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【旧版】リュヴェルトワールの幻術士【一時打ち切り】  作者: 夜空睦
第二章 幼馴染と脛の傷
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(4)薬草摘み

「薬草摘みなんて冒険者に任せておけばいいのに、リュイも物好きだにゃ」


「うーん。植生の調査も兼ねてるからね――ここの冒険者の質を考えるとちょっと」


 リュヴェルトワール郊外。森に程近い場所であちらこちらの茂みを探りながらリュイとレッキ・レックの二人はそんな会話を交わす。


 リュイの仕事には霊薬(ポーション)の生成も含まれている。そのためには動物性、植物性含めて様々な材料が必要となる。この付近で確保できるものならそれが一番いいが、そうでないなら他の街から取り寄せなければならない。


 特に薬草類は医療分野において欠かせないもののはずなので、情報が知られていないはずはないのだが、医術ギルドがしぶって情報を開示しないのだ。魔術師や錬金術師の作るポーションは医学に革命的な変化をもたらすのだが――魔術の存在が浸透していないこの地域では仕方のないことなのだろう。


 その背景には聖竜教会や医術ギルドを差し置いて領主一家の次女、アンゼリカの目を治療してしまったリュイへの妬みもあるのだろう。聖竜教会、医術ギルド、魔術師ギルドの三者が協力すれば王国の医療は目覚ましい発展を遂げるだろうが、人情というやつがそれを邪魔するのだ。


 これにはリュイもため息を吐かざるを得ない。


「――それにエルフの森で新たな課題も見つかったことだし、少しは体を動かさないと」


 リュイは鼻をふんと鳴らして決意表明する。


 都市部で育ち、研究ばかりしていたリュイには体力がない。前回、アンゼリカの件でエルフの住まう森に分け入った時、自分の体力のなさを思い知った。フィールドワークで辺境に赴くとなったら今のリュイの体力ではおっつかないだろう。


 そんなリュイにレッキ・レックが胡乱な目を向ける。


「だったら走り込みでもすればいいにゃ」


「それはいやだ」


 レッキ・レックの言葉にリュイはきっぱりと拒否の返答をする。リュイは筋金入りの運動嫌いであった。これで太らないのは植物性の食品中心の食生活を続けているからだろうか。


 まあ研究に没頭し始めたリュイは二、三日何も食べずに過ごすこともざらなので太らないのも不思議なことではないのかも知れない。


「そんなだからリュイはちびで体力もつかないにゃ」


「なんだよ、ちびはレッキだって同じじゃないか」


 呆れたようなレッキ・レックの言葉にリュイがムッとして返す。


 二人とも同年代の少年たちと比べると大分小柄で、顔立ちも幼い。これこそどんぐりの背比べというやつである。


「案外薬草がよく生えてるね」


 自生している野草の名前を記録しながら、リュイがそう零す。


「ここの冒険者は草の見分けなんてつかなくて適当な仕事するにゃ。草は全部草としか認識してないバカばっかりだにゃ。だから医術ギルドも薬草採取の依頼なんて出さないで、外から取り寄せてるにゃ」


 レッキ・レックはため息をついた。有用な植物とただの雑草を見分けるのはそれなりの知識がいる。農村で育ったレッキ・レックにとってはあって当然の知識だが、都市部で育った冒険者にとって野草の判別は難しいらしい。冒険者ギルドにおいて、薬草採取依頼は「特定の植物を何株」と当該植物のイラストつきで掲示されていることが多い。


 基本的に駆け出し冒険者がこなす依頼なのだが、それすらもまともにこなせない連中がリュヴェルトワールにはくすぶっているのである。


「無駄なことやってるね」


 リュイは呆れて鼻を鳴らす。合理主義者だ。冒険者が当てにならないなら医療ギルドで薬草詰みを雇えばいいだけの話だろうね。


「他の街では薬草採取専門の冒険者もいるらしいけどにゃ」


 レッキ・レックはちゃっかり今晩の食材になりそうなキノコを確保しながらそう言う。


「それは薬草摘みという独立した職業じゃないの?」


 リュイがなんとも言えない顔で指摘すると、レッキ・レックはどういう理由でか力強く頷いた。


「そうとも言うにゃ」


「冒険者ってよくわかんないねえ」


 レッキ・レックが見つけたキノコの記録を取りながらリュイが肩を竦めると、レッキ・レックが答える。


「冒険者には二種類いるにゃ。おいらみたいに他に職がないから日銭を稼ぐために冒険者やってるやつ。もう一つはドラゴン倒したりダンジョン踏破したりして一山当てて英雄になりたいタイプ」


「レッキは一山当てようとは思わないの?」


 リュイが問うと、レッキ・レックが腕を組んで首を捻る。


「思わないにゃあ。おいらが修行してもドラゴンに勝てるとは思えないし、ダンジョンの奥地も危険がいっぱいだしにゃ」


「ぷう!」


 レッキの言葉に、リュイの肩に乗っていたふわもこした生き物――パッフが声を上げる。先日ドラゴンの幼生体であることが判明したリュイの使い魔(ファミリア―)だ。


「――幼生体のパッフでもエルフたちはビビってたしにゃ」


 レッキ・レックはパッフに視線を向ける。


 エルフ族の里長が恐れるだけの力をこの子犬ほどの小さな生き物が秘めているとはレッキ・レックには想像もつかない。だがエルフ族の長い人生では、幼生体のドラゴンが災禍となったことがあるのかも知れない。


 実際のところドラゴンの幼生体について、記述した書物はほとんどない。ドラゴンがどのように発生し、どのように育つのかは誰も知らない。だからこそドラゴンは神秘的存在であり、信仰と畏怖の対象になり得る。


「ぷう?」


 当の本人(パッフ)はこうしてかわいく首をかしげているが。


「レッキ・レック、そろそろ休憩にしよう。もうお昼だ」


 リュイが懐中時計を取り出して言った。時計の針は正午を指している。昼食を取るにはいい時間だろう。


 リュイはケープからランチボックスを取り出す。このケープは物置一つほどの物品を収納しておける便利なもので、相応のお値段がする。リュイは大きな商家の出だが、これは自分で稼いだ金で購入したものだ。もちろん実家の伝手もあって多少値引きはしてもらっているが、それでも家が一軒買えるほどの値段はする。


 リュイはランチボックスからライ麦のパンを二つ取り出すと、同じくケープから取り出した作業台の上でそれぞれ半分に切る。分厚く切ったベーコン。白カビのチーズ。パプリカとキュウリのピクルス。マスタードとはちみつを混ぜたソース。それらをパンで挟むと、筒状の魔道具から発せられる火であぶる。チーズはとろけ、ベーコンからは脂が染み出る。パンの香ばしい匂いがあたりに広がる。


「うまそうだにゃ」


 食い意地の張ったレッキ・レックが目を輝かせる。


「簡単な料理だけどね」


 それを苦笑いしていなしながら、リュイはレッキ・レックにパンを手渡した。


 それから二人と一匹は草の上に座ってパンに齧り付いた。


 パッフにはサンドウィッチの代わりにくるみとレーズンを与える。特にくるみはパッフの大好物だ。


「レッキ、いつまで作業を続けられそう?」


「んぐっ……そうだにゃ。街に戻るまで歩いて一時間はかかるから、せいぜいあと四時間ってところじゃないかにゃ?」


 パンを飲み込んだレッキ・レックの答えに、リュイは少し思案する。


「そっか。そしたら後何回かは調査を続けることになるかな。できれば南部地域も調べてみたいんだけど」


「調査範囲を広げるとなると伯爵の協力が必要そうだにゃあ。医術ギルドもそこまでは把握してにゃいだろうし」


あっと言う間にサンドウィッチを食べきってしまったレッキ・レックが、くちくなったお腹を撫でてそう答える。


 トワール伯爵領南部に人が住むようになったのはここ数十年の話である。その住人たちも食うや食わずやというような状態で、付近の植生についてはまったく調査されていない。


「珍しいものが採れるならいいけどね。お金にもなる」


「そういうのはエルフの森にありそうだけど、奴らが許すかにゃ?」


 レッキ・レックが懸念を示すと、リュイは冷静に見解を述べる。


「交流が始まれば変わってくるんじゃないかな。ムーンボウも言ってたじゃないか、エルフ族の生活は退屈だって。人族の娯楽や文化はちょうどいい退屈しのぎになると思うよ。それを手に入れるには対価が必要になると思うから、そういう形で森の植物なんかの採取が始まるんじゃないかな。森で魔物を狩れるようになれば、外から冒険者が集まってくる可能性もある。今いるごろつきくずれは排除されるだろうけどね」


 リュイはそう言ってパンに齧りつく。


 もし本格的にエルフ族と人族の交流・交易が始まれば、エルフの里から人の流出が始まるだろう。それを避けるためにエルフ族は人族や獣人族を森から排除してきたわけだ。ところがもう解決したとは言え伯爵家に呪いをかけて害する者がいたという事実が明るみに出て、エルフ族の立場は伯爵家に対して弱くなっている。


 今後どう関わり合っていくかについて、現在もトワール伯爵とエルフの里長の間で話し合いが行われているはずだ。


「平穏無事に済めばいいけど」


 膝に落ちたパンくずを払いながら、リュイはそう呟いた。


 リュイは先祖返りによって生まれたハーフエルフだ。生来の愛嬌で少しは街に馴染んだと言っても、尖った耳に菫色の瞳という人族にない様相に白い目を向けられることがないわけでもない。


 人族のエルフ族の関係悪化は、リュイにとっても望ましくないのだ。

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