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【旧版】リュヴェルトワールの幻術士【一時打ち切り】  作者: 夜空睦
第二章 幼馴染と脛の傷
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(15)カラスと司祭・1

 カラスは正面からリュイの下宿に忍び込むのを諦めた。


 まずは魔術師リュイ・アールマーの手の内や弱みを探るために、周辺を洗うべきだと考えたのだ。


 とは言えカラスは教会の『影』だ。職務の性質上真っ当な身元がない。また、普段の姿では見る者が見れば“カタギ”ではないことがすぐに露見するだろう。


 リュイの身辺を探るなら、「いかにも無害で無力そうな女」を装わなければならない。直接リュイ・アールマーに接触するのは危険だ。ふとしたきっかけであちらが疑念を持てば、魔術で心を読まれる可能性がある。


 ――これが今回の仕事の一番厄介な点だ。


 リュイ・アールマーは相手の精神や感情を操る稀有な魔術師だ。魔術師たちは第五元素と呼んでいるらしい。


 聖竜教会が伝えている竜祈法にもそうした術はある。しかし極めて高度な術であり、同時に危険であるためみだりに使用することは禁じられている。竜祈法における精神操作の術は、政治的な理由などから極刑を課すことができない相手に数人の司祭が大掛かりな儀式を用いて施すものである。


 リュイ・アールマーは、そうした術を数節の呪文と短杖(ワンド)の一振りで行使するのだと言う。


 教会側が掴んでいる情報が事実なら、リュイ・アールマーの魔術の腕は相当なものである。


 リュイ・アールマーは大司教バルトロメオさえ解呪できなかったアンゼリカの呪いを解呪して見せた。


 これだけでも教会の権威を揺るがす脅威なのだが、問題はその後、リュイ・アールマーが『おまけ』で披露した魔術でる。


 リュイ・アールマーは魔術で空に虹をかけた。


 虹をかける魔術、というのは実はそれほど難しくもないらしい。水の元素をうまく操れば、光の屈折を調整して虹を描くこと自体は可能なのだそうだ。実用性がないので、誰もやらないが。


 問題となるのは、その術の効果範囲である。


 リュイ・アールマーがかけた虹を見たのは『トワール伯爵領に生きる知的生命体すべて』であった。


 隣接する領地で生活する人々は、リュイ・アールマーがかけた虹を見ていない。


 つまりリュイは、『トワール伯爵の管轄下にある領民すべて』に特定して幻を見せる魔術を――おそらく即席で発動したことになる。


 ここまで効果範囲を正確に絞って術を行使する魔術師など、見た事も聞いた事もない。リュイがその気になれば、トワール伯爵領はおろか、エルサス聖王国全土を巻き込んで術をかけることも不可能ではないだろう。リュイの機嫌を損なえば自国を破滅に導くが、うまく飼い慣らしさえすれば自国の反抗的な貴族や他国の有力者を自在に操れるのだ。


 王宮がリュイ・アールマーに執心するのも頷ける話である。


 そして同時に、教会上層部にとってエルサス聖王国がそこまでの力を持つことを危険視するのも当然のことである。


リュイに接触するのは危険だ。魔術を使う前に息の根を止めることができれば良いのだが、それが叶う保証がない。


 もし教会の闇を知り尽くした『影』であるカラスがリュイの術の影響化に入ったら――『話してはいけないこと』を洗いざらい開示させられるのは目に見えている。精神を操る魔術で人を殺せるとは思えないから、リュイはカラスを殺さず、教会との取引材料に使う可能性もある。


 先だって立ち寄ったリュイの下宿――いかにも無防備であったが、カラスは庭のそこかしこから『見られている』気配を感じ取っていた。魔術のことは粗方調べているが、第五元素の魔術についての資料は少ない。一体どんな罠が仕掛けられているか、わかったものではなかった。


 これは彼がいつも連れている使い魔(ファミリア―)についても同様だし、猫の獣人を伴っていることが多いのも厄介だ。獣人の知覚能力は人族よりも遥かに鋭敏である。カラスとて忍びの術は相応のものであると自信があるが、誤魔化しきれない可能性もある。


 そこでカラスは一計を案じることにした。


 カラスはリュヴェルトワール南部の農村から出稼ぎやって来た娘。武術には長けていないが、獣から身を守るために槍や短剣くらいは扱える。薬草には詳しい――実際自身で毒を精製することもあるので嘘は言っていない。


 これで「クラウ・ヴィナテロワ」冒険者として登録し、この街に駐留しているバラージュ・ロイド司祭を後ろ盾にして仕事をし、街の住人から情報を聞き出す。


 遠回りにはなるが、これが一番安全だろう。


 そう考えたカラス――もといクラウは、教会の門を叩く。


 リュヴェルトワールの聖堂はあまり大きくない。元々あまり豊かではない、農村だった街だ。それほど寄進も集まらなかったのだろう。また風聞によると、この聖堂はずいぶん歴史が長く、小さな街がここまで広がった歴史の象徴として増築もせずに遺されているのだと言う。ここを任されているバラージュ・ロイドは生真面目な改革派の男で、代々受け継がれてきたその教えを守っているのだとか。安息日のミサや説法はわざわざ屋外でやることもあるらしい。ご苦労なことだ。


 対するクラウの主君――大司教バルトロメオは贅沢で派手好きの男である。もちろん汚職にも手を染めており、政治的立ち回りで成り上がったような人物だ。潔癖なバラージュとは水と油のようなものだろう。


 ――もちろん三十代手前の若さで司祭位を手に入れた男だ。まったく政治の汚い側面に通じてない、ということはないだろうが。


 そんなことを考えながら、クラウは教会が暇になる昼下がりを狙って住宅街にある聖堂の戸を叩いた。


「もし、司祭様はいらっしゃいませんでしょうか?」


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