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【旧版】リュヴェルトワールの幻術士【一時打ち切り】  作者: 夜空睦
第二章 幼馴染と脛の傷
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(19)昔の話・1

 胃の中から吐き出せるものすべてを吐き出しきったリュイは、元々体力が乏しいこともあって、一人で立ち上がるのも難しい状態になっていた。レッキ・レックはリュイを背負って村まで戻ったけれど、これにさしたる問題はない。獣人族の筋力は高く、持久力にも優れている。レッキ・レックの背丈はリュイより少し高い程度だったが、リュイときたらとにかく華奢で、なまじっかな女の子より軽いのだ。これなら今後もリュイがのろのろ歩いているのに付き合うくらいなら、自分が背負って歩いた方が早いんじゃないかと、レッキ・レックは思った。


 そんなことよりもリュイの体調の問題である。


 レッキ・レックは快活な性格だが、実のところ友人が少ない。魔術師ギルドに出入りしている面々と、“隻腕の”ウィード、日用品や食糧を買い揃えるために訪れる『ネムの店』のネム親子くらいのものだろう。限られた面子とだけやり取りをしているから忘れるが、この街で獣人族――というより人族以外の人種というのはやはり鼻つまみものなのである。


 ただ狩人――“レンジャー”という職能を持つ冒険者は、実は様々な技能や知識に通じていないと冒険者ギルドに認定を受けられない。その中には怪我人や病人に対する応急処置も含まれている。


 急ぎリュイを自宅に連れ帰ったレッキ・レックは、リュイの服を脱がせ、体の汗を拭ってやり、寝間着に着替えさせた。リュイは通いのメイドを雇っているわけではないのだが、リュイの寝室は丁寧に整えられている。じゃあ研究室も片づければいいのにと思うのだが、本人はどこに何があるかわかっているから問題ないとしているらしい。


 それはともかくとしてレッキ・レックは寝間着に着替えさせたリュイをベッドに横たえる。


「ぷぅ……!」


「にゃっ」


 足元に寄って来たパッフがレッキ・レックの足を小突く。そう言えば今日はこの使い魔(ファミリア―)はお留守番だった。ドラゴンの幼生体だと言うこの不思議な生き物がいれば、リュイを未然にあの変態から守ることもできたのだろうか。だがそれを言っても詮無きことだ。


 幼いからか、勝手な行動を取ることも多いこの使い魔(ファミリア―)を置いていくというリュイの判断は別に間違ったものではないだろう。実際、植生の調査ともなると邪魔になることも多かったわけだし、それは仕方ない。


 リュイの話では「使い魔(ファミリア―)と主人の間には精神的なつながりがある」ということだ。リュイの身に何が起こったのか、レッキ・レックは正確に理解できていないのだが、この使い魔(ファミリア―)は正確に理解しているのだろう。


「そう怒るにゃ。リュイの奴多分、あの状況を利用して何かしようとしてたんだろうから、半分くらいは自業自得にゃ……シスター・ペトラが変態であることなんて、この街に住んでればみんな知っていることにゃ」


 レッキ・レックにそう言われるとパッフも反論ができないらしく、「ぷぅ……」と黙り込んだ。主人と違って素直な使い魔(ファミリア―)である。


 リュイの呼吸が洗い。額に手を触れてみると少し熱が出ているようだ。熱冷ましの薬草のストックはあっただろうか。レッキ・レックは勝手知ったる他人の家と言った調子で厨房を探るが、熱さましに効果のある薬草はちょうど在庫切れのようだった。


「魔術師ギルドになら在庫があるかにゃ」


 宙に視線をさまよわせ、レッキ・レックはそう当たりを付けた。医術ギルドにも在庫はあるかも知れないが、彼らが。このため病気になったら、教会の寄進のできない貧困層は自分たちでどうにかしないといけないのがこの国の実情だ。


 特に王都グラン・エルのような都市部はリュヴェルトワールのように自分で薬草を詰んできたりすることもできないから、貧困層はちょっと風邪をこじらせただけでも命を落としてしまうことが珍しくないらしい。――元来であればそうした人々を救うのが教会の役目ではないのか? とレッキ・レックのシンプルな思考回路は考えるのだが、そうはなっていないから最近の聖竜教会は信頼を失いつつあるのだろう。


 いずれにせよ、熱さましの薬草は乾燥させてから煎じないと効果が薄い。レッキ・レックはこの場だけで解決することを諦めて、魔術師ギルドへ向かうことにした。


 そうするとリュイが一人きりという状況になってしまうのだが――せめてネムの店にでも立ち寄って、世話焼きのマイアにでも状況を伝えておけばよかったと後悔する。とにかくリュイを自宅に連れ帰らねばと気持ちが急いていた。せっかちなのはレッキ・レックの悪癖だ。猫獣人共通の気質でもあるのだが。


 レッキ・レックはリュイのいる二階の寝室に戻る。


 リュイの様子を窺うと、水で湿らせた布が置いてあった。――レッキはこんなことをした覚えはない。


 まさか、と思いつつレッキ・レックはベッドの上でリュイに寄り添っているパッフに目を向けた。


「お前がやったにゃ?」


「ぷぅ!」


 パッフは誇らしげに直立し、胸を張った。その仕草が妙に人間くさくて、こんな状況だと言うのになんだかおかしい。


「おいら、薬草をわけてもらいに魔術師ギルドに行ってくるにゃ。エルクやシャルロタさんがいれば伯爵家を通して医者を呼べるかもしれんしにゃ」


 そう言ってパッフの頭を撫でる。


「その間、リュイのことをちゃんと守れるにゃ?」


「ぷぅ!」


 レッキ・レックの言葉に、パッフは任せろと言わんばかりに声を上げるのだった。


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