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【旧版】リュヴェルトワールの幻術士【一時打ち切り】  作者: 夜空睦
第二章 幼馴染と脛の傷
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(12)カラスとイバラ・2

ここから数話、魔術についての説明回です。

 リュイが下宿にしている古民家は、かなり年期が入っている。


 リュヴェルトワールがまだ河川港が作られる前、この辺り一帯は規模の大きい農村だった。何代か前のトワール伯が外から人を呼び寄せるために港を設置し、そこに外からやってきた人々が住み着き始めた、というのがリュヴェルトワールの興りである。


 この小さな家にも、かつては老いた農夫が暮らしていたのだという。詳しい人と為りは持ち主であるネム一家も知らないらしいが、身寄りのない老人だったのだろう。空き家になったこの小さな家と土地を、老人と付き合いのあったネム家の先代が、この街の判事に掛け合って買い取ったのだとリュイは聞いている。


 だから、家自体は小さいがそれにしては庭が広い。その農夫が若く健康だった頃、庭はもっと広く、彼は野菜や薬草をここで育てていたのだろう。だが老いていくにつれ一人で管理できる畑は狭くなり、彼は庭――というか農地の一部を手放すことになったに違いない。


 当時はこの辺りの大半が、そうした農家であったのかも知れない。リュイは当初雑草だらけだった庭に手を入れて様々な薬草を育てているが、作業中庭を眺めながらそんな街の小さな変化に思いを馳せたものだった。


 さて、この庭にはちょっとした仕掛けがある。


 以前、魔女ヘイジーが無数のカラスの使い魔(ファミリアー)をエルサス聖王国の国内全域に放っていると聞いて、リュイも色々と考えることがあった。


 齢2000年を超える魔女ヘイジーの魔術の技巧は、天才と称されるリュイから見ても途方もない領域まで研鑽されている。この国に生息するカラスの半分を使い魔(ファミリアー)として制御するなんて所業、真っ当な魔術師にはできない。少しでも制御を誤れば、膨大な情報のフィードバックで脳が焼き切れるだろう。


リュイも複数の使い魔(ファミリアー)と契約をしているが、パッフの他は、実家に番犬として置いてきた大型犬の“モリー”だけだ。モリーとの契約内容は、リュイの家族を守ることを最優先任務として自律行動するように書き換えられている。『定時連絡』のように家族の近況を伝えてくる――つまり色々と“筒抜け”である――ことはあるが、それくらいだ。実質リュイの制御下からは離れている。


 だが複数の使い魔(ファミリアー)との契約は確かに利便性が高い。契約を限定せずとも、リュイのように“常識的な範疇で優秀”な魔術師でもそれが実現できるのであればこれはかなり革新的だ。


 魔女ヘイジーが森に張っている高度な結界魔術――この解析と並行して実験を行う価値は十分ある。


 そこでリュイが目を付けたのが“植物”だ。


 植物も“生き物“である以上、実は使い魔(ファミリアー)として契約することができる。しかし使い魔(ファミリアー)にするには知能が低すぎ、自分で動くこともできず、動物のような知覚があるわけではない。しかし、触れたり話しかけたりすれば、微弱ではあるが”反応“はする。


 リュイが最初に世に出した論文が、この植物の“反応”についてのものだ。今のリュイの財産からすれば大したものではないが、この論文でロジロタ共和国の魔術師ギルド本部から銅勲章と報奨金を受け取っている。


 リュイは、その“植物”であれば使い魔(ファミリアー)の制御を誤って情報の奔流が脳を襲っても、大きなダメージにならないと考えた。植物は周囲の出来事に“反応”はするが、その“感覚”および“認識”はごく微弱であるからだ。動物と違って思考や感情と呼べるものもほぼ存在しない。


 以上の理由から、リュイは庭に植えられている果樹や低木の類、あるいは庭のそこかしこにある“処理に困っていた“自生のイバラを自身の使い魔(ファミリアー)とした。


 植物と感覚を共有するのは奇妙な感覚であったが、これが思いの他有用だった。敷地に悪意を持って侵入を試みるものがあれば、特にイバラたちが敏感に反応する。


 エルクラッドとレッキを招いて、友人同士――男ばかりというのが若干アレだが――の“お泊り会”を開いている今夜、イバラが反応を示すとは思っても見なかったが。“侵入者”の無粋さに、リュイは辟易とする。


「どうかしたにゃ?」


 知らずに険しい顔をしていたのかも知れない。寝転がって読み書きの復習をしていたレッキ・レックが顔を上げて、リュイに問いかける。


「庭のイバラが反応したんだ。招かれざる客が来たみたいだね。――すぐ立ち去っていったみたいだけれど」


 そう言って、リュイは真っ暗な窓の外に視線を投げる。


「後を追うにゃ?」


「――いや、やめた方がいい。教会の『影』の話は聞いたことがあるよね?」


 レッキ・レックの問いに、リュイは首を横に振った。


「……。ししょーから簡単には聞いているにゃ」


 リュイが『影』の名前を出すと、レッキの表情がにわかに険しくなる。


「伯爵閣下もバラージュ司祭も、『影』が動くことを懸念しているみたいだったからね。教会の『影』が動いているにしても、この家は一見無防備でしょ? それでも退いたってことは、イバラたちに自分の気配を掴まれたことを、恐らく直感で察知したんだ。さすがに協会の『影』に使い魔(ファミリアー)の判別がつくとは思えないからね。相当の手練れだってことは間違いない。今のレッキの力量じゃ恐らく返り討ちだよ。暗殺者なら魔術含めた魔法への対処もきっちり仕込まれているはずだ。事前に“仕込んで”おかないと僕だってあっさりやられちゃうよ」


 リュイがそのように忠告すると、言い返せなくなったレッキはむうと口を尖らせる。


「それは確かにそうかも知れないけどにゃ……」


「まあイバラたちじゃわかることは少ないけど、“来た”ことはわかったんだ。なんとでも手の打ちようはあるさ」


 リュイはそう言って肩を竦めた。実際リュイは、サフィーリュとか言う魔術師が来ることも占術でぴたりと言い当てた桁外れの魔術師だ。暗殺者への対処くらい朝飯前なのかも知れない。――それも暗殺者の手の内を知っていなければできないことだろうが。暗殺者の手の内を知っているのだろうか。いや、この腹黒なら何を知っていてもおかしくはないだろうなあとレッキは思い直して、なら自分がすることは特にないだろうと悩むのをやめた。


 リュイは「ちょっと手を考えよう。どれがいいかなぁ」と言って心持ち楽しそうに鼻歌なんて唄いながら、立ち上がって書架に手を掛け始めた。ここはリュカの寝室だ。リュカの蔵書は書斎――という名のただの本の貯蔵庫――にある。そこに入りきらない“個人的な書物”は寝室やら廊下やら、あらゆるところを浸食しているのであった。


 リュイのことだから、おそらくえげつないしっぺ返しをするつもりなのだろう。レッキは教会の『影』がちょっとかわいそうになってきた。


 そんな会話が聞こえていなかったのか、全然関係のないことを口に出したのは、先ほどから魔術師ギルドから持ち帰って来た『初級数学』と書かれた分厚い冊子と睨めっこしてうんうんと唸っていたエルクラッドである。


「――なあ、リュイ。このわけのわかんない複雑怪奇な算術、本当に魔術に役立つのか?」


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