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【旧版】リュヴェルトワールの幻術士【一時打ち切り】  作者: 夜空睦
第一章 天才魔術師とエルフの呪い
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(13)魔女ヘイジーの言うことには

 アルキバと呼ばれたカラスはヘイジーばあさんの使い魔(ファミリア―)たちの中でも、一際異質な個体だった。何しろ羽根が真っ白なのだ。こういう特異な形質を持った動物は使い魔(ファミリア―)として特殊な能力を得ることがあるため、魔術師たちの間では珍重されてきた。


 アルキバに特殊能力があるのか、あったとしてそれがなんなのかはわからないが、とにかくついて行くしかないだろう。空間が歪んでいるのか、それともそのように思わされているのか、小さな森の割には長い距離を歩いた。


 鬱蒼とした森を歩いて辿りついたのは、木造の古い家だった。いや、木造と言うのは正確ではない。大樹そのものが家になっているのだ。文献にはない品種の樹である。長い歴史を持つエルフ族が、住居とするために品種改良した種なのだろう。


 先行するアルキバが大樹の家の戸をノックし、カアと鳴いた。すると中から「お入り!」としわがれた声が聞こえてくる。


 リュイとレッキ・レックは顔を見合わせ、大樹の家に歩み寄ると一応の礼儀として「お邪魔しまーす」とノックをして戸を開けた。


 するとまず印象に残ったのは独特の香の匂いだった。犬獣人ほどではないが鼻の利くレッキ・レックなどは露骨に顔を顰め――というか変な顔になっている。フレーメン反応という奴だろう。


 百年単位で使われていただろう室内には、ところ狭しと物が置かれている。ベッドで寝る場所を確保しておけば後はどうでもいいと言わんばかりだ。


「あたしの名前はわざわざ名乗るまでもないだろう。そっちの金髪がリュイ・アールマーだね。まったく、大いなる神秘(グラン・ミストア)も厄介な巡り合わせを用意してくれたもんだよ」


 リュイが名乗るよりも先にヘイジーばあさんはぶちぶちと鬱陶しそうにリュイを睨みつけた。すっかり白髪になり、腰も曲がったヘイジーばあさんはエルフ族にしては小柄だ。何年いきているのかはわからない。少なくとも千年は生きているだろうが、他種族の年齢というのはわかりにくいものだ。


「あんたがこの街に来ることは占いで予見していたよ。あたしの元に来るであろうこともね」


 よっこいしょと杖を突いて、ヘイジーばあさんは椅子から立ち上がる。


「ここはどうにも狭すぎる。ちょくちょく処分してるんだが、長く暮らしてるとついつい物が増えていけない」


 そういうとヘイジーばあさんは見た目よりもずっと矍鑠とした足取りで家の外に出ていく。入口で立ち往生していたリュイとレッキ・レックは自然押しのけられるような形になる。結局二人は家に立ち入ることなく、ヘイジーばあさんに付き従う。


 ヘイジーばあさんは大儀そうに適当な切り株に腰掛けると本題を切り出した。


「論理教の導師リュイ。あんたの評判は聞いているよ。国中にいる使い魔(ファミリア―)を通してね。この国のカラスの半分以上はあたしの使い魔(ファミリア―)なのさ。だからこの国で起きてることならなあんでも知っているんだよ。レッキ・レック、あんたのこともね」


 そういわれてレッキ・レックの肩がビクリと跳ねる。それほど大量の使い魔(ファミリア―)を抱えているとは、この魔術師はとんでもない化け物のようだ。


「さて、折角来たんだ、チェンジリングの坊や。諦めてもらうためにいくつかあんたに有用な知識を授けてあげようじゃないか」


 白髪の魔女はにやりと笑った。


「老師ヘイジー、僕は諦める気はないですよ」


 その言葉にリュイは毅然と魔女の目を睨み返す。


「ひっひっひ、若いねえ。けどあたしの話を聞いたらあんたは絶望することになるよ」


 そう言っていかにも意地悪そうに笑うと、ヘイジーはとんと杖で地面を叩いた。


「むかーしむかしの話さね。まだあたしがぴちぴちの乙女だった頃だから、ざっと二千年くらい前だね。この大地――グラン・ドラグニアは論理教とそれを信奉するエルフたちによって治められていた」


 二千年以上の時をこの魔女は生きているらしい。人族や獣人族からすると想像を絶する永い時だ。


「その頃はね。第五元素も普通に用いられていた。他の元素を第五元素に、あるいは第五元素を他の元素に転換する術が確立されていたのさ。その術はエルフ族の間だけに伝えられる技術だった――賢い金髪の坊や、エルフ族がどういう方法で大陸中を支配していたかもうお分かりだね?」


 魔女はリュイを試すように、真っ直ぐにリュイの瞳を見据える。


 リュイは目を逸らさず、はっきりと答えた。


「精神支配による隷属化、ですね?」


「そうさ。エルフ族は人族を筆頭にした他の人種を下等な存在として術で縛り、奴隷として使役していた。――倫理的に見れば許されないやり方さ。だが極めて有効なやり方だった。エルフ族の文明は栄華を極めた。しかし、それを受け入れず、立ち上がる七人の志士がいた」


 魔女ヘイジーは昔を懐かしむように目を閉じた。


「天竜ラス・グロールの加護を受けた聖騎士、火龍ボル・ランガの加護を受けた拳闘士、海龍マ・イローネの加護を受けた海賊、嵐龍ハリ・ザウルサの加護を受けた翼持つ狩人、地龍ディ・ロッカの加護を受けたドワーフの鍛冶師、冥龍ナ・ギルギックの加護を受けた暗殺者、そして――」


 魔女ヘイジーはゆっくりと瞼を開く。


「智龍エル・リウラの加護を受けたエルフの魔女、ヘイジー」


 二千年前。もはや記録にも残されていない過去の出来事。聖竜教の聖典や論理教の文献にてわずかに記録が残るのみの古代文明の滅亡。その生き証人が今、この場で生きている。


「彼らは七大神龍の加護によってエルフ族の支配から逃れた。魔女は例外だね、エルフ族だった彼女は隷属の術などかけられていなかった。とにかく――」


 そこまで言ってヘイジーはふうと息を吐いた。


「彼らの活躍によってエルフ族の文明は滅ぼされた。そして、魔女ヘイジーは智龍エル・リウラの力を借りてこの大陸全土にある術を施したのさ」


 ヘイジーは生い茂る木々に覆われた狭い空を見上げる。


「それが第五元素の封印。四大元素と第五元素の循環を断つことだったのさ。それきり第五元素の使い手は産まれなくなり、魔術師は第五元素を扱うことができなくなった。とはいえこの術も万能じゃなかった。第五元素が存在するという世の理は変わっちゃいないし、時折ほころびが出て第五元素の使い手が現れることもある。導師リュイ・アールマー、あんたみたいにね」


 リュイは黙ってヘイジーの話を聞いている。


「当時、世の中は大混乱に陥った。第五元素を扱う魔術の中には、傷や病を癒すものも含まれていたからね。けれどその代わりに人族が竜祈法なる術を編み出した。心身の鍛錬を積み、力づくで魔術に似た効能を引き出す――竜祈法は急速に大陸全土に広まっていった。厳しい戒律と一緒にね」


 そこまで話すと、ヘイジーは視線をリュイに戻した。


「さ、ここまで聞いたらわかるだろう。あんたは第五元素と四大元素の転換を復古しようとしている。それは智龍エル・リウラの力を借りた強大な術式を破るということさ。いくらあんたが天才でもできるはずがない。あたしにだって無理さ。――仮にそれが叶ったとしても、第五元素の術を悪用しようとするものが必ず現れる。人の心を、魂を操る力――永遠に封印されなければならない危険な力さ」


 そこまで言うと、ヘイジーは小さくため息を吐く。


「あたしゃ、あんな地獄みたいな世界はもう見たかないね」


 ヘイジーの話を聞いたリュイはしばらくじっと黙って、視線を地面に向けていた。魔女の話が事実ならば、リュイのやろうとしていることはつまり、最高峰のドラゴンに挑むということだ。この大陸に生きている者で、それが叶うものがいるだろうか。ドラゴンは強大な存在だ。この世界を満たす力、全ての真理――大いなる神秘(グラン・ミストア)の具現した姿だと言われる。


 ドラゴン、その頂に立つ七大神龍に挑むということは、すなわち世界に挑むということなのだ。


「それでも、僕はあきらめない。あきらめられない理由があるから」


「自分の術が悪用されないとわかっていてもやるのかい」


「――きっと方法があるはずです。人はその知恵を以って、悩み、考え、進歩する生き物です。僕は人の可能性を、その善性を信じたい」


 リュイの瞳は真っ直ぐにヘイジーを見据えていた。


「ひひひ、そうかい。なら好きにするといい。あたしは手伝わない。けど邪魔もしない。あたしから智慧を掠め取れる自信があるというのなら――まあやってみるがいいさ」


 ヘイジーはにたりと笑った。その心の内に何を思うのか、それは誰にもわからない。


「さ、アルキバ。お客様がお帰りだよ!」


 魔女がそう言って手を叩くと、白いカラスがカア、と鳴いて飛び立った。




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