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【旧版】リュヴェルトワールの幻術士【一時打ち切り】  作者: 夜空睦
第一章 天才魔術師とエルフの呪い
35/64

(35)翡翠のペンダント

「よかったの? あのおじさんかなり怒ってたけど」


 馬車に揺られながらリュイはそう言った。帰りの御者はエルクラッドではなくレッキ村で馬の扱いができるものが申し出てくれた。


 獣人族にこれだけ慕われている貴族というのも珍しいだろう。


 呪いの正体を掴んだリュイたちは一晩レッキ村で休息を取ってからリュヴェルトワールに戻ることにした。リュイたちにとって意外だったのはムーンボウが同行を申し出たことだ。


 ムーンボウの出立に、当然里長たちは猛反発した。けれどもムーンボウはそれを無視してリュイたちについてきた。里長たちがそれ以上強く出れなかったのはパッフの存在が大きかったのかも知れない。


 仮に荒事になったとしても、ウィードやレッキ・レックがどうにかしていただろうが――比較的穏便に里を出ることができたのはムーンボウにとって僥倖だった。だが里の人々との間にしこりは残るだろう。


 リュイが案じたのはその点であった。


「いいの。もう戻らないつもりで出てきたから」


 そう言って、ムーンボウは懐から翡翠のペンダントを取り出した。


「呪いをかけて死んだ()はわたしの幼馴染だったの」


 ムーンボウはペンダントを見つめながら、静かに言った。


「……想像すればわかると思うけど、わたしたち(エルフ)は長く生きる。だからあまり子供が生まれないの。同年代の子供はわたしと彼――ジェイドだけで……わたしたちは姉弟みたいに育ったわ」


 ムーンボウは翡翠のペンダントトップを手の平に乗せ、愛おしむように撫でた。


「このペンダントはジェイドがくれたものなの。翡翠は森の奥の――危険なところまでいかないと取れないのに……あの子はいつも無茶ばっかりして、わたしを心配させていた」


 ムーンボウは顔を上げて、エルクラッドの方を見る。


「わたしたちエルフが街道沿いを行き交う人族や獣人族を襲ってたのは――もちろん知っているわよね」


「――ああ」


 エルクラッドはムーンボウの言葉に頷いた。


「……ジェイドもそれに参加してたの。もちろんわたしは止めた。そんなことしたって――人族との間に諍いは深くなるだけだって。本当にごめんなさい。里を代表する……なんて大それた立場じゃないけれど、わたしも――結局あの子たちを止められなかった。人族にも獣人族にも怪我をした人や――亡くなった人がいるんでしょうね……」


 ムーンボウは目を伏せて訥々と言の葉を紡ぐ。


「五年前――ジェイドはわたしに告白をした。愛の告白よ。でも――わたしは断ったわ。彼のことは弟としてしか見ていなかったから……でもそれを言うのは気恥しくて――だから言ってしまったのよ」


 翡翠のペンダントトップに、ぽつりと涙が一滴落ちる。


「未熟な精霊使いとは番えない、色恋に現を抜かしている暇があるなら修行に励みなさいって。――彼は言ったわ。なら自分が一人前だって証明していやるって」


 ムーンボウは小さく首を横に振る。


「――わたしのせいなの。ジェイドが死んだのも、トワール伯爵家に呪いが降りかかったのも、全部――」


 誰も何も言わなかった。普通の感覚ならそうである。


 だがこの場には空気の読めない女が一人いる。


 ずだ袋から解放されたシスター・ペトラその人である。


「わたくしは七大神龍に仕える身です。わたくしは――すべての人に聖竜教会の教えを広めることが人々にとっての幸せに繋がると信じています。ですからそれを阻む方々は邪悪だと――そう、それがわたくしの信念ですわ」


 そこまで言ってシスター・ペトラは手を組み、目を閉じた。


「ですがなんと不思議なことでしょう。こうしてあなたの話を聞いていると――あなたが邪悪な存在だとは思えないのです。わたくしは一人の聖職者として、あなたの懺悔を受け止めましょう。いつかあなたに龍の許しがあるよう、祈りましょう。汝に竜の栄えあれ(グロール・ドラゴン)――」


 シスター・ペトラはそう言って、ムーンボウの肩を抱いた。日頃の彼女の粗暴さとは違い、それはいかにも尼僧らしい優しい所作だった。


「ありがとう――ええと」


「ペトラ・ラブラフカと申します。どうぞペトラとお呼びください」


「ありがとうペトラ。少し心が軽くなったわ」


 女同士だからこそ伝わることもあるのだろう。抱擁を解かれたムーンボウの表情は少し明るくなっていた。


「わたしにできることはさしてないけれど――最後まで見届けないといけないと思うの。エルクラッド。その許しを頂けるかしら?」


 ムーンボウがエルクラッドの目を真っ直ぐ見据えて問う。


「もちろんだ」


 エルクラッドはしっかりと頷いた。


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