2-6:突然の来訪者
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突然だが三日後の夜はすごかった。
高級バーでありそういうお店であり、教えてもらった店は品の良い店だった。ツカサは緊張してガチガチになってお店に行った。
綺麗で良い匂いのする女性からお酒を注がれ冒険の話を聞かせてと言われ、冒険譚を話すにつれて少しずつ緊張は解けた。それからあとはふわふわしていて実はあまり覚えていない。
酔いもあったし初めて経験した女性の柔らかさに夢中になっていたような気がする。少し眠って目を覚ました後、酷くしていなかったかと尋ねれば、サービス、と言われ素面で襲われた。気持ちよくて腰が抜けるかと思い、怖かった。
とにかく気持ちよかったことはよかったが、一度経験すると自分が淡白なんだということにも気づけた。変な話、そこそこのお金をかけて女性を抱くよりは買い食いしている方が好きなのだ。
宿の人が心配していたような深みにはまることはなさそうで安心した。
初めての朝帰りのあと、エレナが生温かい眼差しでツカサを見ていたことも歯止めになった。ぼそりと、男の子だものねぇ、と呟くのはやめてほしい。恥ずかしさで死ぬかと思った。
居た堪れなくなって薬屋へ行って依頼していた薬草を受け取る。
ようやく太陽が顔を出し湿気が薄くなって、エレナも体調が戻り始めた。再発しないよう、フェネオリアにいる間はこの薬草茶との付き合いが続くだろう。風土病とはいえ次のルフネールでも同じものが手に入るとは限らないので、オルワート滞在中に量を仕入れておきたかった。
薬師のライエールに相談をすれば、賢明な判断だと言われた。場所により薬草の内容に差があり、今の薬草茶で体が慣れるならそれで続けた方が良いという。今は一日三回だが、慣れれば朝だけでもいいそうなのでガルパゴスまで持ちそうな量を改めて依頼した。
一先ず今回の分の薬草を受け取って昼を買い宿に戻ったら来客があった。
「【異邦の旅人】の方ですか?」
両手にいっぱいの食事を抱えていたので袋から前を覗く。
カウンターで待っていたらしい女性に声を掛けられ首を傾げる。女性というよりはまだ少女と言った方がいい。高校生くらい、だとするとツカサとそう変わらないだろうが、下手したら中学生くらいかもしれない。十五歳で登録した出遅れ組、女性の年齢はよくわからないなと思いながら、荷物を抱え直す。
「【異邦の旅人】なら俺のパーティだけど、君たちは?」
「あたしたち【微睡みの乙女】です!」
「【微睡みの】…あぁ!あの護衛依頼のパーティか」
「そうです!すみません、ギルドのクイナーレさんから話を聞いてくれた冒険者がいるときいて」
押しかけて来たわけだ。
ツカサは困ったような顔をして、期待に満ちた少女に言う。
「悪いけどまだ引き受けるとは決めていない。気が逸るのはわかるけど、宿に押しかけてくるのは失礼なんじゃないかな」
「そ、それはすみません!でも、あたしたちもう一ヵ月もずっと待ってて」
「そっちの都合は俺には関係ないことだから」
ツカサは突き放すようなことを言う。けれど事実、ツカサは興味を持ったが検討段階、こうしてせっつかれるのは筋が違う。
困った笑みを浮かべて対応していたツカサが不意に真顔で言い放ったことで、少女たちは少したじろいだ。
「銅級に上がればいつでもいけるダンジョンなんだろ?外で魔獣を狩らないのか?採取もあったと思うけど」
「それももちろん考えました!でも、やっぱりダンジョンに入りたくて」
いつ声がかかるとも知れないのに気持ちだけが逸り、街の中の依頼を受け続けていたということだ。
正直困った。このダンジョンに自分が足を踏み入れていないのに人を引率など出来ない。実際に一度行ってみて感覚を掴んでから本格的に検討するつもりだったのだ。
エレナに相談したときにもそれを勧められた。温度感に差がありすぎる。
「一先ず、今は帰ってくれないか。クイナーレがなんて言って期待を持たせたか知らないけど、こっちもパーティメンバーが体調不良で気にかかってるんだ」
「え、えっと!そのパーティメンバーの代わりにしっかり働きますから!」
「喧嘩売ってる?」
す、とツカサが目を細め、低い声を出す。
少女たちはびくりと肩を震わせた。
「エレナの代わりは誰にも出来ないし、俺は君たちを知らないから信用もしてない」
「それは…すみませんでした…。だけど…」
「自分たちのやりたいことを押し付けるのは勝手だけど、それを断る権利がこちらにもあるということをよく覚えておいて。今日は帰ってくれないか」
「わかり、ました」
すみません、と頭を下げて少女たちは宿を出ていった。ツカサはふぅ、と小さく嘆息した。
カウンターの女性はツカサと目が合うと頭を下げた。
「申し訳ありません、お客様がお泊りなのをご存知でしたので、お約束があったのかと」
「驚いたけど大丈夫、これ、今騒がせちゃったから」
「いえ、そんな!」
「受け取ってもらえないと気まずいな」
「は、はい、ありがとうございます」
ツカサは屋台で買った食事の包みを一つ差し出し、女性が受け取るとにかりと笑った。
それから部屋に戻り、エレナの体調を尋ねた。
「大丈夫よ。ところでさっき騒がしかったけれど」
「もしかして見てた?」
「少し散歩でもしようかしらと思っただけよ」
それは見ていたんだな、とツカサは苦笑する。
昼食を広げてエレナが食べられるものを自由にとれるようにして、ツカサもコロッケやサンドイッチを頬張る。ここでもサーモンのサンドイッチがあり、一番のお気に入りだ。
「それにしても、モテ期が来たかと思いきや、ね」
「やめてよ、サンドイッチ吹きそうになった。勿体ない危ない」
ごくりと飲み込んでツカサは文句を言う。
「ラングと言い方そっくりだったわよ」
「弟ですから。それに、行くにしても行かないにしても、浮ついた足で行ったら危ないのはあの子たちでしょ?」
「あら、そこまでわかっててあの対応なら文句ないわね」
ふふ、とエレナは満足げに笑ってスープを飲む。昨日よりも食べる量が増えたので、体調が戻りつつあるのは本当らしい。【除湿】もお気に召して過ごしやすいようで安心した。
「あの子たちの引率はするの?」
「こないだ話したけど、事前にダンジョンに行ってみて、相性が大丈夫なら、かな。引率するなら迷宮の加護も使わない方が良いだろうし」
「そうね、最初から楽はさせない方がいいでしょうね」
「だから一度行ってみて、かな」
コロッケを齧り、咀嚼する。さくさくの衣と潰しきれていないごろっとした芋が美味しい。
ただ、やはり命を預かることは怖い。
手に持ったコロッケを見つめたまま、ツカサは食事の手が止まる。
―― 自分の命に責任が持てないのなら、冒険者など辞めてしまえ。パーティメンバーの命に責任を持てないのなら、パーティなど組むな
耳に残っている言葉が響く。
今、ツカサはエレナの命の責任を背負っている。エレナも同様にツカサの命の責任を背負っている。
引率となれば宿に押しかけてきた少女四人の命を預かることになるだろう。何より怖いのは、ツカサの指示以外の行動を取って死なれることだ。ラング程、突然の事態に対処出来るかと自問自答すれば自身は口を噤んだ。
「とりあえず行ってみるか」
冷めてしまったコロッケをぱくりと食べ切り、ツカサは頷く。
「エレナはゆっくりしててよ。薬草茶の調合は大丈夫そう?」
「えぇ、おかげ様でね。街の散策とか石鹸の販売とか、私も少しずつ動くとするわ」
「うん、リラックスしててよ。ティータイムが取れるカフェもあったから、よかったら感想聞かせて」
「任せておいて。今から行くのかしら?」
「早い方が解決も早いだろうからね。入れそうならダンジョンにも行ってくるから、すぐに戻らなかったら察して」
「本当によく似ちゃって」
仕方なさそうに微笑むエレナの背中を優しく撫でて労わり、ツカサは装備を整えた。
「それじゃ、いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
風、火の短剣を確認し、シャドウリザードのマントをふわりと羽織って部屋を出る。
宿を出て空を見上げれば太陽が頭上にあって、暖かい。水の多い街だ、雨が降るよりまだマシだが湿気は変わらずここにある。
また雨が降る前に帰ってこよう。
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