2-5:オルワートでの行動
ラングという虎の威を借り、かつ自身でもその力の一端を示したツカサは毅然としていた。
【銀の隼】にはそれなりの冒険者が面倒をかけられていたようで、彼らが倒れた男を引き摺るようにして立ち去った後、冒険者たちがワッと沸いた。
金級パーティ【銀翼の隼】のアルカドスが手痛い目に遭わされたことは、こちらの冒険者ギルドでも話題になったらしい。
そもそも、金級の冒険者パーティはその実あまり多くはない。
ツカサは今まで出会うパーティのランクが高かった上に、ラングが金級の能力を持つ冒険者だったからそう気にしたこともなかった。ただ、よくよく思い返してみればジュマというダンジョン都市ですら【真夜中の梟】と【銀翼の隼】のみで、他は全て銀級のパーティだった。個人で金級を持つ冒険者はある程度いる、けれど、パーティの半分が金級でない限り、金級パーティは名乗れない。
ここオルワートでも金級は先ほどの【銀の隼】とは他に、四つのパーティだけしかないらしい。マジェタの金級は【レッド・スコーピオン】しか把握していなかったなと思い出した。
しかし、【銀の隼】は金級を名乗って良いランクなのか疑問は残る。
改めて考えてみると、【異邦の旅人】はやばい人の集まりだったのだなと思った。
単体戦力が高すぎるのだ。ラングに、アルに、一緒にダンジョンに潜ったエレナにしても。
考えるのもそこそこに、周囲を取り囲む冒険者に用は済んだからと言いツカサはギルドを出た。
宿に戻ればエレナは既に休んでいた。宿を出る前に用意した薬草茶はきちんと飲んでくれたようだ。
あまりうるさくしないように風呂に入り、体を温める。髪を乾かしてから部屋に【除湿】を使い、トーチを自分の手元にだけ出して地図と攻略本を眠くなるまで眺めた。
―― 翌朝、少し早めに眼が覚めたので中庭を借りて自己鍛錬を行なう。曇天ではあるが雨はない。湿気は変わらず多いので早く晴れてほしいところだ。
ルフレンの体調を確認し、ヒールをかけてやる。水桶と野菜桶を補充して部屋に戻ればエレナが起きていた。すっかり身支度が出来ているのは流石だ。
「おはよう、体調はどう?」
「おはよう、昨日よりはましだわ。面倒を掛けたわね」
「いいって。食事はどうする?」
「今日は食堂へ降りるわ、後片付けも大変でしょう?」
「そんなことないよ」
笑って応えればエレナはありがとう、と言った。
朝食の時間になり階下へ降りる。宿の人も心配をしていたようでエレナに温かい声を掛けてくれる。
風土病というのを聞いていたので、今朝は少し酸味のある食事を用意してくれたという。レモンを使ったサラダやニシンの酢漬け、頬がきゅうっとする食材が並んでいた。
「昨夜、ギルドにでも行っていたの?」
「うん、地図と攻略本を買ってきた。見た感じ攻略に時間は掛からなそうだけど、俺は欲しい物は特になかったかなぁ」
「食材も?」
「魚が多いんだよね…」
「美味しいじゃないの」
「肉あるし…」
「そればかりはだめって、ラングに言われていたでしょう?」
「うーん…補充した方が良い?」
「というよりは、ツカサに暇を持て余してほしくないのはあるわね」
パンを齧りながら首を傾げれば、エレナは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「私の療養にあなたも付き合わなくていいのよ?街も見てきてほしいし、冒険だって、危険な振る舞いをしないのなら賛成よ」
「エレナは俺にベッドで寝るなって言いたいの?」
「ツカサ」
「ごめんごめん、わかってる。でもさ、俺もあと二、三日はゆっくりさせてよ。その後いろいろ考えるからさ!地図と攻略本があるからって下見が全部出来る訳でもないんだし」
「それもそうね」
ふ、とエレナが肩から力を抜いて微笑む。
「でも約束よ?我慢はしないで。見たいもの、行きたいところに行きなさい」
「うん、ありがとう」
へへ、と笑えば近くのテーブルでくすりと笑う声が聞こえた。
どうやら会話から微笑ましい親子のように見えたらしい。人様から温かい眼差しをもらい少し肩を小さくする。
部屋に戻って薬草茶のストックを作り、エレナはそのまま体を休めるために部屋で攻略本の読書を始めた。別の観点からのアドバイスがもらえたら嬉しい。
ツカサは曇天の中外に出ることを決めたが、その前に宿の男性スタッフにそっと声を掛けた。
ツカサの後ろめたそうな、なにか抱え込んだような顔色に重い相談でもされると思ったのだろう。非常に緊張した面持ちで男性はなんでしょうか、と尋ねた。
「あの…その、こう、発散…というか、あの」
どう言えばいいのかわからず、ツカサはごにょごにょと口ごもる。
発散、と言葉を繰り返して男性がハッとした。
「お客様、お求めの情報はこちらで合っていますか」
男性がメモに手早くペンを走らせ、声には出さずに確認をしてきた。
女性、と書かれたメモに小刻みに頷く。
「そ、そうです。そういうの習う前に、あの、同性のパーティメンバーとはぐれて…」
「承知しました…。失礼ですがご経験は…」
「な、ないです…」
「では、あまり深入りしないで済むような…ところがいいですね…」
「深入り…?」
「その…冒険者の中には、あまりにも良くてそういうことから…抜けられなくなって、という方も…見たことがございまして」
「え、そ、そんなに?」
「大丈夫です、お客様」
男性はツカサの肩にそっと手を乗せた。
「深入りせずに済み、かつ、素敵な体験が出来るように、手配させていただきます!」
「ひぇ、そんな大事にしないでほしいんだけど」
「ご安心を、まずは女性に慣れるところから始めましょう」
「はい…」
ツカサは男性から【百合の根】という高級バーを紹介された。そもそも故郷では未成年、そういったお店はご法度。ツカサは作法もルールもわからないからと辞退したが、逆にそういったお店の方が良いのだと力説された。
行ってみたい気持ちと怖い気持ちとなんとも感情の落ち着かない状態だが、好奇心が勝った。
男性は丁寧に予約まで引き受けてくれて、三日後の夜、行くことになった。エレナにはギルドに行くとでも言えばいいだろうか。無駄に後ろめたい。
変な緊張感はあるが、とにかく行くのは今ではないので街の散策を行なう。
昨夜見て歩いたのとはまた違い、街は賑やかだ。
橋を渡るところで運河を覗けば様々な商品を載せた船が行き来していて、家から裏手の運河に出てその場で買い物をしている人もいた。
運河に面していない家の住民は大通りで、運河に面した家の者は運河で、それぞれの買い物エリアが違うのだろう。住民でなくとも買えるよう、船着き場でも商売が行われている。ツカサもその人ごみに紛れてコロッケを購入した。船の上で油なんて危ないのではないかと思ったが、そこは熟練だ。潰した芋と豆が入ったコロッケは塩気もあって美味しかった。
街を見て歩きながらツカサは今後について考える。
「資金だけは稼いでおかないとだよな。やっぱダンジョン行くか、何か依頼を受けるか」
懐にはまだ余裕がある。だが、ここオルワートで使った分は補充をしたい。食費的な部分で言えばすでに支払い済なのでこれ以上宿でかかることはないが、空間収納に入れておく屋台物や食材費、薬代などを考えるとある程度の活動は必要に思えた。
ラングと稼いだあの金には、実は一リーディも手をつけていない。
元々会話していた通り、船代にいくらかかるかもわからず、ツカサはアルに習った金銭感覚を重要視していた。その街で使った分は少し多めに稼いで取り返す、コツコツスタイルだ。
ダンジョンでの稼ぎがそう美味くなければ、マジェタで採掘した鉱石を卸すなどの対処もしたことはある。前述もしたが、フェネオリアはダンジョンで稼ぐのには時間のかかる国だからだ。
パーティの活動費として素材を卸すことは、師匠もそうしろと言ってくれるだろう。むしろあるものを活用しないでどうすると鼻で笑われかねない。
思い、改めて冒険者ギルドに顔を出した。
昨夜とは冒険者の面子が変わり、あの出来事はカウンタースタッフのみが知る。
切り上げて宿に戻っていたので依頼ボードを見上げ直す。料理店からの素材納入依頼、武器防具屋からの納品依頼、商人からの依頼。その中で気になったものがあった。
護衛依頼。
依頼紙を取ってカウンターで詳しく話を聞きに行く。
「いらっしゃいませ、【異邦の旅人】の御方」
「昨夜はお騒がせしました、かな?」
「いえいえ、とんでもない!良いものが見られましたよ」
女性ににっこり笑われてそれが本心か建前かわからずに口の端が引き攣る。
「どうされました?」
「いや、なんでも。ちょっとこの依頼について詳細を聞きたいんだけど」
「あぁ、【微睡みの乙女】の護衛依頼ですね」
「護衛依頼は旅の道中で声を掛けられるくらいで、こうして依頼紙で見るのは初めてなんだ」
「へぇ、思ったより慎重派なんですね?」
「小心者なんだよ」
ご謙遜を、と悪戯な顔で言われ、ツカサは肩を竦める。
本音なのだけれど、通じないことも増えた。
「それでこの護衛依頼って?」
「はい、オルワートのダンジョンは深さこそありますが難易度はそう高くありません。ですので灰色級冒険者でも既定の依頼数を達成していれば、銀級以上の付き添いの上、ダンジョンに入ることが出来ます」
「つまり【微睡みの乙女】は初ダンジョンってことか」
「そうなります。これは付き添いの募集ですね」
「詳細の条件が書かれていないんだけど、暗黙の了解みたいな部分を全部聞けるかな」
「喜んで」
ばさりと出てきたのはルールブックだ。
所によりルールが変わることもあるが、これはオルワートでのダンジョンルールなのだ。
今回の護衛依頼は既定の報酬として金貨一枚が支払われる。これは金、銀級にしてみれば慈善活動でもある。なので、気苦労の割に報酬が安いという冒険者は多いらしい。
しかも拘束時間が想像よりも長い。ダンジョンの準備から最低三階層、最高五階層まで引率をしなくてはならない。もちろん、無事に外に戻るまでが契約だ。
「それで金貨一枚?なるほど、割に合わないね」
「そうなんですよね、と、肯定していい立場ではないのですが…」
女性、クイナーレは苦笑した。
「ここのダンジョンは銅級なら入れるダンジョンなんだっけ?それならランクアップをする方が早いと思うんだけど」
「オルワートでの依頼は、実はランクを上げにくいシステムなんです」
クイナーレは困った顔をして言った。詳しく聞いてみる。
曰く、オルワートでは外に野良の魔獣が少ない。畜産されている魔獣が逃げ出すというのも最近はほとんどなく、外で経験を積むのが難しいのだという。
代わりに、冒険者は雑用などの依頼を引き受けたりすることが多い。こうした観点から灰色級は手っ取り早く他国でランクを上げてきたりする人もいる。そうでない場合、オルワートは雑用に限り十三歳から冒険者手続きを許可し、二、三年かけて銅に上がり、十五歳でダンジョンデビューをする人が多いのだという。
今回の【微睡みの乙女】は十五歳で登録した出遅れ組なのだそうだ。
「雑用をして実績が貯まった、加えて支払いの金貨一枚分が貯まったので、今回依頼を出したんです」
「ダンジョンに行ったからってランクは上がらないだろ?」
「いえいえ、付き添いの冒険者が認めれば、銅に上がれるんですよ。だから依頼を出しているんです」
「これもまた手っ取り早いってことか」
「そうです」
各地のルールがややこしい。ただ、ダンジョンの難易度に合わせて対応されているのは好感が持てる。少なくとも冒険者をどんどん突っ込んで殺すようなルールではない。
「ただなぁ、手間を考えるとソロのが楽だし早そうだし」
「そこは交渉次第でもあります。ギルド立会いの下で、例えば討伐時の素材報酬やボス部屋踏破の宝箱は全て引率者が受け取る、などの取り決めを行ない、自身の攻略ついでに連れていく、という方法を取られる方は多いんですよ」
「なるほど。言い方は悪いけど片手間であれば金貨一枚でもいいとは思えそう」
「ですです」
ふむ、とツカサは少し考え込んだ。
人を引率できるほどの能力に自信はない、けれど、人に教えることで自分が気づけることはあるかもしれない。
教えてあげられるとすれば、それはラングやアルから習ったことになるので、通じるかどうかの心配はある。
「一度持ち帰って検討したいな。これ受注期限とかあるの?」
「特にないです。というかこれ貼り出されてから一ヵ月引き取り手がないんですよ」
「え、その間【微睡みの乙女】は何してるの?」
「通常の街の依頼を受け続けていますね。…あの、ツカサさん」
「えぇ…なに…?」
「この依頼、受けてあげられませんか?」
「即答は出来ない」
「見た目と違って厳しいんですね!?」
クイナーレは悔しそうにツカサを睨む。苦笑を浮かべ、ツカサはなだめた。
「俺だって兄さんがいたら二つ返事で受けてるよ。ただ、噂通りうちのパーティはマジェタの迷宮崩壊のせいで分断されているから」
「あの噂本当なんですか」
「本当なの。それで合流地点目指して進んでる最中なわけ。加えて俺もまだまだ修行中、人の命を預かることが怖いんだよ」
「そんな風には見えませんけど」
「見えないようにしているんだ」
師匠が決して弱みを見せなかったように。
にこりと穏やかに微笑んで言えば、クイナーレは少しだけ頬を染めて視線を泳がせた。
「だから、少し考えたい。その間に受注があれば俺は手を引く」
「こうなるとあなたに受注してほしいんですけどね」
「確約は出来ない」
「うう、とりあえずはわかりました。【微睡みの乙女】には興味を持った冒険者がいることは伝えておきます」
「期待させない方がいいんじゃないか?」
「いいんです!ツカサさんはどちらにお泊りですか?」
「【乙女の水瓶】。メンバーが体調崩しているから少しの間はゆっくりしてる」
「わかりました」
クイナーレはこっくり頷くと依頼紙はツカサに差し出した。
「新しいの書いて依頼ボードには貼りますから、それは持っていて大丈夫ですよ」
「わかった、時間ありがとう」
「いえ、とんでもない」
ご検討お願いしますね、と最後に声をかけられ、ツカサは軽く手を上げて挨拶を返した。
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