第九話 再会
第九話 再会
「デルーグリ、入りますよ」
「姉さん? どうぞ」
誰だかわからない肖像画と彫刻で埋まる廊下を抜け、二階の端がデルーグリの部屋だった。リーゼロッテは武器庫で鎧を脱いでいる。
「デルーグリ、例の子供を連れて来た・・・なにやっているのです?」
デルーグリはメイドと二人で部屋の荷物をまとめていた。主に衣類と本だ。木箱にまとめている。
「おう、ガーフシャールじゃないか! 生きていたか! 見事な突撃だった。あれは敵将を討ったな。恐らく公子だ。公子を討ったと思うぞ。近衛隊長も討ったんじゃないか」
「全員死なせてしまいました・・・」
ガーフシャールはデルーグリと握手をして、再会を喜んだ。デルーグリとは二度も戦場を共にしている、いわば唯一の戦友だった。一言で全てを理解してくれる気がした。
「ん? デルーグリ、どういうことですか?」
「どうもこうも、俺が功をあげた戦いの指揮はガーフシャールだからな。二百の兵で四百を退けた時だ。私は立っていただけだ。大体私に兵の指揮など出来るわけがないだろう?」
「おかしいと思っていました。本当だったのですね? では大軍を退けたのも?」
メイドの子がお茶を持ってきてくれた。いわゆるハーブティーだ。
「部屋の片付けは後にするか。多分ガーフシャールの指揮だろ。話してくれ」
ガーフシャールは戦いの詳細を話していった。柵を用いた防衛戦、新司令官に肉の壁にされて食料も与えられなかったこと。元々の守備隊が離脱してガーフシャールが指揮を執ったこと。偵察したら大軍が攻めてきたこと。緒戦で第一騎士団団長シーソル・ベベルコイを討ち取ったこと。突撃しようとしたら気絶させられ、ボーンデに背おられて戦場を離脱していたこと。一緒に死なせてくれなくて悔しかったこと。
「ガーフシャール、立て。我らは仲間のために。我らは家族のために」
「我らは・・・仲間のために・・・我らは・・・家族のために・・・」
デルーグリは胸に手を当て、戦場でガーフシャールが上げた鬨の声を口にした。ガーフシャールは鮮明に守備隊の皆の顔が浮かび上がり、涙がこぼれてきた。
「俺は、みんなと一緒にいたかっただけなんです。俺って浮浪児で、いっつもひとりだったから、仲間がいて嬉しかったんです。でも、俺だけが、俺だけが・・・」
ガーフシャールは涙が止まらなかった。リーゼロッテが優しく頭を抱き寄せてくれた。柔らかな胸が、良い香りが鼻孔をくすぐった。
「信じますわ。ご苦労でしたわね。領都を守ってくれてありがとう」
「すみません・・・」
ガーフシャールは慌てて離れ、涙を拭いた。
「で、オヤジ殿と兄貴達が調子に乗ってしまった訳だ。俺は北方で負けて帰って来ると思うぞ。負けた場合、最悪は虚偽の報告か何かで取り潰しだと思っている。すまない、ガーフシャール。皆、私の話を聞かなかったし、オヤジ殿は自分の采配で勝ったと思っている。北方軍総大将を拝命して領兵を率いて北方に進軍したが、無理だと思う」
「・・・それで部屋の方付けですか・・・取り潰しの場合は持ち出せるのは自分の荷物だけ、金子も乏しくなりますね」
「え? 何です、それ?」
ガーフシャールは吃驚して顔を上げる。
「気にするな。オヤジはいきなり飛び込んできた幸運を生かす方法を間違えたんだ。詳しく調査せずに自分の戦功にしたんだからな。戦功には責任が付きものだろう。大軍を指揮できると思ってしまったんだろうな。出来るわけ無いのになあ・・・オヤジ殿は部屋から出たこともないだろうに・・・まあ降格処分が良いところかな、姉さん」
「そうですね。二爵降格処分でしょう。継ぐのはデルーグリですね。騎士爵家で再出発ですね」
「ああ、姉さんも再出発だ」
「そ、それを言わないで・・・意地悪ね」
「ガーフシャール、女騎士って訓練をたくさんするから皆大猿みたいなんだが、姉さんは筋肉が付きにくいのか、女騎士のなかではかなりの美人なんだよ。侯爵の三男が姉さんを欲しがって無理矢理連れ込んだみたいなんだが、三男の嫁に見つかって大騒ぎになったんだ。侯爵家に取り入るチャンスだったのに大立ち回りをして怒りを喰らって騎士団を追放されたんだぜ」
「仕方が無いじゃない。妾なんて嫌だったんです。堂々と狼藉するとは何事かと、侯爵に詰め寄ったの。姫に報告すると宣言したわ」
「え? よく帰って来れましたね?」
「侯爵にたどり着くまでに七人を棒で滅多打ちにしたわ。君と比べると弱かったのよ。返答によっては姫に代わり成敗すると言い切ったのよ。でないと殺されたからね。三男を斬れなかったのが心残りね」
「す、凄いですね・・・」
「どういう訳か、騎士団の子を妾にしたがるの。どういうことかしら。妾腹の子とかが多いから容易いと思われているのかもね。流石に姫様に怒られて謹慎なのです」
「ガーフシャールに褒美を与えたいのだがな、この部屋にある物で良かったら持っていってくれ。あとは何も無いんだ」
「じゃあリーゼロッテ様で」
「ああいいぞ」
「ちょっと! 何言っているの!」
「駄目だそうだ。寝首をマジで搔かれるから止めて無難に本にしておけ。これなんてどうだ? 王国の歴史書だぞ」
ガーフシャールは本を受け取る。開いてみるが、やはり読めない。貴重なのは理解出来るが、苦笑いをしてしまう。
「ん? なんだ? 読めないのか? 嘘だろ」
「読めないです」
「姉さん、字を教えてやってくれ。部屋の片付けが忙しいんだ。金策もしないといけないしな」
「ええ? じゃあ君の剣を教えてくれるならいいわ」
「わかりました。飲みましょう」
「契約成立ね。明日からやりましょうね。お屋敷に来るのよ」
「おう、ガーフシャールはこれからどうするんだ?」
「除隊になってますから、思案中なんです」
「除隊? ああ、中隊長令か・・・姉さん、除隊命令なんか中隊長で出来たっけ?」
「出来ないわよ。なら君はまだグレルアリ子爵家兵ね」
「え? 嘘ですよね?」
「なら話は早い。今から俺の部下な。軍籍から外すから。俺の唯一の部下だ」
「駄目よ、私の部下よ。デルーグリは軍を率いないじゃない。新領地では率いるのは私よ?」
「だそうだ、諦めてくれ。姉さんは美人だし、役得と思ってくれ。じゃあ隣の部屋を使ってくれ。姉さんの小姓扱いだな」
「さ、ガーフシャール君、案内するわ。おいで」
リーゼロッテに連れられた部屋は書斎風であった。本棚と机、応接セットが置いてある。ソファーは革張りで、テーブルは一枚板だった。
「す、凄い部屋」
「今のうちに楽しむといいわ。新領地に行くかわからないけど、行ってしまったらこんな立派な部屋には住めないから。奥が寝室よ。何かあったらメイドに声を掛けてね。ミシェル。おいで」
「はい、リーゼロッテ様」
カーテシーで挨拶してくれたのは二十代半ばの綺麗なメイドだった。すらりとした良いスタイルで、知的な女性だ。
「ミシェリ、大功あって私の部下になったガーフシャール君よ。よろしく頼むわね。一ヶ月ほど、そうね・・・お客対応でお願いするわ」
「はい、リーゼロッテ様」
「なにかあったらミシェリに聞くのよ。じゃ明日の朝から読み書きやりましょうね。呼びに行くわ。今日は休んだ方がいいわね」
リーゼロッテが出て行くと、メイドのミシェリと二人っきりになった。
「ええと、あの・・・」
「私はガーフシャルさんの専属ですのでお気になさらずに。この部屋を与えられたということはお貴族対応と言うことになりますから」
「え? そうなの」
「はい。リーゼロッテ様がお休みになられた方がいいとおっしゃられたので、寝室へどうぞ・・・お飲み物をお持ちします」
ミシェリは頭を下げると退出していった。服を脱ぎ、ベッドに潜り込むとガーフシャールの記憶には無いほど柔らかかった。戦場で沢山の人を殺めたことが嘘のように感じられた。