(6)戦え! 怪傑ペトラ!
「――なんか嫌な気配がするにゃ」
薬草摘みの手を止めて、レッキ・レックは上体を起こし耳をピンと立てた。黒いしっぽは警戒にゆらゆらと揺れている。
「魔物?」
記録を取っていたリュイも顔を上げて、レッキ・レックに問い返す。この辺りの魔物はさして強くない。リュイとレッキ・レックで十分に対応可能な範囲だ。
「魔物じゃないにゃ。匂いもしないし――もっと厄介なものが近づいていると野生の勘が告げているにゃ」
「……」
レッキ・レックの言葉にリュイは顎に手を当てて考え込む。リュイは占術の類も得意だ。今日は凶相が出ていた。だからこそ詳しく何が起こるかを検分したのだが、結果にいくつかノイズのようなものが混ざっていたのだ。
その先を、その奥を見てはいけない――そうした警告は占術をやっているとしばしば、眩暈や手先のしびれなどと言った形で現れる。今回もそのような状況が発生していた。
サフィーリュが魔術師ギルドを訪れ、失せ人探しの術を行使するところまでは予見できたが、そこから先を見ようとすると『警告』が来る。
覗いてはいけない、覗かなくてもいい深淵というのは存在するのだ。
好奇心は猫とか殺すのである。
「魔物よりも厄介なものか――」
リュイはこめかみをとんとんと叩いて少し考えた――ふと『例のアレ』の顔が頭を過ぎる。
「移動しよう。確かに嫌な予感がする」
リュイは迷わずそのように提案した。
「そうだにゃ。今すぐこの場を離れないと――」
レッキ・レックも真面目な顔で頷いた。
その背後から真っ赤な覆面を被った修道服の女がぬっとあらわれた。
「離れないと――なんです?」
「ヒギャアアアアアアアアッ」
背後から声をかけられてレッキ・レックは毛を逆立てて飛び上がった。
「こ、この声は――」
レッキ・レックは恐々と後ろを振り返る。
「うにゃあっ、やっぱりシスター・ペトラにゃ!」
レッキ・レックは獣人族特有の身体能力で飛び退ると、一目散にリュイの後ろに隠れた。
そんなレッキ・レックに赤い布袋を被ったシスター・ペトラ(仮)は人差し指を立ててちっちっちっと指を振った。
なんかイラつく。
「シスター・ペトラではありません。困ったときには暮らしの側に! 仮面のシスター、怪傑ペトラです!」
レッキ・レックはリュイの後ろからシャーッと怪傑ペトラを威嚇する。
「結局シスター・ペトラにゃ! 自分で言ってるにゃ! もう少しまともな変装できないのにゃ!? リュイ、あいつどうにかするにゃ!」
「ふっ、リュイ・アールマー……ここで会ったが百年目というやつです。――よろしいでしょう。受けて立ちます」
リュイをけしかけるレッキ・レック。仁王立ちする怪傑ペトラ。二人に挟まれたリュイは腕を組み、首を捻って少し考えると――。
「パッフ、キミに決めた!」
「ぷうっ!」
肩に乗っていたパッフを掴むと、怪傑ペトラ向けて投げつけた。
パッフは怪傑ペトラの顔面にぺたりと貼り付く。
「もふっ!?」
予想外の攻撃に怪傑ペトラがひるむ。だがそれも一瞬のこと、怪傑ペトラはすぐさまパッフを引き剥がそうとするが、パッフもさるものひっかくもの。何せドラゴンの幼生体である。ちょっとやそっと引っ張ったくらいで引き剥がされるようなことはない。
「もふっ、もふぅ、息が、息が……」
次第に窒息し始めたのか怪傑ペトラはその場にくずおれる。
それでもなお怪傑ペトラはパッフを引き剥がそうと四苦八苦もがいていたが、それは叶うことなく――一瞬びくんっ、と跳ねるとそのまま動かなくなった。それはさながら七日目の蝉の今わの際のようであった。
「戦いはいつも虚しい」
「ぷう……」
特に何もしてないリュイは一仕事終えたとばかりに額の汗を拭う――フリをした。
「さあ――別の場所に移動しよう。論理的ではないけど、この場所は不吉だ」
リュイはふわふわと飛び込んできたパッフを抱き止めると、軽く肩を竦めて場所の移動を再度レッキ・レックに提案する。
だがそれは叶わなかった。
「はあっ、はあっ、あの仮面の――なんで四つん這いであんなに速いのよ――!」
リュイ・アールマーを追う魔術師。サフィーリュ・フランが息を切らせてようやくリュイの元に辿り着いたからだ。




