いましたけど、本当に慎重なんですね」
「むしろ当然のことだと思うけど」
ジュマでのパーティ加入に際しても、始まる前からひと悶着あったのだ。
ダンジョンの中でそういった事態には陥りたくはない。
「わかりました、【微睡みの乙女】に連絡をします。もちろん、確定ではなく事前面談で決める、ということもしっかり伝えます」
「そうしてくれると助かる」
「いつなら空いていますか?」
「明日鑑定の結果を受け取りに来るから、その時に。あ、そうだ、時間をかけて会話したいから、片手間で済むと思わずにいてほしい」
「依頼を入れず、しっかりと臨めということですね、わかりました」
ツカサは頷いて懐中時計を開いた。
「エレナと約束があるんだ、あとはよろしく」
「はい!」
クイナーレに軽く挨拶をして、ツカサはギルドを後にした。
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