(5)ある出会い
「キツネ、コンパス、風見鶏――ここに汝の名を示す。彼の名はリュイ・アールマー。叡智の光よ。智慧の音色よ。我を導け――」
魔術師ギルドを出たサフィーリュは銀のナイフでとん、とん、とんと鷹目石を三回叩く。
サフィーリュは風の元素に対する適正を持っている。そのため扱う媒介は短剣だ。ちなみに刃は潰してあるので、このナイフで人を傷つけることはできない。
鷹目石は淡い光を放つ。放たれた光は収束し、小さな鷹の姿に変わった。鷹は翼を広げて舞い上がると、くるくると上空で円を描くように飛び回り――そのまま弾け飛んで消えてしまった。
サフィーリュがかけたのは失せ人探しの術だ。正常に機能すれば光の鷹が探している相手の元まで導いてくれる。生きていようが死んでいようが。
しかし鷹は目標を探し出せずに消えてしまった――ひらひらと何か紙片のようなものが落ちてくる。サフィーリュがそれを手に取ってみると丸っこい筆致でこう書いてあった。
『残念、はずれ!』
「……」
サフィーリュが絶句している内に紙片は七色の光の粒子になって消えた。
サフィーリュは魔術の力量にそれなりの自身を持っている。実戦経験こそ乏しいが、リュイさえいなければ王都の魔術師養成所を首席で卒業していたはずなのだ。ただの『失敗』などあり得ない。
あるとすれば、探される側の人間がこうした探知魔術に対する防御策をとっている可能性だ。
要は魔術を弾かれ、その上おちょくられたというわけで――。
魔術師サフィーリュとしては完全なる敗北である。いや――リュイとの実力差などわかり切っていたことなのだが、それを認められないのがサフィーリュのサフィーリュたる所以というか。ようは意地っ張りの負けず嫌いなのである。
「あ、あいつはどこまで――」
――自分をバカにすれば気が済むのか。サフィーリュの肩がぷるぷると震える。
「――何やらお困りのようですね」
その時、どこからともかくサフィーリュに声をかける者がいた。
「誰!?」
サフィーリュが周囲を警戒しながら誰何の声を上げると、目の前に怪しげな――そう、怪しげとしか表現のできない女が民家の屋根から降り立った。
女は聖竜教会特有の修道衣を身に纏い、真紅の布袋を頭にかぶっていた。布袋の目の部分には穴が開いているが――その奥の瞳を確かめることはできない。
得体の知れない人物の登場にサフィーリュはいつでも魔術を放てるよう銀のナイフを構える。
「知らねば言って聞かせましょう――わたくしの名は怪傑ペトラ!」
ドーン! 怪傑ペトラを名乗る人物の背後で五色の煙が炸裂した。
「怪傑――ペトラ?」
サフィーリュは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「七大神龍の教えを体現する――仮面の怪傑ペトラです」
怪傑ペトラは(多分本人はかっこいいと思っている)ポーズを決めた。
そういえばシスター・ペトラなる人物に気を付けろと今朝宿屋の女将に言われたが――それほど珍しい名前でもないし、まさかこうして顔を隠しているのに本名を名乗るとは思えない。
女将が言っていたシスター・ペトラとは別人であろうとサフィーリュは判断した。
常識的に考えればそうである。
常識が通用しないたわけだからこそ外から来る者に警告が発せられているのだが。
「様子を見るに邪悪の化身リュイ・アールマーをお探しの様子ですね」
腕組みをし、悠然とした態度で怪傑ペトラは言う。
「邪悪……いやまあいいけど――人探しの術も弾かれたわ。街の外で薬草の採取をしてるってことしかわかってないの。聞き込みをするにも範囲が広すぎるから、帰ってくるのを待った方がいいんじゃないかと思うんだけど」
サフィーリュの言葉に怪傑ペトラが人差し指を振り、ちっちっちっと舌を鳴らした。
なんとなくイラつく。
「ふふっ、魔術など所詮その程度ということです。いいですか、こういう時は知恵よりもパワーです。あの非力な小童の賢しい小細工などパワーで押し切ってしまえばよろしい」
言い回しが完全に悪役だが、それは本人的にいいのだろうか。
さすがにサフィーリュもムッとして言い返す。
「何よ。聖竜教会の竜祈法は占術や失せ物、失せ人探しの類は苦手だって聞いたけど?」
「苦手なだけでできないわけではありませんわ。信じる心がパワーになる――聖竜教会に古くから伝わる格言です」
怪傑ペトラは厳かに――そう、厳かにいった。
しかし人探しと信じる心とパワーにどんな関わりがあるのだろうか。サフィーリュは訝しんだ。ちなみに怪傑ペトラの言うような格言は存在しない。
「では――参ります」
地面に降り立っち肩幅に足を開いた怪傑ペトラは、両の拳を握りしめ、構えを取る。すぅーと静かに深呼吸すると、勢いよく地面に拳を叩き込んだ。
轟音と共に地面が大きく抉られる。穴の底にはペトラの頭部とちょうど同じ大きさの石――というか岩があった。怪傑ペトラは岩を手に取ると、
「そいやァッ!」
威勢の良い掛け声と共に岩を頭突きで粉みじんに粉砕した。
なお、竜祈法でも失せ物探しや失せ人探しの術は存在するが、それは数人の聖職者による重厚な儀式を以って行使され得るもので、こんなアホみたいな術式ではない。
「……」
サフィーリュはその様子を茫然と見守っていた。サフィーリュは産まれながらの論理教徒であり、聖竜教会と関わりを持ったことはあまりない。従って、竜祈法がどのように行使され得るのかについても詳しくない。
竜祈法の行使がここまで過酷なものだったとは。
聖竜教会が施術にあたって高額な寄進を要求するはずである。
――なおサフィーリュは誤解しているが、現実にこんなやり方をしているのはペトラだけである。彼女はそう――オブラートに包んで言うが――頭がおかしいので。
そんなすれ違いに気付いているのかいないのか、頭突きを続けていた怪傑ペトラがバッと顔を上げた。
「――見えました!」
「何が!?」
「ゴールの先に――光が」
怪傑ペトラの声は心なしか恍惚としている。
「ダメ! それゴールしちゃダメなヤツよ!」
その先に行ったら帰って来られなくなるのではなかろうか。よくわからないがサフィーリュは全力で止めた。
しかし怪傑ペトラは泰然としていて――にこやかに答えた。赤い頭巾が一部赤黒くなっているような気がするが気のせいだ。多分気のせいだ。
「ふふ――わたくしを案じてくださるのですね。ですが心配はありません。ついてきてください。リュイ・アールマーの居場所を特定しましたので」
「今ので!?」
サフィーリュのツッコミを無視して、怪傑ペトラは目にもとまらぬ速さで四つん這いになり、地面の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。
そしてカサカサと絶妙に気色悪い動きで進み始める。
――それは居場所を特定したと言うか、匂いを辿っているだけなのでは? いや、それはそれですごいんだけど。
そんな疑問が頭を過ぎるが、今のサフィーリュには怪傑ペトラの後を追う他の選択肢はないのであった。




