2-7:【真夜中の梟】のあれから
本日2話更新します。
1話目です。
【真夜中の梟】は王都ジェキアの迷宮崩壊の三カ月後から参戦していた。
ジュマのダンジョン攻略に籠った際、二ヶ月ほどは中で真面目に攻略をしていた。かつてラングとツカサと進んだところから先だ。
ついつい【異邦の旅人】とのダンジョンに慣れてしまっていたために、温かい食事がないことが味気なかった。風呂はロナが頑張った甲斐もあり、土風呂が崩れなくなったし時間は掛かるが湯を沸かせるようになった。定期的に汗を流せるのは衛生面でもとても助かった。
乾燥野菜が尽きそうなら樹木系の魔獣を、魚が食べたければ魚の魔獣を、肉が食べたければ獣の魔獣を。冬にダンジョン内で生活する冒険者のようにしながら進んでいたが、ベッドが恋しくなってしまった。冒険者なんてそんなものだ。
外の状況も気になった。
ツカサの手紙で【異邦の旅人】は迷宮崩壊に巻き込まれないように王都を出るとあった。無事だとは思うが、情報が欲しい。
全員で相談をした上で、二か月半を過ごしたダンジョンを後にした。
外に出ればジルが張っていた。少し憔悴した様子で【真夜中の梟】を見ると脱力してしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「よかった、今日出てきてくれましたね。全くすごいタイミングでダンジョンに籠ってしまうんですから」
「何かあったのか?」
カダルがしれっと発した言葉にエルドとマーシは口を噤み、わざとらしく首を傾げておいた。駆け引きが苦手な二人は喋るなと釘を刺されている。
「およそ二ヶ月前、王都マジェタで迷宮崩壊が起きました。【レッド・スコーピオン】という金級パーティがクラン攻略を行なったようで」
「なるほど、つまり行けということ、だよなぁ」
「そうなります。【銀翼の隼】はすでに現地にて合流しています」
エルドのぼやきにジルは頷いた。
「ジュマのダンジョン要員は足りるのか?」
カダルが不意に尋ねる。
ダンジョンは定量の状態ではなく、放置しておけば魔獣が溢れてそれはそれで魔獣暴走が起きてしまう。
だからこそ間引きパーティも存在する。
「中層は間引きパーティには残ってもらって、こういう事態ですから銅級冒険者には十五階層、灰色冒険者にも五階層までなら許可を出しています」
「そうか。一先ず三日だけ休ませてくれないか、ダンジョン帰りでそのまま行くのはきつい」
「もちろんです。…ジュマの十年前の迷宮崩壊で王都からはいろいろ助けてもらっていまして」
「わかってる。あの時のことはエルドも、俺も知ってる」
「俺は特に苦い思い出もあるからなぁ。ま、行ってくるさ」
エルドの言葉にジルは安心した表情を浮かべ、何人かのギルド職員に指示を飛ばした。
【真夜中の梟】はジュマへ戻り、素材の納品と休養をとり、三日後にはジュマを発った。
道中マジェタからの魔獣がそれなりにいたが、安全に狩りを行なって到着したのが迷宮崩壊から約三ヵ月後だ。
王女サスターシャの指揮下に冒険者ギルドも組み込まれ、当初の魔獣暴走以降はどうにか対策が出来ているらしい。
閉じられた門の前で開くのを待つ間、【真夜中の梟】は門兵から話を聞いていた。すでに戦場のメインはダンジョンの大穴を囲う建造物の方で、城下町はそれなりの落ち着きを取り戻しているそうだ。
ダンジョンのある東側は、最初の魔獣暴走で一部が決壊していたが、それも併せて修復作業中だと門兵に聞いた。
最初の魔獣暴走の際には溢れた大型魔獣が門を破り、王都へも雪崩れ込んだという。
幸い、ダンジョンに面した東口には冒険者や冒険者御用達の店が密集していたため、突然の事態にも対処は早かった。民家に被害がなかったとは言えないが死傷者は少なくて済んだ。
王都ゆえに家々が頑丈な造りだったことも救いだった。
「お待たせしました、【真夜中の梟】の皆さま」
ごご、と音がして門扉が開く。人が二、三人通れる程度の隙間だが、これも魔獣対策だ。
よもや出迎えが王女サスターシャとは思わず、エルドはカダルと顔を見合わせる。それから膝をついた。ロナも、マーシもそれに倣う。
「あー、お初にお目にかかります。王族の方とお見受けします。【真夜中の梟】のリーダー、エルド・バスクです」
「楽になさって、私は今あなた方と同じ戦場に立っている同志です。どうぞ敬語も不要です。私の話し方が気に入らなければ改善しますわ。…その、私はこれが常で癖になっているものですから」
「では、お言葉に甘えて。王女様はそのままで頼む、その方が心臓に良い。後ろの皆さんが厳しい目を向けてるんでね」
「あら、それは申し訳ありません。後ほど諭しておきますわ」
頭を上げたエルドはがりがりと首を掻き、カダルは小さく息を吐いた。
「お出迎えがあるということは、魔獣狩り以外にも用があるということですね?」
「えぇ、そうです。貴方がカダルでしょうか」
「そうです。後ろの剣士がマーシ、癒し手がロナです」
「ありがとう、改めましてここヴァロキアの王女をしております、サスターシャ・エメリ・アン・ヴァロキアです。今回の迷宮崩壊では陣頭指揮を執っています。立ち話もなんですから、食事を共にしましょう」
「あー、王女殿、様?作法というものがだな」
「ご遠慮なさらず、私だってドードーは素手でいきますのよ」
歩きながら振り返り、サスターシャはにこりと微笑み歩いていく。
【真夜中の梟】は顔を見合わせた後、その背を追った。
道すがらサスターシャは市民に声をかけられ激励を返し、引き連れていた騎士に指示を言いつけあちこちに配置したりと忙しい。ある程度の落ち着きは取り戻してきているが、交易にもいまだ影響が出ており、経済不安は市民の顔に色濃く影を落としている。
そんなサスターシャのやり取りを見守りながら辿り着いたのは、冒険者にとっては見慣れた酒場だ。マーシが小さな声でマジかよ、と呟いたが、それは全員の感想でもあった。
「本当なら王城でディナーにご招待したいのですけれど、如何せん私の活動拠点が近くの宿なのでご容赦くださいましね」
「いや、正直こっちの方が気が楽で助かる」
エルドが笑えば、サスターシャはほっと胸を撫で下ろした。
酒場の二階に席を設けてもらい、山盛りのチキンやマッシュポテト、シチューにパンにエールに果実水と見慣れたものが並ぶ。
どうぞとサスターシャに促され、【真夜中の梟】は手を合わせた。
「いただきます」
「イタダ、キマス?」
首を傾げながらもそれが礼なのだと理解したサスターシャも倣い、チキンを手に取った。
宣言通り食事の作法を冒険者に合わせてくれるらしい。それを見て【真夜中の梟】の面々も食事に手を付け始めた。
しばらく当たり障りのない会話が続いた。ジュマから王都マジェタへの道中の話や、ジュマで日頃どう過ごしているのか。そうした雑談に関してはマーシとロナに任せた。
和やかな食事が落ち着いた頃、サスターシャはエールを片手に尋ねた。
「あなた方は時の死神に直接会ったことがあるのですよね?」
来た、と思った。本題はこれだったのだろう。
「はい、あります」
エルドの視線を受けてカダルが答える。
サスターシャは視線を落としたままエールをぐびりと飲んだ後、真っ直ぐにカダルを見る。
「時の死神は、お力を貸してくださると思いますか?」
ジュマのダンジョンを僅か十二日という速さで直し、迷宮崩壊の脅威から早々に解放してくれた時の死神。
王都であるからこそ、民のために頼れるのであれば頼りたかった。
「無理でしょう」
カダルははっきりと答えた。
その答えにサスターシャは唇を噛んだ。
「その理由を伺えますか」
「次はないと釘を刺されている。神がそれを違えるとは思えない。それが理由です」
然もありなん。サスターシャは沈痛な面持ちで視線を落とした。
だからこそダンジョンの秘密でもあるルールを明かし、周知するように仕向けたのだろう。
王都マジェタはそれを守れなかった。
「助けは得られませんか、そうですか」
民の不安を少しでも取り除ければと思った。けれど、助力を得られないものを声高に民に伝える訳にはいかない。サスターシャは顔を上げた。
「長期戦になりますね」
「そうなると思います。けれど、そんなに不安に思わなくていいのでは?」
カダルの言葉にサスターシャは思いもよらぬことを言われたという顔をした。
「狩る場所がダンジョンから外に変わっただけで、素材はあちらから出てきてくれるんです。周囲に散らばらないようにしなくてはなりませんが、狩場をつくり上げること、解体の準備さえ出来れば、変わりません」
サスターシャは目をぱちぱちとさせてカダルに言われたことを噛み締めた。
「言われてみればそうですね。それに、いつもは食べられない別の部位のお肉も食べられるかもしれません」
うん、と頷いてみせたサスターシャはカダルへ笑顔を向けた。
「ありがとう、カダル。今後の対策と方針に光明が見えた気持ちです」
「お褒めに与り光栄です」
小さく会釈したカダルに頷き、サスターシャは席を立つ。
【真夜中の梟】の面々も席を立ち、サスターシャに礼を尽くす。
「あなた方はまず冒険者ギルドへ赴いてください。そこで詳細を聞けるでしょう。私は今伺った話を元に対策の方針を伝えてまいります」
戦装束に身を包んだサスターシャの凛然とした姿勢に自然と小さく頭を下げた。
こつりとブーツの音がして、カダルの前で止まる。
「ありがとう、貴方は私に気づきをくれました」
頬に手を添えられ背伸びをしてのチークキス。
柔らかなものが冒険者の肌に触れ、そして通り過ぎていく。
「え、え、いいなカダル!」
「羨ましいぞ!」
エルドとマーシが子供のように両頬を押さえてきゃあっと騒ぐ中、ロナがそうっとカダルを覗きこんだ。
「うわぁ、カダルさん顔真っ赤!」
ロナの声に全員から揶揄いを受けたカダルは、しばらく誰とも目を合わせられなかった。
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